『勇者の末裔』その肩書きは僕一人に架せられた
大層大きく…そして古臭く下らないモノだった





勇者は世界を守り、そして世界を一つにする存在


確かに伝説に残る祖先の"彼"はそんな人だったのだろう


けれど僕は『特別』になるべくしてこの世界に

…シートルーグイの家系に生まれたワケじゃない


始めから望んでも、願ってもいない





それでも"彼"の血筋を引いた親や周囲は


『普通』ならざる素養を持つ僕に『特別』
期待し 要求し、強要した





幼い頃の僕にあったのは『勇者を継ぐための修行』


その一つ以外は、何も存在しなかった





両親から受け取っていたのは愛情ではなく

厳しい叱責と気の休まる暇も無い鍛錬の日々


支えの僧侶として育てられる"弟"は僕を妬み


僕もまた "勇者"の枷の重さも知らない相手には
憎しみしか生まれようが無かった





騎士団長だのという肩書きを持つあの男と


"勇者の血族"という黴臭いシロモノによって
成り立っている貴族という身分が


僕の側にと呼べる人種を作る隙間を与えなかった





……ただ一人、唯一気を許せる使用人がいたけれど


彼女もまた 僕が『勇者』となることを
当然のこととばかりに応援し







次第に僕も…その押し付けがましい周囲の期待に
乗せられていたのかもしれない





『僕は勇者となるのだから』


そう言い聞かせながら日々の辛さを耐え続け…





僕は、ある時こっそりと家宝の魔術銃を手に取り 発動を試みた











〜No'n Future A 外伝5「少数派の現実」〜











「これが…この宝珠が…伝説の、武器…!





勿論発動の方法くらいは事前に分かっていた


けれど、何故その時発動させようとしたのかは

いまだによく分かっていない







『世界にはびこる邪悪な魔物を一掃し、世界を
よい方へ導く勇者』の証が欲しかったのか


それともあの男に復讐を試みるつもりだったのか


或いは周囲に、自分が『勇者』であることを
証明してみせるガキらしい思考に囚われていたのか





けれども そんな僕を嘲笑うかのように


「リオスク アーク!」





宝珠は一度たりとも魔術銃として発動する事が無く
手の平で光を放ったままだった






その瞬間…僕の中で何かが崩れ始めた







「ウソだ…そんな、そんなの、ウソだ…!





血を引いているにも関わらず魔術銃が発動しない


それは 僕に『勇者』としての才覚が無い事を
これ以上ないほど示していた





過去にも才覚が示せぬ者は何人もいて


彼らは 一族から冷遇されていた


話題に上るその度、存在そのものすらも含めた否定と

まるで汚物を見ているかのように醜く歪んでいた
あの二人の目つきは いやにハッキリと思い出せる





だから、魔術銃を元の場所へ戻した後も

その事を その事実を打ち明けられなかった





…当然だ 誰もが僕を『特別』だと見ていたのだ


そんな人間が彼らと同じく『普通』であるだなどと
思いもしないし、言えるわけもない





そして相変わらず周囲、特に両親と言えるあの二人は
僕に対して過剰に過度に『特別』を強いた


絶望してゆく僕の心に、何一つ気付くことなく







崩れ去った何かは…僅かな欠片となって消え


僕の中で『勇者』は 最早嫌悪の対象となった







「大変ですルーデメラ様!お父上が…!!」





そんな頃合、見計らったかのようにあの男は

勝手に"名誉の戦死"とやらを遂げていた





届けを聞いても悲しみなんか一つも沸きはしない


むしろ、手を下す前に死なれた事へのより強い
恨みしか生まれなかった







既に愛情も理由も無くなった家に留まる理由などなく





「お待ちくださいっ…ルーデメラ様!!





それを契機に、僕は周囲を振り切り家を飛び出した









魔術銃を持ち出したのは 弾みみたいなものだった





「こんなものが…こんなものがあるから!





始めはただ単に捨ててやろうと思った


けれど…その程度で済ますには、あまりにも
僕が費やした時間や積もった恨みは大きくて


完膚なきまでに壊そうと何度も石で叩きつけ


壁に力一杯投げつけたりもしたけれど





"伝説の武器"だけあってか、宝珠にはヒビ所か
薄い線のような傷すら入らなかった







平然と世界に存在する『勇者』の遺品を見つめる内





「こんな下らないモノ…この世から消滅してやる!」


僕の中の崩れて消えた筈の欠片と憎悪は…

あまりにも単純で 明確な一つの形になった










培った"修行"は 幾つかの簡単な攻撃呪文程度なら
駆使できるように成長させてくれていて


それを使い、通りがかりの野盗やゴロツキを襲い


身包みを剥がしながら各地を放浪し





そして 目当ての人物を見つけた







「童…私の後などをつけるとは、何用だ?





