驚いているいとまも有らばこそ


先の異形二体が、移動する速度を上げる





が 次の一瞬で踏み出したフリッセが放った横薙ぎの
一撃によって 弾かれるように二体は一歩後退する





固っ…こりゃのんびりしてられそうに
ねっすね、早いトコ呪文を!」


「はいっ…」


肩越しからの指示を受けたシュドの目が

彼女の死角から迫る一体の異形を移す





「フリッセさん!右っ!!


「うわわぁっ!!」





とっさに反応したため頭部を狙う一撃は防御したものの


不自然に肥大した腕は、見た目通りの力を
持っているので 少しずつ咬ませた剣が圧されていく





「こ、これしきでっ、負けてられねっす…!







歯を食いしばり堪えるフリッセの背後で


ひたひたと包囲を狭める残りの異形達から
シュドは目を逸らさず必死に呪文を唱え 放つ





「セレスティウィスプ!!」





手の平から生まれでた白い光に


踊りかかった一体が直撃し、金属同士が擦れ合ったような
耳障りな不快音に似た悲鳴をあげて苦しみだす





もがく異形を中心に放たれる光を恐れるように

他の異形たちも硬直し 或いは逃れようと身を捩らせる





彼の背後にいた二体もまた、例外なく怯んだ





「っどおおおぉぉぉりゃああああぁぁぁぁ!!





その隙をついて、腕を押し返したフリッセが
勢いのまま異形の巨体を斬り飛ばし





「シュドさん!今のうちっす、こっち!!


「は、はい!!





声を合図に動きの鈍った魔物二体をすり抜け突破し


二人は通路を走り出す











〜No'n Future A外伝 第九話「一撃逆転戦術」〜











けれども異形の群れは諦める事なく彼らを追い縋り


やむなく走り続けるフリッセとシュドだが





異形達も本気で追い始めているのか

再び、双方の距離が縮まり始めているようだ







ふぉっ!まだ追ってきてる…シュドさんこーなったら
魔術導師様ばりの術とか使ってブッ倒すしかねっす!」


「…申し訳ないのですが、僕はどちらかというと
攻撃よりも傷の手当てや補助が得意なんです」


「ってことは、攻撃はからっきしっすか!?」


「す、すみません」





頭を下げるシュドへ 彼女は眉を下げた顔のまま続ける





「いやまあ得手不得手ばっかりはしょーがねっす…
しかし、倒せないまでもどうにか振り切んないと
僕らこのままオダブツっすよ」


「浄化呪文は効果があったみたいですけれど
動きを止めるので精一杯みたいですし…」





見慣れた通路をひた走りながら


二人は頭をフル回転させて、悩んでいた







火力と攻撃手段の点において このコンビは
最も不利な位置に立たされている





一対一での攻防や、先程のように敵側の油断があれば
呪文を唱えるまでの防御は努められるが


現状のように全力で接近する複数の敵に対して


フリッセの剣術は若干力不足である


かと言ってシュドの術では、多少の時間稼ぎ程度の
足止めしか出来ないようだ







頭から煙を上げそうになりながら


八方塞がりの状況を打破すべく、フリッセは
思いついたコトを口走る





「罠とかでしとめられれば楽なんすけどね…
とりあえず、一度仕掛けてみるしかねっすかね」


「わ、罠ですか?」


えっ、ぼぼぼ僕 変なコト言ったっすか?」


「いえそう言うワケでは…しかし僕には
罠を仕掛けた経験がなくて」


「僕だってほぼ無いっすけど、やるしかねっすよ!
シビレ薬とか強力そうなモンないっすかね?」


「…あるにはあります」





物憂げな顔つきで、彼が手荷物から取り出したのは





手の平ほどの大きさをした茶色い皮袋





「薬の原材料の一つですが…この粉末単体だと
吸い込むか直接かかった相手を蝕む猛毒です」


「それはスゴい…で、効き目の方は?」


「吸って数秒もたたずに効果が出始めます
通常なら、そのままですと一分立たず…


あの世にコロリってトコすか…ちなみに
僕らが吸ってもアウトっすよね、ソレ」


こくり、と金色の頭が縦に振られる





「ええ 主に体内や目などの敏感な部分に
効力を発揮するので口を押さえていれば大丈夫ですが…」


「気をつけるに越したコトはないんすね?」


「そうです、解毒は出来ますがあくまで
気休め程度なので十分気をつけてください」


了解っす!さて、どーやって仕掛けるかっす…」





こうして会話している合間も、敵との距離は縮まっていたが





どん詰まりにぶち当たらず延々と走れるお陰か

しばらく追いつかれはしないようだ





「どうやら僕達、また同じ通路を回ってるみたいですね
…確かここ 迂回して戻れましたよね?」


「ええ、たしかこの先の三つ目の分かれ道で…あ!





