その後は何事もなく進み
五人は洞窟の最深部へとたどり着いた


洞窟の一番奥深くは、深々と冷え切っていた


そこに存在する湖の大きさは 池というには
少し大きい程度の幅しかない


しかし、底は海に通じると思われるくらい深く


また、その深さにもかかわらず


湛えた水がこれ以上ない位に澄み切っており
その透明度の高さが湖の内部を明確に透かす


「ここが一番冷たい湖、ダイアオプソマイか」


「確かに…すごく寒いですね」


呟いたカルロスとの吐く息が白い


「こんなクソ寒い場所に 本当に魚なんか…」


身体を両腕で擦りカチカチと歯を鳴らしていた石榴は
湖に視線を向けて 言葉を途切った


底の方に光が瞬くのが見えたからだ


よく目を凝らせば、それは僅かな光を
反射して泳ぐ"氷魚"の群れだった


透き通る魚のシルエットに深い蒼の双眸は


ぼんやりとしているにも関わらず


見たものの目に 脳裏に


しっかりと焼きつく美しさをしていて


「噂に違わぬ美しさだ…」


思わず呟くカルロスに、湖に視線を向けたまま
他の四人も首を縦に振った


すぐさまルーデメラが顔を上にあげ
湖の端をそれぞれ指差す


「さて、グズグズしないで捕獲の準備をしないと
まずは二丁君とクリス君 湖の両端に」


石榴とは互いに頷いて 端へと移動する


「こんなもんでいいかー?」


「そうそう、今から剣士君が君達に投網を渡すから
合図をしたら一斉に湖へ投げ込むように」


そういった後、ルーデメラはに投網を渡す


の方へと歩いていき 彼女に投網を―


「はい、さ…さん!?


手渡そうとした直前、が急に歩き出した


をその場に残し 湖の縁を歩いて
ぐるりと回りこんで石榴の側へ近づいてゆく


「ん?なんだよ、お前はあっちじゃ」


言いかけた石榴の言葉は 水飛沫に飲み込まれた


が石榴を湖に突き飛ばし、間髪いれずに
側にあった手頃な大きさの石を彼の真上に叩き落す


「石榴、大丈夫か!」


「何やってるんですかさん!!」


すぐさま駆け寄るカルロスとの両方に銃を突きつけ


「動くな」


が 低い声で脅しかかった


さん 何をふざけているんですか」


「待てエディ、あれは…じゃない」


カルロスの指摘通り 目の前にいる女は
確かに本人なのだが


彼女の紫色の瞳に意思の光は無く、


無表情のまま銃を突きつけながら 湖から
這い上がろうとする石榴の頭を踏みつけるその姿は


明らかに先程までのとは別人の行動


「どうやら 感じてたあの気配は
ここに住み着いてた…ゴーストのせいか」


の身体がピクリとはね、ゆっくりと
ルーデメラへ視線を向ける

同時に その身体から微かに熱気が立ち上った


「二丁君に憑いて、僕らの隙を突くなんて
手の込んだマネをしてくれるじゃないか」


不敵な笑みを浮かべたまま、彼は


いやに憑いたモノへ語りかける


「我らの眠りを邪魔する者は、この地で朽ち果て
永遠の眠りにつく運命なのだ」



「なんのつもりか知らないけど 僕らに勝てないんだから
さっさとその身体から出たら?