二つ名付きの魔術導師の話題は色々と聞き及んでいた


けれどその中でも彼女だけは別格で、出来れば
会ってみたいと思わせる何かがあった





こうして対峙した今も直感に間違いが無いと確信している





「栗色の長髪に瑠璃色のローブ…アンタが"賢神戦女"?」


「まあな それより質問に答えろ童」


細身の身体にまとう気配は、僕が見た限りでも隙が無く

実際背後へ着いていくのに苦労したぐらいだ


顔立ちはすっかり整っているけれど、端々に
深い知性が見え隠れしている





僕は、ゆっくりと言葉を紡ぐ


「アンタほどの魔術導師になりたいんだ…だから
僕を、弟子にしてもらえないかな?





けれど、相手は眉一つ動かさぬまま冷淡に返す


「生憎弟子は取らん主義だ」





ある程度予想はしていたけれども それで
ハイそうですか、と済ませるつもりは無い


振り返り立ち去ろうと足を踏み出す彼女の側に





「フリーズィート!」


脅しのつもりで氷の呪文を叩き込む





「悪いけど アンタが承知してくれるまでは
引き下がるつもり、無いから」






張り付いて凍る隣の木々と僕とを見比べ


彼女はつかつかとこちらに歩み寄って







重たい拳骨を一発、僕の頭に振り下ろした





「痛っ!何するのさ!!」


黙れ、まず目上の者へ何かを頼む時は
"お願いします"くらい言うのが礼儀だろう」





叱ってはいたけれど 彼女の態度は凛としていて


その言葉にはあの女みたいな虚栄が無くて

逆に どこか温かさを感じた気がした





「……お願いします、弟子に、してください」





やや悔しさを噛み締めながらも言葉を搾り出せば


彼女は……師匠は、ふわりと微笑んだ





「よかろう なら早速お前の名を聞こうか」


「ルーデメラ…ルーデメラ=シートルーグイ」





告げた僕の名に少しだけ片眉を上げはしたけど





「そうか、私はフリーダ=フォルツヘン」





特に何を訊ねるでもなく、師匠は僕を弟子として
長い期間連れ歩いてくれた







教わった術の分野は多岐に渡って広く







「魔術導師に…こんな鍛錬がいるんですか?」


"術を扱う者は、心身共に鍛えるべし"
私は師から教わった だから私も身を鍛える」





肉体の鍛錬もあって 正直言って修行は
家にいた頃よりもキツかった







けれどそれが自らの糧となるのを実感するのは楽しく


師匠は、厳しいながらもどこか優しさと
慈愛を持って接してくれているのが分かった





何よりも僕には 果したい唯一つの目的があった





その全てが原動力となって、気付けば僕は

魔術導師としての資格を手にしていた







「もう私から教える事も無いだろう これからは
一人の力で歩くとよい、ただ 力に溺れるでないぞ」


「分かってますよ…それではお元気で、師匠


「ああ、元気でな…我が弟子ルーデメラ」





師匠と別れ 魔術導師として独立してからも


僕は様々な蔵書や術の情報を探して旅をし
各地の魔導師協会にも顔を出した







「―大変だ!実験中の合成魔獣が暴れ出したぞ!!」


ある時は、街で暴れていた上位魔獣 "グリフィクス"
打ち倒して契約を結んだ事もあった





また別の場所で潜り込んだ遺跡の最深部では





「これが、神使"ウォルフロスト"の召喚法か」


壁に刻まれた術により、神使の存在を知った





修行の合間に師匠から色々と習ううち、自らの手で
術や魔法道具を作る作業に興味を持ち


元々"何かを試す"行為が嫌いでない事もあり


気まぐれに作った様々な術や道具のいくつかが

協会や世間に貢献する事もあった







けれど……僕にはそんなものはどうでもよかった





やりたい事は唯一つ "勇者の遺品"の完全なる消滅


それだけを支えとして力を手にし、未だに
力を蓄え…そして術を試行し続けている





それでも平然と宝珠はこの世に存在し続け







苛立つ僕の目の前で、ある時それが奪われた





奪ったのは 僕の評判を聞きつけたらしい
二つ名付きの魔術導師


「成り立て魔術導師風情が…"幻影の騎士"たる
我の村に訪れて挨拶も無しとは、片腹痛いわ」





せせら笑うその男の評価は僕も聞き及んでいた


幻術と攻撃魔法とを巧みに操り 相手に
現実と幻の区別をつかせる事無く倒す、と





…ついでに魔術導師の威光をかさに裏で色々と
あこぎな真似をしている事も







「それは失礼、生憎重大な悩みを抱えていたもので
所で奪ったその宝珠…返してもらえないかな?





