生徒達と教師二人の負傷確認と、全員の
応急手当がほぼ滞りなく終わりかかった辺りで





「お〜〜い みんな無事か!!」


「死人 ナイグス ジャスティンも」





死人の部隊とジャスティンとがマリー達に歩み寄る





「すまん、余計な妨害もあって遅くなった」


「丁度合流できまして 残念ながら…
敵将と魔女、各々一人逃がしてしまいました」





驚きを隠せない生徒に混じって、約一名が
悔しげに歯噛みする





「…今回の戦の目的は"BREW"を
手に入れるコトだ 敵を討つことではない」






言い聞かせるように告げてから死人が
"BREW"の所在を尋ねるけれども


マリーは静かに首を横に振るのみ





それで全てを察した死人は、理由を追及せず
へたり込んだままのシュタインへ声をかけて背負い


マカへ死神マークの鏡を投げて渡した





「それでこの島を出たら死神様に今回の
戦いの報告を 出来るな?


「はい!!」





撤退の言葉が 満身創痍の面々へと告げられた







「さあ帰ろう デス・シティーへ」












L'ottavo episodio 流れは早さをまして











島を離れる船の縁に、ぼんやりと座りこみ
あるいは寄りかかる仲間達に混じって


鏡を使ってマカが 死神へと連絡を取りつなぐ


間を置かず、画面一杯に涙目になった
スピリットの顔が映し出された





マカァアア!!無事かァアああ!!!!』


「うん、はい、いいから 死神様出して」


叫ぶスピリットを淡々とどかして


彼女が死神へ報告する声に耳を傾けつつ





磁気嵐と島が遠ざかるにつれて、気持ち悪さと
"耳鳴り"が波のように引いていくのを感じ


波長の調節から開放されて息をつく







「アンタ、なに嬉しそうな顔してんのよ」





不機嫌そうなキムの言葉が突き刺さる





「え…いやまあ もうあんな島に
二度と来るコトもないと思ったし、つい」


「そりゃそーだ、少なくともオレはゴメンだな」





うんうんとキリクが頷くも 彼女の態度は
軟化せず、所か余計に厳しくなった





「てゆうかそもそも職人もいない状態で
大した実力もないクセにアンタみたいなのが
この任務に加わってるなんて、絶対おかしい


「言われてみれば…島にいる間の態度も
変でしたし、なにか僕らに隠していませんか?」


「考えすぎだって、僕は単なる救護班だよ」





出来る限り明るく曖昧に笑いかける少年だが


返ってくるのはオックスチーム五人分の
より強さを増した疑いの眼差しだけ





居たたまれない沈黙に耐えられず


船の縁に背を預け、首をうな垂れさせて


彼は静かに寝息を立て始めた





あ!こら寝てごまかそーとすんな起きろ!」


「止めとけよキリク、オレらも疲れてんだし
ムダに体力使うこたねーだろ」





素っ気ないソウルの一言も手伝って、五人は
納得し あるいは相手に興味をなくして


誰かとの談話や休息へとシフトしていく







それを前髪越しにこっそり確認して目を閉じ


寝たフリをしたままのは、小さく呟く





「…Anche se nulla e conosciuto
(何も知らないくせに)」







――――――――――――――――――――





島からババ・ヤガーの城へと無事に舞い戻り


アラクネの元までBREWを持ち帰った
モスキートだが、その顔色は優れない





どうしました?早く出しなさい」





訝しがるアラクネへ、老人はかしこまった態度で
顔を上げずに言葉を放つ





「あの磁場の中…800年は長すぎたようで

さすがのエイボン最高傑作"BREW"ですら
耐えられなかったようです」


「率直に言いなさい」


「機能は停止し…
"BREW"はガラクタ同然です」








静寂を挟んで、彼女は口元を覆っていた
黒い扇子をたたんで鷹揚に微笑む





まあよい…もしかと予想はしていました」





任務を果たせず 更には800年の苦労が
意味を失くしたにも関わらず意に介さぬ魔女へ


モスキートが問えば、アラクネはこう答えた





"BREW"をアラクネが手に入れた事を
死武専は知っているが その"BREW"が
壊れている事実は知らないのだ
、と





十分 脅威ではないか 死武専にとって
"BREW"は機能しているものですから」






アラクノフォビアが"BREW"を持ってる


