新たな年がデス・シティーに訪れてから、かれこれ
半月程がまたたく間に過ぎた


日々の空気がキリリと引き締まり 降り注いだ雨が
雪へと変わって周囲を時折白く染める





そんな風景を遠い目で見やりながら


キッドは、物憂げな面持ちで両手を組み

そこへアゴを乗せて 延々と思想にふけっていた





"心ここにあらず"を体現している状態であっても


均整の取れた彼の姿は、声をかける事を
ためらってしまう程に神秘的で 絵になる姿だった





…ただ これはあくまで表面だけを見た感想


キッドの性格を知り、悩みの原因に検討をつけられる
親しい相手には また違って見えている





「さっきからずーっとああして、キッド君たら
どうしちゃったんだろね?お姉ちゃん」


「そっとしといてやろうよパティ…おおかた
のことで悩んでんだろ?」


「ああそっか!」





あっさりとその一言で納得する外野の声など


思考に囚われているキッドには、届いていない





「クソ…あの時、あんな任務さえなければ…!







実力があり、優しく賢く 死武専で正に男女問わず
愛されている鉄扇職人・



彼女の生まれた日 運悪くキッドは任務のため

仲間内でのパーティーに出席できなかった





いやー残念だったな、まあでも死神様から
頼まれちまったら しょうがねーよな?』





ニヤニヤした顔でパーティーの様子を語るソウルと


その日に限って任務を入れた父親に対して
抱いた恨みは、彼はしばらく忘れられないだろう







とにかく 日も月も過ぎてしまい

渡しそびれてしまった誕生日のプレゼントを


捨てる事などは考えられず、かと言って
今更どんな顔をして差し出せばいいのか…







キッドにとっての難題は そこだけではない





誰も彼もがのハートを射止めるために
日頃から虎視眈々と狙っているのだ





特に積極的に行動を起こすブラック☆スターや


彼女を狙うモノを寄せ付けまいとするマカ


そして…のためならば絶対にして最凶の魔王と化す
の前で 一月遅れの贈り物を差し出そうというのは


正に"無謀な行為"でしかない





「どうにか、の手に渡らせなければ…
いや、渡したい!しかし…」





渡すための場所と度胸 そして何よりも


こそが、彼にとって最大の難関であった












〜In ritardo benedizione a Lei
"一世一代の大決心!"〜












人も疎らになった死武専の教室で





「私に、ご相談ですか?」





問い返すのハニーブラウンの髪が
西日に照らされ、眩く輝いていた





「ああ、出来れば二人で話したいんだが…
その 簡単に済むコトだから心配しなくてもいいぞ!」


「簡単なご用件ならば、この場ででも
言えるのではありませんか?キッドさん」


「内容が内容だからな で、出来ればには
少しばかり席を外していてもらいたいんだが」


「私はお嬢様のパートナーですので
お嬢様の側にお仕えさせていただく義務がございます


やはりと言うか何と言うか は一歩も引かない





普段ならば温厚で、優しい紳士を地で行く彼だが


に関してだけは である





「お、オレがによからぬコトをするとでも
思っているのか?」


何を慌てているのです、容易い用件なのでしょう?
ならお早く済まされればいいじゃありませんか」





口調はあくまで穏やかなのだが


深い群青の短髪をした美青年から放たれているのは
地獄公爵がごとき ただならぬ黒い威圧感





それに当てられて、側を通るツナギの生徒や
適当な席に座ったり周囲にたむろしている生徒達さえもが

遠巻きに 三人へ視線をやっていたりする





「その…それはそうなんだが、こうも人が
多いトコロでは、いささか話しづらいではないか…」


「それもそうですね、では三人で場所を移して
改めてお話しするとしましょうか」


「いや、だから何故も着いて来るんだ!」


「キッドさん…逆に問いますが、何故私が
お嬢様と共に着いて来てはいけないのですか?」






鋭く核心を突いた問いかけに、キッドは
思わず冷や汗を掻いて沈黙する





用件が用件だけに素直に言い出すことも出来ず


かといってそれでは、この男は納得しない







…このまま時間が経てば マカ達がやって来て
せっかくの機会が失われる事は明らかで


究極の選択を迫られ、白い三本のラインが入った
黒髪をかきむしりたくなる衝動に駆られる少年を


追い詰めるように は言葉を浴びせる





「万が一にもありえないとは思いますが…もしも
お嬢様に不埒な真似などを企んでいるなら
全力で阻止させていただいた上で相応の報復を
行わせていただきますが、ご覚悟はよろしいですか?



