緊張を破るように低い声が 虚空へと響いて溶ける





「一時は狂気に堕ちるんじゃないかとハラハラしたよ」





不安げなスピリットと並んで
タバコをくゆらせたままシュタインは静かに返す





「堕ちませんよ
先輩とマリー、それに生徒達や死武専のみんながいますんで」


けれど根本的には変わらない、と自他ともに認めるシュタインと





そうだ!お前も家庭持て!
そうすれば狂気とか言ってられなくなる」


「一回失敗してる先輩に言われてもなぁ」





そんな彼を娘以上に面倒を見て来たスピリットが叩く軽口を


どこか呆れ気味に、されど頼もしさを感じながら
月に残った隊員達とデスサイズスは鬼神の軍勢と対峙する





『魔道飛空艇 テイクオフ!!』





離陸する飛空艇を撃ち落とさんと道化師・迦具夜が叫ぶ





「撃ち落とせ!!」


「させるか!!」





放たれる光線を割って入ったデングとアレシャンドレが
歪曲させる形で防いだのを合図に


飛空艇は月の制空圏を離脱し、残された彼らの攻防が始まる





…離れ行く月を 艇内のキッドは忸怩たる思いで見下ろし





「なぁオレも乗せてってくれよぉーこれいちいちめんどくさい…
民家も2、3軒穴開けちまったし」





武器化したソウルと自らの波長の力で飛ぶマカに並びながら


椿と自らの波長で伸ばした影を支点に棒高跳びの要領で
跳ね続けるブラック☆スターは





「そのまま頑張って 月までまだあるし
二人乗りなんて体力なくなる」





少しづつではあるが着実に月へと近づいていた







――――――――――――――――――――


帰還命令を聞き、分かってはいても博士達を置いて
月から離脱するしかない現状に歯痒さを感じていたキッドは


死神への挨拶もそこそこに、魔女界へ行く一人である
キムがシャワーを浴びている事を聞くと


ガマンできずにシャワー室へと直行する





「いやいやいや流石にソレは出て来るまで待った方が」


止めるなコトは一刻を争うんだ!!」





途中で追って来たを振り切り
泡立つスポンジを片手にシャワー室へと飛び込んだ彼は





「どこだ まだ洗ってない箇所は?オレが手伝ってやる!!」


「はぁ!?へ…へ…変態!!!」





ジャッキーと共に赤面し胸を隠して硬直するキムを
壁際に押しやってそう宣言した直後、殴られて昏倒する





「ついでにあたしらもシャワー浴びるから、その間
キッドの面倒見といてよ」 「きゃはは♪」


「分かった…なるべく早めに頼むよ?」





キッドを放り出したタオル姿のリズとパティが
シャワー室のドアを閉めたのを確認すると





「今のうちに確認しとく?お互いに何があったか」


「…そうだな」





は頭のたんこぶを押さえながら立ち上がるキッドと

それぞれの任務で起きた事を報告し合った












Primo episodio Ora la disciplina sta per cambiare











「まさかクロナが月へ向かったとはな」


「こっちもまさか、月での戦いで魔女頼り
しかも僕らが魔女界に行くだなんて予想外だよ」





シャワーをしている彼女らを待つ間


死武専に戻ったスパルトイの男性陣は着慣れた服装に
着替え、それぞれ準備を行っているので





彼の恰好は白っぽいツナギとコートの中間の制服でなく


カーキ色の丈だけが短い長袖ジャケットに黒いシャツ
青色のジーンズと黒いベルトとロングブーツの


最近 当人の気に入りになりつつある普段着だ





「本当に、大丈夫なのか?」





気遣わしげな金色の瞳を受け





「僕は魔女を根絶やしにしようと思ってた
そのためにデスサイズを目指してた」


魂を模した白いペンで描かれた絵があるヘアバンドを
チョーカーみたいに首へ付けた少年は答える





「でも…それじゃダメなんだ そうだろ?キッド


「ああ、その通りだ」





それから程なくしてシャワーから女子四人が出て来て


キッドは普段の制服に着替えたキムに
思い切り殴られ、口と鼻から一筋ずつ血を流したのだった







「魔女界に行くメンバーはキッド、キム、
エルカ、フリー、リサ、アリサだね」





DEATH ROOMの鏡の前には呼ばれた全員と武器組三人に

死神とテスカのパートナー・猿里華が集っていた





「魔女を刺激しないため出来るだけ丸腰で行った方がいいね」


「「「はい」」」


「え、じゃあ僕同行しない方がいいんじゃ…」


「君の場合はま〜た別、本当なら魔女
連れて来るのが条件だったからね」





痛い所を突かれ 少年は短く呻く





「…分かりました 逃がしちゃったのは事実ですし
きっちりケジメつけてきます」


「頼むよ〜」


「無いとは思うが暴れたりするなよ?もしおかしな真似を
しようとしたなら全力で沈めるからな」


「流石にこの状況でそれはやらないから
そこのうすらデカい犬っころじゃあるまいし」





キッドの言葉に返した彼の言葉に、隣で現状にぼやき
エルカにたしなめられていたフリーがすぐさま反応を示す





「チビのクセにデカい口きくオマケのオモチャだな」


うっさい黙っとけ口がクセェ、そんなに吠えたきゃ
そのクチもっとデカくしてや゛っ!?


険悪な雰囲気を漂わせていた二人の頭上に
強烈な死神チョップが炸裂し、一筋の煙が吹き上がる





「言ったそばからケンカしないの」


「「すんませんした…」」





唖然としつつも説明をするエルカによれば


魔女界は魔婆の空間魔法で閉ざされた場所に存在するため
通行するためのゲートを開く必要があるが


魔女以外に決して見せてはいけない決まりがあるようで





「だから魔女以外はみんな、うしろ向いててくれる!?
特に男性陣は!!





全員が後ろを向いたコトを確認すると


"一番若い魔女が行う"規則のため、渋々ながらも
キムはゲートを開くための"恥ずかしい行動"を行った





「一体どんな方法なんだろうね…ちょっと気になるな」


「それについては僕も同感」


「オレもだ、しかし魔女側も規律が厳しいとは少し意外だな」





(誰も思わないでしょうね…まさか魔女界に行く方法が
尻文字だとは…魔婆様…年だからセンスが古いのよ…)