ブラフであれ、その情報を切り札として
手に入れられた現状に彼女は満足しているらしい







胸を撫で下ろしながら 老人は姿勢を正して言う





「僭越ながらアラクネ様…件のという
魔女についての処遇は いかがいたしましょう?」


「我らの退散まで、死武専の動きを少しばかり
かく乱していた事に免じて 今は放っておきますわ」


いずれ相応の罰を与えるけれど、


余裕に満ちた魔女の言葉が
艶やかな笑みと共に添えられていた







――――――――――――――――――――





争奪戦も終わり、安全な場所まで戻っても





「うふふ楽しかったん、わずかにでもお姉さま方の
お役に立てたみたいだし イったかいがあったわ」





いまだ興奮冷めやらずといった様子の彼女は


手の平から中空に浮く"白い蝶"へ意識を向ける





蝶を通して、彼女の耳に今回の収穫を話し合う
メデューサとエルカ達の声が流れこんできた







『ご苦労様 例のものは?』


『ここに この中に本物の"BREW"が





スパイとして潜りこませたエルカのおかげで
隠されていた"BREW"の存在を確信した彼女は


磁場の中に監視のクモが放たれない状況を利用し


あらかじめ用意した 壊れている"BREW"の
偽物と本物をミズネ達にすり替えさせた





今度の仕掛け自体は難しくなかったものの


それでも死武専をいかに封じたか分からず
エルカが訊ねると、彼女はクロナづてで
仕込ませた"盗聴器"の存在を今一度思い出させた





『私が悪趣味な盗聴をするためだけに
あのヘビをしこませたと思っていたの?』


『…少し』


じゃあるまいし、それだけを
目的になんかするわけないでしょう?』





ヘビには微量ながら狂気を走らせる魔力
こもっており、戦闘によって共鳴を行えば
その魔力が一気に身体へと回るようになっている





狂気に陥りやすいシュタインにとって
微弱な魔力であれど一溜まりもなく


彼女の目論見通り、狂気の発作を引き起こした







「小さなヘビ一匹であんな大きな戦いを
操るなんて…はぁん、最っ高にイカすわぅあんv


『魔道具"波乱" 通称"BREW"

"BREW"は波乱を起こすものにこそふさわしい』






四角い"BREW"の表面を撫でながら

悦に入った笑みを浮かべて メデューサは続ける





『見ていなさい死武専…アラクノフォビア
そして…鬼神








小さな身体に不釣合いな禍々しい魔力を
紙の蝶越しにうっとりと眺めていた





次の瞬間、向こうの"蝶"を黒い尾に貫かれて


映像が途絶えた事に目を丸くした





『なっなにす…!?え、これって!!』


『それといつかと同じ手が、私にそう何度も
通用すると思わないコトね?』





メデューサがこちらの"盗聴器"に気がついて
迎撃したのだ、と理解した瞬間







あっあぁん!さっすがお姉さまんvV
アタシのコトはどこまでもお見っ通しねぅえぇ」


彼女は目を輝かせてイヤらしく腰をくねらせた





向こうにもそれが伝わったのか、いくつかの
小さなうめき声がもれる


…恐らく若干顔を引きつらせたメデューサが
一歩後ずさりしているだろう





『…、私はアナタの弟にも目的にも
興味は無いのよ?今のところはね』


あらそう?アタシはいつだってお姉さまには
興味アリアリよぉんv」





粘っこい視線を注がれる蝶の向こうの彼女は





一拍の間を置いてから、冷たい声でこう告げた





『出しゃばったなら その時は覚悟なさい?』





そして答えを待たずに蝶は空中で散り散りに裂け
爆ぜたように細かい破片となって落ちた







だががこれしきで手を引くわけもなく





う・ふ・ふ お姉さまったらアタシのツボに
ビィンとクる素敵な宣戦布告ありがとぅおん♪」


頬を紅潮させ、恍惚とした表情で微笑み


むしろ嬉々として次の計画を考えていた







――――――――――――――――――――







今回の戦いで、狂気を和ませる"魂の波長"を
持つはずのマリーと組んでいたにも関わらず


シュタインが狂気に走った事に疑問を抱き


最も疑いたくない可能性―





"死武専にスパイがいる"かを調べるため死神は


スピリットに渋々 内部調査官を呼ぶよう伝えた





「…わかりました あいつを呼ぶんですね
モグラ叩きのB・J(ぶったたき・ジョー)