ああそっか 臆病だから出られないのか


「貴様 我らを愚弄するか!
そこまで言うのならまずは貴様から先に死ぬがいい!」



じわじわと異様な熱気を放つ彼女に銃口を突きつけられても
なお、ルーデメラは態度を全く変えなかった


「いいのかい?足元をおろそかにして」


「何を」


引き金にかけた指に力を込めたその時


「"眠れ"!」


湖の中で魔術銃を構えた石榴が、に向けて弾丸を放った


予期せぬ攻撃に避ける間などなく

まともに弾丸を喰らい 彼女の身体はくず折れる


さん!」


慌てて駆け寄り、倒れたの脈を確かめる


鼓動は乱れる事無く規則正しく刻まれており
その身体には 傷は一つもない

ついでに先程までの熱気も消えていた


「眠っているだけだ 心配ない」


石榴がようやく湖から這い上がり、歯の根を
ガチガチと鳴らしながら身体を奮わせる


「っだぁぁ冷てぇ!死ぬかと思った!!
つーかイキナリなんなんだ!!」



「石榴 どうやらにゴーストが
取り憑いているらしい」


はぁ!?なんで唐突にゴーストが出るんだよ
これだからファンタジーはぁぁっ!!」


は石榴の方へと視線を向けて


手にしている銃と、彼の目に驚愕した


「それは…魔術銃!?それに目が赫く
石榴さん、あなたは一体」


「今は俺の事を聞いてる場合じゃねぇだろ!」


言いながら、寒さを緩和するために自分に弾丸を
撃ち込んで 石榴は服を乾かした


三人の方へ近寄りながら、ルーデメラは言う


「気をつけな三人とも、二丁君が意識を失ったなら
ゴーストが身体から出てくるよ」


その言葉通りの身体からモヤのようなものが抜け出て


異様な熱気をまき散らしながら本来の
凶悪な様相を浮かべたゴーストの姿を象る


そのゴーストを取り巻くように
洞窟のあちこちから他のゴーストたちが次々と現れ

湖の上を飛び交って四人へと襲いかかってきた


「"消えろ"!」


叫んで弾丸を放つ石榴だが、


当たっても精々一部が欠ける程度でゴーストは
すぐさまその部分を修復する


カルロスとが剣で切りつけるも、剣は
ゴーストを一時的に散らすだけで効果はない


体温を吸い 痛みさえ与える半透明の腕や足をかわし
ゴーストの猛攻を止めようとする彼らだが


元凶であるに憑いていたゴーストは

既に他のゴースト達の群れに紛れてしまっているため
見分けがつかない状態にあった


っだぁぁぁ!何で効かねぇんだよ!!」


「ゴーストに物理攻撃が効かないのは常識だよ
でも、少し足止めは出来るだろ?」


「けどこのままじゃジリ貧ですよルーデメラさん」


向かってきたゴーストの一体を吹き散らし
が悲鳴のような声を上げる


「焦っちゃダメだよ剣士君 君達は僕の術が
完成するまでゴーストを相手しててよ」


落ち着き払ってルーデメラが詠唱を始めた途端


ゴースト達が急に四人への攻撃を止める


洞窟の天井の方へと集まり、ゆらゆらと
怪しげな動きをはじめ


耳鳴りのような音が 洞窟に木霊する


『眠るがいい…お前たちはこの場所で朽ち果て
我らの仲間となるのだ…』



それに重なるように、どこか虚ろに響くゴーストの声


「な、何だ…この音は!?」


三人が ゴースト達に視線を向けている


奴らの思惑に気が付いて、


「みんな 耳を塞ぐんだ!」


詠唱を中断しルーデメラが叫ぶが…遅かった


まるで身体の力を抜かれたかのように
カルロスがその場に倒れこんだ


「カルロス!」


彼が倒れると共に、耳鳴りは強くなり


ゴースト達も熱気をまといながら二人へと距離を狭めて


その身体へ身を掠めて、体温を奪ってゆく


「これは…催眠…術…!?」


耳を塞ぎながら呟くだが、


彼も膝を突き やっとの事で身を起こしているようだ


「大丈夫か…くそっこの音を止めやがれ!」


片耳を塞ぎ石榴が懸命に銃を撃つも
睡魔のせいで狙いがそれ、一発もゴーストへ被弾しない


「僕としたことが…相手の力量を見誤ってた…」


悔しげに睨むルーデメラのその身体も
少しふらついているようだった


『くはははは!全員この地で覚めぬ眠りにつくがいい!!』


ゴーストの嘲笑の中 の意識が途切れかけ―


「…う、うん?あれ 僕は何を」


そのタイミングで、眠っていたが 起き上がり 目を擦った


ぼんやりと 辺りの状況を見つめ


意識の覚醒と共に現状を理解した途端


「ぎゃああああああ〜!
お化け怖いぃぃぃ!!」



大きな声で叫び は手にした二丁銃を
ゴーストの群れに乱射し始めた


、さん…無駄です ゴーストには…効かな…」


確かに ゴーストに銃弾は効いていなかった


しかし、乱射の轟音が洞窟内で木霊を返し
物凄い音となったことにより


「………私の眠りを妨げるのは誰だぁぁ!!


