青と赤と白に彩られた、忙しないサインポールの回転とは
裏腹に 店の空気は穏やかだった


落ち着いた広めの内装に似合うソファでは
順番待ちの客がカタログや雑誌、新聞に目を通し


店員は道具や染料を積んだ台と共に 鏡に向かい合う
椅子に座った客の背後に着く





「これからの季節に備えて、思い切ってバッサリ
スタイリッシュな角刈りでお願いしますわ」


「え…ああ、ハイハ〜イ!ご要望とあれば奥様〜♪」





要望通りに客の髪を細かく 時に大胆に整えて


正面の鏡と手元とを見比べながら、理容師は
ハサミやクシなどを操りつつ会話を広げてゆく





「おーい、こちらのお客様の洗髪やっといて!」


「はい!」





呼び声に、台の洗剤を取り替えていた亜麻色髪の
オールバック少年が一人の客についた





「アンタの洗い方 気持ちいいねぇ〜ついでに
ワシのヒゲでも剃ってくれんか?兄ちゃん」


「お気持ちはうれしいですけど、バイトの身なので…」





やんわりとした断りを挟みつつ 少年は泡だらけの
老人の頭をお湯で流して乾かす





その最中に、涼やかな音を立ててドアベルが鳴り





「いらっしゃいま…あ、アナタ様は!!


レジ係の上げた声に 他の客や店員達の視線が集まる







店の中の空気が妙に騒がしくなった事に気づいて


ひょいと顔を上げたの鳶色の瞳が





「…うえぇっ?!


入店してきた三人組に、同じように釘付けになった












〜Barbiere nuovo di Takumi
"カユい所はございませんか?"〜












死武専生は基本的に寮で生活していて


食費や必要なものは先生から渡される
"一週間分のこづかい"でやりくりする規則になっている





手持ちを使い果たしたりした場合は強制的にバイトで
稼がなきゃいけないし、認められてもいるけど


それ以外の理由でバイトする人は滅多にいない





…んだけど、物事には例外がつきもの







君は死武専生なのに、よくあちこちで
バイトしてるよね〜なんで?


「はは…色々物入りでして…」





バイト先でそう言われて 適当に笑う僕がそれ







始めは僕も 寮で小遣いもらって暮らしてたんだけど


場違い、っていうか…豊か過ぎるのに慣れなくて





国の税金で寮の生活とかがまかなわれてるコトを
知っちゃったら 余計いてもたってもいられなかった







『僕に見合うトコロで、働きながら少しでも
ご恩返しをさせてください』






必要がない・授業や任務がおろそかになったらマズイ
寮生活での規則を守らなきゃいけない


この三つがあるから"原則"バイト禁止だと知っている


けど、大して役に立っていない僕がこのまま
好意に甘え続けるなんて もっての他でしかなかったから





頼み続けたら…死神様は 僕のワガママを許して下さった





ま、やれるだけやってみなさい?無茶はダ〜メよ』





"きちんと学業も両立させる"コトを条件として


今のアパート暮らしとバイト生活が始まり…そして続いている





かけもちや長時間&深夜労働がバレると面倒だから
もちろん他人(特にEAT組)にはナイショで







「今日はここで働いてんだ…制服似合うね♪」


「ありがと でもここ死武専の人もよく来るから
他の人に気づかれたら、ってヒヤヒヤしてる」


「安心しろよ、お前よりマスターのが印象濃いから
大概のヤツは気づきゃしねぇって」





ひょんなコトから知られたマカたちとは、こっそり
言葉を交わしたりもするんだけど


彼らにバイト先を教えたコトは一度もないし


よっぽど近くで注意して見ないと、働いてる僕に
気がつかないらしい(約一名を除いて)







…なので、現在入り口にいるキッド君たちは


全く僕に気がついていないようです





――――――――――――――――――――





「ここの店 割と評判高いんだぜ〜雰囲気もいいし」


チョキチョキチョキ!ってあっという間に
髪の毛揃えてくれんの♪きゃはは」





二言三言を楽しげに交わすと、リズとパティは
"後で落ち合おう"と手を振って店を出て


キッドはそのままソファに座って順番を待つ





「まさかキッドく…ご子息様が来るなんて…」


「どうしたね?顔が青いぞ兄ちゃん」


「いいいいいいえ大丈夫です!





