熊の牙がさんの胴体を噛みちぎって


床に、真っ赤な血と取り残された下半身が転がる






悪夢のような現実はそれだけで終わらず





「ベアベーアロビンソン ウーフディントンパ…

悪熊の抱擁(ナイトベアハグ)



脳ミソを踏み荒らすような頭痛と 巨大でいびつな
シュミの悪いデザインを伴って現れる


まるで熊と人間を適当につぎはぎした
オモチャみたいな、身体のあちこちから


苦しげな人の顔が浮かんでは引っこんでいく





見たことのない顔も見覚えのある顔も自分の顔も


さんの顔も…浮かんでは消える







本当、数百年以来の厄日だわぁ…休養がてらに
コツコツ貯めた力をゴミ掃除に使わされるなんて」





座り続けてる魔女と、ヒザに抱えられた檻が


ズブズブと熊もどきの頭の中へ沈みこんでゆく





「厄介なヤツらが来る前に、さっさと
前座を終わらせてあげようじゃないの?」





セリフが終わると同時に波長が強さを増して


魔女と魔道具を取りこんだデカブツ
俺を食いちぎってやろうと、おたけびを上げる


ヒキョウ者 こんなヤツにあの人は…!





煮えたぎるような心と変わらない頭痛を
必死に歯をくいしばって押さえこみ





「テメェごときに潰されるか、クソババア!」


振り上げられた拳を、スレスレで避けて走る





分かってる、強くなっても僕だけじゃ魔女に勝てない


出来るコトは時間稼ぎだけど…下に逃げたとしても
廊下は通れない、挟まれて終わり





伸びてきた腕から飛び出すように生えた爪が
肩にかすって血がしぶくけど


シャフトの隙間をくぐってそれ以上の追撃をかわす












L'ultima storia 現実忌避(変じる意地)











「いくら逃げたって無駄よぉ?夢に包まれて
護られてるディーテは何者も倒せはしないわぁ!」






抑えるんだ…集中、するんだ…





気持ち悪い視界の揺れをこらえてデカブツをにらむ





ブレアが来る気配はない、でも派手に暴れてれば
ジャスティンさんも時計塔の異変に気がつくハズ


それまで生き残るために、少しでも弱らせるために





「………見えた!





ひときわ強い波長が、鎖骨の辺りから出ている


その下にも強い波長があるトコから考えれば
あれは"代償の檻"から出てる魔力の流れだ


あの部分を切り離せれば…いや、少しでも


魔力の流れに触れるコトさえ出来るなら





根拠なんてなかったけど、どうしてか
"そうした方がいいんだ"と思い立って





敵の攻撃を誘い 避けつつ後ろへ回りこんで
機動力を削ごうと足を狙った瞬間


ふくらはぎの一部が大きく飛び出てマンマに変わる





…どうして私に刃を向けるの?
あんなに愛していたのに





とても悲しそうな顔で目から涙をこぼして


それでも優しく抱きとめようと両腕を広げた
温かそうなその胸へ


両刃に変えた腕を深々と突き立てる





まがい物のクセにマンマの振りすんな」


刃を振り抜けばまがい物と一緒にヤツの足に
切れこみが入って血がにじむ





…だけど足に痛みを感じて、見下ろせば


消えてゆくニセモノが首だけになって噛みついてた


「痛いわ痛いいたいイタイイダアァァァ


剥ぎ取って、投げ捨てる…のにためらった
その僅かなタイミングで熊もどきに機械ごと殴られ


踏みつけられる前にガレキから這い出した







逃げ回りながらデカブツへ攻撃をしかけるけれど
何度やっても、傷はすぐに塞がれてしまう


食らった反撃や足止めはその度防いで捻じ伏せる





だけど殴られた腹よりも、割れるような頭痛が痛い


腕やほほへ刻まれた切り傷よりも、まがい物の
仲間や大事な人を刻んだ心が痛い


こんな戦い 続けていたら僕は








「なんでオレを見殺しにしたんだよぉ?兄ちゃん」





床から生えて絡みつくさんに足をつかまれ


振り上げた右腕へ、熊もどきの手がかかって
力の限り握りこまれる





「っぐあ…!」


そのまま持ち上げられて、また腹の口が
俺が落ちてくるのを待ち構えている







あぁら大人しいのね?食われる覚悟でも出来た?」





…一か八かで、俺は選んだ





手が離れて落とされた瞬間、武器化した右腕を
渾身の力をこめて突き出す





ガチリ、と歯を鳴らす音がすぐ足元で鳴って


図体に刺さった腕を支えに、身体を持ち上げながら
残っていた左腕も両刃に変えて


喉笛を抉るつもりで刃先を振り下ろす





「いくら切りつけたってこんな傷なんかじゃ
夢の鎧は破れやしないじゃ…っ!?





あざ笑っていたディーテの表情が凍りついた瞬間を


一瞬だけ薄くなった熊もどきを通して、確実に見た





もう一度深く刻もうとした直後、デカブツによって
無理やり引き剥がされて床に叩きつけられる





なんとか受身を取って 立ち上がり様に距離を取った


「くそっ…もう一度だ!





