体勢を立て直し、身構えてワニ頭の来た方を見れば


先程同様 天井に本体が貼り付いていたが


身体を支える触手と首をもたげるワニ頭は

よく見れば周囲の壁面と"同化"している





「何でわかったんだよぉ〜チャンスだと思ったのに
まーだまだ弱らせないと食えないよぉカッツェル!





直後、ガクリと膝からの身体が崩れ落ちる





「おっ!チャァァ〜ンスぅ!!」


「リズ!パティー!」


呼びかけに答えて武器化した二人を素早く手に取り





「三途リバーショット!!」





喰らいつかんと開かれた大口へ集中業火を
しこたま浴びせて退ける






「いぎやぁぁぁぁ!?」


っしゃ!内側からは利くみたいだぞ!!』


『このまま一気にたたみかけよう!!』


無論そのつもりで、狙いを触手へと絞り







途端、カッツェルの巨体がすさまじい速さで
天井を張って遠ざかっていく





こうなりゃ長期戦覚悟だよぉ!お前ら絶対
ここから出さないんだからなぁ!?」


「戯けが、そう何度も逃がしてやると思うか!」





追いながら波長を撃ち込み触手を破壊していくが


その度、新しい触手が生えて身体を支え

一向に奴の逃亡速度が衰えない





「生意気なガキはこれでも喰らえギャッハァ!」


叫んでこちらへ向けられたワニの口が閉じ

その状態で頬袋の辺りが異常に膨らんで





「…っ避けて!


離れた場所からの忠告と、予感に従い
大きく身を離した直後





「邪竜の涎(ヴードゥーブラスト)」


開かれた口から勢いよく液体が吐き出され


伏せた頭上を掠めて、背後の床に
いくつかの穴が開いた













Quarto episodio 鋏の古傷











うわー!今のすごいヨダレだったね〜』


「クソ…また逃がしたか」


這い回っていった先へと視線を向け





「っう…ガ、ハッ…オェッ…!」


!?おい大丈夫か!!」





床に這いつくばって嘔吐を繰り返す
クラスメートへ歩み寄れば


アイツは、震える声でこう言った





「違和感が…吐き気が止まらない…
多分、アイツ、まだこの近くにいるんだ…!」


「マジかよ…なんで分かんの?そんなの」


「…僕にも、分かんない」





確証は無いが…奴の何かに反応しているのか?





とすれば…恐らく怪しいのは…あの"左腕"







