闇に包まれた広い処刑場の真ん中には

名残りのように朽ちかけた絞首台が一つ


…奴の姿はまだどこにも見られないようだ





「ねぇ、あのワニ野郎来るかな?」


「……多分…近づいて来てる、から」





そう答えるは、もはや息も絶え絶えで

目は使い物にならなくなっているようだった


先程から身体も小刻みにケイレンを繰り返している





「頭が…割れそうだ…グガ…」


「もうしばらくの辛抱だ、持ちこたえろ」





敵を待ち構えるため絞首台へ移動する合間も


吐き出される言葉が…力と一貫性とを失っていく





「普通だとしても 武器として、少しでも
役に立ちたい…メーワクかけたくないのに…

どうして、どうして僕は…力があっタなら…」





今にも泣き出しそうな声色での弱音は


きっと、コイツなりに押し殺してきていた
本音であり…"壁"でもあるに違いない





「鬼神の卵に…おそわレタ時、マカさんをかばった
ソウル君の気持ち…今ナラ分かる気が、すル」


「もういい、無理してしゃべんな」


「…キッド君 リズさん パティさん」





台の側でへたり込んで尚、弱々しい声は続ける





「もし…もし、も…僕が呪われきって
ゾンビになったら、その時は「黙っていろ!」





先を察してワザと遮り、光の宿らない
鳶色の瞳を見据えて答える





「例え武器でなくても、力が無くとも
オレは…最後まで友を見捨てたりはしない







沈黙が降りたのは僅か一瞬


「……っぐ、グアァッ!





唐突に頭を抑えて身を屈め、それでも
が指差す方へと向き直れば


処刑場を取り囲む堅牢な壁の上に陣取り

こちらを見下ろし首を傾げる男とワニ頭












Cinque episodio 夜の管理者











どうするカッツェル?追っかけっこ飽きたし
地味なくせに結構しぶといよツナギのガキィ!」


「こぉの牢獄で!オレ様の牙と唾液を受けといて
まーだ魂が落ちてネェ…気にいらねぇな!


「ようやく現れやがったぜ」


「いくよ、キッド君!」


武器化した二人を手に、オレは地を蹴る





「馬鹿が!真正面から突っ込んできたぁ!!」





その場に留まったままワニの口から
唾液が散弾の如く発射されていくが


見切って擦り抜け、弾丸を顔面目がけ撃ち込み





ムダムダムダっはぁ!…アレ?どこいっ」


眼を晦ませた一瞬を突き 壁を駆け上り


背後から蹴り抜き様に至近距離で弾を放ち

囲みの内側へと吹き飛ばす





「グギャアァァァ!」





苦しみ悶える男の身体から触手が生えるも


一つ一つキッチリ潰しながら距離を狭め


ワニの鼻ツラへ一撃を叩き込んで
間髪いれずに波長を連打する





痛ひぃぃ!こ、こうなったらぁぁぁ!!」


身を引いた男の左腕が肥大し 絞首台を
喰らわんと一直線に伸びてゆくが





寸前でワニ頭の下アゴに潜り込み


同時に波長を打ち出して跳ね上げ阻止する





「な…なんで何でナンデぇぇぇ!?


「貴様は呪いだけでなく…その左腕で取り込んだ
物質の特性も発現できるのだろう」





答えながらも、ガサガサと忙しく動かされる
触手を潰して逃げ道を塞ぐのも忘れてはいない





「まさか、ここに移動したのは…オレのその力を
封じるためだってのかぁ?」


出来るもんか!例え効果が切れても土や岩を
たらふく喰えばすぐ元通りにぃ」


「虚けめ、死神をなめるな」





先回りしながら切れ目無く攻撃を続ける内


奴の触手が目に見えて減り…ついには尽きて


移動スピードが格段に遅くなる





「うげぇぇ!ヤバイよカッツェル!
この調子じゃ防御も持たなくなっちまうぅっ!」



「だったらアレをやるまでだぁぁ…!
残量が残ってるウチになぁ!!





