床に描かれた魔法陣や細々とした呪いモノを照らす
灯りと、壁からもれる水音が閑散とした室内に響く





地下祭壇に導かれた 博士とツナギ少年と妖精を


"結社"の者達は渋い顔つきで眺めていた





邪魔者は消せと命じたハズ…何故連れてきた?


「目ノ前デヤッタ方ガ・証明ニナルト思ッテサ」





楽しげな悪魔を一瞥し、すぐに彼らの意識は
クロナへと向けられる


「まあいい、"伯爵"の研究成果を
死神の狗どもで試すのも悪くは無かろう」


「よもや"双剣"が死神に庇護されていたとは
…"伯爵"め、逐一腹の立つ男だ」


「ソウケン?それよりダレだよ、"伯爵"って」





の問いへ 答えたのは悪魔





「二度目ノ儀式デ・ボクヲ呼ンダ"医者"ノ
友デアリ・彼ヲ殺シテ・密告シテ離反シタ男サ」



「…なるほど、大体輪郭がつかめて来た」





もうろうとしながらも、シュタインが小さく呟く





「どういうコトですか?」


「つまりは…復讐心による勘違いに巻きこまれー」


「これはれっきとした制裁だ!」







耳聡く聞きつけた格好だけは町民の集団
続けた長々とした言い分を


"医者"の手記と事実を照らし合わせて要約すれば





密告されて死武専に"結社"解体された後も

仲間を殺し、知識を奪って逃げた"伯爵"への
自分達の怒りはおさまらず


鬼神復活を機に力を蓄え 当人を探し出して
殺すべく"医者"の家を探り


妖精を捕らえ リストに従って呼び出した
悪魔の力で兵隊を増やしていた矢先





クロナのコトを耳にし、その特殊さに"伯爵"
絡んでいると直感し


"結社"の戦力にと目論み 捕らえようと試みた













Sesto episodio 悪魔の蝶











…と、そこまでを聞き 少年は疑問を口にする





「おかしいじゃないか…リーフェルは
逃げ出したハズだろ?なんで悪魔がいるんだ
それに どうして敵に協力なんか」


「こんなヤツ知らないわよ、アタシは街中で
脅されて それで仕方なく…」


仕方なく?ウソをつくな、オリの中で
震えながら我らへ命乞いしたコトを忘れたか?」


「うるさい!」





怒鳴りつけた彼女の表情は、あからさまな恐怖と
怒りに染め上げられて歪んでいた







一拍の沈黙に 悪魔どもの言葉が滑りこむ







「彼女ハ・怖カッタノサ…仲間ノヨウニ
血ヲ・羽ヲ奪ワレ続ケテ生キルノガ」


「召喚・使役の対価は血…羽の粉薬は
目に入れたモノに絶対の眠りをもたらす…」


「ドチラモ一匹ジャ・到底足リナイダロウ?


「そこの妖精はな、自分だけ助かりたくて
隠れた仲間を差し出し…そして逃げたのだ」






は…その事実にただただ絶句した


シュタインは、予測していたのか思考が
半ば麻痺しているからか 涼しい顔を崩さない







「ナニよその顔、助かるために他人をギセイにして
悪いワケ?みんなやってるコトでしょ!
アタシの立場ならアンタたちだって…」


あらん限りに言いつのるも返答は無く、それが
整った顔立ちをますます醜く歪ませていた





「…ま、アンタらみたいな気持ち悪い連中には
ナニ言っても分かんないかもね?さっ早く
アタシをここから出してちょーだいな!」





最後にその一言を搾り出し、精一杯皮肉に
笑って、リーフェルが言う





男に目で差され 悪魔は頷いて







妖精を虫の包囲網で包み込んだ







「え、ちょっ…ナニよコレ?アタシちゃんと
協力したでしょ?ジョーダンよしてよ」





うろたえながらも悪魔へ取りすがる彼女だが


虫達は離れず、じわじわと狭まってくる





「言ッタダロウ?逃ゲラレナイ・ッテ」


「安心しろ、貴重な材料源を殺しはしない」


「その羽と!血を持って!我らは愚昧なる王と
法を滅ぼし、正しき世界を教え広める!!」






どこまでも本気な残党達の様子に、自由を奪おうと
まとわりつく虫の群れに笑みが消え





整った面立ちは恐怖一色に染め上げられた





「ヒドい…ヒドいヒドいヒドい!裏切り者!
ウソつき!助けてくれるって言ったクセに!!






