ヒビ割れてあちこち欠けてはいたけれど、一応
鏡らしきモノが洗面台の壁についてたので
鏡文字を書いて 死人先生に現状報告をする
『話は聞いた、ジャスティンが敵勢力の撃退を
終え次第 そっちに合流するそうだ』
争奪戦があったからか、とにかく今のトコロ
このホテルに潜伏してるアラクノフォビア側の
勢力は 単独か少数の可能性が高いらしい
だとしても方針は今までと変わりはない
ここでの僕の役割は、あくまで魔女と魔武器の
所在を探り当てるコト
あと善人…かどうかはビミョーだけれども
同行している民間人も 危険にはさらせない
『、特殊な状況下とはいえ本来のお前は
未完成の魔武器だというコトを忘れるな』
「了解です」
報告を終えて、ひとまず呼吸を整える
…感情的にならないようにしなくっちゃ
「神父の兄ちゃんと合流すんのか?」
「ええ、ただ下りる前にこの階をざっと移動して
波長を調べておこうと思います」
手近なトコから順に 足元と敵襲に気をつけつつ
再びホテルの内部を散策する
戦力面でも眠気対策でもブレアとの合流は大きいけど
「おい、頭に乗っかるなよ…気が散る」
「だーって足痛くって歩くの辛いんだもん」
「じゃあオレの頭においで〜なんなら人の姿で
負ぶってあげようか?」
「んもー 君の頭の方が見晴らしがいいのに」
ヒマさえあれば猫の姿であっても こっちに
ちょっかい出してくるのが正直うざったい
まーでも博士の特訓に比べればマシだしガマン
Cinque episodio 負荷を隣接(熊の親切)
道中の、眠気覚まし代わりにしていた雑談で
「おジイさんって怖がりニャのに、なんで
こんニャ怖いホテル入る気になったの?」
何度目かの黒猫の質問に彼の目の色が変わる
当人はしばらく、あーとかうーとかうなった後に
セキ払いしてキリっとした真顔で答える
「実はよぉ…オレぁイタリアでちょっとは知られた
組織の人間だったんだぜ?」
自分の身の上を語り出したさんによれば
ボスが魔女ディーテの起こした騒動で老死して
その報復に向かった部下も次々返り討ちされて
色々モメた末に その役目が日ごろから
つまはじきされてた自分にやってきたけれど
ワケあって途中で抜け出したため、組織に戻れず
この地に身を隠し続けているのだとか
「アレ?その組織って確か死神様のリストだと
ボスは生きているハズですけど」
「勘違いすんな兄ちゃん、そいつぁ今の組織の話だろ?
死神に睨まれてんなぁバカ息子の方よ」
「ニャんかワケありみたいね」
「大人にゃ色々あんのさ、だがオレの居場所は
今も昔も変わらず一つ…首領(ドン)が
現役だった頃の組織(ファミリー)だ」
そっからの彼の"ファミリー"自慢は僕にとって
内心複雑なものがあったけれども
「まあカタギじゃねぇし、地獄に落ちるのも
当然な商売だとしても 首領は最後まで
ファミリーに尽くしファミリーを想って死んだ
厳しかったが 逃げてばっかのオレを最期まで
見捨てずに面倒見てくれてた」
そう語る この人の顔はどこか誇らしげで
「オレにとっちゃあの人は最高の男だった」
言葉にはしっかりとした重みがあった
「だったらどうして敵討ちから逃げたんですか?」
「そ、そりゃー…してぇのは山々だけどよ
自慢じゃねぇがオレの腕っ節はからっきしでよ」
「要は怖くなって逃げたんですか」
その逃げ足はスゴイけど、なんかあまりに情けない
僕のそんな視線に気づいてかさんは
しどろもどろになりながら老顔しかめてこう返す
「命は一つしかねぇんだ化けモン相手に無駄に