ともあれ無事開いたゲートへ自分が通れるか早速試す死神だが
その手は見えない何かにあっさりと弾かれる





「無理ですよ、ゲートの向こうの魔女界はデス・シティーの
外の世界 ここにその世界が出現したわけじゃないから」


「これならオレが戻らずにお前達魔女が
月に来れば良かったのではないか…?」


「どうかしら…月面は狂気でジャミングがひどいから
魔婆様の空間魔法に干渉して 魔女界のチャンネルに
合わせるのは難しかったと思うわ」





エルカの返答に 致し方なしと嘆息して


死神達に見送られ、キッドを先頭に七人はゲートを抜けて
魔女界へと降り立った









「死神が魔女界に来るなんて
世の中何があるかわからないものね」


「むしろが通れた事が驚き…って大丈夫?アンタ」


「正直ちょっといっぱいいっぱいかも」





問われて笑おうとする彼の顔は、ガッチガチに強張っている





「すまんが耐えてくれ…
しかしこんな所が地球上にあってなぜ見つからない」


「魔婆様の魔法で空間を捻じ曲げ
外からは干渉できないようにしているの」





今回の作戦に必須の大規模なソウルプロテクト
魔女の長である魔婆なくしては不可能に近く


改めて魔婆の力量を理解しながらも





「さっそくだが取引の場所へ案内してくれ」





先へ進もうとするキッド達の前に


犬の頭を模した被り物と槍とで武装した兵を
引き連れた魔女が現れる









彼女は部下に命じて七人を捕え





「ジョーマジョーマワチスーチ」

「ジョーマジョーマワチスーチ」





…法廷らしき場所の真ん中で一列に並べ


両腕を後ろ手に縛った状態で封印してから正座させて
ヒザに重石を乗せると高らかに宣言した





「これより魔女裁判を開廷する!」 「にゃむ」





一斉に七人の死を叫び
彼らに向けてモノを投げつける魔女達だが





「静粛に!!」 「にゃむ」





狐耳を模した髪型と黒と白で別れた着物姿の魔女が
煙管を壇上に叩き付けて黙らせる





待て!!話し合いのはずだろ!?我々は取引に来たんだぞ!!
手みやげに魔婆殿の片目を奪った狼男を連れて来た!」


何ぃ!?やっぱ死武専(おめぇ)らひでぇな!!」


「静粛に!!」 「にゃむ」





叩き付ける煙管の音に一々反応する
己の腰丈ぐらいしかない真隣の魔婆も





「今は一刻を争う時なんだ 早くオレ達を解放してくれ」
「却下します!」


「ま…待ってよ あたしらまで何で!!悪いのは
全部死神でしょ!!」「却下します!」





キッドやアリサ達の言葉も無視して狐の魔女は
法壇の側にいる、書記らしき褐色の魔女へ告げる





「罪状と量刑を読み上げろ」







エルカはメデューサへの加担とフリーの解放
更に死武専への協力により、死刑5回





ゲコ…なんとなく計算はしていたけど…やっぱり…」


「しょげるな、オレは助かったぞ!!ああ 感謝してるさ」


「はいはいありがと」





リサこと魔女タバサ、アリサこと魔女タルホも
死武専への加担とデスサイズと仲が良い為に揃って死刑





「まじょで!?
おかしいっしょ!?まじょありえないんだけど!!
MJA(まじょありえない)を申し立てる!!


「ええい黙ってろ!!」 「MJA!!MJA!!」