眠りついていたカルロスが覚醒した


『なっ…何故だ 何故我らの催眠術が解けた!?』


更にゴーストが、間抜けにもそう口走った事で


「貴様が…眠りを妨げたのか!」


逆鱗に達した彼の怒りの剣撃が炸裂し
側にいた一体のゴーストを切り裂いた


人外の悲鳴が響き渡る中 カルロスは
ひたすらゴーストの群れを切り払っていく


目の前で繰り広げられる信じられないような光景に


「な…何なんですか カルロスさんは!?」


意識をしっかりと取り戻したが問いかけた


少しバツが悪そうに石榴が答える


「…そういや言ってなかったな、カルロスは
寝てる所を起こされるとキレるんだと」


「なんでも眠りを妨げた海賊の艦隊を
たった一人で沈めたって話らしいよ」


ルーデメラの一言に何か思い当たる節があったらしく


二人はあ!と声を上げて顔を見合わせる


「そ…そーいやずいぶん前に、そんな事を
言ってた船員らしきヤツがいたよね


「ええ…まさか本当だったとは」


その会話に、"これだからファンタジーは"
心のうちで毒づいてから


「何にしても…どうやら気合込めりゃ
剣も弾丸も効くらしいな!」


言って、石榴は引き金を引いた


命中した弾丸はゴーストの一体の大半を吹き飛ばし
そいつは悲鳴を上げて空中へと消えていく


カルロスと石榴がゴーストを蹴散らしていくのを見て


「それじゃ、僕も頑張るとするか」


ニッと笑ってルーデメラも詠唱を再開させる


『くそぉぉ!あの銃使いと黒髪を狙えぇぇ!!』


親玉の一体が周囲から仲間を呼び集め、
に集中攻撃をかけるが


閃く剣撃と連射される弾丸にいともたやすく蹴散らされる


悪いですが、僕も剣に気合くらい込められますので」


「ぼぼぼ僕だって、ただの怖がりじゃないさ
これでも"二丁銃の"だからね!」


剣を構えるの背後で も声を震わせて叫ぶ


「足が震えてんぞ あと声も」


「ううううるさいよ そーいう石榴だってちょっと震えてるじゃん!」


「俺のは寒さからだっ!!」


…何はともあれ、五人の反撃が始まった


先陣を切ってゴーストの群れを切り払うカルロス


襲いかかるゴースト達をが切り伏せ
と石榴が宙に漂うゴーストを撃ち消していき


ゴーストの群れは徐々に崩壊し


後は熱気を放つ親玉と、僅か数体を残すのみとなった


『く…くそっ』


形勢が逆転し、親玉のゴーストは逃走を
計ろうと身体と気配を透過させてゆく


「ミスィルオクスト!」


そこへ、ルーデメラの呪文が命中した


ぐあぁぁぁぁぁ!?な、何をした!!』


「初歩的な攻撃呪文さ 精神に影響を及ぼす
ゴースト程度の雑魚には効果テキメンの…ね」


ボロボロとその身を崩壊させていくゴーストへ


「テメェなんかとっとと滅却(きえ)ろ!」


畳み掛けるように石榴の弾丸が命中した


『ぎゃあぁぁぁぁぁ…!』


断末魔の悲鳴をあげ 親玉ゴーストの身体が飛散し始めた


だがしかし、身をよじらせながらゴーストは
周囲に残るゴーストをかき集めて取り込み


殊更強い熱気を放つ塊となりながら


『おのれ、おのれ覇王めぇぇぇ…!
我が魂の力でせめて一矢いぃぃぃ…!!』


身構えている五人に目もくれず

叫びをあげて、湖へと飛び込んで消滅した


「…これで終わりか、奴ら一体何がしたかったんだ?」


「さあね、大方"氷魚"を探しに来て死んだ者達の
恨みが捻じ曲がって生まれたゴーストじゃない?」


肩を竦めてルーデメラが言った所で


はある事に気が付き、急いで湖に
駆け寄って その水に手を触れた


おい何やってんだよ、その湖
メチャクチャ冷てぇんだぞ!」


「…湖の水が温かい、お湯みたいに」


「……え!?」


言われて石榴も手をつけてみると、


落とされた時に感じた凄まじい冷たさは
微塵も感じなかった


それどころか、うっすらと湯気も立っている


「み、見てください…"氷魚"が!


