セミの音が忙しなくがなり立て


まっさらな青空を、徐々に薄めて朱に染める
日差しの強さを殊更に強めていく心地がする





まとわりつく暑さは毎度ながら大嫌いだが





温い風が通り抜けて鳴る、軒先の風鈴と
小さく回る風車は中々風情がある


…ような気がする





「受け売りだよなぁ…アイツの」





いつだって 昨日の事のように思い出せる







―あの事件が終わって、戻って来た
正座で散々長い説教をかまして


いー加減ヘコんだとこでプロポーズして





ふふ、なんか…嬉しいなぁ』





こっちが余計恥ずかしくなるほど
やたら照れくさそうに笑ってた、あの顔を








…やべ 思い出したらアツくなってきた、上とか下とか


うちわドコだ、いやクーラーのが…





「つか…のヤツ帰ってくんの遅くね?」


気付いてようやく 畳から身を起こす





"そうめんに付け合せる惣菜買ってくる"って
出てったきり、いまだ帰ってくる気配ナシ


連絡一つすら無いのは流石におかしい





「って…早く気付けよバカかオレは」











「アツさも驚きも風情のうち」











心配しすぎ、と言ってしまえばソレまでだ


我ながら過保護にも程があると思う


アイツだって成人してるし アレでも
お庭番だったワケだから、全くの無力でもない





…それでも予想斜め上マッハで飛ぶのがこの街で





手早く着替えて、屋根をかけながら虱潰しで
捜索かけたらあっさりは見つかった





「…全蔵!





