みんなと共に江戸へと出る ほんの少し前

使いの帰りに会ったのが最後の会話だった


交わした言葉なんざ、もうほとんど
記憶からおぼろげになってるけど





別れ際に見せたあの微笑みだけは


今でも 鮮やかに浮かび上がる―








「うぅ…何故だぁ〜お妙さぁぁぁん!!





眩しい江戸の町の、片隅の汚い路地で


既に出来上がってるデカい男が上げるだみ声に

隣のツレが困ったような面して見てた





「ちょっと局長…もう帰りましょうよ」


あに言ってんの!まだ序の口だよ序の口!
こうなりゃもう一件行くぞ〜!!」






酔っ払いは特に珍しいモンでもないけど


大の男がクダを巻いて人様に
迷惑をかけんのだけは昔から感心できない


ため息を一つついて、あたしは口を開いた





ちょいとアンタ!
その酒の飲み方は感心しないね」


「え…あの、どちら様ですか」


「ほっといてくださいよぉ〜どう飲もうと
こっちの勝手じゃないですかぁ!」



「正体無くすまで飲むなんざ、酒飲みとして
邪道だっつってんの」





売り言葉に買い言葉重ねて―





酔っ払ってた男が、懐かしい顔触れだと気づいた


「おや、アンタひょっとして勲さんかぃ?」











「どうせ飲むなら楽しい酒がいい」











へ?局長…この方とお知り合いですか?」


「いやいや、こんな美人さんの知り合いは
見たこと無いんだけど…誰かと間違えてません?」


「連れないねぇ…あたしだよ
武州でアンタらがヒイキしてくれてた飲み屋の」





そこでようやく思い出してくれたらしく

勲さんの目が 大きく見開かれた





え!?ま、まさかちゃん!?」


「そーそー思い出してくれてうれしいよ」


「ええと…立ち話もなんだし、とりあえず
どこか飲み屋で話さない?」





悪いね、と苦笑してあたしはその誘いに応じた









馴染みらしい店の落ち着いた席についてから


迎えを頼んだ勲さんは、ツレの人を
屯所へと戻らせてた





…なんでもあの人は新しく入った隊員で


歓迎も兼ねて飲みにつき合わせてたとか







「いやーあん時はまだ小さかったのに
今じゃこんな美人になっちゃって!


「こっちもあんなむさ苦しかったのが
立派な身なりしてたから驚いたよ」


ハハハ、まー出世したからな」


「みたいだね 真撰組の活躍は武州でも
色々耳に入ってくるよ」





で、こうして軽いもんをつまみながら


迎えを待つ間あたしらは差し向かいで語り合う





「けどちゃん、なんで江戸に?」


「ああ ちょいと野暮用があってね
でもまさか勲さんに会うとは思わなかったねぇ」


「オレもだよ、大将は元気かい?」


「流石に店にゃ出られなくなっちまったけど
本人自体はまだくたばりそうもないさね」





それからしばらくは、懐かしい話や
互いの近況なんかに花を咲かせてた







飲みに来てたむさ苦しい侍どもは 江戸を護る
立派な幕臣として日々激務に励み





薄汚い飲み屋の丁稚だった小娘は


後をついで、小さい店ながらも酒飲みどもの
腹と喉とを潤している





「そっかそっか いやー懐かしいなぁ
あの飲み屋でよくオレらもバカやったもんだ」


「そうそう、あん時弾みで酒瓶割ったりしちゃ
あたしや親父から説教くらってたよね」


「ハハハ…君ら親子は
血の気が多かったから おっかなかったなぁ」





苦笑いするこの人も、骨ばった骨董品さながらの
タコ親父の鉄拳を幾度となく食らった一人だ





あたしもあの頃は本当に無鉄砲なガキンチョで


侍だろうが天人だろうが関係なく、酒で人様に
迷惑をかける呑んべぇに怒鳴り食らわせてた





…昔と比べりゃ まだ少しは考えて
相手に説教食らわせれるようにはなったのかな





「そう言えば、生意気盛りのあのガキンチョ
もう酒が飲めるようになったかぃ?」


ああ、総悟なら仲間内でなら飲むけど
正直そんな強くはねぇかな〜」


「おやおや そいじゃ、あんまり強くない
銘柄も用意しないとダメかねぇ」


「あまりガキ扱いしないでやってくれよ
意外とあれで拗ねやすいからさ」


言って笑う顔は昔とてんで変わらないから


ここにいない、むさいながらも
懐かしい顔ぶれが頭に浮かんで消え





―メガネをかけた物静かそうな渋面を思い出す





「ああそうだ勲さん
センセイはあれから元気してるかい?」





ついでとばかりに訪ねてみた







あまり店に顔を出す事はない人だったけど


むさい男所帯の中で、そこそこ小奇麗に
整った面と生真面目な態度は目を惹いて





いいトコの育ちだろう振る舞いや


変わらない年か少し下くらいなのに
勲さんらが"先生"と慕う姿も印象に強かった





…だけど一番気に掛かったのは


勧められても さも嫌そうに
酒へ口をつけている仏頂面だった








「何だい兄さんムスーっとして
酒はね、もっと楽しく飲むもんだよ?