甲高い叫び声を撒き散らし、彼女の蒼い瞳が


魔剣士と対峙している二人へと向く





「ね、ねぇアンタたちっ!アタシ知ってるの
粉はかかってすぐなら洗い落とせるのよ!?
助けてくれたら水場まで案内してあげるわ!!」








けれどシュタインもも その言葉に
興味を示そうとせず、微かに口を動かすのみ





聞いてるの!?アタシのコト助けてよ!
アンタ約束したじゃない、さっさとしてよ役立た



「いい加減黙れよ、"自業自得"じゃないか」





リーフェルは、耳に届いた低く尖った言葉を疑う





「え?ちょっと 何言ってんのよイミ分かんない

アタシは被害者なのよ?こいつらにダマされて
今にも殺されそうなのよ!アンタには血も涙も―



悲痛にまくし立てられ続ける大声は

ただのひと睨みで 喉の奥で凍りついて固まる





前髪の隙間と、虫の幕を通して


鳶色の瞳から敵意軽蔑とを投げつけられて





僕が聖人君子やヒーローだとでも思ったの?

冗談 自分のイバショを護るのに一杯一杯の
たんなる一般人だよ、すがる対象間違えてるだろ」





抑揚無く、感情も伴わず機械のように





「カワイイから、弱いから、不幸なキョウグウだから
同情される優しくされる助けてくれる…って思った?
助かるためならなにしても許されるって、思った?


ヒドいコトをしても、泣いて事情を話せばコロッと
だまされるほど僕がお人よしに見えた?


―甘えんなクソ女





は 彼女の全てを否定する









打ちひしがれて 力なく落ちて行く妖精を
悪魔が差し向けたネズミの背で受け止めさせ





男達はいよいよもって 弱者(かのじょ)を見下し嘲笑う





死神に従う木偶などに助けを請うなど」


「いっそ哀れだ、こんな人殺しの鬼畜ども
頼らねばならない貴様の心が」


次の一瞬で 団員の一人目がけ鋏の片刃が突き出され


悪魔に操られた魔剣士の"黒剣"が、その刃を
跳ね上げる形で防いだ





小さな悲鳴をもらし 狂徒の残党の群れがたじろぐ





でっ!断り無くオレを盾にしやがったな
シロアリ野郎ぉぉ!!』



「ボクハ悪クナイ・彼女ダッテソウサ?

信念デ・目的デ・或イハ術(スベ)ナク・自ラノ最善ヲ
尽クシタ相手ヲ・責メル資格ガ君ニアルノ?



知るか 勝手にゴチャゴチャポタポタギャーギャー
意味不明に下らないコト喚きやがっ」





再度飛びかかろうと身をたわめた
横殴りにクロナが攻撃を仕掛け


武器化でガードした左腕ごと吹き飛ばされて
彼は背中から壁に激突する





下らない?ならば何度でも言ってやろう」


「貴様らがやっているのは…人殺しだ」





"結社"達の声に合わせて、悪魔の術によって

土煙を通した頭目がけ クロナが剣を突き立てる





…細身の黒剣は 深く壁へと突き刺さった







当たり前だろ?武器は敵を倒すために
…極論すればナニかを殺すためにあるんだから」





すんでのトコロで半身をずらした
縮めた身体を利用し、両足で魔剣士を蹴り上げる





不意を喰らって 今度は魔剣士の身体が吹っ飛んだ







その隙に立ち上がり、咳き込みながらも





「だからっ、敵なんかに同情も容赦も必要ねぇ
俺が決めた 今決めた!ブチ殺ってやるから
覚悟しろ駆除対象(ナマゴミ)が!!






叫んで彼は男達、いや悪魔への突進を試みる







「は、早くその異端者を滅ぼせ!





声に合わせ、体勢を立て直したクロナが距離を詰め

頭上高く振りかぶった剣を打ち下ろす





慌てて交差した両腕の鋏の刃が間に合って

亜麻色の髪の5cm上で黒剣は防御され


更に斜め横に捻った彼の腕が 剣を挟みこんだ





「無駄ナ事ヲ・君ニ抑エラレルワケナイノニ」





クロナは尚も虚ろな目で刀身を押し込んでいき







…派手な音を立てて、全体にヒビが広がった







「なっ…!?」





驚いた"結社"の一群と 悪魔が揃って音源を辿る





壁面にメスを深く刺しこんだシュタインの姿
目視したと同時に、壁のヒビ割れが上へと走り


溜まっていた雨水がそこから勢いよく流れ出て


真下にいたシュタインの頭へと降り注がれた





やった!うまくいっ…う、うわわっ!?