そうしてまた始まる日々の中 事態は
留まることなく動き出してゆく





メデューサがクロナへ魔力による通信を行い


エルカを連れてデス・シティーへ入る
伝えている合間に







「どこにいる?」





シャツの袖をまくり、七部丈の黒ズボンと
ベストに身を包んだ大柄の体躯を持ち


指ぬきグローブをはめた腕を軽快に振るって





「モグラめ」


五分刈りにした糸目の男…内部調査間の
B・Jは死武専の前に佇んでいたのだが





「死武専か…マリーもここにいるんだよな」


彼はそう呟くと 途端にやる気が失せたような
声色でぶつぶつと独り言を呟き始める







死武専内に入っても 彼のその状態は続いて





「最後に会ったのはいつぶりだっけか
…いや、こう聞くのは馴れ馴れしいか?」


一人悩みながらも調査に使う予定の部屋まで
重たげな足取りで死武専の通路をのそのそ歩き





向こうの角から現れたとぶつかる





「おっと」


「うわっ!す、スミマセンよそ見してて…」





少しふらついたものの 姿勢を正して
頭を下げる少年へと視線を向けて


彼はそのまま じっと相手を注視していた





「あの 僕の顔になにかついてます?」


「…失礼、ちょっといいかな?」


戸惑うに構わず、B・Jは
握った拳を相手の胸に当て


大きな背を丸めるように身を屈めると


一呼吸置いて、こう言った





「君は、一体何者だ?」







根本から問いただすような 核心を突く言葉と





「え、あ、僕は…ぼく、は」


面と自分の瞳と"魂"に向き合い、射抜いて
覗きこむ鋭い眼差しに混迷しながらも





ただただ正直に は答える






「死武専の生徒で、ただの 普通の―魔鋏です







吟味するような沈黙を置いて…B・Jは瞳を閉じ
胸に当てた拳を引っこめる





「…そうか いきなりすまない」







まるで その言葉を合図に時が動き出したように





おお来たか!こっちだこっち」


スピリットが顔を出しB・Jを手招きしていた





あ、それじゃあ失礼します」





もう一度頭を下げて去っていく少年を見送って


彼はスピリットへと訊ねる





「先輩、彼はどういう生徒なんですか?」


「ああ (アイツ)はちとワケありでな…
だが少なくともスパイじゃない、オレが保障する





大まかな少年の素性を皮切りに、最近の近況や
今回の件の一連の流れを話し合いながら


部屋のすぐ側の給湯室でコーヒーを注ぎ





「よく来てくれたB・J お前の魂の揺れを
微妙に感じ取る能力 期待しているよ」






言いつつスピリットは、湯気の立つ
カップの片方をB・Jへと手渡した








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:かなりお待たせしすぎちゃって本当に
申し訳ない 次回でこの長編は終了予定です


ナイグス:文字通り派手に引っ掻き回すだけ
引っ掻き回していったな、あの魔女は


マカ:先生方も襲われたんですか!?


死人:例の紙製の巨人にな、さほど頭数も
なかったが少々手こずらされた


狐狗狸:雪にまぎれると見分けつけにくいしn…
(物陰に引っ張られ)って、何するかな!


エルカ:ゲロっそれこっちのセリフ!なんで
私にばっか盗聴器つけるのよあの女!!


メデューサ:(通信)アナタ意外とうかつだから
そういう仕掛けをするのに楽なんじゃない?




魂とウソを見抜く男の登場を境に
デス・シティーの空気が、激しく変わり行く…!


様 読んでいただきありがとうございました!