それは、彼らにとって完全に不意打ちだった





魂の反応を感じ取っていたマカやキッドでさえ


…いや、誰の魂か分かっていたからこそ


の行動は 完全に不意打ちとなった







幼子の姿をしたメデューサが、頭上に
手の平を掲げ

唱えた呪文に応じて生まれた 黒い矢印が


今まさに脳天を叩ききろうとしていた一撃を防ぐ





あまりの出来事に反応できずにいたマカ達を他所に





「アナタ、何をしているのか分かってるの?」


「分かってるさ、害悪な存在をぶち殺るんだ!





二度目の攻撃を行おうと距離を取るツナギ少年へ


小さな魔女は 悠長に問いかける





私がいなければアラクネの城は落とせない
キムとジャッキーも助けられない、それに私を
殺したら罪の無い少女も死ぬコトになるのよ?」





くすくすと楽しげに笑うメデューサの顔面へ





「悪いけど レイチェルなんて子知らない」


ためらいなく、は片刃の刃先を突きつけた





「だから黙って死ね」












Primo episodio 来訪の予兆











―数日前/死武専―





日常は、いつだってささいなきっかけで崩れる





「あのクソ女…一体どれだけ…!





忌々しげに舌打ちし、ツナギ姿の少年は
ハサミに変えた片腕を振り下ろす





そうしておいてからハッと気が付いて





「やっば、遅刻遅刻っ!





入りこんでいた人気の無い廊下から飛び出し


二段飛ばしぐらいの勢いで階段を駆け

何人かの生徒にぶつかりそうになりながらも
息を切らして校舎の外へと出てゆく







「ん?なんだじゃねぇか」


「ああ、うん、てかお帰り二人とも」





正門の辺りで佇んでいたソウルが
出てきた彼を見つけたのは、たまたまだった





おいおい大丈夫かァ?どっから走ったか
知らねぇが息切れしてんじゃねーかヒョロっちぃな」


「だ、だって遅刻したらマズイし
まだ余裕は、あった、みたいだけ、ど」


「遅刻?またバイトをしているのですか?」


「ぼっぼぼぼ僕今月ちょっと使いすぎちゃってさ!」





怪訝そうな相手へ汗だくなは曖昧に笑いかけ


ポケットの中の、小さな"紙の蝶"の切りくずを握りつぶす





「…って、オックス君とキリク君なんで裸なの!?


「そーだよね君もおかしいと思うよね!」





もっともな指摘にマカも便乗するのだが





肝心のキリク達は、むしろ誇らしげに胸を張っている


「こいつぁ巨人と通じ合った証ってヤツだぜ!」


「巨人?」


「そう、僕らとオックス君たちとで対峙して
語り合って…最後には仲良くなったんだよ」





いつになく感情を乗せて、巨人とのやり取りを
語り出すハーバーの言葉に耳を傾ける少年の横で





「ああそれでマカさん さっきの新技について
お話途中でしたね」


そうそう!えっとね、攻撃が直線的になった分
相手に読まれやすくなったけど 一撃の重みは
そうとうパワーアップしたんだよ」


ほほォ〜それは興味深いですね」


ロシア工場にて編み出した"魔人狩り"を語る
マカの説明を、オックスが熱心にメモを取り





それを"面倒くさい"とののしりながらも





「あーソウル、そういやキャンプファイアーのトキ
横に置いてあったんだけど
おもしろい打楽器みつけてさァ!