張ってたまるかよ、第一死んだら女も抱けねぇ」
「そーだよねぇ〜命は大事にしニャいと♪」
お前が言うな、お前が
「それで逃げ隠れしてたら魔女の術にかかったと」
「ぐ…中々痛いトコばっか突くじゃねぇか兄ちゃん」
図星らしく、舌打ち交じりに彼はこう続ける
「こっちだって死にたかねぇし、ついでであの女
殺れりゃ儲けと思ってついて来たんだが
兄ちゃん一人じゃどうもアテになんねぇしな」
う、それについてはどうにも否定できない
「そう?君って意外と頼りになるよ?」
「まぁブレアちゃんは間違っちゃいないけどよぉ」
女性(一応)のフォローにすぐ態度軟化させるトコを
見ると やっぱこの人もイタリア人だな、と思う
「ヤバそうなら真っ先に逃げさせてもらうから
悪く思わないでくれよ?こちとら臆病なモンでね」
「思いませんけど、あまり離れないで下さいね」
色々とガッカリはしてるけど 自分の臆病さを
自覚してて、割り切れるトコはスゴいとも思う
おざなりな敵の攻撃をねじ伏せながら
今いる階のフロアをあらかた踏破したけれども
あの魔女と魔道具の波長はまだ見つけられない
時折、下の階や遠くで聞こえる派手な音は
きっとジャスティンさんがあのノコ男か敵と
どっかで交戦しているんだとして
「後は…あの先の時計塔ぐれぇだな」
僕らが調べられそうなのは、この細い渡り廊下と
繋がっている時計塔の中ぐらいだ
「時計塔の中ってはじめて〜ドキドキするニャ」
「入らねぇよ、波長を探るために一度近づくだ」
刺さるような頭痛がしたのと同時にさんを
突き飛ばし 床を蹴って前へと飛ぶ
一瞬遅れて後ろの天井と壁、そして床を
巨大な爪が通り抜けて 景気よく廊下を分断する
「ったく芸がない…にゅおわぁぁぁっ!?」
いきなり身体が浮き上がって、世界が反転した
「んな古典的な罠に引っかかってる場合かっ!」
下から聞こえるご指摘には返す言葉もない
さっきの爪が変化したんだとアタリをつけつつ
足に絡まるロープを切ろうとして
夢の中で感じてた気配に、その主に顔をつかまれ
宙に浮かぶ魔女ディーテのツラと姿をしっかりと見た
夢でおぼろげに目立ってたのが熊の頭つきの
毛皮マントとヒール高めのブーツ あと手袋ぐらいで
その下がどうなってるかなんて知らなかったが
「中々いい男になったじゃないの、眠らすのは
ちょっと惜しいわね…下僕にしてあげようかしら」
……なんで、よりによって裸サスペンダー!?
逆さづりで至近距離にある敵の装いに驚いてたら
急に顔が反対側へと引っ張られた
「人のツレ横取りしようなんてなってニャいわね」
静電気さながらの波長をまとった魔女姿のブレアが
人の頭を抱えこみながら 向こうをにらんでる
ので…必然的に逆さまな俺の頭の両端で
魔女どもが空中で火花を散らすカッコになる
「こんな掘り出し物、百年に一度拝めるかどうか
分からないじゃないの ここで会うのは運命だわね」
「アンタの一世紀ってずいぶん短いのね」
「あーら、美人薄命って言うじゃないの…あぁ
おバカな子猫ちゃんにはまだ早いかしら」
「人の齢(トシ)まで奪って長生きしてる時点で
憎まれっ子じゃニャいの?若作りオバさん」
「風がうるさいわねぇ、寒くなってきたわぁ〜
ちょうどディーテ 黒メス猫の毛皮マフが
欲しかったのよねぇ?」
「ブーたんも寒いの嫌いだからあったまりたーい
今日のオススメは熊肉のシチューかな?」
「そー言うのは俺を挟まずヨソでやれっ!」
てゆうか寒いなら露出自重しろ!出せばいいって
思ってんなら大間違いだぞこんの痴女ども!!