…これで裁判長の苛立ちを煽り、死刑が3回追加された





フリーは不死である事を踏まえ


魔婆の左目の魔眼を奪った死刑500回分と
牢獄からの脱獄分を加算し 死刑1000回





は姉のがメデューサへ加担していた事

"伯爵"による罪状を、当人達の代わりに償う名目で死刑





「何故コイツが
自らのモノでもない罪を受けなくてはならんのだ!!」



「そこにいる魔鋏は禁術を使い作り上げられた物だ
当の二人だけでなく、その存在自体が罪なのだ」





威圧的なその言葉に しかし言われた当の本人は

捕えられた時からずっと
俯いたまま何も言わず身じろぎ一つしない


いや…出来ないのだろう


周囲からくる膨大な魔力の波長に影響されず
自らの波長を押さえるのに精一杯で





彼女か真横の少年か


とにかく文句を言おうとしたキム…キミアールも


魔女会を無断で抜け
敵である死武専へ潜入した咎で死刑を告げられる





「い…異議あり!」


「異議があるなら前へ出ろ!」


「こんな重石乗せられて前へ出られるわけないでしょ!!」


「ならば却下だ…
死神デス・ザ・キッドの罪状と量刑は私から言おう」





つりあがった目を黒くし、煙管を叩き付け狐の魔女は言う





「死神であること!

よって!!死刑100万回!!!」



「ププざまぁ!!!」





自らの立場を忘れて笑うキムを皮切りに





「死神の臓器をちょうだい!!」
「串刺し 火あぶり何でもいいわ」
「私 死神の目玉でやりたかった実験があるのよ」
「ついでに伯爵の術式も見てみる?」
「え〜いらないわよあんなの、それより死神よ
「歴史的瞬間だわ、私興奮しちゃう」





"死神の死刑宣告"へ傍聴していた魔女が興奮のあまり
各々 勝手な事を口走り





「いい加減にしないか!!!」


激怒したキッドの怒声によって、涙目になった
キムと同じように語気を弱めた







手を戒める封印も重石も意味はなく
この場にいる全員を消そうと思えば消せると口にしながらも


キッドは、そんなことをしても意味がないと続ける





「鬼神の狂気で規律が乱れている今
死神と魔女が争ってる場合じゃないだろ」



「そんなキレイごと誰が聞くものか!」


「魔女の一番の敵は死武専だ!!」


「私達の仲間を殺しといて何を言ってるのよ!!」





傍聴席の怒りと非難がキッドへ集中した直後







錆び切った歯車が軋むような、聞くに堪えない耳鳴り
その場にいたすべてのモノ達の鼓膜へと突き刺さる


魔女達の悲鳴が短いながらもさざ波のように辺りに響き―





!!」





名を呼ばれて、彼は歯を食いしばり波長を制御する







一気に耳鳴りの音量が下がり 静けさを取り戻す廷内で





「…それはこちらも同じこと、何人もの職人と武器が
魔女相手に命を失った」





死神の少年は、魔女を説得すべく言葉を紡ぐ





破壊本能がある魔女と自分達は本当に共存できないのか


人間にも破壊本能と、それを発散する方法が多々あり

逆に魔女界にも規律を重んじる面がある事を指摘し





長年に渡る対立が本能的に相容れないモノではなく


単なる憎しみの連鎖ではないかと問われ





それは強者側の死武専の言い分だろ!