オーどんなん?触ってみた?」


「けっこうあれだな トーキングドラム系のやつ」





楽器の話で盛り上がり始めるキリクとソウルもまた


マカから内心で"一緒だ"と貶される





そんな割合いつもと変わりない話し合いの最中







ふとオックスととが、同時に顔をあげ





箒のような形状のランタンで空から降りてくる
キムの姿を捉えていた





「マイ・フェア・レディー キムゥー!!
おかえりなさぁあい!!!」



オックスは思い切り両手を広げて迎え入れ





キム当人は…上半身裸のオックスをスルーして
着地し、マカとハイタッチをかわす







ちなみにはと言うと





おい、なんでオレの後ろに隠れてんだよ」


「だって今からからまれるとバイトの時間
間に合わなくなるかもしれないし手持ちないし」


そそくさとソウルの背後へ避難していた





気づいてキムは一瞬ツナギ少年を睨みつけるが


オックスに呼ばれて、すかさず視線と
興味とを彼へ移した





「何?わざわざお出迎え?
そんなコトしてもお金にならないよ」


エエ!!9割方あなたに会いたくて
待ってましたが 伝言を頼まれまして」





キムの眉が少しばかり不思議そうに歪む


死人やナイグスから、探してでも死神様の元へ
来るように
との話をされて


逆に"何かあったのか"とオックスが訊ねている辺りで





周囲へ視線を向けたジャッキーが


自分とキムとを見返している、見慣れない
不審なスーツの男達に気がつく





「…ちょっと変わってて」


「へっ!?」





構ってたサンダーとファイアーをに任せると

ジャッキーはそっとキムの背後へと
回りこんで耳打ちする





「何かヤな感じがする…もしかしたら…」


キム・ジャクリーン ちょっと私と一緒に来てくれ」





呼びかけたナイグスが歩み寄るのと同時に


ジャッキーが警戒した面持ちで、キムの手を握り
庇うように前へと出る





「何のようですか?」


「君たちに聞きたいことがあるんだ」


問われても、二人はじっとナイグスと
後ろのスーツの男達を睨みつけるばかり





警戒を崩さない彼女らにしびれを切らし





「いいから早く来い」


スーツ姿の男が 黒い喪章が巻かれた
ジャッキーの左腕を 乱雑につかんで引き寄せる





オイ 手を離せ、手荒なマネをするな」


「しかし時間が…あつッ


袖を変化させて生まれた火に焼かれた
熱さに、思わず男がジャッキーから手を離す





そうして出来たわずかな隙にキムは駆け出し


ナイグスの静止を待たずにジャッキーを武器化し
再び空へと舞い上がってゆく





「降りてこい、私たちには聞く用意ができている!!
勘違いするな 待て…早まるな!