「それと俺はセール品の服でもハムでも、ねぇ!」
両足を刃に変えて どうにかロープを断ち切って
宙吊りから抜け出したのはよかったけど
勢い余って床の裂け目から外に落ちかけたのは誤算
「危ない刃は早めに折っとくべきよねぇ?」
また頭痛が…くっそ、どうにか這い上がっても
この体勢じゃロクに迎撃も
「パンパンプキン パンプキン…ハロウィン砲!」
魔法で敵の術をぶっ飛ばして こっちにウィンクを
ひとつ投げ、ブレアが魔女を手招きする
「人のモノに手ぇ出さないでよね?熊オバさん」
「上等じゃないの…遊んであげるわ子猫ちゃん!」
止める間もなく魔女二人が塔の上とへ昇ってって
すぐ側まで迫る波長と響く頭痛に、僕は
さんと共に古びたドアから塔の中へ飛びこむ
数秒後、渡り廊下が無数の槍で貫かれて封鎖された
「うお危ねぇー!ちょっと遅かったら槍ぶすま…」
彼の言葉半ばで入り口から見える槍の数本が
あっという間に炎に変わってこっちに押し寄せてきた
「げげっ、今度は火攻めかよ!どうせ死ぬなら
ベッドの上でブレアちゃんと一発楽しんでから」
「冗談言ってる場合ですか!」
炎に追い立てられるようにして、僕らはらせんを
描く石段を駆け上がってゆく
「炎から逃げてもジリ貧だぜ兄ちゃんよぉ!
それともついにあの魔女ぶっ倒すのか!?」
「…僕の仕事は あくまであなたを護るコトです」
「あんだよ煮え切らねーなっ!ブレアちゃんに
いいトコ見せようとか思わねぇのか男としてよー」
ふてくされるこの人には、分かるわけない
今の僕が…魔女のおかげで強いなんて
吹き抜けから機械部分のある最上階につくまでに
魔女二人の戦いが 外からたびたび見えたけれども
「危ねーっ、逃げろブレアちゃん!」
空中でやりあってたのが、三つ首のカラスみたいな
化け物が出てからホテルの屋根で逃げ回ってる
片足くじいてるってのに なんだって猫の姿で
ずっと屋根の攻防を繰りかえして…まさか
ディーテを引きつける囮のつもりか、と言いかけて
「この波長は、まさかっ!!」
サビて動かないいくつもの歯車とシャフトの隙間から
金色に輝く、筒状の鳥かごに似た檻を見つけた
アレが"代償の檻"…あの魔道具さえ停止できたら
ジャスティンさんが来るまでの時間稼ぎになるかも
「さんはどこかに隠れてて下さい!」
「言われなくてもっ」
炎が階段で留まってるのを確認して、僕は迷わず
檻を目指して踏み出していく
普段と歩幅や体格が違うけど
バイト生活でつちかった経験のおかげで不安定な足場も
機械やシャフト、歯車の間も難なくくぐれる
「っし、あともうちょい…「させないわよぅ?」
飛来したいくつかの紙針を叩き落として
伸ばした手を刃に変えて、"あの女"と対峙する
姿形から攻撃までいやったらしいぐらい一緒だが
波長が、こいつはニセモノだと教えてくれる
攻撃を防ぎながらどてっ腹にぶちこめば案の定
悪趣味な姿があっさりと消えて
「…うわぎゃああぁぁぁぁ!?」
しわがれた悲鳴にあわてて駆けつければ 老人が
マフィアらしき男に銃弾を浴びせかけられていて
とっさに間へ入ってさんの盾に
「違う!兄ちゃんそいつはオレじゃねぇ!!」
遠くからの叫び声にニセモノからの攻撃を
想定して振り返るけれども、老人と男は
大量の鎖に変化して身体を押し包んできた
「なにっ…う、わあぁっ!?」
避けきれずにがんじがらめにされ、鎖の端が
床や壁 天井へと突き刺さって張り詰めると
上から頭痛をともなってディーテが降りてきた
「身の程弁えないとかバッカじゃないの?
ディーテがいなきゃコレを取れると思った?」
見下しながら魔道具をかざす魔女をにらんで
もがくけれども、戒めが緩む様子は全くない
"代償の檻"の中には壁かけっぽい丸時計が見える
けど11時59分を差したまま、秒針だけが
6と9の間でせわしなくさまよい続けてた
「お前が言うな、魔道具を使って人の時まで
奪っていく変態腐れ魔女の分際で!」
「素敵な夢のお代に時間をもらっただけじゃないの
正当な分け前を侵入者なんかに使わされる
ディーテの方がよっぽど被害者だわぁ?」
肩をすくめて ディーテは甘くささやきかける
「他の魔女はどうか知らないけど、ディーテは
誰かの夢をのぞくのが好きなだけ アンタだって
"強い自分"になれて嬉しかったでしょう?」
違うって言ったら、確かにウソになる
高い背丈、頑丈そうな肉体、切れ味の鋭い両刃に
範囲が広く 使い勝手がよくなった波長の力…
どれもこれも 欲しくて仕方がなかったモノだけど
「もし感謝してディーテの下僕になるんなら
特別に命も助けてあげても「ざけんな」
ハンマーで直接脳ミソ殴られるみたいな痛みと
キツい眠気ともども 魔女の誘惑を拒んだ
「例えこのままの姿が強かったとしても…
僕は、俺はいつか消える強さなんていらない」
ましてや魔女の、魔女なんかのチカラに頼って
すがって出来る薄っぺらい立ち位置なんて
真っ平ゴメンのクソ喰らえ、だ
「そう、じゃ自分の悪夢(ユメ)に喰われればぁ?」
痛みに顔をしかめた直後、巻きついていた鎖が
紙で出来た白い茨のツルに変わってゆく
そして魔女がいた場所には
一人の女性が立っていた
「…」
こんなのウソだ、まやかしだ魔女の術だ
だけどどうして どうして身体が動かない…!