言うが早いが、唐突に奴の姿が掻き消える





げっ!また見えなくなった…』


「落ち着け、魂の反応はある
姿が視認できなくなっただけだ」





触手での移動が出来ない以上、そう遠くへは
行っていないと考え意識を集中させ







「岩を食べれば固くなる、這う奴食えば
天井這える、蛇とか食えば姿が消せるぅ…」







バサリ、と耳障りな羽音と同時に風が巻き起こり





身を捻れば スレスレで唾液が肌を掠める


「飛ぶ奴食えば空だって飛べるぜギャッハァ!」


『ワニが飛んでる!』





闇に浮かぶ男の背からは、イビツで不恰好な
翼らしきモノが生えていた





「下らん、撃ち落としてくれる!





体当たりを繰り出す巨体をかわして翼を撃ち抜くが


開いた穴は触手と同じように塞がれていく





『コレじゃキリがねぇぞ!』


『流石にちょっと疲れてきたかも〜』





唾液の反撃といい厄介極まりない能力だ





大体なんだあの翼は!アンバランスにも程がある!


飛ぶ能力を備えているなら左右同じ形に
整えて生やさんか虫酸が走…


ありりり?キッド君?』


「奴の翼を…凝視しすぎて気持ちが…


『ってバカァァ!よりによってこんな時に』





リズの言葉半ばで、放たれた唾液の散弾を
避けきれずにマトモに喰らって吹き飛ぶ





「当ーたった♪当ーたった♪ヨーダーレーが
ド命中ぅ!ザマ見ろガキがァァ!!」



「やったねカッツェル、ホームランん〜!!」


不覚、非左右対称の気持ち悪さに気を取られた…!





意識しないように考えながら体勢を立て直すも


余計に気になる悪循環に追い立てられて

奴からの攻撃を続けてもらう





死神のオレに、呪いは通用せんが…


少しばかりダメージをもらい過ぎている


おまけにあの翼のせいで奴を直視しづらい…マズイ







「周りからバカにされてた時、あの男から
カッツェルを左腕にもらえてよかったよ!」


「そう、おかげでオレは美味な魂
喰い放題ってわけだ…ここはいい狩場だぜ!」


「そうさ〜魔導師様々さ!なぁカッツェル!」


「あの男…?一体、誰のことだ!





訊ねるも、男は虚空でただただ嘲笑うように
こちらを見下ろして言うのみ





もう凡人クズ男とは言わせなぃぃ!

オレがオレがオレガ逆にお前ら一般ピーポー
空き放題食い散らかしてやラァ!ぎゃっはぁ!!」


「貴様っ…「ふざけんな」


苛立つ次の句を、低い声が遮る







「普通ノ、当たり前のドコが悪い…!





絞首台の側でぐったりしていたハズの


立ち上がり、カッツェルを正確に睨みつけていた





「黙れくたばり損ないがぁ〜死武専だか何だか
知らないけど、所詮殺人鬼の集団だろぉ?」


「聖人気取りの死神だってオレ達と同じ
人殺しの仲間なんだよぉ!!」






せせら笑う男の左腕が肥大化して


剥いた牙がオレへと届くよりも早く







開かれた喉奥へハサミの片刃が押し込まれた





「おごっ!?ごぉぉ!!」





すぐさまワニの牙が腕を捉えて閉じられ

そのまま二人が空中へと舞い上がる





「無茶は止せっ、!!





横から波長を撃ち出して援護をするが

カッツェルの頭部には掠り傷一つ出来ない







痛ぇ!死神のガキの前にソイツの腕から
先にいただいてやれぇカッツェ…んんん!?





食い込む腕の歯をもろともせずに





「っ…俺の恩人けなしてんじゃねぇぇぇ!