たまらず声をかけた時も、陽気に騒ぎ出す
男連中の輪の外で酒を舐めていて


センセイは機嫌悪そうに丁稚の小娘を一瞥して

素っ気無い返事を返した





余計なお世話だ…構わないでくれないか」


「生憎とあたしゃ、自分とこの酒を笑顔で
飲んでもらえなきゃ気がすまない性質でね」


「傍迷惑だな店員だな」


「そうかもね でも」


と、あたしは出来上がった侍どもを指す





「仲間が楽しそうに飲んでるんなら
離れてないで、混ざって飲んで笑いなよ」






あの人は少しだけそちらへ目ぇ向けてから


軽くうつむいてまた"余計なお世話だ"と繰り返した





それから 同じように輪から外れてたり

無愛想な面して男どもの間に座る姿見かけちゃ


店内掃除や品を運ぶついでに近づいて
色々話しかけたりしてたっけ







…頭のいい人だったから、今もそれなりに
忙しく働いてんのだろうかと予想していた







けれども、訪ねた途端に勲さんから笑みが消えた





「伊東先生は…ある冬の瀬、攘夷浪士との戦いで
命を落とされてな…」







重々しく呟かれた言葉に驚かされたけれど





「…そうかい」





不思議と 涙は出てこなかった





昔だったなら悲しさが先立ったかもしれないが


今はただ 会えない事が寂しい







「ま、人間生きてりゃいずれ死ぬわけだし
ましてやアンタらお侍さんは国の為に
命張ってくれてるんだ そういう事もあるさ」





あたしは至って明るく、当たり前のことを口にする





理解納得は別のモンだけれども


お互いに大人なのだから受け入れなきゃならない





「ほらほら そんなヘコんだ面してたら
せっかくの男前が台無しだよ?」





未だに沈んだ面構えの勲さんを慰めてると

店へようやく迎えの隊員が…っておやまぁ





「急に呼び出しとか勘弁してくださいよ局長
…ってアレ?ひょっとして ちゃん?」


「お久しぶり山崎くん、アンタも
ずいぶんと立派になったねぇ」







局長さんと別れて、帰りをお供されながら





「あの…局長と何話してたの?」


「ああ、アンタらが武州にいた頃の思い出話さね」


懐かしい顔触れへ軽く答えつつ歩く中





ふいに、あの時の記憶が蘇ってきた







『…そうかい、もういっちまうのかぃ』


『すまないが 僕らには使命があるんだ』


『アンタらがいなくなると
しばらくここらも寂しくなるねぇ』


さん…君は





あの人の普段の威勢が急にどこかへ
失せてしまったように思えて





『センセイは侍なんだろう?
だったらピシッと胸を張らないとダメだよ』



言いかけた言葉遮って あたしは
ニコリ笑って答えてみせた





『いつか落ち着いたら、勲さんら誘って
皆でまたウチに飲みにおいでよ』







当てのない口約束だってバレていたけど





『そうだな…いずれ機会があればね


センセイは、その時始めて

少し寂しそうに笑ってくれたんだ





『いい銘柄のヤツ揃えて待っとくよ』







…ああ、約束しといて忘れるなんざ
我ながら薄情なモンだ


けれどこうして馴染みの人らと会えたのも


口約束を思い出せたのも何かの縁なら





「ねぇ山崎くん、ちょいと頼みがあるんだけど」











―よく晴れた寒空の下 あたしは教えてもらった
菩提寺のある墓の前で手を合わせていた





足音がして振り返ると、隊服を着た黒髪の侍が
鋭い目ぇしてこっちを見つめてる


その立ち姿にもあの頃の面影があった





おや、トシさんじゃないの」


「…あんだよテメェか


「覚えててくれたのかい?あたしのこと」


「飲みに行くたびに"笑って酒飲め"って
うるさく説教しやがってたのはどこの誰だ?」


「アハハ、そう言えばアンタもセンセイと一緒で
ムスーっとした面してたっけねぇ」


「悪かったな、この面は自前だ」





憮然と答えるこの人はよく勲さんに連れられて
半ば無理やり輪に加わってる事が多かった


それでも、輪から離れた姿も

嫌そうに酒を飲む面も一度として見ていない


そこだけはセンセイと少し違っちゃいたけど





「ちっとでも笑えば嫁さんの一人や二人
出来そうなのにもったいないねぇアンタも」


うるせぇ 山崎からここを聞いたらしいが
一体何しにきたんだよ」


「…ちょいとセンセイに酒飲ましにきたのさ」





脇に置いてあった酒瓶を取り上げると


フタを開け、墓前に乗せた猪口へ
零れる手前まで中身を注ぎ込む





「どーせアンタらといた時も眉間にシワ寄せて
飲んでたんだろうから、せめてあの世じゃ
少しゃ笑って飲んでもらいたいと思ってね」





自己満足だと言われりゃそれまでだろうけど





思い出した口約束を 少しでも果たしたかった





「…はた迷惑な店員だな」


「アハハ、センセイもそう言ってたよ」


「辛ぇなら無理して笑うな」


「……嫌なトコで見抜かれちゃったねぇ」


呟いた声は自分で分かるくらい弱々しくて





「出来るだけいいのを持ってきたけど
口には合ったかい?センセイ





墓前へ語りかけたあたしの面は、きっと

あの時の寂しそうな微笑みと同じだったろう


柔らかな風が 頬と髪とを揺らして過ぎた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:去年に間に合わず今年になった
墓前話です…色々適当コイちゃっててスイマセン


近藤:ええと、オレ初っ端から酔っ払い?


狐狗狸:お妙さんに誘いを袖にされたヤケ酒
飲み会の際に多分に入ってたからです


山崎:その辺もかなり無茶ですけど…さんは
飲み屋の店主の娘って設定なんですか?


狐狗狸:ザッツライト 武州時代から旗揚げして
江戸に行く辺りじゃ、君もいたでしょ?


土方:好き勝手書き散らしやがって…
こんな与太話 誰が喜ぶってんだ


沖田:それにオレぁ酒ぐらい飲めまさ


狐狗狸:コラコラ未成年…話に関してはまぁ
ちり紙代わりにポイ捨てされても文句言えませぬ




勝手かつ時期ズレ&暗いネタですが
トスカ様へと捧げさせていただきます



読んでいただきありがとうございました!