ともあれ奴がこちらを狙っているのが明確なら

下手に逃げるより、追ってカタをつけた方が早い





「早々に決着をつけるぞ…立てるか?」


「おい、いいのかキッド?」


「仕方無かろう 敵は周囲に擬態できる力を持つ
気配が分かるに越した事は無い

…それにカッツェルを叩かねば終わらん」





言えばふらり、とツナギ姿が立ち上がる


大丈夫…あの男のナビは、任せて」









それなりに広く、いくつかの施設と独房が
ある点については上と差して変わりは無いが





そこに懲罰房や死体置き場 果てには
拷問具が点在している部分はまさに


"牢獄の地下ならでは"と言った相違点だ





「にしてもこの牢獄…マジで気持ち悪いわ」


「その気持ち、分かるよリズさん…」


「てーかあのワニ男 トカゲみたいに
すばしっこくてヤになるねー」





追跡劇に関しては、さほど状況が変わったとは
言いがたいのも事実だった







探知を当てにカッツェルを探す策に出て
幾分か遭遇率が上がってはいるものの


肝心のカッツェルが、激しく動き回っており


着かず離れずの距離を保ちながら時折こちらへ
ヨダレの弾丸やガレキを飛ばしてくる





これではラチが明かんな…







と、済まなそうな呟きが隣から聞こえてきた





「ゴメン…僕が、もう少ししっかりしてれば」


気にすんなよ お前のせいじゃないだろ」


「そーだよ、キッド君に比べれば
まだ立ち止まってる時間遅いし」


「好きで立ち止まっていたワケでは無いぞ!
全てはこの牢獄の構造とあの男の仕業でだなぁ!!」





言い合えばようやく、小さな笑い声が耳に届く





「ゾンビって言えばさ…死人先生も、たしか」


「ああ、ゾンビだと言っていたな」


「…あんな感じで生前みたく意思疎通出来るなら
ゾンビも、悪くなさそうだと今なら思う」


「そうだな」





若干教室での雰囲気を取り戻しながら


感覚が強まる方へとナビゲートする案内役の
足元を気遣いつつ、オレ達は進んでいく







…ああは言っていたが横にいる相手が
不安を抱いているコトも 残された時間が
少ないコトも理解していた





生憎 死人先生がゾンビとして復活した手法や
そうなった経緯については分からないが


今受けている呪いは…間違いなく別口





考えたくは無いが、このまま放っておけば
呪いを受けた相手はいずれ

食堂で出会った男のように自我を無くし…







君!」





パティーの一声に我に返れば、側を歩いていた
ツナギ姿が壁に手をついて震えていた





「どうした!?」


「ゴメ…意識が…ぼんやりして…気持ち悪…」





いかん、呪いが精神にも影響し始めたか…!





「何でもいいからしゃべり続けるんだ!
自らをしっかり持て!負けてはいかん!!」








こちらの呼びかけに歯を食いしばって顔を上げ


一歩、また一歩と足を踏み出しながら





「…あのカンオケに、閉じ込められてた時さ
あのクサレ魔女の仕打ちを、思い出したよ」


「それってマカ達と戦った 白い巨人の?」


「そう…元々さ、僕、マンマと二人で
イタリアに住んでたんだ」





淡々と…どこか遠くを見るようにして
は、自らの過去を語り始める









ハサミの才の自覚は母方から受け継いだらしいが





『その力は神様からの素晴らしい授かりモノ

…だけどみんなにはナイショよ 二人だけの秘密


言いつけを守り 勤勉な母の前でしか
自らの力を使わなかったそうだ







…その力と自らの存在を聞きつけて


姉を名乗る魔女・が現れたのは





赤貧の生活の中、病にかかって母が床に着き

医者にも見せられず成す術を無くしていた時








『あぅらぁ〜お父様を寝取ったメス豚
寝込んでいるなんて丁度いいわねぅえん♪』


『だれですか…マンマを悪くいわないでください』


『やぁねぇ、アタシはあなたのお姉さんよぉう
って言うの…よろしくぅんv』





血の繋がりを主張した魔女が、生活と
母の身を保障すると宣言した





『ほんとうにマンマを助けてくれるんですか!?』


ええそぉうよう?その代わりアンタが
アタシの元で奴隷として働いてくれればねぇ?』





「それで…魔女の元で働いてたのか?」





リズの言葉に答えるようにして、言葉が続く





「僕が働けば、マンマは病気から解放されて…
元気になる、って、思ったんだ」





覚束ない足取りに比例し、口調はどこか
波を持って揺らぎ…震えていく


「あの女の言葉を、僕は本気で、信じてた…!







他に頼る当ても無く 母親を残して
遠く離れた城での生活が始まったが





当人の話を聞く限り…奴隷のような扱いに
悪事の片棒をも当たり前に担がされ


更には魔法の実験台をも行わされていた


正に聞くに堪えないような"地獄の日々"