壁から生える大蛇の頭を壁ごと刻んで外側に蹴落とし


妨害を払いながら、熊もどきへもう一度回りこんで
チャンスを伺おうとして…目まいがした


どうにか踏ん張った足元が、ぬかるんで深く沈む





「結局無駄なあがきだったみたいね、アンタには
確実に死んでおいてもらおうじゃないの?」



ヤツが高々とかかげた歯車を振り下ろす


ぬかるみから抜け出すよりも、歯車が俺を
押し潰す方が遥かに早い…





まだか、早く、早く、早く早く早く!





「早くブチかませっ…ブレアァァァァァ!!







歯車ごと デカブツの左肩から上が

背後からの光に貫かれて消し飛んだ





振り返る熊もどきの頭の上へ飛び乗った黒猫が


こっちを見下ろして、笑っていた





君、やっーと名前呼んでくれたのね
…ホントに意地っ張りニャんだから♪」


「油売ってる場合じゃねーんだよ、働けバカ猫」


「イジ汚ニャいカラスを追っ払って駆けつけたのに
猫使い荒いともてニャいよ〜?おっと!


頭から飛び出たトゲを軽々とかわして、手近な
機械の上へ移るブレアを熊もどきが目で追う





「あくびが出るほど遅いよ、熊さんこちら♪


「生意気な…潰してカーペットにしてやるわぁ!」





縦横無尽に敵の手をかわしながら、ブレアは
魔法をヤツの顔面やどてっ腹へブチ当ててゆく





それでもデカブツは、魔女は止まらない





「いくら手数が増えても魔力の貯蔵量は遥かに上
アンタ達の寿命が先に尽きるんじゃないの?」






「だったら 元からブチ殺ればいい」





だけど目を盗んで 梁を伝って熊もどきの頭上に
移動するコトは簡単に出来た







気乗りしない"仕方なく"の共同戦線のつもりだった


組まなくたって、自分の仕事は果たせるんだと
勝手に思い上がっていた…結果がコレだ





OK、今回ばかりはあきらめてやるよ


だからあきらめて…張ってた意地をかなぐり捨てて

這ってでも この魔女(おんな)を―


「後悔ごと、ブチ切ってやんよ!」





飛び降りて、完全に武器化した鋏の俺を


空中で人の姿へ化けたブレアがキャッチする


「『魂の共鳴!』」





大きく直角に開いた平たい両刃から

タガが外れて身が"二つの剣"へと分かれていく


でも波長で繋がってるから 痛くもなんともない


シュタイン博士と共鳴した時は無我夢中だった
現状を 改めて体験して、理解した





この状態(すがた)こそが"双剣"の由来だ





『狙いを外すんじゃねぇぞ!』


大丈夫!ブレア狙った獲物を外したコトニャいの」





肌が痛くなるほどの魔力を受け止めて乗せた刃で


ブレアが"悪夢"で出来たいくつもの邪魔を
物ともせずなぎ払ってディーテの喉元へ迫っていく







「『完魂総殺・南瓜鋏(パンプキンシザー)!』」





挟み切ったトドメの一撃が、肩ごと熊もどきを


中に隠れていた魔女も 抱えられていた檻も


全部いっしょくたにぶち抜いて断ち切った





その技!あの女の…そう、アンタ双剣の―





その名前、双剣って、一体何なんだよ―…









……ああ、アレは デス・シティーの風景?





今よりも背の低い自分と、死神様を目にして


これが"あの技"を習った時の記憶だと思い出す





え?この技、名前ないんですか!?』


『っていうか知らないんだよね〜私も
古い知り合いが使ってるトコ偶然見ただけだし』


『知り合いって…どんな人なんですか?』


とても疲れる技だけど、不思議としっくり来るから


似たような武器の人が使っていたのかもしれない
って考えた覚えがあるけど





『それは…また時間があるトキに話そうかな?』


結局、どんな人だったのか教えてもらえなかった


けど…今ならその答えがわかるような気がする


この技を使っていた双剣は きっと僕の、









―気がつくと、半壊しかけた時計塔の空中に
あの魔女の魂が浮かんでいた


とても見慣れた亜麻色のベールを通して

辺りの景色がぐっと広くなったように見える





元に…戻った、のか?」


つぶやいた声も なじみのある高さで


側のひび割れた窓ガラスに映っていたのは
両目が隠れたツナギ姿の…いつもの自分だった





「魔道具壊れちゃったね」


「ああ…そうだな」





すっかり輝きを失った黒い檻の残骸を見下ろしても
特に、なにも感じない


元に戻れたてよかったとも、魔女を倒せてうれしいとも

魔道具を壊してしまった罰が怖いとも、なんとも思わない


ただただ帰って眠ってしまいたい







魔女の魂を回収して、時計塔から出ようとした
僕らの目の前に…さんが現れる





イヤッハー!戻ったぜっ、ナイスガイの
オレの姿を取り戻せたぜぇ〜!!』






やたらと陽気な幽霊は、元の姿を取り戻していて


あの頃よりもちょっと老けたけど、そのチョビひげも

濃い目のクマもこけたほほも うさんくさい見た目も


……それでも僕が密かにあこがれた笑み


あの頃から、今だって、ちっとも変わってない





『ま、死んじまったけど結果オーライだな
仇討ってくれてありがとなっブレアちゃん!