の声に、全員が湖を覗き込む


湖の中で泳いでいる"氷魚"の魚体が、
見る間に水の中へと溶け消えていく


どんどん"氷魚"が溶けていき


湖の温度が下がる頃には


ほとんどの"氷魚"が溶け、残った僅かな数匹も
溶けるのは時間の問題となっていた


「最後の最後で湖の温度を上げるとは…
ゴースト風情がやってくれたじゃないか」


苦虫を噛み潰したような顔でルーデメラが吐き捨てた


「一時的なものとはいえ、これでは
"氷魚"の捕獲は不可能だな」


カルロスの言葉を皮切りに、全員は何も言えずに
洞窟から地上へと脱出した


「それじゃあ、お世話になりました」


「"氷魚"捕まえられなくて残念だったね」


島の森の入り口で、がそれぞれ口を開く


「お前らはこのまま島に残るのか」


「石榴とルーデメラを送るついでに、お前たちを
乗せていっても構わないのだが」


言うカルロスにはパタパタと手を振る


「あーいいよ、僕らはもうちょっと粘って
"氷魚"を捕まえるから お金かかってるし」


「そうか…気をつけてな」


「あの…ルーデメラさんは…?」


キョトキョトと辺りを見回す


ルーデメラは洞窟を出て、すぐさま一人で
どこかへ行ってしまい それからいまだに戻らない


「ああ、ルデなら先に船に戻って不貞寝してる
よっぽど気に食わなかったみたいだな」


「そ…そうなんですか、お大事に」


彼の浮かべた苦笑いの意味が分かってか、
石榴も似たような表情になった


「それじゃあね石榴 カルロス」


「ルーデメラさんにもよろしく伝えておいてください」


森の入り口で手を振る


「…わかった」


 お前らも気をつけてな」


笑顔で手を振りかえし、石榴とカルロスは
船へと戻っていった


…それからフュリオン大陸につくまでの間


ルーデメラの機嫌を直すために二人と
船員達が大変な目にあい


石榴はさらに風邪を引いて、死ぬような目にあったとか








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:大変遅くなりました そして勝手に2ページ
行間固定で作りましたスイマセン(土下座)


石榴:長い上に話がくどいし、展開が相変わらず
急過ぎんだよ…てゆうかがアレすぎだ 謝っとけ


狐狗狸:…そうする、流石に虎目並は言い過ぎっした(謝)


ルデ:引き出しが狭いせいで似たような言い回し
連発してるよねぇ お詫びも兼ねて飛んどきなよ


狐狗狸:るさいよ!せっかくワガママで島に来ておいて
幻の魚をサクッとあきらめて大陸渡ったくせにっ


ルデ:二丁君や剣士君と違って、僕は悠長に
魚の捕獲をするヒマも趣味も無いだけさ


カルロス:…しかし
大丈夫なのだろうか


狐狗狸:まぁ、呪いで一時的に湖の半分が人肌のお湯に
なっただけだし 最悪一ヶ月くらいあれば
ちゃんと捕獲できるようになると思いますよ?


石榴:色々すっとばして説明すんなぁぁ!
てゆうか俺が言うのもなんだが 湖落ちといて
風邪だけってのも有り得ないだろ!!


ルデ:仕方ないだろうクリス君、ここは
作者唯一の独壇場なんだから 最後のね


狐狗狸:え…さ、最後って何ですか?


ルデ:僕にここまでの屈辱を与えといて
ただで済まそうなんて甘いこと、思ってないでしょ?


狐狗狸:なんで呪文詠唱してるの?それ攻撃呪文じゃない?
いつものパターン突入!?二人とも 助けて!!


石榴:…無理だろ


カルロス:ああ、悪いが助けられん


狐狗狸:そんなぁぁぁ…(エコー)




出来上がった話がページ区切っても長くなったので
行間を短く固定してしまいました


様や様のキャラの掛け合いは
書いていて楽しかったです(笑)


こんなんでよろしければ野良ネコ様に
進呈させていただきます!