日が落ちるのが早い冬の日、追い打ちのように
デス・シティーへ雨が降りだして





うぅ〜昼間は温かかったのに…!」





とっさに入った店の軒先で空を見上げながら

アーニャは身体を抱いて身を震わせる


着ているのは長袖の、とても上品なワンピースだが


コートがなければ とてもじゃないが
室外の寒気をしのぐことなど出来ない





「こ、こんなコトなら つぐみさんやめめさんと
一緒にあの時店を出るべきでしたわ」







デス・シティーには、彼女の育った環境にない
色々なモノがたくさんあって


ルームメイトとの買い物は楽しみの一つだった


今日もそんな日常の一つとして、雑貨屋の
細々とした道具の数々に興味を惹かれ





『寒いですし、マスターのお店でコーヒーでも
飲みに行きません〜?』


『まだ早いんじゃありません?それよりこの鳥みたいな
ガラスの置物、どうやって首を上下させてるんでしょ』


あわわっめめちゃん!ちょっと待って!
アーニャさん、私たち先に行ってますから!!』





仲の良い二人への嫉妬も手伝って


小一時間ほど 棚に並んだ商品の数々を眺めていた







…今更後悔したところで、強まり始めている
雨足はどうしようもない





「早くしないと寮に戻る時間に間に合いませんわ
でも、雨の中走って行くなんてできないし…」





指に息を当てて暖を取りながら、アーニャはぼやく


ちょうど切らしているのか店に傘やレインコートはなく
迎えを呼ぼうにもアテもないまま


立ち尽くしていた ちょうどその時





アレ?ええとアーニャさん、だよね?
なにしてるの?こんなトコで」


不意に声をかけられて彼女は顔を上げる












〜Pioggia ed il romanzo sono classici
"凡人流のエスコート術"〜












そこには薄い黄色のコートと黒いマフラーを
まとったが、傘を差して佇んでいた





な!どっどうしてアナタがここに!?」


「どうしてって…通りかかっただけなんだけど」





寒そうなアーニャの様子と、降り出している雨とを
見比べて彼は 相手の現状をなんとなく理解する





「ひょっとして一人で雨宿りしてるの?
誰かとはぐれたんなら、呼んでこようか?」







本来ならばありがたいハズの申し出なのだが





「べ、別にアナタのような庶民に心配して
いただかなくても私は平気ですわ」





目の前の頼りなさそうな男に指摘されたのが
納得行かず、つい彼女はソッポを向いてしまう





「えぇ〜…でも困ってるんじゃないの?」


お構いなく、そちらこそ私と話しているヒマが
ございましたら庶民らしくバイトに精をだされたら?」


「いや生憎だけど、今日は久しぶりにお休みなんだ」


「知りませんそんなコト とにかく私でしたら
この程度 自力で乗り越えて見せますので」






ツンとした態度に軽く両肩をすくめて





「ああそう、それじゃ僕はこれで」


そっけなく返して立ち去ろうと一歩踏み出し







えっ!?あ、えっちょっとお待ちになっ…!」





思わず手を伸ばしかけ、が立ち止まって
視線を戻したのを見て彼女は腕を引っこめる





彼にしてみても予想通り…いや


予想よりも遥かに、そして露骨に困った顔した
アーニャと目が合ってしまったので


先ほど本気で帰ろうとしてた事に罪悪感を覚えた







一拍の間をはさみ、白い息を多量に吐き出して


コードのフードを頭にかぶると
アーニャへ歩み寄って、畳んだ傘の柄を差し出した





「お古でよければこの傘使いなよ」





ポツポツと雨粒がフードに染みてくるけれど


彼女は戸惑ったように傘の柄と少年を見比べるばかり





「…僕の傘じゃイヤかn「そっそうじゃなくて!」


落ちこみかけるへ、アーニャは慌てて
戸惑いの理由を口走る





「わた、私は自分で傘を差して歩いたコトなど
一度もありませんの」





そう告げる表情はどこまでも真剣だったので


育ちの違いに、彼はこっそりため息をつく





「そんなに難しくないから、こーやって傘を
開いて取っ手を持って ぬれないよーに」


それくらい分かります!
バカにしないでいただけませんこと!?」



「ああうんゴメン、そんなつもりじゃなくて
なんていうかそのーついバイトのノリで」







ポリポリと申し訳なさそうに亜麻色の頭を掻く
少年を 上目遣いに見やってから





「このままじゃラチがあきませんわ…先輩」





ビシ!と指を自分よりも背の高い相手の顔へ差し


アーニャはキッパリと宣言する





「アナタのような超凡人に頼るというのがシャクですが
寮にたどり着くまでの私のエスコートを任命します」


「はい?」





言われた意味が分からず、きょとんとする彼へ


少し顔を赤くしながらアーニャは続ける





「鈍いですね、その傘を差して持ち上げなさい!





