とある森の中にポツンと出来た広間に転がる岩の
一番大きな頂に 人が座っていた







差し込む陽光を跳ね返す銀髪に、金糸が幾つか混じっている





ゆったりとした紫色の衣服に身を包み、彼は
瞑想をするかのように目を閉じている







どこか幼さを残した顔立ちは凛々しく


石のはめ込まれた首飾りと手にする短刀


そして座禅を組んだ特殊な座り方が、彼を呪術
携わる者だと証明している







風の音と木の葉ずれ、そして鳥のさえずりの他には
何も聞こえない静寂の中





彼の表情に 眉間が寄る





開いた目は蒼く澄んでいたが、目つきはキツい


目だけで辺りを見回し 斜め下にある木に目を付ける







「……そこ、こそこそしてねぇで出てこいや







木の陰から姿を現したのは、一人の女性





スラリとした細身の身体に薄い瑠璃色のローブをまとい


栗色の腰まで伸びた髪が木漏れ日に生える





端正な顔立ちには、どこか悟りを開いたような
静かで深い知性が垣間見える











〜No'n Future A 外伝3「破戒僧と戦女 前編」〜











人の修行をジャマしやがって 何か用か?」







乱暴な口調で問いただすも、女性は答えない





少年に視線を向け 手招きをしている







降りて来いってぇのか?ざっけてんじゃねーぞ
まずテメェが先にオレの質問に答えやがれ」





言いながら中指を立てて挑発する少年







少し目を見開いてため息をつくと、女性は
短く呪文を唱え 拳を引いて打ち出し―岩を破壊した





「っどわ!?」





崩れる岩から飛び上がって着地した少年の前に
女性が近寄り ようやく口を開く







「お前 名は?







たずねる声は低いが、拒否を許さぬ響きがある





「こっちの質問に答えんのが先だろコラァ!
それと人の座ってた岩ぶっ壊しやがって何考えてんだ」



「お前 名は?


「…ルチルだ、ババァ」





威圧感に気圧され、少年が名乗ったその途端、


女性は力一杯 拳骨を少年の頭に振り下ろしていた





「いっ…てぇぇぇぇぇぇ!何しやがる!!」


「目上に対する口の聞き方も態度も
親から学ばなかったのか お前は」


「っるせぇ!何なんだクソババァ!!」





もう一度拳骨をくらい、ルチルは頭を抑えて唸る







「我が名はフリーダフリーダ=フォルツヘン
これでも30手前だ」


「フリーダ…ひょっとしてアンタ "賢神戦女"か?」


「人は、私をそう呼ぶときもある」





その返答に 彼は機嫌悪げに吐き捨てる





「それで、二つ名付きの著名な魔術導師
オレに何の用だよ?」


「なに、人を探して通りがかりに見たお前が
知っている相手に似ていたものでな 少し声をかけただけだ」


はぁ?なんだそりゃ―」







言いかけ、ルチルは言葉を切るとフリーダの背後を睨む





振り返った彼女も そこに第三者の姿を認めた







瑠璃色のローブの女…アンタが
最近この辺りをうろついてる余所モンか」







じろりと値踏みするような視線を向ける男は


服装こそは辺りの一般人と変わらぬが
人相はお世辞にも良いとは言えない







「…なるほど、どうやら私の探していた相手のようだ」


「次から次へと現れやがって、誰だテメェ」


うるせぇ ガキは黙ってな」





ルチルを一瞥し、男は再びフリーダを見やる





「余計なことに首を突っ込む前にこの辺りから
去っていった方が 身の為だぜぇ?」


悪いが立ち去るつもりは無い、お前にも
色々と聞きたいことがある」


「そうかよ」





男が右手をすっと上げる


それを合図に、辺りにワラワラと現れたのは
手に手にナイフなどを持ったゴロツキたち





「じゃー黙っててもらおうか、ベッピンさんよぉ!







言って男が手を振り下ろし、ゴロツキたちが
雄たけびを上げてフリーダへ





進んでいくその最中







「地に潜む稲妻よ 我が意のままに駆けろっ!」







突如現れた地割れと、そこから吹き出す衝撃波
半数以上が行動不能となる









勿論 これを行ったのは







「数そろえのザコどもの分際で無視してんじゃねぇ
その頭蓋カチ割んぞ烏合の衆ども!」






短刀を地面から引き抜き、親指を下に突き出して
男どもに怒鳴りかかるルチル





「ちっ…ガキだと思いきやつけあがりやがって!
そんなに痛い目にあいたいならまとめてやってや」


「フリジットレイン!」







男の口上の途中で、フリーダの唱和が響き渡り





彼女が振り上げた手から 上空に蒼い光を
まとった弓矢が出現する





フリーダが手を振り下ろすと同時に


その弓が矢を信じられない速さで男達を射がけていく







『うわわわわわぁぁ!?』





雨の様に降り注ぐ矢は着弾した瞬間にその場を氷に閉ざし
逃げ惑う男達の動きを制限してゆく









頃合を見て、フリーダが指を鳴らすと





そこには氷漬けになった森と大地と 逃げ遅れて
氷塊に閉じ込められた残りのゴロツキども







そして、シールドで守られた先程の男が残っていた







「ほう…私の術を防ぐとは、まさかアレを持っているのか?」





シールドが消え ニヤリと男が笑う





「くくく どこまで嗅ぎつけたか知らんがよく知ってるなぁ
その博識に表して、お前ら二人この魔術銃の餌食に…ん!?