量に限りのある粉末を効果的に背後のモノ達へ浴びせるために


自分達が散々迷った堂々巡りの回廊を 利用する





それが、彼らの脳裏に浮かんだ一案だった







「したら場所は三つ目の分かれ道の手前っすね」


「そうですね、その方が確実で安全でしょうし」





下手な場所を選べば、敵へ粉末がかからず

意図せぬ方へ毒が流れて自分達や仲間が苦しむ危険性がある


…ぶっちゃけルーデメラは死ななさそうな気もするが


ともかく その点を踏まえて考えれば、フリッセが
指定した場所は申し分の無いポイントだ







一つ目の分岐を越して、二つ目の分岐が近づいてくる





「後は、罠を仕掛けるタイミングですよね」


「そうっすね…シュドさん」


「はい」





見上げ気味のオリーブグリーンの瞳が、幾分か緊張を孕む







けれども出てきたのは…彼の覚悟とは真逆の答えだった





「カンタンな罠の仕掛け方教えるっすから
先に仕掛けといてください…オトリは僕がやるっす!


えっ!?で、でもフリッセさんの方が
罠に関しては僕よりも手馴れてらっしゃるのでは」


「言うほどじゃねっすよ!それに言いだしっぺは
僕なんすから まかせてくださいって!!」








返事も待たず、手短に仕掛けの方法を説明し





差しかかった分かれ道の片側へシュドを突き飛ばす


立ち止まったフリッセがベロを突き出す





「やーい!こっちっすよ悪モンども〜!!」





挑発に乗ってか 思考が鈍くなっているのか


異形の魔物達は全て、再び走り出す
プレートメイルの背へのみ集中していた









…奥へ身を隠し、異形をやり過ごしたシュドは
目当てのポイントへ先程聞きかじった方法で罠を仕掛け


通路の死角に潜んで フリッセを待つ





まだ来ない、まだ来ない、まだ来ない





仕掛け自体は非常に単純で ヒモさえ引けば

通路のある一帯に毒の粉末がまかれるようになっている





まだ来ない、まだ来ない、まだ来ない





握り締めたヒモの端が、手が汗で滑りそうになって
シュドは何度か手の平を慎重に握り直す





まだ来ない、まだ来ない、まだ来ない、まだ来ない







「本当に…大丈夫なんでしょうか…?」


「……ぉぉぉおおおおおおおおお!