「」
やめろ マンマの姿で俺の名を呼ぶな
武器化すると右腕がより強い力で締めつけられて
それをきっかけにツルが食いこんで、身体が
バラバラにされそうな痛みを味わう
「怖くなんてないのよ、狂気に
力に身をゆだねなさい、さあ…」
やめろ マンマの姿で手を差し伸べるな
ツルから抜け出そうともがくけれども痛くて
眠くて、上手く身体が動かない
いつの間にか握られた断ちハサミの切っ先を
笑顔のまま、マンマが目玉へと押しこんでくる
「や…止めろおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
―まやかしのマンマが固まって 掻き消える
それと同時に僕を縛る茨が一つ、また一つと
ゆるんでボトボトと落ちてゆく
どうにか首を動かして 僕はワケを理解した
茨をナイフで切り落とすさんを目にして
「に…逃げるって言ってたのに、なんで」
「うるせぇ!ここまで散々借りっぱなしのまま
情けなく逃げてられるかってんだ!!」
なまくらなナイフをめちゃくちゃに振り回して
自分へと群がる茨を必死で払いながら
この人は しゃべるコトも抵抗も止めない
「男をコケにした落とし前は命で償わせるっ
護ってくれた相手にゃ身体張ってでも恩を返す!
魔女だろーが化けモンだろーが死神だろーがなぁ
ファミリーの国の男、舐めてんじゃねぇぞ!!」
足も声も震えてて身体はあの時よりも小さくて
今にも死にそうなくらい頼りない姿なのに
―僕には、俺にはさんが
あの時と同じくらい カッコよく見えた
「だから早ぇトコ振りほどいて、こいつらに
キッツイ一発かましちまえ…!」
戒めから抜け出して 返事をしようと口を開いた
…けれども、こみあげてきた眠気に耐え切れず
ほんの数秒 意識がかき消されて
気がついた時には なにもかもが遅かった
血を吐いて、壁に叩きつけられていた
身を起こす合間に
追い詰められて 手傷を負ったさんが
カギ爪のついた巨大な腕に吊り上げられて
「ばっかじゃないの?たかだか凡夫が本気で
ディーテに敵うとか思ってたワケぇ?」
魔女を乗せた熊の腹がタテに割けて とがった
牙が見える口の中へ、小さな身体が放りこまれる
「くそ、畜生、すまねぇ首領(ドン)―」
口が閉じる寸前 後悔の言葉がハッキリ聞こえた
――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:分かりづらいけど、時計塔内で出た
姉とマフィアとニセじーさんも魔女の術によって
引っ張り出された"まやかし"です
ブレア:よくわかんニャーい 結局あのオバさん
どんな魔法を使う魔女ニャのよ?
死人:平たく言えば、夢を操って他者の無意識に
干渉し"恐怖の対象"を操れるそうだ
狐狗狸:つまり化け物もニセモノ達も術にかかった
人々から引っ張り出されて具現化した"悪夢"です
ブレア:悪夢が現実になっちゃうの?
狐狗狸:本来は夢の中だけなんだけど 魔道具で
底上げされてるから実体を持っちゃってます
死人:厄介極まりないが、アラクノフォビアに
持っていかれる前にどうにか取り返したいトコロだ
設計上、時計塔は渡り廊下でしか行き来不可で
進入もそっからが一番楽な感じです
様 読んでいただきありがとうございました!