力任せに横に振ったので 魔剣を噛んでいた
二枚の刃は感性にしたがってすっぽ抜ける





勢い余って離れた床に倒された


迫り来る 容赦の無い刃先が刺さるのを
半ば恐怖混じりで覚悟した







間一髪で彼を救ったのは、掬い上げるように
クロナの胸に放たれた蹴りだった



カウンターで入った一撃で、魔剣士は
逆に2mほど離れた床へと転がる









頭を貫くネジをひねって、片腕に拾い上げた
亜麻色の柄の鋏へシュタインは言う





かなり荒っぽい目覚ましだが…おかげで
目が覚めた、助かったよ君」


『…職人のムチャを聞くのが、僕の役目ですし』





へらへらと笑う職人へ 平然と返す武器を眺め


狂信者達は信じられないといった眼差しをする





小僧を囮に 壁を壊し水を…いつの間に!」


「しかもあんな妖精のたわ言と、わずかな
水漏れを目当てに素手同然で…!?」


「イカレテルネ・君タチ」


「それは、お互い様じゃあないのか?」







答える代わりに 悪魔は手にしたラッパを吹く





何事も無く立ち上がり、床を蹴って突進する
クロナを シュタインは迎え撃った





大降りの鋏を自在に操り 剣撃を捌きながら


いくつかの浅い切り傷を刻みつつ、鋏を盾に





「魂威!」


クロナの胴体へ二度三度 掌低を打ち込む


しかし操られた魔剣士は、足を止めるどころか
動きを鈍らせずに攻め込んでくる





「ハハッ無駄無駄・紫骸蝶ガアルカギリ人形ハ
ドコマデモ・僕ニ従ウノサ」


「そんな鋏程度で、圧倒的な力を誇る
"伯爵"の武器が止められると思うのか!」





敵陣の揶揄を 意にも介さずに


袈裟懸けの一閃を受けて掻い潜り、もう一度
シュタインの魂威が打ち込まれた直後







双方の動きが ピッタリと停止した





「…どうした!?何故動かぬ"双剣"!!


「人形ニ・糸ヲ絡ミツケタノカ…!?」





悪魔がいくら全力を注いでラッパを鳴らしても





"魂糸縫合"によって縫い止められたクロナは動かない







『は、博士…この技 僕じゃ5分も持たな…!』


「分かっているさ、まぁガンバレ」





あっさりスパルタ押し付け 彼は黒剣へ呼びかける





「さて、協力してもらおうかラグナロク」


『ざけんな命令してんじゃねぇ!』


魔剣ともあろうものが主人を好きにされて
そのまま指をくわえて眺めているつもりかい?」


じゃあかましい!大体元はと言えばテメーらが
不甲斐なさ過ぎるのが原因じゃねぇか!何だって
オレが働かなきゃならねぇんだよ!!』






その瞬間 二人の魂が一つの感情を共鳴させた





「出来ないくせに、文句だけは一人前か
解体するぞ


『…役立たねぇな、くたばれ口だけ魔剣





シンクロした罵倒に せわしなく動いていた
ラグナロクの唇がほんの僅かに沈黙して







『ムガアァァァァァァァァ!

ナメ腐りやがってぇぇぇぇ!!』






吐き出した怒号で刀身を最大限に震わせて


大き目の水音を鳴らして、液状となって
クロナの黒衣へ溶け込むように引っ込むと


『ぴぃぎえぇぇえぇぇぇぇえぇ!!』





傷口から染み出した黒い血が、全て針状に尖って
床へと刺さり クロナを物理的にその場に繋ぎ止めた








なにコレ…アタシは 夢でも見てるの…?」





呆然とする"結社"の連中に代わって、妖精が呟く





『黒血で足止めしてる内にシロアリぶっ殺しとけ
でねーと後でぶっ殺してやるぜぇぇ!!



「もちろん♪バラバラにしてやるとも」





縫合を解き、魔剣士を超えてシュタインが駆ける





名指しされた悪魔は むしろ男達の背後から
相対するように躍り出る








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:無駄に長引いたー…今年中にはどうにか
この長編を終了させます!


シュタイン:まあ、最悪年明けに要らぬ後悔を
背負い込むだけだからいいんじゃないかな?


狐狗狸:失敗前提!?しかしぶっつけ本番で
魂糸縫合て…いくらなんでもスパルタ過ぎじゃ


シュタイン:拡散縫合でないだけマシだろう?
先輩ほど精密さと持続は無いにせよ
初めてにしては中々筋がいいよ、彼


狐狗狸:…囮役といい今回かなり悲惨だウチの子
つか操られてるとはいえ、ボコられまくりで
クロナ大丈夫かなー(ゴメンこんな役割で…)


ラグナロク:あぁん?オレが日々ヒマつぶしと
腹いせでイジメがてら鍛えてっからあんなモンじゃ
ビクともしねーんだよ なめんなコラ!


狐狗狸:もうちょっと労わってあげて…




悪魔との決着 そして更なる謎と物語へ…?


様 読んでいただきありがとうございました!