、何もそこまで言うことないんじゃない?」


「そうだよ さんの言う通りだよ」





横からの声に うんうん、とキッドも頷いて





「「「…え?!」」」


三人が 一様に目を見開いて声のした方を見た







三対の視線に、声の主ことは肩を震わせ





え!?な、なんか変なコト言った?僕」


おろおろしながら 髪に上半分隠れた自身の顔を指差す





「い、いつからいた!?」


「ずっといたんだけど…」





おずおずと手を上げて言ったへ、
を下がらせながら ジロリと睨む





「全く…私に気配を悟らせる事なく
様子を伺っていたとは、油断なりませんね


「いやいやいや 出来ないからそんな技術っ!」


強い勢いでかぶりが振られるが 淡い灰色の瞳は
冷ややかで、疑いの色は全く持って薄らがない





スーツの後ろからひょっこりと顔をのぞかせ
彼女はペコリと頭を下げる





「あの…ゴメンなさい、さん」


「いいよいいよ、気にしてないから平気…
それより さっきからなんの話をしてたの?」


「今オレが話をしているトコロなんだ
悪いが、には黙っていてもらおうか





放つキッドの声色に、あからさまに混じった棘
気付いていながらも 彼は平然とこう返す





「僕が質問してるのは、さんなんだけど?」





ぐ、と言葉に詰まった一瞬をついて ツナギ少年は
再びライトブルーの瞳へ照準を合わせる





「それで、なんの話かな?」


「キッドさんが、私だけに内密にご相談したい事が
あるって おっしゃっているんです」


「ふーん、そうなんだ」





そんな当たり障りの無い会話でさえ


今のキッドには苛立ちの炎を強く燃え上がらせる
ガソリンにしかならない







それ以上と話をするんじゃない、さっさと
いつものようにバイトに行ったらどうなんだ!