疎外されこの閉鎖された魔女界に追いやられた
魔女にとって憎しみは本能と同じよ!」






奈落よりも深い憎しみは拭えぬ と相手が突き放せば


囚われた七人のうちの若い魔女達が、憎しみという
粘着質な感情に囚われていると思えないと返す





「爆破がしたければ爆破が必要な所もたくさんある」


「別に爆破したくてたまんない訳じゃ…」


「男心を破壊するならかわいいものだ」


「だね」


「このキムは人を丸め込む為に適当なウソを並べて
ウソ泣きブリっ娘をする性悪女だが」


「…ついでに、金にド汚い」 「オイお前らオイ」


「今では裸の付き合いをする仲だ」


バカ!!勘違いするようなこと言うな!!
一回だけじゃない!!」








傍聴席や裁判長がその情報に顔を赤らめ
ざわついた隙を突き





全ての枷を外して立ち上がったキッドは一歩前へ踏み出し





「頼む!!死武専に力を貸してくれ!!」





きっちりと完璧な土下座をした





「今 規律は変わろうとしている!!
鬼神の狂気で壊すわけにはいかない!!

オレの求める理想にあなた達魔女の力が必要だ!!」






この世界を守るため、月で戦う戦士達を救えるのは魔女だけ





「魔女は強く賢く美しい!!
どうか未熟なオレ達に力を貸してくれ!!






魂の底からの本音をぶつけるキッドへ

しかし狐の魔女は厳しい言葉を次々に浴びせてゆく





「きれいゴトを言って都合よく我々を利用するつもりだろ!!
一つや二つ頭を下げたところで
我々の意思は変わるワケがない!!」






一時を争う状況に黙っていられず


敵同士と言えど足を引っ張る場合ではなく


死武専の代わりに魔女が鬼神の狂気の暴走を
止められるのかとキムが問う





都合よく利用するつもりもなく、規律を見直し
一時の同盟ではない関係を築きたいとキッドも答える





「古い考えで若い魔女を縛り付けないで、死武専に協力した方が
今後の魔女界にとっても良いことよ!」


黙れキミアール!
お前はもう魔女界の者ではなく死武専の犬だろ!!

貴様らに魔女達の恨みをないがしろに出来ると」


「恨みが…あんのは、お互い様だ」


けど、と苦しげな息を吐きながら顔を上げ





「俺を、信じなくていいから…一度だけ


騙されたと 思って…キッドを、キムを
家族を信じてやってくれねぇか?頼むよ





鳶色の瞳で狐の魔女と 魔婆を見据えて
縛られたままで首を垂れる





「いくら貴様らが頭を下げようが同じこと!!
我々の憎しみが収まる事は無い!!」



にべもなく裁判長が言い放った、その時





隣で裁判に耳を傾け 時には叩き付けられる煙管に
逐一ビビって身を震わせていた魔婆が


帽子の下から覗く右目に決意を宿し





マントを翻して、彼らへと力強く応えた





「にゃむ!!!」








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:魔女裁判のラスト辺りは本編内で微妙に
ズレがあったんで一部、前後を改変してます


エルカ:しっかしホントよくアイツ魔女界入れたわね
絶対ゲートに弾かれると思ってたのに


博士:今までの特訓の成果と、洗脳の際に会得した
波長を極限まで抑えるやり方が功を奏したみたいだね


キム:それでも限界ギリッギリな顔で震えてましたけどね


リサ:しかし耳鳴りん時はマジョびびったけど
結構かわいい顔してるよねーあの子


アリサ:ね、ウチでバイトさせてみんのも面白くね?


フリー:…アイツは魔女に好かれやすいのか?


キッド:からかいがいがあるから、絡まれやすいのだろう




波乱を呼んだ"交渉"を終えたキッドは帰還し…


様 読んでいただきありがとうございました!