老人の洗髪を終えて、はこっそり頭に
バンダナ代わりのタオルを巻き


出来る限りキッドと顔を合わさず備品補充やレジ打ち

他の客の洗髪などに打ち込んでやり過ごそうとした







しかし当人が目当ての席(真ん中)が空くのを
待つ内に 店員の手が塞がってしまい





「おい、先に洗髪だけやっといてくれ
いいか?くれぐれも失礼の無いようにな


「り、了解ですチーフ」





やむなくキッドを応対する事になったのだった







――――――――――――――――――――





椅子を回転させて 背もたれを傾ける間中も

ずっと見つめられてて、かなり居心地が悪かった





「…君は オレの知っている者に似ているな」


「ご冗談を、こんなのどこにでもある顔ですよ」





自分でも声が裏返っているのに気づきながらも

彼の顔にタオルをかぶせて 髪にお湯をかける





「あ、熱くはあ「おい」はいっ!?


ヤバイ!早速ヘマしちゃったか…?





「右から左にかけ通すんじゃない、真ん中で
きっちり区切って左から右にもかけてくれ!」


って こんな状況でも左右対称にこだわるの!?


心の中でツッコミ入れつつも、短く返事して
言われた通りに丁寧に髪の毛をぬらす





間近で触れた黒髪は 少し硬くてキレイだった





「力加減は…よろしいでしょうか?」


「ああ、右はそのままで構わないが
左が少し弱いな もう少し強めに頼む」





でも緊張しっぱなしで細かい注文を受けながら
洗ってたから じっくり眺める余裕なんてなかった





てゆうか本当に細かい、知ってはいたけど





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洗髪を終えると、ようやく手の開いた店員が
やって来たのですかさずは交代する





「お待たせしました、どのような髪型をお望みで?」


「少し伸びたようなのでな 毛先を寸分の狂いもなく
揃えつつ毛足を短くしてもらえないだろうか?」





両者の会話を横目に、ホッと息をついて







離れようとした瞬間に彼の片腕がつかまれた





「なんだ、やっぱりではないか!


「いやあの人違いじゃ「戯け、見え透いた嘘をつくな」
スミマセンでした」


「ウチのバイトとお知り合いですか?」


「ああ、時折庭の手入れで見かけるのでな…
そうだ!どうせだからお前がオレの髪を切ってくれ!」





目を輝かせて言うキッドとは対照的に


は思いっきり顔を左右に振る





「いえあああのっ、僕は単なるバイトで…ムブッ!





しかし"チーフ"が口を押さえて言葉を阻止し

バックヤードまで彼を引っ張りこんで、ささやく





「いいか?ご子息様からのご指名なんだぞ
滅多に無い機会だし、引き受けとけよ」


荷が重過ぎますよ!第一 資格だってないですし」


「大丈夫だって!オーナーにはいつも通り
黙っててやるし…お前 器用だろ?