必死に訴えるナイグスだが


彼女の言葉は届かず、炎が尾を引き
キムは空のかなたへと消える


見下ろした大きな瞳に 涙をためたまま







マカ達は成り行きに流されるがまま
呆然とその一部始終を眺めていた





「ナイグス先生…どういうことですか…?」





オックスが戸惑いの抜けぬ口調で訊ねるも
…返答は無い





「チッ…逃がしましたね」


「馬鹿野郎!!うちの生徒だぞ!!」





忌々しげに呟いたスーツ男のネクタイをねじり上げ

ナイグスは先程の、二人に対して
彼らが取った態度を責める





無神経な男に対する苛立ちと

自らへの憤りに歯噛みしながらも





「早まるなよ キム・ジャクリーン
道を踏み外すな


彼女は、逃げ出してしまった二人を案じていた









―同日/森の中―





例え魔女とて、崩れてしまった日常を思う







理由は分からないけれど


二人は、やって来たナイグスとあの男達は

自分達が魔女だと気づいていたと確信する





何をしようとしていたのかは分からないが


勢いで逃げ出してしまった二人は


何処かの森に降り立って、それからぼんやりと
今までの経緯を振り返る





いやだ…私―死武専に帰りたい…
みんなと一緒にいたいよ…」





呟くも、正体がバレてしまった以上


仲間達からの拒絶は避けられない

戻れない、とうつむくキムをジャッキーが
寄り添ってそっと抱きしめる







…そんな二人の前に 大きなクモが一匹現れた





「これってもしかして…」


「近づいちゃダメ、今焼き殺してやる」


「まァーまァーまァー待たないか」





ほどなく高級車が森へと乗りつけられて


運転席のモスが、クモを通して事情を見ていた
旨を伝えてから少女らを誘う





「まぁ乗りたまえ 行くあてがないのだろ」


「おじいさんアラクノフォビアの人でしょ!?
死武専の敵 乗るわけないでしょ」





噛みつくジャッキーに構わず、老人は続ける





「忘れたわけではあるまい、貴方がたは
その死武専に追われているのだぞ」






キムを追い出した死武専を謗り


種族の壁は破れないと嘆き


そうして、アラクネが同じ魔女として
深く理解を示していると語る





戻れる場所を無くしたキムにはそれが


なによりも優しい言葉に聞こえて







「もう戻れない…」





誘われるように、開けられたドアをくぐる


車に乗りこむ職人の後を…魔武器もまた
黙ってついていく





「安心しなさい 貴方のためなら私は
足長おじさんになって差し上げましょう」






バックミラーを仰いで 口の端を歪め


モスはハンドルを握り、アクセルを踏む







…アラクネと同様に じっと少女らの喪章の端に
溶けこんで潜む"蝶"を通して





あらあぅらん?面っ白そうな展開ねぅえ〜」


どこかに潜んでいる魔女が片目を開けて呟く





派手に着飾っている服のあちこちはボロボロで


毒々しい色合いの網タイツも所々穴が開いており


そこから見える肌にも、生々しい青アザや
血の滴りそうな傷口などもちらほらと見えるが





"ご褒美"は受け取ったばっかりだけど…
アラクネちゃんのお城見学もしてみたいぃん





受けた苦痛や、足元の刺客など意にも介さずに


無駄に色気を帯びた声でひと悶えした彼女は





「それにしてももバカよねえぅ〜アタシが
アンタの"射程"を知らないわけないのに♪」


ひどく愉快そうに 銀色の瞳を細めて笑った







―同日/死武専正門―







なおも問いただすオックスに答えたのは

死武専へと戻ってきたキッドだった





「ナイグス先生…キムのことはオレから
みんなにキッチリ話をさせてください」






死神としてではなく 仲間として


事実を伝えるキッドを、ナイグスは一言も
口を挟むことなく見守っていた







"3人の魔女"が死武専に潜伏しているという
タレこみを元に 彼はスピリットや死人らと共に
そのうち二名の身柄を押さえたのだが





「エエ!?キムが魔女だって!?」





その知らせに、オックスを始めとして全員が

大なり小なり驚きを隠せずにいた





「死武専も一方的にキムを連行しようとは
していなかった―…むしろ聞く用意ができていた」


けれど彼らが思う以上に、魔女は死武専に
神経質になっていたようで


…故にこそ、先程の騒ぎが起きてしまった





「もう少し慎重に動いていれば」


「キムが魔女だっていう情報が入っていたんなら
何でオレたちに伝えなかった


申しわけなさそうなキッドへ、キリクは
思わず感情的にそう言い返す





「キッドも課外授業から
帰ってすぐだったんだ…そうせめるな」





落ち着きを取り戻したオックスが諭そうとするも

その態度は 彼の神経を逆なでしたようだ





「キムが出て行っちまったたんだぞ
よくそんな冷静でいられるな」



「ここにいるみんな動揺している…だからって
君みたいに無駄に熱くなるなんてバカげているよ」





逃げて行った方向だけを頼りに

キム達がいそうな場所を探す、と告げて
不機嫌そうに歩き出すその背へ


追いつけるわけが無いと返される





「こっそり戻って来てるかもしんねェだろ!!
うるせェんだよ!!ハゲ!!






激昂し…間を置いてキリクは


短く謝ると、ソウルに付き添われて
正門を後にする







二人の後姿を見送ってから


オックスは、どこか落ち着かない様子の
ツナギ少年へと問う





「…君?どうかしましたか」


「いや、別に、なにも…ただちょっとその
やっぱり信じられなくって、さ」





…前髪に半分顔が隠れていても
動揺しているのは、はっきりと伝わってくるが


それが"何に起因するか"までは

オックスにも読み取ることは出来なかった





「ねぇキッド君?その「3人の魔女」がいるって
どこからの情報なの?」


「それが…あのメデューサだ





訊ねられ、キッドの口から明かされたのは


信じがたい名前と…現状





「何が狙いかわからないが メデューサは
自分から死武専に投降してきた」





"牢獄部屋に監禁されている"と聞いた瞬間





マカと、両者の瞳の色が変わった







「…二人とも 気持ちは分かるがくれぐれも
早まったコトだけはしないでくれ」


「分かってるよ」


釘を刺すキッドへ少女は真顔で答え





「ああ、分かってるさ


少年は…張りつけたような微笑みで答えると
そのまま死武専を後にした








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:前夜祭以上の転機となるアラクノフォビア編
待たせまくった挙句の開幕です(土下座)


マカ:土下座スタート!?


ソウル:むしろ見慣れちまったよな、この光景


オックス:ええと…時系列が何やら入り混じって
いるようですけど、いいんですかこれ?


狐狗狸:読んでいけば繋がるようには一応してるので
しばしお付き合いいただければなーと


キッド:の姉は相変わらず不穏な気配を
漂わせているようだな


キム:てかいつの間に人にヘンなモンつけたのよ
あのド変態魔女ぉぉ!?



狐狗狸:多分魔女ミサの時辺りとかにこっそりでしょう
(みんなBJの件で左腕に喪章巻いてるし)




"蝶"は前夜祭とかでも仕込んでたんでしょうね
…ある意味便利な設定の変態げふんげふん


様 読んでいただきありがとうございました!