シャムのお守りに、石榴が手こずる一方で





「位置関係から察するに…私達が現在いるのは
この辺りという事になるようだ」


「件の壁面まで道のりは長そうだね〜
まっ、道案内役がいるから無駄に迷わず済みそうだけど」





別のフロアでは、ルーデメラとカルロスの両名が
地図に示された壁面を目指し歩を進めていた







「何か言いたそうだね船長さん?お昼寝だったら
一息つくまではガマンしてね」


「…この事態を招いた事に大して、反省はないのか?」


「ああそれ?仕掛けを発動させたのはワンコちゃんだし
壁に書かれてた警告読んでも、害はないだろうと
思ったから放っておいただけだけど?」


「警告?初耳だ ふぁあああぁ


いつもながらの唐突な眠気による欠伸を
手で押さえる相手へ 彼は頷く





古代文字であの仕掛けを示す文章っぽいのが少しね
…ワンコちゃんは気付いてなかったみたいだけど」





ならば事前に教えておけ、と思ったものの


この男の性格からして"敢えて教えなかったのだ"
理解していたカルロスは


同時に、指摘も議論もするだけ無駄だと
分かりきっていたので諦めた





「早く合流して…一眠りしたい」


「その辺はクリス君達のガンバリにもよるね」





ちらりと横目で見たものの、ルーデメラには
反省の色など欠片も無かったので


ため息代わりにカルロスは 二度目の欠伸をかみ殺す











〜No'n Future A外伝 第八話「異邦の乱戦」〜











…必然的に残った二組は、三つ目のフロアの
入り組んでいる迷宮でさまよっていた





「この壁のキズ…先程見たモノと同じですよね」


ふえ〜、ってコトは またさっきん所に
戻っちゃったってコトすかね…」





しおしおと意気消沈してから、彼女は再び顔を上げ


「まーでも、コレくらいで諦めてる場合じゃ
ないっすよね!前進あるのみっす!