「ニャハっ どーいたしまして♪」


『…っとオロ?あの兄ちゃんはどこいった?』


「それニャら「あの人なら!」


わざとさえぎって、彼の魂を見すえて口を開く





「次の仕事があるからって…僕に後始末を
引きついで、行ってしまいました」


『あんだよ水くせぇな…せめて礼ぐらい
言わせろってんだ なぁボウズ


僕は、ただアイマイに笑って返す


ブレアの視線も あえて気づかないフリをする





この人は、きっと覚えてなんかいない


それでいいんだ みじめに逃げ出した
ガキの姿を思い出させるコトも


自分のくだらない感情を押しつける必要もな―





『コソコソ逃げてたビビりのガキだったのに

男のツラになったじゃねぇか、





言われて、僕はハッと顔を上げた


、さん…気づいて…!





彼はただ あの時のようにニヤッと笑った





『ありがとな 元気でやれよ兄弟(アミーゴ)』







……時計塔にはもう僕ら以外に誰もいない





くぅん、寒いから早く帰ろー」


だけど呼びかけに、答える気も動く気も起きない





もっと強ければ 魔女の力なんかに惑わされなければ
さんは今だって生きていられた


けど魔女の力があったから、助かった人もいる


…僕のせいで助けられなかった彼の魂が


せめて死神様によって救われてくれたら







ぼんやりと考えていたら いきなり腕を引かれる


勢いのまま、胸へと導いたブレアが

驚いている俺をかまわず抱きしめた





「な、なにすんだよ!


「だって 泣きそうな顔してたんだもの
だからブレアの胸でなぐさめてあげよっかニャーて」



「…いらねぇよ、放してくれ、おいブレア」





抵抗したけど ブレアが放そうとしないから


結局 少しの間あきらめてされるがままにしていた


ちょっと息苦しくなるくらいに温かくて弾力のある

ゴホン、ムダにデカい胸と


つむじから頭をなでる手の平が、まるで
子ども扱いされているようであやされているようで


ほんの少しだけ 肌の"不快感"を忘れて
安心してしまいそうになったのが


自分でもイヤで悔しくて…情けなかった











少しは神罰を食らわせましたが…思いのほか
魔女の罠に手間取ってしまいましてね」


ノコ男も同じ目に会い その後逃げていった、と

合流したジャスティンさんが教えてくれた





魔法による眠りも覚め、年を取っていた人たちも
あらかた元へと戻って 魔女ディーテとそのエジキと
なった人たちの魂も死神様が預かっている


そして死武専へと戻ってきた僕には…


最終的に集めてた魂を三分の一没収
一週間の補習が言い渡された





マカがキッド君を誘って五人でロシアの工場
探りに行くのに着いて行くんだ、って


通りがかった黒猫がそう言ったのが、その補習中





「って言っても今回は人数も多いし
ブーたん無理して戦わなくてよさそうだけどね」


「寒いの嫌いじゃなかったのかよ」


だってマカったらすごくうかニャい顔してるもん

…ニャーんかこの頃雲行きが怪しいし、二人とも
危なっかしいからちょっと気になっちゃって」





やっぱり、コイツも見てるトコロは見てるんだ





「…足、まだ少し痛むんだろ?無理すんなよ


「ふふっ、君たらやさしいニャー」





ゆうゆうと歩いていくブレアを見送って…


余計なコトは、考えるだけムダだ」


僕はいつものように、いつも通りに補習を
終わらせるコトを優先させた








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:実質一日ぐらいで片がついた任務と
共に大人編と…あと多分 捏造長編の終了です


ブレア:って事は、もうお話書かニャいの?


狐狗狸:書くよ?あくまで長編は原作沿いのみ
絞られたってコトなんで まあ今後の展開によって
また捏造長編ぶっこんだりするかもだけど


ブレア:ふーん、けど君との共鳴も
それニャりに楽しかったから また出来ないかしら?


狐狗狸:今回は好条件が重なったからねーでも
将来的には、出来ないことも無いかもね


ギリコ:逃げたんじゃねぇ!アラクネの命令で
撤退してやっただけだボケェ!!



マカ:負け惜しみっぽい部外者のセリフはともかく
あの魔女も死神様も"双剣"に会ったコトあるんですね


死神:うん…そろそろ彼に話してもいい頃だろうね




長編拝読ありがとうございました、次回の
アラクノフォビアで…再び転機がやって来ます


様 読んでいただきありがとうございました!