「よいしょっと…コレくらいでいいかな?」


やや大きくなった紙袋を抱えて、私は一人呟く





うーん…少し買いすぎちゃったかしら


けど二人で住んでるんだし これくらいならなんとかなる…かな?





そう思いながら急いでアパートに戻ろうと路地を駆けて





「きゃっ!」


「へ…うわわっ!





曲がり角に差し掛かる辺りで、石畳の僅かなへこみに
うっかり足を取られて―倒れこむ







アレ?今誰かの悲鳴が聞こえたような…





起き上がってみると身体にはすり傷ひとつない


ふと下を見れば…なんだか見慣れた服の色…





「ひ、人!?大変!


さっきので誰かが私と荷物の下敷きになったみたい


慌ててそこから退いて助け起こして





「ゴメンなさい!大丈夫ですか?!」


「いやあの平気ですから…あ」





下げた頭を戻して…そこで初めて私は
ぶつかった相手に気がついた












〜Malattia improvvisa di una persona sana
"バカだって風邪を引く"〜












君だったのね…って、アレ?
今日はバイトがあるハズじゃ…」


「あー…実はあっちの都合で早上がりになっちゃって
急にヒマになっちゃったんだよね」


困ったように軽く笑ってから立ち上がり様に


前髪に隠れた彼の視線が、少し私の側をさ迷う





「そういえば、ブラック☆スター君の調子はどう?」


「少しは熱が下がったみたいだけど…
まだ調子が悪いみたいで、アパートの布団で寝てるわ」


「そっか…でもまだ信じられないよ」





ぼそりと吐き出された言葉に、気恥ずかしさから
少しだけまたうつむく





「彼が風邪ひいて休むなんて」







…原因は、間違いなくこの間の課外授業





ただでさえ 寒い地域と夜で冷え込みが強いにも関わらず


普段の薄着に加えて、悪人を追っかけるためだけに
水場を泳ぎ回って、挙げ句に授業終わっても
ロクに身体を拭こうとせず


疲れたからってお風呂にも入らないでそのまま寝ちゃって
(トドメにお腹まで出してたし


そうなるのは当たり前なのに







「みんなに心配かけちゃって、なんだか申し訳ないわ…」


「病気じゃしょうがないよ気にしないで
…トコロで椿さん、この紙袋の中身なに?」





持ってもらってた紙袋を、受け取りながら答える





「少しでも早くブラック☆スターに元気になってほしくて
栄養のある食べ物とか、色々買ったの」


「そうなんだ…でもコレちょっと多くない?」


「やっぱりそう思う?」


え、あ、うーん…ま、大丈夫なんじゃないかな?
逆に彼にはコレくらいあった方がいいかも」


「そう言ってもらえると助かるわ」





ほっとして微笑むと、彼がちょっとだけ頬を赤らめて


それからチラリ と抱えた紙袋へ視線をよこした





「椿さん それ…少し重いみたいだし
アパートまで持って行こうか?」


「気にしないで君、アパートまで
そんなに遠くもないし大丈夫だから」





申し訳なさ過ぎるからやんわり断るけれども


君は小さく首を横に振って





「エンリョとかしなくてもいいから、僕どうせ
自分のアパート帰るトコだったんだし」





戸惑う私の腕から自分の腕へ


荷物をさっと持ち替えて 返事を待ち続ける


その動きが、板についていたように自然だったので
ちょっとビックリした





「…そう?じゃあお願いしちゃおうかしら」


OK 任せて」









アパートへ着くまでのほんの少しの間





二人で並びながら、ブラック☆スターが
外に出られずヒマそうにしてたコトや


買ったものの中身についてなんかを語り合う





「玉子酒を作りたかったんだけど、近所には
日本酒って売ってないみたいで残念…」


「へぇ〜日本でもそんな話があるんだ」


「もしかして…イタリアでも?」





訊ねれば、彼はこくりと頷いて答える





「マンマが風邪気味の時に一度、ホットワインに
荒びきコショウを入れたヤツ飲んでたから」


お酒にコショウ?効くのかしら」


「うーん、そこまではちょっと…あ、でも
味はあんまりオススメできない


「飲んだコトがあるの?」


「一口もらったんだけどヒドかったねー
あの味はちょっと思い出したくない」


嫌そうな声と大げさにベロを出したリアクションに

君の感情がしっかりと現れていた





「それじゃあブラック☆スターだとますますダメね
あの子、苦いのとか辛いのイヤがるのよ」


「暗殺者なのにそこは年相応なんだね」





お互いの口から、小さく笑みが零れる





「それなら砂糖を溶かしたお湯にレモンの皮を入れたヤツ
いいんじゃないかな?これも人から聞いたんだけどさ」


レモネードね…確かに身体によさそう」





生憎、今回買った品物の中にレモンは無いけど
もし風邪が長引いたら試してみるのもいいかも


もちろん 治ってくれるに越したコトはないけど









「荷物持ってくれてありがとう 君」


「あ、ここなんだ…いえいえどういたしまして」





アパートの前で荷物を手渡して





「それじゃ、ブラック☆スター君によろしく」


立ち去っていく彼の背を







「…お゛い゛!待でよ!!」





呼び止めたのは…鼻水ズルズルになりながら
赤い顔で窓から身を乗り出した


「ぶっ、ブラック☆スター!なにしてるの!?


「あ゛んばりにも椿の帰り゛が遅ぇ゛がら
探じに行ごうどじでだんだよ…ぞれより!
オレ゛様の信者なら見舞いぐれぇじろデメェ〜!!