…と 歯噛みしていた死神二世へ


不意に顔を向けて、魔鋏はハッキリと告げた







「Io lo trovo se lento?
(もたもたしてたら かっさらっちゃうよ?)」






早口で、南部の訛りがある彼のイタリア語は


相応の耳のよさと高い語学力がなければ

一度で完全に聞き取って理解することは至難の技だ


…死武専の生徒内でソレが出来るのは


今のところ キッドのみである





ゆえに、後の二人はまともに顔色を変えてうろたえる
キッドを やや不思議そうな眼差しで見つめる事になる







「何をコソコソと吹き込んだのですか?」


「別にやましいコトじゃないよ、ただの仲間内の
相談ゴトってヤツさ」





誤魔化すように笑いながら軽く手を振る彼だが


引きつった口元がどうにもいただけない





当然、がその不自然さを見逃すはずも無く
なおもへと問いただす





「もしやと思いますが、お嬢様に対してよからぬ事を
懸想されていたと言う事はありますまいな?」



「あ、アハハハハ…」





あながち間違っていないだけに返答に詰まる少年へ


問い詰める相手の表情は、ますます険悪さを強める





"アレこそ正に魔王だ"と ハタから見ていたキッドは
過去の一件を思い起こしつつ魔鋏に同情を寄せる







…と スーツの肩越しに、ほんの一瞬だけ





にモノ言いたげな視線を寄越されて







―その視線でキッドは 今ならばの注意が
逸れている事に気がついた





間髪いれずにへ向き直って 彼は言う





「どうやら二人は話に夢中なようだな…
よし、邪魔になるといかんから場所を変えて話そう


「え、はい 分かりました」


お待ちなさい、どこへ―」


気付いて静止の声を上げる魔王のスーツの片袖へ





しがみつく様にして、が両腕を絡ませた





それより!前々から君に
相談したいコトがあるんだけど、いいかな?」


「なっ…放しなさい!」


「悪いけど、どーしても急を要するんだよ!」





必死に引き止めるその姿に、先程の目配せと
あの台詞の意図とを同時に汲み取って





、こっちへ」


「は、はい」





キッドは心の中で礼を言いながら、彼女を無事
その場から連れ出していった









…主の姿が消えたのを見て取って


残された青年は、ため息をひとつ吐いてから

向き直って腕にすがるツナギ少年へ低く呟く





「…どういうつもりです?私の邪魔をするとは」





恨みがこもっている分 恐ろしさを増した
魔扇の冷徹な視線を痛いほど浴びながら





「や、やだな〜生真面目ロミオが姫のために
振り絞った勇気を ちょっと手助けしただけじゃない」





引きつった顔で震えながらもは、なおも
腕を放さず軽口を叩いた







案外いい根性をしている彼へほんの少し感服しつつ


はその状態のまま淡々と告げる





「相談と言うのは、私を足止めする口実ですか」


「実はそうでもないんだ…悩めるジュリエットにも
頼まれると、断れないタチでね」





苦笑するの脳裏には、手を合わせて
頼みこむリズの姿が思い起こされる







『もしキッドがを誘い出すのに困ってたら
助けるついでにさ…さんの趣味とか好みとか
色々 聞いてきてくんないかな?』





普段なら、好みのタイプには積極的に言葉を交わす
リズでも はやはり特別で


面と向かって訊ねるには勇気がいるらしい





主と同じように、相手の誕生日を祝おう
目論んでいるなら 尚のことである







「答えられるハンイで構わないからさ、少しばかり
協力してもらえ…ませんかね?」


「…分かりました、キッドさんにも後で厳しく
問い詰めるとして 出来うる限りお話伺いましょう」





言外に恐ろしいまでの怒りをひしひしと放ちつつも


丁寧に答えてくれるの様子を見て取って





ようやく、少年は腕から手を離した











緊張して熱くなった顔の熱を冷ましたくて


風も少なくなったテラスへと二人で出て
深呼吸してようやっと落ち着いたキッドが口を開く





「それにしても…は少しばかり
の事を買い被りすぎていないか?」


「あのね…それは、私がいけないんです」


ん?どういうコトだ」





訊ねれば、彼女は申し訳なさそうな面持ちで
きっかけとなった状況を語りだす









―高い実力と魂感知の能力を持つには





一見凡庸な少年の魂に うっすらと刻まれた
"魔法陣"を簡単に見て取ることが出来


その陣の複雑さに驚いて、思わず
こっそりと相談したところ







「お嬢様も気付かれましたか…やはり あの少年
何やら禍々しきモノを負っていると思われます」





どうやら彼も 魔鋏に対して"何らかの異質さ"
本能的に感じ取ってはいたらしく


素性がイマイチ曖昧な点と、周囲に素早く溶け込み
目立つ事なく順応できる波長とを踏まえて





彼は少年を"油断のならない陰の実力者"と位置づけた







「…当人が聞けば、力一杯否定しそうだな」


「私も ちょっと違うんじゃないかって思って
何度かはに言い聞かせているんですけれど…」







周囲に素早く溶け込み、目立つ事なく順応する


けれどそれは裏を返せば 誰かと衝突する事も

取り立てて利点も欠点もないほど


地味で普通でしかない事を意味してもいる