命令されて反射的に傘を掲げたの隣へ


彼女は渋々といった様子で並んで


へっ!?ちょ、ちょっとアーニャさん!!?」


「さあ、寮まで急いでください!
時間がありませんわ!!





半ば強引に押し切って、お嬢様が死武専の寮へと
足を進め始めてしまったので


彼はその後へ従わざるを得なくなった









現状に釈然としない何かを感じつつも





はさり気なく左側へと並びながら、歩調を
アーニャに合わせて傘を掲げ歩く





「あの…もうちょいゆっくり歩かないと濡れるよ?」


先輩が遅いのではなくて?」





精一杯のすまし顔で言う彼女は早足ながらも

背筋を張った姿勢を崩さず歩き続けている





並ぶは裏地に赤いチェックの入ったコートと
マッチするシンプルなシャツと黒ズボン


全体的にカジュアルな格好を、足元の焦げ茶の
紐ブーツが引き締めていて ドレスコードは無理だが
そこそこ洒落た店なら悪目立ちしない服装である


端からだと二人はまさに"主人と召使"にしか見えない







…なんとなくそれを自覚つつ 互いの関係にある
ぎこちなさをどうにか払拭しようと


鳶色の瞳を動かして、少年は口を開く





「そのワンピース「この服がどうかしまして?」
あーいや似合ってるけど、寒くない?」


寒いに決まっているでしょう!だから早く帰りたいんです
暖かそうなアナタの格好が正直、今とてもうらやましいです」





ジト目で見られて彼はやや萎縮する







本当ならマフラーくらい貸したいと思ってはいるものの


バイトで時折顔を合わせるだけの、しかもあまり
好かれてると言えない女の子へ


強引に自分の使っていたマフラーを差し出せるほど

は強いメンタルを持ちあわせていないのだ







「…それにしても」


え、なっなにかな?」


「相変わらずあか抜けませんけれど、先輩って
いつもの作業服よりは私服の方がオシャレですね」


「古着なんだけどね、そう言ってもらえると
ちょっとうれしいかも」


「古いものをボロボロになるまで利用する…なるほど!
それが、巷でよく言われているビンボー人の習性なのですね?」


生活の知恵って言って、頼むから」





悪気がないだけに アーニャの言葉の端々に
潜むトゲがチクチクとをさいなむ





初めてバイトで顔を合わせた時から
変わらぬ態度に引っかかるものを感じていたので





思い切って、は訊ねてみた





アーニャさん…ひょっとして僕のコト嫌い?
知らないトコで君になんかしたかな?」


「いいえ特には、単にその…頼りない人が好きになれないだけです」


「それ遠回しに肯定してるよね!」


「ほ、ほら寮まであともう少しです!おしゃべりをしている
ヒマがありましたら足を動かしてください!」


「だから早いってアーニャさん、待ってって!





先へ先へと進みかかる彼女の腕を慌てて捕まえ
傘の中へと引き入れたものの





「は、ははは放しなさい!