笑みつつ告げれば向こうは鼻を鳴らして嘲笑う


「これがそれ程に大事か?……ならば
奪ってみるがいい、名も無き魔術導師!






その言葉と共に魔術導師が後ろへと下がり


村に立てられた奴の館の一室に、白い靄が広がる





「…じゃあお言葉通り奪わせてもらうよ
アンタの名前と 一緒にね!!


僕は微塵も容赦を加えず、学んだ全ての術を
その場で全て解放した






襲い来る幻術を逆に幻術で返し


紛れる矢や雇われたゴロツキ連中を軽々
避けながら魔法道具やルーン魔法で返り討ちし


攻撃魔法を有りっ丈その場に撃ち込み続け


新たに生まれた幻術に道具で防御ラインを確保し





「サモン グリフィスク!」





召喚した魔獣に尖兵を務めさせる合間に

薬で英気を回復し、また次の呪文を唱え…





慌てふためくゴロツキ達も 原型を無くす屋敷も

見る見るうちに青ざめていく魔術導師さえも


僕には…とても滑稽に映って





「く…くくく…あははははははは!!


気付けば高らかに…初めて、楽しく笑っていた







そうして 一つの村が"幻影の騎士"と共に滅び


僕は"夢幻の使者"と"スマイルクラッカー"という
二つ名を新たに手に入れていた






それでも そんな惨事を経ても尚、宝珠は
壊れることなく僕と共にあり





いっそ次元の彼方にでも捨てられればと考えた頃


ある時に師匠から教わった"時空魔法"の話を
思い出し、色々と伝承を探り





『ソレを元にした魔術なら 或いは』





見出せた可能性を実現する為に"必要な魔術媒体"
としての強力な道具作りを目的にし…







「若き魔術導師よ…そなたに、一つ預言をしよう」


そんな道中、ある街で僕はソイツに出会った




ローブを身にまとったみすぼらしい姿で
"自称預言者"を名乗ったソイツ自身も


預言として吐き出した 与太話以下の戯言も


…勿論僕は全く信じられなかった





アンタが人じゃ無いこと位分かってるんだ
滅ぼされる前に、一応正体でも聞こうか?」





纏う気配の異質さとは逆に 相手は顔色一つ変えず


先程の"預言"の続きをそらんじるかのように
すらすらと言葉を並べ立てる





「その男と行動を共にすれば、必ずやお前は
望む目的を遂げられるだろう」


「へぇ…アンタ、僕の目的が分かるって言うの?」


「無論、隙あらば自らで目的を果すのも
その男を屠っても構わん」





……そこで"奴"は 初めて感情らしいモノを見せた





「ただ、お前が発動させる事も叶わなかった
神器 あの男なら使いこなすだろうがな」








術の一つもぶつける前に、ソイツは目の前で
煙みたいに掻き消えたけれど


生憎と記憶力はいい方だから


先程の、憎らしい嘲笑の眼差しはしっかりと
脳裏に刻まれて離れない





「新たなる勇者…?バカバカしい」





そんな奴がもしもこの世界にいるのならば


…再び、この世界に現れたのならば


「精々利用してやるさ…僕の目的の為に、ね」





[そして話は 石榴との出会いへ…]








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:満を持して、ルデの過去が外伝登場です


ルデ:遅筆過ぎるアンタのせいで散々待たされたよ
…本当、どう責任を取ってくれるのかなぁ?


狐狗狸:ひぃスイマセン!(怯)


フリーダ:よさんか、こんな場所で無用な争いなど


ルデ:う…分かってますよ…


狐狗狸:(よ、よかったーフリーダさん呼んどいて)
あの…召喚する際の魔力の消費率にやはり差は…?


フリーダ:妙な事を聞くな…まあ察しの通り
差はある、召喚が魔獣か神使かだけでも大分違う


ルデ:簡単に図にすれば 神>神使(最上位)>神使(上位)>
神使(中位)>神使(下位)>魔獣(最上位)>魔獣(上位)>
魔獣(中位)>魔獣(下位)>魔獣(最下位)
…ってトコかな


狐狗狸:おおう分かりやすい!


フリーダ:まあ…最上位の神使と契約する術者は
稀だ、それに今では神との契約者などおらぬがな


ルデ:確かに…僕でさえシェイルダートと契約が
結べたのは奇跡だと思いましたからね


狐狗狸:稀な術者なクセにさらりと謙遜してるよ…
師匠って、やっぱり偉大なんだなぁ(頷き)




冒頭の部分は、実をいうとMが遺した文章を
原文として使用しております…この場で感謝


読んでいただき、ありがとうございました〜