―★決着中/"女王蜘蛛の間"―





部屋に流れる"狂気"そのものからアラクネを感知し





体なんてただの器…そうでしょ姉さん」


「来るよ」


警戒する三人の頭上で 闇が意思を持って歪み


放たれた網状の糸をかわしたマカが


その糸の向こうに、アラクネの顔を見た





『たしかにあいつだ…』





手足のごとく伸びた闇が彼女らへ迫るも





「ベクトルストーム!!」


足元から現れたメデューサの魔法が
防壁を果たし、逆に闇を覆い尽くす





「ベクトルを圧縮!!」





握りこんだ小さな掌に呼応して


まとわりついた矢印が縮まって、中の闇が
見る間に小さくなり黒い玉のようになる





…しかしそれも一瞬の事で


次の瞬間には球体から闇は四方に
吹き出し、部屋の闇へと紛れて散った





『無駄よメデューサ…私(わたくし)は
肉体(からだ)を棄て"狂気"そのものになった』



「"狂気"になった…!?
そんなコトしてどうするの?」





いまだ動揺が隠せないマカとは真逆に





「狙いは 鬼神ね」


冷静さを取り戻したメデューサが、姉が
"狂気"そのものとなった自身が鬼神と同調


鬼神を取り込む目論見を言い当てる





『恐怖が世界を包み "狂気"がすべてを飲みこむ





すべての母になる、と声だけで語るアラクネの言葉を


ちゃんちゃらおかしい、と妹は笑った





「偉そうに「魔武器の生みの親」なんて
言われてるけど 姉さんはただ
「エイボンの書」をなぞっただけじゃない」





だがアラクネも言われたままでは終わらない





『誰が発案して誰が造ったかなんて問題じゃない
…要は何を手にするかが大事なのよ』


出不精の上に創造性の無さまで棚上げ?
少しはあの変態娘の積極性を見習ってみたら?」


『その言葉そっくりお返ししますわ…
男一人手に入れられないあなたに何が出来るの?