真っ赤な顔で涙目になりながら抵抗されたので





わわっ!ゴメン、つい…」


すぐ手を離し 少年はより落ちこんでしまう









訪れた気まずい空気に…お互いにうつむいたまま


黙って寮の入り口へと着実に進んでゆく





だが数十歩ほど進んだ辺りで、またも
アーニャの身体が傘からはみ出るように離れかかり





それに気がついてはため息を落とし


腕を伸ばして、傘を思い切り彼女主体で差しかけた





な、なにをしてるんです先輩?
ただでさえみすぼらしいのにずぶ濡れになるなんて」


「だって…女の子に風邪引かせるワケにいかないだろ?」





心音がひとつ高鳴って、それをごまかすように
アーニャは傘を押し戻そうとする





お、お気遣いいただかなくて結構ですわ
私とアナタでは鍛え方が違いますから」


「そういう問題じゃないよね!?てゆうか
暴れると濡れるってば…





呟きに、気づいて顔を上げてみれば







雨足は弱まって…ゆっくりと止まった





「雨、止んだね」


「ええ 寮までもうさほど距離もありませんし
本当にありがたいです」





ほっと息をついた両者の側を自転車が通り


上がったばかりの雨で出来た 泥だらけの水たまりを
盛大に跳ね飛ばして行く






「きゃっ!?」





驚いて身を引くアーニャをかばうようにして


泥のしぶきを が代わりにその身へとかぶった





「…大丈夫だった?アーニャさん」


「えっええ、けどアナタが泥まみれになってしまいましたわよ」


「平気平気 洗えば落ちるしコレくらい」


傘を畳みつつ 板についた曖昧な笑顔で答えるけれど


実際は、しばらく気に入りの服が着れなくなることを
覚悟して内心落ち込んでいた







そんな彼へ…アーニャは両手でハンカチを差し出す





「お使いなさい」


「へ?い、いやいいよ!借りるの
もったいないくらいキレイなハンカチだしそれ」


「別に返していただかなくても、それくらいの
ハンカチでしたらいくらでも用意できますわ」


けど、とつけたし 視線を逸らし彼女は続ける





「本日のエスコートは…まあ庶民のアナタにしては
合格と言えますし、ほんのささやかなお返しです」






口調は普段通りに高飛車で小生意気なのだが


眉を下げ、頬と耳を軒下で震えていた時よりも
赤くし モジモジしながら言う彼女の姿



そんなマイナス評価を打ち消し むしろ相手の
心を撃ち抜くほどにかわいらしかった







前髪に隠れた顔の下半分を、かっと赤くして





あ、ありがと…洗って返しに行くよ」





遠慮がちにハンカチを受け取りながら
は、小さく笑った











借りたハンカチは 翌日きちんと洗った上で
アイロンまで丁寧にかけて返された





「まるで新品みたいですわね…これ、本当に
私から拝借したハンカチですか?」


「間違いなくお借りしたモノだよ」





帰る間際に顔や髪の泥を拭っている光景を
目撃しているだけにアーニャには


手の中にある真っ白なハンカチが、その時のもの
どうしても信じきれなかった





「アナタ、どこかの執事だったコトは?」


ないない!てゆうかこの程度のアイロンかけなら
クリーニング店でも家庭でも、誰でも普通出来るし」





ブンブンと手を軽く降る少年を疑わしげに見やり





「…まあ、律儀に約束を果たしていただいて
ありがとうございます では失礼します先輩」


丁寧なんだか失礼なんだかわからない
いつも通りのお礼を吐いて、アーニャは立ち去る







ぼんやりとその後ろ姿を見送っていると





見てたぞ〜お前、地味でもちゃっかり
やることはやってんだな」





肩を抱いて現れたソウルにそう言われて


彼は髪の奥の目を飛び出さんばかりに丸くした





「そ、ソウル!?なんでそのコトっ」


「いやー実はオレが偶然見ちゃったモンで」





ひょいっと横からクレイも現れ、ニヤニヤした顔で言う





「アーニャが戻んないのが気になって迎えに行ったら
先輩にエスコートされてたんで、つい」


えぇっ!?てゆうかいたなら声かけてくれても」


「そいつぁCOOLじゃねーだろ?」


「ですよねーなんだかんだで仲良さそう
歩いてたみたいだし?二人とも」





恥ずかしさで真っ赤になるツナギ少年の様子を





「お前にしちゃ上出来だけど、もーちょい
気づかってやれよな マフラー貸すとかよぉ」


「いやでも雨足の変化でさりげなく傘の位置を
調整してたのも、地味にポイント高いっすよ?」





とても楽しそうに眺めながら、二人は
彼のエスコートを話題にし続けたのだった








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:NOT読んでてアーニャちゃんの可愛さ
やられたので書いた、時系列は適当です
原作と多大な矛盾が生じてもいいのが夢小説の醍醐味!


めめ:なるほど〜頭いいですねー


アーニャ:めめさん、それは浅はかと言うんです


つぐみ:先輩って案外大胆〜けどアーニャさん
どうして先輩に冷たいんだろ?あんな優しいのに


アーニャ:りっ理由なんてありませんし、それに
フツーすぎる庶民はつぐみさん一人で十分です!


めめ:好かれてますね〜つぐみちゃん


つぐみ:そ、そうなのかな…?けどなんで
クレイ君とソウル先輩が先輩のトコに?


クレイ:オレが先輩の話を茜としてたら、たまたま
通りかかったソウル先輩が興味持ってさ


ソウル:で、オレらでアイツからかいにいったんだよ


狐狗狸:気持ちはわかるけどヒデェwww




彼のアイロンがけは母親&バイト仕込みなので
下手な女の子よりもよほど上手いです


様 読んでいただきありがとうございました!