耐え切れず嘆いたコトがあったものの





ベェ〜、いーい?おバカなアンタにお姉さんが
やさっしく教えてあげるけどぉ』





痛めつけた魔女は、涼しい顔で笑いながら





『アンタの今の状況って、他の不幸な子達に
比べたらすっごいシアワセなのよぉん?』



お為ごかして不幸な人間の例
つらつらとあげつらい、語って聞かせたと言う









「ヒドイ大人の行動や人の汚い面とか色々
間近で見てたから、その時は…流石にこたえたよ」





自嘲気味の笑みは…どこか見慣れたものに近かった





「その後さ、どうやってデス・シティーに来たの?」


「…きっかけは "爆音処刑人"のウワサだった」







有名な彼の情報から、"死神""死武専"
そして"デスサイズ"の存在を知った魔鋏は


使われる身であっても"力"と"自由"を持つ
デスサイズに憧れを抱き





支配する魔女の恐怖を打ち払う一縷の望みに賭け





「ほんの少しのお金を持って…命がけで
城を出て、マンマの元に戻った」


「…辛い事を聞くようだが、母親はどうした?」





訊ねれば…殊更に低い声音が響いた





死んでいたよ 僕が連れて行かれて三日目に」









借家は空き家となり、周りの住人達から
病に伏せり息を引き取るまでの三日の間


"息子の名前を呼び続けていた"と聞かされるが





『ねぇ…マンマ、どこにいるの?』





現実を受け入れられず…ぼんやりと母を呼ぶ
幼い少年の姿が思い浮かぶ





『あの女のトコからやっとにげてきたんだよ?

やっとお金をもって家に帰ってこれたんだよ?』


幾ら呼んでも、求めた人物の姿は無く





『ぼくの名前をよんで ぼくはここにいるよ』


ただただひたすらに幼い声が空虚な部屋を満たし





『このお金でお医者さまにみてもらったら
きっと元気になるよね?そうだよね?


元気になって二人でいっしょに、また
服をつくるおシゴトをしようよ

ぼく いっぱい布を切ってあげるから…





は―その場で泣き崩れたと、言った







「世の中って、時に、ザンコクだよね…

たくさんの…不幸な人たちから比べれば
僕が受けた悲劇は…本当に ありふれてる」





でも、と途切れがちな息の合間にハッキリ放ち





「僕をどん底に叩き落すにはそれで十分だった」


憎悪を剥きだした表情を目の当たりにし





―同時にオレは理解した





積もりに積もったへの恨みと

母の死に無力だった自らへの憤りが


"魔女を憎む心"の根幹か








「…イタリアを出るのに、迷いはなくなった」





顔を見知った悪党どもも、自らを連れ戻しに
やってきた魔女の"下僕"も


構う事無く力に任せて切り裂いて逃亡し





港の船へ潜り込み…海を渡りアメリカへ来たと

先へ進みながら、事の顛末が語られた





「どうにか、デス・シティーに着いた、けど
…手持ちも尽きて しばらく路上生活して」


「その時に…マカの父親に拾われたのか」


「…聞いたの?死神様から」





答えようとして 飛んできたガレキを撃ち落す







「いつまでそのガキ正気でいられるかなぁ〜
ヒギャッハハハハハ…!」






シャクに触る笑い声に いい加減我慢も限界だ







「こんな薄暗いトコロにいつまでも
足止めさせやがって…あのワニ野郎


「影でコソコソちょっかいばっか
ホンット、ムカつくよね」


「…外に繋がる処刑場が近くにある
そこへ奴を誘き出して迎え撃つぞ、歩けるか?


「……うん」





しっかり頷いたに安堵して…


闇の奥に隠れ潜む悪魔へ、宣言する





「死武専に…オレにケンカ売った代償を
支払わせてやる きっちりかっちりな」









――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


パティー:あのワニ いー加減にしろよなクソが
ドタマぶち込んでステーキにしてやろーかぁ!!



狐狗狸:っていきなしブチ切れモード!?


キッド:落ち着け、ぶち込むなら左右対称を
崩さぬようにど真ん中から「止めて、ねぇ!?」


パティー:ねぇねぇ、そう言えばキッド君
今回の牢獄ってどうしてやたら暗キモいの?


キッド:この任務に赴く際 父上から聞いたんだが

…ここは元々、特有宗教の教祖や教徒の
投獄・処刑に使われていたらしいぞ


リズ:げっ!まんま曰くつき物件かよ!!


狐狗狸:無視っすか何このフリーダムっぷり…
でもとりあえず どうにか過去話捻じ込め


リズ:無理くりじゃん、てゆうか普通に
悲惨じゃね?アイツの過去も


パティー:だよねーウソつき魔女は
風穴100発開けなきゃだよね!


キッド:いいや88発だろう、縦に切っても
横に切ってもケタ的にも見事なシンメ(略)




後に語りますが…魔女はウソついてません


様 読んでいただきありがとうございました!