昔と代わらない戸惑い顔の、すぐ側の路上には







…わき腹刺された藍色作務衣の
黒三つ編み女が、うつ伏せにぶっ倒れてた






よかった来てくれて…私一人じゃ
どうしていいか…どうしよう、この子脈無いの」


「……あー あーあーあーうん、分かったわ
安心しろお前は全面的に悪くない





分かりたくねぇけど状況を大体把握して


オレはまず、を落ち着かせる







とんでもねぇ奴らが暮らすかぶき町広しと言えど


三途参りが日課の、生きてるだけで死亡フラグ
オールレッド
な娘っ子はコイツくらいだ









「度々迷惑をかけてすまぬな、二人とも」





目を覚まして、居住まいを正して

頭を下げるは居心地悪げに見る





「気にしないでよ…それより、本当に
大丈夫なの?ちゃん」


「痛みには慣れてる、それに右脇腹なら
最悪肝臓に刺さるだけで大事に至らぬ故」


どーしてそこで刺されるの前提なワケ?
バカか、そーかバカだっけなお前は」


「仕方なかろう…ものの弾みだ」





無表情ながらも、少しムッと来てるらしい
コイツとオレの間でまぁまぁとは取り成す







あの路地で起きたことを簡単に述べるなら





たまたま会った買い物帰りと通りすがりが


半狂乱の女に刺されまいと逃げる浮気性の
ヒモ野郎に取りすがられ


両者の仲裁を試みようとして、


結果的に野郎との盾になる形
は刺されたらしい







「あの二人が逃げちゃって困ってたから
全蔵が迎えに来てくれてホッとしたよ」


「…買い物が遅すぎんだよ、お陰で空腹だ」


殿を責める事は無かろう
不測の事態などは誰にでもある」


「お前が言うな歩く死亡フラグ」





呟きつつも、ボンヤリと思う





そういや…こいつもと似てんだよな





手前の身体大事にしないトコとか


他人の痛みに人一倍敏感なクセして

他人の気持ちには人一倍鈍感





おまけに肝心なコトは黙ってごまかして
そ知らぬ顔決め込みやがる





もちろんコイツとが全然別の道を歩んできた
赤の他人だっつーことは、他でもないオレが
よーく知ってるが


嫌なトコばっかり類似してるせいか…





見てるとなんか、ほっとけなさすぎて腹立つ







ぬ?どうかしただろうか全蔵殿」


「なんでもねーよバカ」





思いのほか近くから覗き込む緑眼に
ヒヤリとして、苛立ち混じりにデコを叩く





こら!女の子叩いちゃダメじゃない」


「いつものことゆえ、して殿
兄上が待ってるのでそろそろおいとまを…」





立ち上がりかけた作務衣娘から、何ともまぁ
情けない腹の虫の鳴き声がした





「せっかくだし、ご飯一緒に食べてく?」


「え、いやしかし「おいコラ何勝手に決め
「全蔵はちょっと黙ってて」





口元に手をかざされ、怯んだ隙をついて
は穏やかに相手の説得を続ける





妙なトコロで遠慮を続けてた

その姿にはさすがに負けたらしい





「…了解した、電話をお貸し願いたい」







兄貴へ連絡入れに行った背を見送ってから


視線だけを向けて 訊ねる





お前さ…どういうつもりだよ?」


「だって、たまには大勢で食べるのも
悪くないと思うし…それに」


「何だよ?」





問いかけに返ってきたのは いたずらでも
企んでるような楽しそうな微笑み





「後でのお楽しみ!」





しょーがねぇヤツ、と思ったのは
もはや今更だった







食卓に並んだ 氷水に晒してあるそうめんと
付け合せの焼きナス、海老の唐揚げを


この三人でつつき合う光景は中々新鮮な眺めで





むぅ…兄上ほどではないが、とてもうまい
殿は料理が得意なのだな」


でしょ?やっぱり率直な感想が
直に聞けると嬉しいな」


「何お前、一々褒めて欲しいワケ?腕前を
ついこの間まで砂糖と塩間違えてたクセして」


「またそーいう意地悪言うし、もう」





少しむくれた顔を横目に いい塩梅の
手ごろなナスを口へと運んでいると





「全蔵殿…少しナスを取りすぎでは」


なんて目ざとい指摘を卓越しに受けた









食事も終わり、人数分の食器も
女子二人があっさりとやっつけちまって





すっかり日が沈み、薄い藍色の空気が
江戸を覆った頃合に







アイツの企みがようやく明らかになった





「まあ荷物にあった時点で予想はついてたが…
別にオレ達二人だけでも良かっただろ?」


「だって、ちゃん花火知らないって言うから」





庭先で、渡された花火の先をマジマジと
覗きながら能面娘は首を傾げる





「本当に こんな小さきモノが空一面に
広がるのか?」


「まーモノは試し、まずコレに火をつけて…」


言いつつテキパキと火を灯す





先端につけた火はあっという間に火薬へ
燃え上がり、程なくそこから火花が吹き出す


おおぉ!?なっ何事だ?!」


こっち向けんな危ねーだろ!とりあえず
地面に先向けて眺めとけっ」


「う…うぬ」





シューと派手な音を立てて、眩いまでの
黄色い火の粉のシャワーが


一瞬の内に明るい緑や鮮やかな赤や青へ
入れ替わり そうして白く輝いて


やがて勢いを無くして火薬が燃え尽き


後には立ちのぼる煙と嗅ぎなれた焦げ臭さが
手にした残骸に残される





「どう?キレイでしょ」


「うぬ…すごいな、不思議だな!