狙ってやっているのなら確かに"陰の実力者"と
断じても差し支えは無いのだが


あくまでのそれは 自然体であり素である





"目立たない"ではなく、"目立てない"という
似て非なる事実を…つまりは誤解されているのだ







「まあしかし、あの男も悪いヤツではないのだし
いずれ誤解が解ける日も来るだろう」


「そうですよね」







苦笑しあい、気がつけば 時刻はすっかりと黄昏時


屋根や地面などをいまだに覆う雪の表面に
沈みかかる太陽の、茜色の光が照って


それが見慣れたデス・シティーの風景を


どこか幻想的で別世界のように見せてくれる





…彼女へプレゼントを渡すには


まさに今が、絶好のシチュエーション





「な、なあ…





用意していた品物の包みを出そうと身構えて





「なんですか?キッドさん」


振り返った彼女の、赤く染まった両手の指を
視界で捕らえた その直後







気付けばとっさに その指へ手を伸ばして握っていた





え!?あ、あのっ…」


「す、すまん いきなり連れ出して寒かったろう
…少し オレの体温を分けてやる」





動転しすぎて半ばヤケになりながらも しばらく
の指先をあたため続け







やがて落ち着いたのを見計らって 謝りながらも
手を離したキッドが本題へ入る





「その…先月の誕生日、祝えなくてすまなかった
遅くなったが これを渡したくてな」


突き出された包みと真っ赤な少年の顔とを
見比べながら、彼女は訊ねる





「私のために…わざわざ?」


「あ、ああ よかったら…開けてみてくれ」







こくりと頷き、白く細い指先がリボンを解いて
丁寧に包装紙を開くさまを


彼は黄金の瞳を大きく見開いて 見守っていた







開いた包みの中から現れたのは…手首の縁に
品よくレースと銀糸をあしらった白い手袋


軽く滑らかな手触りからも 相当よい品だと分かる





「少し遅れてしまったが…誕生日 おめでとう
受け取ってもらえるか?



「いいんですか…こんな素敵なものを頂いて」


構わないとも!こ、これからの時期は冷えるからな
よかったら外に出る時にでも使ってくれ」





などと 若干上擦った声で気軽さを装うキッドだが





プレゼントとして、その手袋を選ぶためだけに
早い時間から街中を駆けずり回り


ベージュやライトブルーなどの別デザインの手袋と
色や模様、左右対称具合を延々と睨めっこしながら
閉店間際まで粘って悩んでいた事実は


当人と 店の店員しか知らない秘密である









長いような…短いような沈黙を挟んで





茜に染まる空と、照らされた雪景色の街並みをバックに







「キッドさん、本当にありがとうございます
プレゼント…大切にしますね?」






愛おしそうに手袋を胸の辺りで抱えて浮かべた
の 女神のような微笑みを



キッドはしっかりと心に焼き付けた













やり遂げたキッドを待っていたのは…数倍増し
怖さを増したの尋問及び説教だった







「お嬢様への贈り物を渡したいのでしたら
別に二人きりで無くとも良かったでしょう?」





ようやく解放された折に放たれた言葉は最もなのだが


そんな気まずい事が、過保護な魔武器同伴で
出来る神経の持ち主など


現在絶賛補習中のブラック☆スターぐらいである





「でも その手袋すごくこう…さんに
よく似合ってると思うな」


「ありがとう、さん」





の笑顔によって 誇張無く場が華やいで


彼の頬も、ぽっと赤く染まっていた





一連の様子に あの時の苛立ちが己の内に
蘇ってくるのを覚えて


側にいたツナギ少年の肩を叩いて、言い放つ





「…


へ?な、なに?キッド君」


「Non c'e la mente che perde affatto?
(負けてやる気は、さらさら無いからな?)」








亜麻色の前髪の奥に見え隠れする、くりっとした
鳶色の瞳が丸くなったのを見て取ると


キッドはそこでようやく 不敵に笑った





…やや間を置いて、息をついた
曖昧に笑い返しながら口走る





「じゃあ、がんばって


「言われなくとも」





訝しげな魔王の視線も、今度の二人には
全くもって気にならなかった







――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:通わせていただいているサイト様の
ゆず様からのリクエストも受けたので
十万打祝いを兼ねて魂喰共演させていただきました〜!


パティ:キッド君、果てしなくいつも通り
グダグダ悩んでたね〜きゃはは♪


リズ:こらパティ!…にしても、頼まれてた
リクエストって "キッドが出てきて共演"ぐらいしか
果たせてねーじゃんコレ


狐狗狸:そうなんです…色気があってなおかつ
スタイリッシュなキッド君は、私程度の筆では
到底書けませんでした(泣)


キッド:貴様の計画性の無さに虫酸が走るわ!
そこへ直れ、直々に叩きのめしてくれる!!


狐狗狸:うわーマジ切れしとるー!!

いいじゃないか、一ヶ月遅れでもプレゼントが
無事に渡せ…ぶべら(かかと落とし炸裂!)




カッコいいキッド君にはなれなかったかもですが
愛てんこ盛り共演夢小説 ゆず様へ贈呈いたします


様 様 
読んでいただきありがとうございました!