シュタインを引き合いに出し 嘲笑われても


メデューサは余裕たっぷりだったが





「前に私のこの姿を見て笑っていたわよね

今のあなたの方がよっぽどこっけいだわ





闇に向けてそう呼びかけた直後







メデューサの視界は暗転し

白い空間に張られた巨大な蜘蛛の巣の中心へ
小さな身体は墜とされ


磔にされた精神を喰い荒らされて…床へと沈む












L'undicesimo episodio 脅威の幻











「メデューサ!?」


『さっきオレが食らった精神攻撃か?』


『先程の魔法と同じにされては困ります…』





部屋の闇が凝り固まり、天井から

歪な蜘蛛の脚と黒いドレスをまとった
アラクネの上半身
を象って生える





倒れたメデューサを案じていたマカは


迷いなくその異形へ正面切って睨んだ


「クロナはどこだ!!」





その目の強さと退魔の波長、そして
魂感知を有して死角からの一撃を払う様を


改めて"危険"と認識し アラクネは決断する





『痛めつけ恐怖を与え、狂気に落とすか』







再度クロナの所在を問うマカは
突き出された足の一つを飛び越え


鎌の石突で床をつきながら着地して


間を置かず背後から襲い来る黒い足を
身を捻って切りつける





なおも性懲りなく背面よりアラクネの胴体と
長い爪が狙いを定めるが


今度は振り向きもせず柄を回し


魔女の首を根本から切り落とすのだが





『何だよ…さっきから全然手応えがない…





呟くソウルと、闇の奥から告げる当人の言う通り


肉体を捨てたアラクネには
どんな攻撃も効き目がなかった







息つく間のない猛攻を防ぎ続けていても


かわしそこね、掠めた一撃が
マカの頭を強く打ちつける





それでも体勢を崩さず、追い詰められている
現状に対しても彼女は諦めなかった





「道化師を退けた"魔人狩り"なら…」







―同時刻/ババ・ヤガー城前―





ミフネが倒れ、群れ集まっていた
アラクノフォビアの兵隊も続々倒され行く中





「ナイグス、ブラック☆スターの傷の手当を!」





頷いたナイグスが二人へ駆け寄り


縋る椿をなだめ、瀕死のブラック☆スターを
地面へ寝かせて処置を施していく





「死ぬなよブラック☆スター!」


「大丈夫!」





手際は正確で、見る間に止血を終えて

身体のあちこちへと包帯が巻かれてゆく


不安を抱きながらも椿と死人が見届け…









異変は 唐突に音もなく起きた







周囲で戦っていたはずの死武専の部隊と
アラクノフォビアの兵士が





揃って頭を抱え、うめき声を上げ始める





気づいた死人や椿達も…ほどなく
同じように耐え難い痛みに頭を押さえる


「んん…」 「これは!?」





―同時刻/城内廊下―





異変は外だけではなく、城の内部にいた者達にも
等しく引き起こされていた







うぐっ…な、何だよ、これ…!?」


「お姉ちゃ、ん…気持ち、悪い」





リズとパティが手近な壁へと
崩れ落ちそうになる身体を支えて堪え





二人から離れた廊下の通路でも





「あああ…」


「キム…大丈夫?」





こらえきれずに床へへたりこんだキムへ

脂汗を浮かべたオックスが声をかける





「二人ともどうかしたのか?」


感じないの?ハーバー…」





眉をしかめるジャッキーの一言で


比較的平気な顔をしている彼は、他の者達が
苦しんでいる原因へと思い至る





「…狂気か?


「ひたすらドライなお前は感じてないかもしれないが
…おい、平気か…?」





絞りだすようにして尋ねるキリクだが


少し前から、半ば壁に身を預けかかった体勢で
動けなくなったツナギ姿の少年は


答えずかぶりを振るばかり







頭の中を何十、何百、何千…


もはや数える事自体が無意味に感じる程の
蜘蛛の群れに這い回られ


掻きむしられていく苦痛を全員が味わう








…しかし の瞳には


苦しむオックス達と廊下の風景ではなく





どこまでも白く何もない空間で


何重もの糸に絡みつかれた自らの身体と


糸で出来た椅子に腰かけ向き合い
優美に微笑む アラクネの姿が見えた





「こうして会うのは初めてね?けど私は
あなたたちのコトをよく知っていますのよ」





もがいても少年に巻きついた糸は緩まない





椅子ごとぐっと近づいた魔女は、まるで
慈愛に満ちた母親のような眼差しをしていた





「もちろんあなたのコトもね 君」







―狂気伝染中/ババ・ヤガー城前―





流れこんでくる"頭を這う蜘蛛"