は、もう片方をもハサミへと変え
上から押し潰すように振り下ろす





「罰殺っ!!」





叫びに呼応し、魂の雰囲気が一瞬にして変わり







―悪魔の上あごが縦に裂かれて開いた







「「ギ…ギャアアアアァァァァ!!」」





絶叫を残して悪魔が闇へと溶け消えて


解放されたツナギ姿が、ドサリと地に落ちる





戯け!何故こんな無茶をした!!」


「ゴメンなさい…黙ってられなかったんだ」





血と泥とで汚れた腕をついて身を起こし







「死神様もキッド君も…どん底にいた僕を
救ってくれただろう?だから」





震える声で続ける相手へ寄って、気付く





魂が少し膨れ…今まで見えなかった
複雑な陣形の魔法陣が青白い光を帯びて浮かび





「今度は 僕が覚悟を決める番だ」


その声と瞳が、少し元の力を取り戻す





『オイ…大丈夫なのかよ?』


「相変わらず感覚は鈍いけど…不思議と意識は
ハッキリしてる、少し動けるようになった」





リズへと答えて…はオレへと言う





「君が望むならもう逃げたりしない、だから







その先は、聞かなくても理解出来た







「時間を稼いで欲しい…頼めるか?」





共に戦う覚悟を決めた友は 笑んで頷く





『…そいじゃ〜足止めよろしくね』


『しくじんなよ、!』


「ギャーギャーうっせぇんだよガキがァァ!
まとめて平らげてやらぁぁ!!」






咆哮と風切り音だけがすさまじい速度で接近し







あらぬ方へ跳んで振り上げたの片腕が


いきなり現れたカッツェルの左腕を弾く





「吠えてんじゃねぇ…ブチ殺んぞワニ野郎!


何だよお前ぇ!?何でカッツェルの唾液と牙
あんなに受けてゾンビになんねぇんだよ!

何だって、動けるまでに復活してんだぁぁ!?


「気に入らねぇ気に喰わねぇ気が変わったぁぁ!
絶対ぇテメェから魂落とす!!






負った傷も負う傷も、見えないハズの目も


全て気に留めず 虚空から襲う敵へ正確に
反撃するツナギ姿に疑問が沸きあがるが





瞬時に頭を切り替え…オレは魂を共鳴させていく





『フィードバックまで後5秒…4…3…2…』


『撃てるよ!』







カウントが完全に終わった頃合に





「完魂総殺!」





光るハサミの刃が、翼を刈り取るのが見えた





ぎゃあぁぁっ!翼が!もぎ取られちまったぁ!
ヤベェよヤベベェよカッツェル!」



平気だぁ!土を喰らって身を固めりゃ…」


落ち行くカッツェルの左腕が大地へ突き立つのを
待たずに照準を合わせ





「跡形もなく消え失せろ!!」


放った波動が、夜の闇を裂いて突き抜ける





『デスキャノン!!』





―空気を振るわせる絶叫が光に呑み込まれていく








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:蛇足ながら、カッツェルの能力
食べた物質の備蓄エネルギーで顕現率や発動時間
復元なんかも左右されてきます


リズ:ああそう、その辺はよく分かんないけどさ
…アイツ、あんな動ける奴だっけ?


パティ:傷だらけなのにスゴイよね〜


キッド:呪いで痛覚が麻痺しているのが
この時は吉と出ているんだろうが…しかし


狐狗狸:あーそれ以上の謎は、次回長編で
少しばかり明かされますからその辺で!


パティ:ところでワニ野郎の触手とか
唾液って何であんな感じなの?


狐狗狸:唾液は水圧レーザーとかの要領で
撃ち込まれてんの、"触手"は喰った生物を
練りこんで具現化…何かは察してください


リズ:それってまさか…オエッ


キッド:お、おい大丈夫か?(背をさする)




"カッツェル"は元々左手に宿ったワニですが
魂など喰らう内に侵食され乗っ取られた感じで


様 読んでいただきありがとうございました!