珍しく、素直に驚いたの姿に


だけでなくオレも釣られて笑ってしまった







軽い破裂音と、吹き出す火花の音と光が

宵闇を彩なしては消える






燻りかけた棒切れや煙を上げる筒は
次々とバケツに放られ


たっぷりと張られた水を僅かに蒸発させて
中でたゆたい、沈んでいく





徳用花火の中身を加速度的に減らしながら

女二人は楽しそうにはしゃいでいる







こうして無邪気に楽しんでる姿を見ると


どっちも ただの小娘にしか見えねぇよな





「いつもよりニヤニヤしちゃって
ちょっと気持ち悪いよ?全蔵」


きもっ…失礼だなお前、てーか少し
油断しすぎじゃね?襲われても知らねーぞ」


「大丈夫、そしたらあの時みたく
ちゃんに護ってもらうもん私」


「勘弁してくれ」





さっきの言葉が示すのは勿論、この二人が
初めて顔を合わせた時のコトだ









あの事件で ずる賢く逃れた残党が


が単独の時を狙ってお礼参りに来た





とは言え、名手で慣らしたクナイの技は健在で

ある程度までは撃退したらしいが





『貴様さえ、貴様さえいなければ…!





捌ききれずに斬りかかられる寸前で


偶然通りかかったが、助太刀したとか





その時の様子も…話だけで大体想像はつく





『覚悟ある者に加減は出来ぬ…
死に急ぎたくば来い』






刃先同様に鋭い殺気を突きつけ


一切の感情が失せた面で立ち回る
"亡霊"がいたんじゃ三下には荷が勝ちすぎる





…もっとも、当人はその呼び方を嫌っちゃいるが







「お主らは本当に仲がいいな」


「まー昔からの付き合いだからね」





殆ど面の動かない片方へ、もう片方は
照れたように笑っていて





同じ女でもこうも違うもんか…と


余計な事を考えてたら、緑眼と目が合った





「って、何でこっち見てんだよ


「いや…私も、お主らのような家庭
兄上と築けるよう努力したいと思ってな」







無表情のままさらりとかまされた
とんでもなく素敵な発言に


空気が固まり…がオレから視線を逸らす





む?どうかしたのか二人とも?」


このバカ娘ぇぇぇぇ!本気で空気読め!!


どーしてくれんだ、この微妙に気まずい雰囲気!








…それからはお互い無言のまま花火を消費し





刻限になってか、は礼を言うと
兄貴の元へと退散していった







「よーやく暑苦しいのがいなくなったな」


「服装は個人の趣味でしょーに…それと
全蔵はあんまり人の事言えないし、前髪とか」


「うるせーな…で、気は済んだか?」


「まあね 後片付けはやっとくから
先に戻ってていいよ」


「待てよまだ残ってんぞ、花火





懐からこよりを二つ取り出して見せれば


相手はバケツを持とうとする手を止め
ちょっと呆れた顔をした





「いつの間に隠し持ってたの?」


「お前がよそ見してる間」







一本ずつ、線香花火を手にとって


先に火をつけて垂らせば の分の
花火の先端が寄せられて





もらい火してこよりが離れた瞬間


同時に灯った球体が、か細い火花を
撒き散らすように吐き出し続ける





キツくても…身を屈めて花火の行く末を
見守りながら隣を盗み見れば


手元から目を離さずには言う





「これ…どれぐらい続くかな?」


「もし燃え尽きるまで火種落とさなかったら
口付けでもしてくれよ」


「それなら もしこっちの火種が最後まで
残ってたら、明日のトイレ掃除は全蔵ね」


「勘弁してくれ…昔じゃあるまいし
連続だと腰と尻に大ダメージだっつの」





クスクスと楽しそうに笑う姿に焦がれて





一瞬早く 火種ではなく唇を落とした








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:遅くなりましたが相互記念として
トキサダ様へ共演長編を書かせていただきました


全蔵:え…既にと同棲設定?


狐狗狸:ええ、一応あちらの長編("かざぐるま")
の後日談のつもりですし…式はいつ頃ですか?


全蔵:誰が教えるかバーカ!それより
出会いとか勝手に色々捏造しすぎだろお前


狐狗狸:それが私クオリティです(キリッ)


全蔵:捨てちまえそんなゴミクズなプライド


狐狗狸:照れてるんですね分かりま(クナイ刺さり)




お待たせしまくった挙げ句の出来ですが
トキサダ様へ進呈させていただきます


様 
読んでいただきありがとうございました!