……ある一つの結社の輪が説いた"信念"は
全ての和から拒絶を受けるに足る狂信であった
輪の中から解れ、消された一塊の信者達は
元居た輪からの弾劾すらものともせずに
影に隠れて、イカれた思想へ心身を浸す
健常者ならば選ばぬような おぞましい外法に
手を染めた彼らは 鬼神の狂気に刺激され動き出す
「"伯爵"の研究…まさか、完成していたのか…!?」
元の狂信は 歪んでこじれて更に捩れている
時の流れと、ある一人の"魔術師"への怨念で
「思わぬ収穫だが 元はこちらの技術…
なれば我らが手にするが道理、例の"武器"が
完成しているのならば手間も省けて好都合」
「何としても捕らえよ 邪魔者は消せ」
「あの男が我らから何もかもを利用し、奪い
そして台無しにしたように」
「…今度は、こちらが征服してやる」
復讐に燃える信者達を 複数の眼で余す事なく
見つめながら…悪魔はせせら笑う
「魔術師・医者・ソシテ今度ハコノ男タチカ…
楽シイ踊リノ・ハジマリハジマリ♪」
Cinque episodio 狂気幻想
うっそうとした黒い木々の合間をひたすらに進み
三人と一匹は、朽ちかけた修道院の入り口へと
たどり着いていた
「魂の数も複数反応がある…どうやらここが
敵の本拠地で間違い無さそうだ」
「や…やっと着いたんですね…」
「だ、だだ大丈夫?君」
心配してくれたクロナに、気を使わせたくなくて
彼はヒザの辺りに手を置き 呼吸を整えながら
平気そうな微笑みを浮かべてみせる
「なに息切れしてんのよ、ダッサーい
そこの二人は平然としてんのに弱いわねアンタ」
がしかし 宙にホバリングしたまま言った
リーフェルの発言に、たちまちムッとしてしまう
「二人は特別なの、てか君が言わないでよ」
の名誉のために一応述べておくが
街中ほどではないにせよ、ここまでの道中で
刻印つきの獣や鳥などによる戦闘がいくつか続き
その度に"耳の奥で羽音が鳴るような不快さ"が
強まったり弱まったり緩急をつけて襲いかかる
…あくまで 特殊な性質を持つ彼だけに
故に平均体力と戦闘経験値しか持ってない少年なら
それで余計に体力を削られ、バテバテになっても
全くもっておかしくないのである
「はいはいそんなのどうだっていいわよ、とにかく
さっさと入ってやる事やる!ほら急ぎなさいよ」
妖精に急かされるようにして、三人は腐食した
蝶つがいに辛うじて引っかかる扉の隙間をくぐった
ホコリと砂利とが積もる回廊を踏みしめ
より一層怯えて、クロナは肩をすくめてうつむく
「薄暗くてブキミだよぉ〜こんな暗くてブキミな
空間とどう接したらいいか分かんないよぉ〜」
「我慢しやがれ!次ビビったらお前の口に
ゲンコ突っ込んで歯ぁ引っこ抜くぞオラ」
「よしなよ、コワくなったって当たり前だって」
彼らの数歩後ろを歩きながら、シュタインは無言で
己の内から沸きあがる衝動と戦っていた
マリーといる事で幾分か鳴りを潜めていた狂気が
メデューサの姿を取って、彼の中で
まとわりつくように甘くささやきかけてくる
"やりたいように 二人をバラせばいい"
"満足行くまで己の探究心に従ってしまえ"と
「博士?…シュタイン博士!」
数度の呼びかけで、シュタインは我を取り戻す
「ああゴメン、少し考え事をしていてね」
「そうですか…けど 本当に僕たちだけで
やるんですか?」
先程まで自分を見ていた 冷たくも恐ろしい眼を
錯覚と忘れる事にして が問う
操作の術の根源を突き止め 出来る事ならば
停止か、解除か、破壊を行うために
内部に乗り込む話は 修道院へ来るまでに
すでにまとまっていたのだが
援軍が来ないうちからの行動もさる事ながら
戦力と…探知の両面で頼られるのは初めてだったので
クロナとは別の意味で不安に駆られているのだ
「まあ無茶だと判断したら機を見て すぐ撤退するから
安心しなさい、その時になったら味方を待てばいい」
「まだるっこしいわね、乙女のために死ぬ気で
戦いなさいよ!三人もいるくせに情けないったら」
呆れ気味の、リーフェルの台詞の後半は
聖堂を囲む ひび割れたステンドグラスが
完全に粉砕される破壊音に飲み込まれた
破片を超えてばら撒かれて降り注ぐ石つぶてを
職人二人は、瞬時に武器化したと
ラグナロクを振るって叩き落す
身構えるクロナとシュタインを目指して
間を置かずに紫刻印を刻んだ人と獣の混合軍が
前方と後方から 足並みを揃えてやってくる
「流石にこの数をマトモに相手していたら
日が暮れそうだ…ここは一気に突破するか」
『どーやってだよ!空でも飛べってのか!?