笑顔でさり気なく圧力をかけられ、
引きつった顔で頷くしかなかった





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慣れているのかと聞かれて僕は、首を軽く横に振る





「客足が少ない時だけしか行わせてもらえませんよ」


ついでに言うと男限定…ああ、あの時マネキンの
ウィッグなんて手入れしなきゃバレなかったのに





不意に首が動いたので あわてて手を引っこめる





「…そんなにオレと顔をあわせるのはイヤか?」


いえそんなつもりでは!ただその、ご子息様が
このような店にいらっしゃると思わなくて」





イメージ的にお抱えの理容師とか…"来る"より
"呼ぶ"方だと思ってたもんで





「リズとパティがオススメだと言ってくれたしな
それより、必要以上の敬語は止してくれないか?」


「そう言うわけには参りません」


「しかし、マカ達とはいつも通り話すだろう?」


「ずっとではありませんよ、仕事ですし」





丁重に断って前を向いてもらうように言うと
眉をしかめた鏡の向こうのキッド君ににらまれたので


僕は頭を下げて、手元へ目を落とす


怒らせちゃったかな…でも お客様なワケだし
間違ってはいないハズだ







「なあ 前髪を切るつもりはないか?」





そう言われたのは、ちょうど白い三本線の入った
前髪を注意深く整えていた時だった





え?あー…整えるだけで十分ですね」


「しかし見えづらいだろう?もしよければオレが
完璧に整った前髪の案を考えてもいいのだが」


「そのお心だけで十分でございます」


「なにか理由でもあるのか?」


「…くだらないこだわりがあるだけですよ」





自分でもうっとおしいと思うけれども


やさしい手の重みが忘れられなくて、あの人の助言が
敵や周囲と対面する勇気をくれたから


つい切りそびれてるだけの…って うおわっ!?





「イヤならイヤと、オレの目をキチンと見て言え!
というかちゃんと顔を見て話さんか!!



「スイマセ、てかあああ危ないですので散髪中は
こっちを向かないでくださ「ぶわぁっ!?」





思わず振った手の先の感触と声に、振り返ると


軽い音を立ててチーフの前髪がひとフサ落ちて…





「「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」」





僕とキッド君の悲鳴が 同時に店内に響き渡った







――――――――――――――――――――







散髪は無事に終わったが、ハサミの切っ先により
いびつになった店員の髪型にキッドがショックを受け


あまつ、それが翌日まで尾を引いているのを見て





「その…色々と、ゴメン


廊下での出会い頭に謝っただが


今度は彼がそっぽを向いてしまう





「別に、ゴミため的存在なオレに無理して
謝らなくても…むしろオレのせいであんな悲劇が」


「そんな大事件でもないから!」





本人的には "その後"の方がよっぽど大事件だったが
そこは言うのをグッとこらえたようだ





「てか、なんでそこまでヘコんでるの?」





逆に訊ねかえすがキッドは、床に手をついてうな垂れ
"クソ、ウツだ"と呟き続けるのみ







お手上げ状態で二人を眺めていた姉妹は





次の瞬間、屈みこんだがキッドの両頬に
キスをした
のを見て 目を丸くして固まった





「おまっ…ちょ、今何を…!


「い、イタリア式の親愛の印だよ!ハグと同じ!」


それに両頬にすれば左右対称だし、と苦しい
言い訳の直後…強烈な蹴りでは2m吹っ飛んだ





「場をわきまえろ虚けめぇぇぇ!!」







顔を真っ赤にしながら立ち去っていくキッドを
目で追いつつ彼女らは言う





「にしし、君て意外と大胆だね〜」


「つーか…なんであんなコトしたんだよ?」





前髪の隙間から、黒いスーツの後姿を見つめつつ


小さく笑ってツナギ少年は答える





僕なりのショック療法、てトコかな
元気になったみたいでよかった…イテテ」








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:「"原則"バイト禁」設定はあくまで私個人の
勝手な後付けなんで、原作サイドじゃきっと特には
禁止されてないんだと推測してます


リズ:アバウトっつーか、いっそ"捏造"っつって
開き直っちまえばいいんじゃね?


パティ:アンタ今じゃサボり魔だしね!きゃはは♪


狐狗狸:傷つくわぁー…しかし神様の息子なのに
意外と街中に立ち寄るんだね


キッド:市民の生活もなるべく目にしたいからな
…それとは別に、貴様には言いたいコトがある


狐狗狸:ちょ、何その怒りのオーラ的なもの?!
言っとくけどアレは最初の長編でも書いたけど
やましい意味はありませんから!本当に!!


リズ:だからってアレは…まあいいや


パティ:ねーお姉ちゃん、買い物せずにお店で
二人の様子を見てたら面白かったかな〜?


狐狗狸:やめたげて!




散髪と髭剃りは、資格がないと出来ないそうです


様 読んでいただきありがとうございました!