来た!と思ったと同時に通路へ顔を出し


異形を引きつれ駆けてくる待ち人の姿を確認して
彼は手振りで合図を送る





頷いて、ペースを上げフリッセが迷わず駆け抜けて―





「今っす!!」


叫び声に反応して、ヒモが思い切り引かれた







にわか仕込みの罠が作動するか不安を抱いていた二人だが


心配とは裏腹に仕掛けは発動し、背後にたむろしていた
異形の真ん中へ暗緑色の粉の煙幕がふりまかれる





もちろん二人は左右の通路に別れて距離を取り

口と鼻とを覆って身構えている







いつ敵が飛び出してきても平気なように


シュドは呪文を、フリッセは剣を用意していたが





薄らいでいく毒の煙幕の中で、一体、また一体と
奇怪な断末魔をあげながら異形が倒れ





…ほどなく 全てが動かなくなった







「…し、死んだっすか?」


「分かりませんけど…
とにかく、撃退には成功したようです」





煙幕が消え去った通路を改めて見やって





倒れた異形達が動かない事と、後からやってくる
魔物などの姿が無いのを確かめて


ようやっと一息ついたところで





「ありがとうございましたフリッセさん

あっ!どうしましたか、その腕のケガ!!」


「へ?…ああ、これっすか?」





シュドに指摘され、フリッセは左腕の辺りに負った
数条の血の筋に気がついた





「こんなのただのかすり傷っす 放っとけb
「ダメですよ!どんなモノでもケガはケガです!」





珍しく憤慨するシュドの様子に翠色の瞳が丸くなり





懐かしいような、それでいてどこか寂しげな笑みを
フリッセは浮かべた


「そうっすね…スンマセンっす
それじゃお言葉に甘えて治してもらえますっすか?」


「構いませんよ 少しじっとしていてくださいね」









回復呪文で手当てをしてもらっている合間


ぼんやりと、彼女が想ったのは







『フリッセさん…貴女はもう少し慎重に
戦うクセを身につけた方がいいですよ』


『いやでも、僕は剣で戦うっすから
コレくらいのケガなら割といつも通りって言うか』


『自分の身を軽んじてはいけません!
何かあってからでは、遅いんですから!!』



『…あいすまねっす』





今まで唯一 身を案じてくれていた

大切な"師"であり仲間であり想い焦がれる





『いいんですよ、貴女が無事でいてくだされば』





―クレストの、柔らかく優しい微笑み









「終わりましたよ…どうかしましたか?」


「あ、いえ、ありがとうございますっす!
さーて先へ進みましょうっす!!」





視線をやや下げ、慌てながらもガッツポーズしつつ
フリッセは明るくそう言った







あれ以降、異形の進軍は一先ず止んだらしく


二人は回廊を抜けて 奥へと進んで行く





「この先に、例の壁があるといいっすねー」


「そうですね、もしくは石榴さんやルーデメラさん達と
無事合流できればいいのですけれど…」


出来るっすよ!僕のカンは当たるっすから」











―当然のように、ルーデメラは無事だった





「どうやらこれが 例の壁面のようだね〜♪」





平然と笑う彼の眼前には、一見すると行き止まりを
形成している壁がある


…しかしよく見れば 黒い石で出来た表面には
周囲の壁と違って複雑な文様が刻まれており


あたかも顔のような部分には


一つ繋がりの、眼の形をした窪みまである





「あれだけの戦闘をこなしておいて…いや何も言うまい」







肩で息をしながら、カルロスはつい、と
先程自分達が通り過ぎた方へ振り返り目を向ける





背後には 転々と魔物どもの死屍累々





「睡眠だけじゃなく運動も不足がちなんじゃない?
それより、この壁を見てどう思う?船長さん」


「…眼の部分に、何かはめ込むように見えるが」


「僕もまあ それが正解だと思ってるよ」





しかし彼らは勿論、条件に合った道具などを
持っているわけではない





「探すにしては手がかりが…何をしている?」





訊ねるカルロスの方を見向きもせず、彼は
黒い床へ魔法陣を描き出していく





「ここは広いからね 手っ取り早く助っ人を
喚(よ)んで終わらせちゃうつもりさ」


「なっ…ま、待てルーデメラ!!





止めようとするけれど、眠気のせいか疲れのせいか
その足元はおぼつかない





手にした怪しげな薬品で近寄る相手を
徹底的に寄せ付けないようにしながら


ルーデメラは着々と呪文を紡いでいき…







「サモン ファインモゥル!!」





発動し、光り輝いた魔法陣から現れたのは一体の





…馬より倍は大きいモグラっぽいもの





ずんぐりとした身体はふっさふさの薄茶色い毛で覆われ
くっついた四肢は逞しく、鼻ツラは妙に尖っている


だが 二人を見つめる瞳はとても円らで可愛いかった







予想を裏切っちゃったかな?まあ僕だって
こういう場合は普通に使える召喚獣を出すのさ」


「誰に言ってるんだ…それと、これは一体?」


モノ探しと穴掘りに長けてる魔獣さ、それ以外は
役立たずだけどね」





命令に従い、魔獣は壁の窪みへ鼻ツラを押し付け


ひと嗅ぎふた嗅ぎして…のそのそと歩き出す





「ついて行かないのか?」


「僕は疲れたからここで休んでるよ、なんで
船長さんが付き添ってあげてくれる?頼むよ





明らかに自分より元気そうな顔をして、尚且つ

頼んでいるように見えないふてぶてしい態度だが





効き目の無い抗議をするよりも 先に進んで行く
召喚獣の後を追うべきだと判断し


白い視線でルーデメラを一瞥し、カルロスもまた歩き出す








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:前回、彼らと言いましたが…実質 二人ですね
「すまん、アレはウソだ」と言って丸く収めたい


ルデ:収まるわけ無いじゃないか♪
さ、悪いバ管理人はどーんどん実験しちゃおうね〜


狐狗狸:いぎゃああぁぁぁぁ〜!!(引きずられ…)


フリッセ:ど、どこに連れて行かれてくんすかね?


シュド:…知らない方がいいと思います


カルロス:同感だな


フリッセ:それはそれとして、魔術導師様の
召喚した魔獣っすか?なんかカワイかったっすね〜
僕もなでたりモフモフしたいっす〜!


カルロス:…別に触ったわけではないのだが


シュド:ルーデメラさんの召喚する魔獣って
大型のモノばかりなんですね


ルデ:たまたまだよ、それでもグリフィクスに
比べれば小ぶりなんだけどね?


三人:うわっ!?(驚)




そろそろ皆とも合流します、恐らく(何)


壁の仕掛けを解き 彼らは再び出会えるか?