そこで浮いてる口だけ妖精みてーによぉ!!』
「なんですってぇ!!」
ヒステリーを起こしてたちまちケンカを始めだす
両者を無視して、シュタインは訊ねる
「君、身体は頑丈な方かい?」
『へ?まあ それなりには』
「そう♪それは何より」
メガネの奥の瞳がニコリと笑っていた事に
とてつもなく嫌な予感を覚えて
意味を問おうとした、その直後
職人は手にしていた魔武器を 勢いをつけて
振りかぶるように一直線にぶん投げた
『うわあああああぁあぁぁあぁぁぁー!!』
いっそ小気味よいほどの速度で空を駆けた
人体二分の一サイズの鋏に反応し
顔を 身体を 視線を 意識を向けた意志無きモノの
隙間を、白衣と黒衣と妖精がすり抜ける
受け身を取るべく元の姿へ戻った彼が
したたかに腰を打ち付け 呻きながら身を起こし
そこへ丁度シュタインとクロナの両者が追いつく
『ぐぴゃぴゃぴゃぴゃ!今思い切りケツ打ったろ
クソだっせぇハサミ野郎だなぁぁ〜!!』
「着地は苦手なんだよっ!」
「ぷっ…本当ダッサ…ぷくくく」
魔剣と妖精に笑われ 涙目で叫ぶへ
すかさずシュタインが呼びかける
「文句を言っているヒマは無いぞ!」
「は、はい!」
短く返事をし、慌てて駆け寄った彼は再び
亜麻色の握りの鋏へと変化していた
聖堂を抜け 階段を上下に登り 空中回廊を通じて
東から西の尖塔へと移りながらも
教師の指示の元、二人は後ろから追って来る
もしくは死角から迫る人や犬、ネズミなどを
かわして足止めし やり過ごして探索を続け
逸れまいと その後ろを彼女が着いて行く
…そうして、地上から見える部分は
比較的あっさり踏破を果たしていた
「これで粗方回ったか…上には何も無いようだね
操られている人や獣たちを除けば、だけど」
「やっぱり…この下に原因が?」
修道院の隅に位置する、物置のような室内で
鳶色の瞳が髪越しに、クロナと協力して
持ち上げたフタから覗く 地下への入り口を見やる
その真横から同じように入り口を覗き込みながら
リーフェルは、ウンザリといった風に言った
「面倒くさいわねーアンタ追っ手が来る位置とか
わかるんだったら、とっととその能力使って
原因突き止めなさいよね?無駄に動き回らされる
身になりなさいよ あー疲れる」
「近くにいる相手だけだって、それに分かるのは
せいぜい距離と魔力の強弱ぐらい!多分だけど」
「え、そうなんだ…案外普通なんだね」
強い魔女や職人などを見てきたクロナは思わず
それらと比べて "ちょっと弱いな"と感じた
彼の"特性"が見た事も聞いた事もない力なだけに
余計に、そう感じてしまったのかもしれないが
呟きと、きょとんとした相手の表情で
なんとなくその辺りを察したは
板についた曖昧な笑みで見栄を張る
「まぁ…悪くないよ、普通もさ」
注意してサビだらけのハシゴを降り、湿り気の強い
淀んだ石造りの通路をシュタインの先導で進んでゆく
点在するロウソクが闇をより強調する 入り組んだ
通路は死角も多く 微かな物音が時折響く
…けれども歩を進める彼らの予想に反し
操られたモノ達の襲撃は、まだ無い
「妙だな、つかず離れずを保っているのに
周囲の魂に動きが無い…大丈夫かい?」
問われては 吐きそうな顔で首を縦に振る
「平気なのかよ?クロナより先にくたばりそうな
辛気くせぇツラしてんじゃねーかテメェ」
「…ハハハ」
頭を満たす不快なざわめきが、周囲の闇から
発されてるような感覚に耐えつつ手を振る彼を見て
さすがのラグナロクも 軽口が叩けなくなる
しばらくは暗い通路を、一人として敵の姿を
見かけず黙々と歩く 据わりの悪い状態が続いて
やがて空気に耐え切れず騒ぎ出したのは
…やっぱり リーフェルだった
「いつまでこんなトコうろつくのよぉ!もうイヤ
アタシ疲れたぁ〜!!」