近所メーワク!てーかそれより
そんな身を乗り出したら危ないって!!」





必死の忠告にも関わらず、あの子は大声で
私達を呼び続けている







こうなったら断るコトが出来ないのは


当然 私も君も知っていた





「あのー…手ぶらでも上がっていいかな」


「いいのよ 顔を見せてくれるだけでも
ブラック☆スターもきっと喜んでくれるから」







玄関で靴を脱ぐ習慣に面食らいながらも





「お、おジャマします…」





おずおずと上がった彼を、ブラック☆スターは
まだ赤みの残る顔で出迎える





よ゛ーじよ゛ぐ来だ!ぞれでごぞオレ様の信者だぜ
びゃーっべほごほげほがは!


「ああうん…みんな君が風邪ひいたって聞いて
ビックリしてたよ」


「ぞうだろうぞうだろう゛!オレぼどの大物だど
風邪程度でも全員大慌でだがらな!!」






もっとも、理由を聞いたら皆呆れかえっちゃったコトは
本人の前で言えないけれど





「ぜっがぐ見舞いに来だんだがら、オレがいな゛い
死武専でどれだげ小物どもが嘆いでだが
じっぐり語っで聞かぜろぉ!!」


「うわわツバが…じゃない、寝てておとなしく!」


あ゛ぁん?オレに命令じでんじゃね…
ゲッフォゲホゲホガホガハ!!


「ほらもう、無理しちゃダメでしょ?」







背中をさすりながら布団に連れて行った
ブラック☆スターが寝付くまで


彼は、しばらく話し相手をしてくれてたので


荷物を整理する手前…本当にありがたかった





「迷惑ばっかりかけちゃってゴメンね?」


「あやまらなくていいよ椿さん、元々は
僕が勝手に関わってきたんだから」


お茶を一口すする彼の目が一瞬だけ

隣の部屋で眠るブラック☆スターへ注がれる





「けど、改めて目の当たりにしたけど
ブラック☆スター君が風邪ひくなんてね…」


あら?彼だって風邪くらい引くわよ?」


「いやあのっ 別にバカにしてるワケじゃ
ないんだけどね…本当にそのー意外で」





…ちょっとからかい過ぎたかしら?







でも、そう思う君の気持ちも分かる


ブラック☆スターは いつも元気で活発で
おおよそ病気なんかは程遠いイメージがあるもの





「けど、たまにはもう少しだけ
後先考えて欲しいかなーって思うけどね」


「椿さんはいつも大変だね、彼につきあわされて」


「好きで組んでるからいいのよ
例え、おバカで無鉄砲でも」


「その辺は…ちょっとだけ分かったりして」





"信者"だなんだって勝手に言われて、色々と
引っ張り回されている彼だけれども


あの子の強引さをある程度理解した上で
許容してくれているのは





パートナーとしても、嬉しいし





「逆にさ…ちょっと聞いてもいい?」







一呼吸置いて 彼は鳶色の瞳を真っ直ぐに
こちらへと注いで問いかける





「僕としては"友達"として見てもらいたいけど
椿さんは、彼にどう見てもらいたい?





低い声はどこか真剣で、私は少しドキリとする





どうって…私は彼の相棒として側にいられるなら
特に不満なんて無いけど?」


「ええと、そうじゃなくて…」


しばらく亜麻色の髪をくしゃくしゃと掻いて





…ひとつため息をついて、君は
明るくこう言って笑った





「…ゴメン なんでもないから忘れて
それじゃそろそろ僕、帰るね?」







何となく、聞きたいコトは分かっていたけど


口にしてしまうには曖昧すぎる気がして





笑って 頷いて濁した











……それから ほどなく風邪を完治させて


ブラック☆スターは元気に死武専へ登校した





ひゃっはあぁ〜!オレ様完・全・復・活!!」


「おーそりゃよかったな、おめっとさん
マスクつけてやろうと思ったのに残念だぜ」


「ともあれ無事でなによりだ、これを機に
生活リズムをきっちりかっちり見直すのはどうだ?」





彼はいつもの様子で教室の目立つ場所に陣取ってる


やっぱり、教室で仁王立ちする姿を見ると
落ち着くっていうか…しっくりくる





「椿ちゃんこの前はゴメンね、お見舞い行けなくて」


「いいのよ マカちゃん達も課外授業お疲れ様」


すまなさそうな彼女達へ答えていると





自然なタイミングで、見慣れたツナギ姿が教室へと入ってきた





「おはよう…ゲホッケホコホ」


「ありり〜君、顔赤いよ?」





鼻声になってるし…ひょっとしてこの前の風邪
うつしちゃったかしら?





心配で声をかけようとして


またも先にブラック☆スターが気付く





おっ、来たか我が信者よ!見事復活を遂げた
BIGなオレをとくと拝めぇ!!」


「オイオイ今度はお前が風邪かぁ
じゃ予防のためにマスクだなマスク」


「わちょっ、やめてよソウルく…うわ!


「よーしやっちまえソウル!」





たちまち悪ノリしだす二人と


制裁に本を抱えるマカちゃんとを抑えるために
私は立ち上がる








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:性質が似てると苦労しました…つーか
ブラック☆スターの影響力マジパねぇ


椿:でも、私達らしくていいと思います


ブラック:ったくオレの見舞いに一番に来ないなんて
薄情なヤツだなーお前


マカ:だから課外授業があったんだってば


ソウル:つか自業自得じゃねぇか、同情の余地ねーぞ


ブラック:唯一見舞いに来た信者も、靴下が
ツギ当てだらけでしみったれてっしなー


椿:それは言わないであげて 可哀想じゃない




あの質問が、同情か恋情かは藪の中


様 読んでいただきありがとうございました!