それによりもたらされた膨大な狂気の波長に





『あああぁあああぁあああぁあぁぁ』


全員が 例外なく精神を侵されてゆく







「く…くそ…」





治療を行っていたナイグスも、押し寄せる
狂気に意識を保つのがやっとの有り様で


小刻みに震えるその姿を


包帯のない左目で見つめていたブラック☆スターが





「どうした?精神を強く保て…」





見ていられない、とばかりに
やおら彼女の襟をつかみ


手当ての終わったばかりの身体で立ち上がると





「死武専の野郎共…気合見せろよ…」





深く息を吸い―





足元へ、練り上げた波長を叩きこんだ







地面を通して広がった波長が


近くにいたナイグスや死人、椿達を
襲っていた狂気を追い払う





「ブラック☆スター!」


「全員耐えろ!!
勇気を!勇気をふりしぼれ!!」



我に返った死人が、自らの部下へ
狂気に持って行かれぬよう声を張り上げる





空気が変わったのを見届けて


あぐらをかいて座りこんだ少年は
肩で息をしながらも…ニッと笑った





あとは頼んだぜ…ソウル、マカ…」







包帯だらけのパートナーへ寄り添う椿と
兵達の動きを油断なく伺いながらも


呼吸を整え、梓は城を仰ぐ





「これ程の狂気に…オックスチームや
まして君が耐えられるのでしょうか?」







―同時刻/城内廊下―





苦悶を浮かべる仲間達と同じように


…否、這いまわる蜘蛛の感触を頭だけでなく
全身に感じて短くわめく





「かわいそうな君」


哀れんで、アラクネが細い指をつ…と伸ばす





顔を背けようとも指は彼の頬へ辿りつき


極めて優しく撫で上げられ…瞬間
少しだけ苦痛が和らいだ





あなたは正しいわ、私の妹もあなたの姉も
魔女は悪意に満ちた者たちばかり」





青い顔をしながらも同意するように
睨んでくる少年の前髪が





「けど非難したあなたも、姉が魔女
知られれば死武専に居づらいのではなくて?」


すい、と持ち上げられ 隠されていた
つぶらな両目をさらされる





「私ならばあなたに新しい力と素晴らしい環境を
用意してあげられますのに…


絶対に裏切ったり、見捨てたりなどしない
"本当の仲間"と一緒にね」





"蜘蛛の巣"をたたえた瞳で
見透かすように汗の浮いた顔を覗き込み


アラクネは、耳元で甘くささやく





「望むならお母様の敵討ち
手伝ってさしあげてもかまいませんわ」


「…そんな、コト、できるワケ…?」


「魔女とて歩みよるコトは出来ますのよ」


くすくすと愉快そうに笑って


椅子ごと距離をとった魔女は





「あなたを不当に苦しめる者はいない
あなたは私の元で必要とされる存在になる





両手を広げ…がんじがらめにしていた
の束縛を解く





「さあ…偽りの居場所から抜け出しなさい」









その呼びかけは とても魅力的で
抗い難い響きに満ちていた





しかし…広げた両手から伸びた"見えない糸"が


俯いた少年へと繋がり

迷いを抱く その精神を絡め取ろうと潜んでいる





「それとも魔女の身内がいる、と死武専に
知られて耐え切れるのかしら?」







ぴくり、と小さく身体が震えて







「ありがとう…バカだったよ たしかに」





吐き出された声は…低く、弱々しくかすれていた





「人にも善人悪人がいるように
魔女にも いいのとどうしようもないのがいる」





だが徐々に力を増す声に合わせて

伏せていた面を ゆっくりと上げて





「ようやく分かった 俺がブチ殺りたいのは
そのどうしようもない方だ!


変化させたの両腕は―


"ハサミの片刃"と言うより "両刃の剣"
称するのが相応しい形状に変わっていた





アラクネの顔から笑みが消える


同時に空間が黒く染まり、身体に繋がる
糸と無数の蜘蛛が具現化して彼へと迫る





その一切合切に構う事なく






 「Senza pensare che io posso legarci con tale filo!
     (俺達をこんな糸で縛れると思うな!)」






叫んで振り上げられた腕が糸を切り裂き


アラクネの身体を縦一文字に掠って
床へ深々と突き刺さった






刃先から床を通して響いた"耳鳴り"


魔女の面相を醜く歪ませ…蜘蛛の群れが
見る間に引いてゆく







それらが掻き消え、目の前の景色が
廊下へと戻ったのを確認し





「い、今の耳鳴りは一体…!?」


「まさか…君が何かしたのかい?」





狂気が退けられ 少し意識を持ち直した
オックスらへ視線を向けられて


は…無理に笑ってみせた







―少年"波長"放射後/野外―





アラクネの生み出した狂気に包まれ行く城を





「始まりましたね 狂気…いい風だ


遠く離れた高台から眺めていたノアへ
白い蝶からの声が 重ねて付け加える





『ホント面っ白いわぅあ〜星族の子だけでなく
あの子があそこまで大胆になるな・ん・て』


「…所詮は焼け石に水でしょうけれどね」





答えるノアの口元は緩く弧を描いているが

これ以上を見届ける気は もはや無いようだ







…本の中にて、その"狂気の波長"を探知しながらも


脱出の術もなく ただただキッドは歯噛みする





「今は皆を信じるしか…」








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:分かりづらいけどサブタイ元ネタは
"マンガの神様"の作品です(未読だけど)


アラクネ:あら?お読みになる予定はありませんの?
とても面白そうですのに


狐狗狸:読みたいのは山々ですが
本自体があるのかどうか…短篇集らしいし


メデューサ:待ちなさい、本屋なり図書館なり
探す努力をしない内から諦めるのは関心しないわね


アラクネ:同感ですわ ぼやくのは
私の妹のように執念深く諦め悪く足掻いて
無残に打ち砕かれてからになさい?


メデューサ:ええ、姉さんのように自ら動かず
人に頼ってばかりでは手遅れになっても
自業自得でしか無くなるわよ?


アラクネ:よく言うわ お熱だった男に
振り向いてすらもらえないで


メデューサ:つまらない男たちに慕われて
女王を気取っているよりは楽しかったわよ?


狐狗狸:…これも一種の"狂気の波長"かな?




城を包む狂気へ 二人が立ち向かう!


様 読んでいただきありがとうございました!