嘲笑と共に白銀色の銃を出していた男がルチルがいない事に
気付いて、辺りを見回した一瞬





同時にいつの間にか距離を詰めたルチルが





男に体重の乗った飛び蹴りをかました







「ぐああぁぁっ!」







マトモにみぞおちに食らって吹っ飛び、その衝撃で
銃が男の反対方向へと転がっていく







その銃へと近づいて、バキリと踏み壊し





「こんなちゃちいニセモンが伝説の神器ぃぃ?
笑わせてんじゃねぇぞクソボケが」





ルチルが言い捨て、男を憎悪のこもった眼で睨む







尚もナイフを出して反撃しようと起き上がる男だが





「スリプラウリフ!」







フリーダの術が決め手となり、その動きを止めた













男を縛り上げ 目を覚まさせて色々と尋問し
近くの街の詰め所へ突き出した後





ルチルと共に森を進む中、彼女は事情を説明する







「どうやらよく出来た贋物の魔術銃がこの辺りで
かなり多く出回っているらしくてな」







軽く頭を押さえ、フリーダは重々しく息をつく











魔術銃の贋作が流通することは、今に始まった問題ではない







勇者の伝説が語り継がれるようになり





魔術導師や実力のある魔導師がこぞって伝説を
この手で解き明かそうと研究に取り組んできた







しかし生み出されるのはニ、三発発射しただけ
使いものにならなくなる模造品ばかり


いまだかつて 謎に肉薄できたものすらいない









だが、いつかは己が手で作り出すことを夢見
日々改良された模造品贋作がどこかで生み出されており







研究資金の足しにするため、或いは成果確認の実験に





その贋作を人に渡したり怪しげな店に売り渡すなど
日常的に行なう者達も珍しくはなかった











「目に余るから 作り出している者を探し出し
被害が出る前に破壊するよう依頼されてな」







独自の調査によって、この森の奥に贋作を
作り出している魔導師がいる事を突き止めたらしいが





そいつの根城がわからず森をうろついていた所
ルチルの姿を見つけたのが今までのいきさつのようだ









ハン、協会の面子を保つためってことかよ
わざわざご苦労なこったな」





皮肉を込めた口調で、ルチルが続ける





「まーでもしょうがねぇよなぁ、もし贋作の魔術銃
下手な事件が起きたら魔術導師どもだけでなく
勇者様とやらの立場も危なくなるもんなぁ」


笑い事ではない 問題は贋作の魔術銃ではない
作り出した武器を無責任に流通させることだ!」







真面目に返され、ルチルは、と言葉を詰まらせる





普段ならば言い返す場面だが それが出来ず
少しだけ反省したように言い直す







「そうかよ じゃあ精々がんばれや」


「ああ、それと助けてくれたのは感謝しているが
これは私の問題だから 関わらずともいいのだぞ?」


別に、オレは売られたケンカを買っただけだ
アンタに協力してるわけじゃねぇ」





眉間のシワを深めながら言うルチルに
彼女がどこか懐かしげな表情を見せて 言った







ルチルと言ったか…お前を見てると、弟子を思い出す」


「ふぅん、"賢神戦女"って呼ばれるアンタの弟子ねぇ」





半信半疑の眼差しを受け、フリーダは苦笑する







「私は弟子を取らぬ主義だったが、あやつの眼差しと才能を見て
弟子にした…ちょうどお前と同じ蒼い目をした生意気な男で
興味の無い分野をサボる怠け者でな」


「もういい聞きたくねぇ」





脳裏に忌まわしい相手の顔が浮かび、それを
消すように手を振りながらルチルが断言する











そして二人は魔導師の潜む洞穴へと辿り着く







入り口から出てくる者達が、手に手に持つのは
白銀や黒色など様々な色をした 贋作の魔術銃





「ゾロゾロ沸いて出てきやがったぜ、そんじゃ
足引っ張んなよなフリーダおばはん」



「口だけになるなよ 若造が
さて…傍迷惑な魔導師に灸を据えに行くとするか」







互いに詠唱をはじめ、先陣を切って駆けて行く








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:魔が差して書いた短編、しかもルチル主役!?
つーより一話で終わらす筈だったのにー


ルチル:色々ざけんなテメェ!(短刀攻撃)


狐狗狸:ぎゃあぁぁ危ない!何さ何させっかく
しばらく本編でないからせめて番外で出したげてるのに


ルチル:余計かつ大きなお世話だクソ野郎


狐狗狸:…そーいう口ばっかり叩いてると
フリーダさんに言いつけちゃうぞー


ルチル:は、あんなババァ誰が怖がるか


狐狗狸:……とか言いつつ本編では何気に態度を
ちょこっと改めてたりするくせにー


ルチル:地の底に落ちて死ね(短刀突き立て)


狐狗狸:ちょ地割れ攻撃は反則あぁぁぁ…(自由落下)




彼女が誰の師匠かはまぁバレバレだから置いといて…


次回 洞穴の奥で二人を待っていた魔導師が…!