「けど、地図も無いのにやみくもに歩いても
また迷ってしまうだけなのでは…」





不安そうな面持ちで呟くシュドへ、プレートメイルの
胸を叩いてフリッセは言う





「めげずに進めば道は開けるもんっすよ
それに、皆さんとの合流もきっともうすぐっすよ」


「どうして そう言い切れるのですか?」


「そりゃもちろん、カンってヤツっす」


「…そうですか」





呆れ顔になった相手の反応へ、不満げに同行者の頬が膨らむ





信じてないっすね?僕のカンは割りと当たるんすよ
現にクレスト様とも冒険中の洞窟で出会いましたし」


「冒険中、というコトはフリッセさんは…」


「お察しの通り 冒険者やってました」





つっても駆け出しっすけど、と言って苦笑し


通路の先を見回しながらフリッセは続ける





「クレスト様に助けていただいて、受けた恩は
計り知れねっす…なんでほんの少しでも返したくて
弟子としてついて行くことを決めたんす」





以前の自分と目の前の相手とが重なって





「そのお気持ち…僕も、分かるかもしれません」


シュドはその一言だけを返す







「ここ、さっき右に曲がってたっすから
次は左っすね 行きましょう」


「はい」





堂々巡りの回廊から逃れるために、二人は
地道な探索を続けて行く









「それにしても…地図がねぇとやっぱ不便だな」


分岐点へ舞い戻り、眉間にしわ寄せ石榴は唸る





後ろエリで吊り下げられるようにして
掴まれているシャムもまた苦しげに唸っていた





「め、めまいがするニャ…」


またそれか 後ろを見ようとすんな」


「で、でででもっあんニャこれ見よがしにお宝が」


ガマンしろ、こんなトコロの宝なんぞろくなモンじゃ
ねーに決まってる それよりも肝心なのは…」





と説教交じりに通路へ視線を向けた一瞬





その僅か一瞬の隙を突いて、聞く耳持たないシャムは

腕の拘束を振り払ってUターン


並べられた宝箱へと取り次いだ





「ニャんだ このテイドの罠ニャら
ゼンゼンたいしたことニャいニャ!」






そうして片っ端から手際よく周囲や宝箱本体に
仕掛けられた罠を解除しつつ、宝を次々と袋へ詰める





「だぁー言ってる側からこの泥棒猫男はあっ!」





目を吊り上げて怒鳴りながら接近した石榴は


床のスイッチを思い切り踏んで、真横からの
投石の直撃を腹部へ思い切り喰らっていた










「目的地まであとどれぐらいかな?」





ルーデメラの質問へ、左目をしょぼつかせてカルロスは呟く





「大分進んでは…いるが、いかんせん罠の撤去で
時間を…ふあぁ…喰っているな」


「僕らのいるフロアだけかどうか知らないけど…
こーいう時には泥棒猫君の便利さが身にしみるなぁ」


「ぼやいていても仕方がな、い…急ぐぞ…あふ」





軽く船を漕ぎ始めている案内役の脇腹を
ヒジでつついて、彼はささやく





寝られたら困るんだけど ここ似通った構造
多いみたいだから方位の確認も必要だし」


「……善処する」





順調そうな彼らの行く先にも、暗雲が垂れ込み始めていた











三つのフロアに囲まれた 中央の大部屋





術ですら見通せない闇に満ちたこの場所に
いくつかの光が灯る





…それは、魔力や炎によって生み出されたモノではなく


一つの意志の元で統率の取れた 一つの意志を
宿して爛々と輝く―無数の目玉


それらの環視に晒されて





中央に、縛り上げられたままのローブの男が居た







「もっ…申し訳ありません!予想よりも早く
奴らの侵入を許してしまいました」





震える声で、男は闇の向こうの一対の目を見つめる





「ししししかし、しかしながら、奴らが罠を潜りぬけ
ここまで来るのは不可能!よしんば辿りつけても
行き着く先はアナタ様の餌食が必然!」


身体をも震わせながら、男は必死に言葉を紡ぐ





「私めに機会をお与えくだされば 順繰りに
奴らを始末してご覧にいれましょう!」






余裕を持たせるための作り笑いは、無様に引きつり

顔一面に浮かんだ汗によってより滑稽に映る





「ですからどうか、どうか…」


『失敗は己の身を持って償え』





地の底から這い寄るかのような無機質な声が響いて


フードの男は、まともに血の気を無くした





どうか!どうかどうか、どうかお慈悲を!





絶望に怯えた男が許しを乞うも聞き入れられず


どうにか抗おうと 身を捩じらせて

少しでもその場から離れようと もがく







…だが、その抵抗も所詮は無意味で





闇から伸びた無数の腕に押さえ込まれ 離れた場所から
かざした手の平から生み出された黒い帯


男の身体を貫き 胸から口へと飛び込んで波打つと





「嫌だあアァァァァ…」





生々しい音と断末魔の悲鳴の二重奏を上げながら


痙攣する男の肉体を、精神を…全くの異形へ変化させていった








―やがて 痙攣が治まって





身を起こした、"男であった"異形
絡みついた縄をフードごと散り散りに引き裂く


声は…その異形と、闇に潜む異形達へ命ずる





侵入者の抹殺を











ピタリ、とフリッセが足を止めた





「どうかしましたか?」


不思議に感じて、シュドもまた足を止める





「よく分かんないっすけど…この先から
ヤバいモンが来る気がするっす…!


「あの…それって一体…?」





戸惑った様子で通路の先へと視線を投げかけ





彼はその言葉の意味を、理解した







片方は上半身を這いずるように、もう片方は不自然に
歪な脚をぎこちなく交互させながら


二体の異形が両者へと接近してくる


目の大きさも、這いずる方は人の握りこぶし大程で

歪な脚の奴はコイン程度と差が激しいが


どちらも殺意に満ち満ちていた





「何だか知らないけど…悪モンっぽいから
容赦はしないっすよ!!」





腰の短剣を抜いて構え、フリッセは臨戦態勢に入る


それに対し 敵は微塵のためらいも見せずに
ジワジワと距離を詰めてくる





「気持ち悪い…ですね
この敵は一体何なんでしょう…」





対峙する敵の異様さに、シュドの足はややすくんでいた







全体的につやの無い黒色で二人よりもふたまわりは
大きいであろう身体


鱗のようなモノに覆われているが顔面や表皮の
所々が擦り切れ、抉れ、骨まで見えている部分まである





まるきり合成獣(キメラ)かアンデットさながらの
外見であるにもかかわらず


呼吸も無く、臭いも無く、鳴き声も呻きも
足音すらもほとんど立てずに近づいてくる奇妙さが

より一層 生理的に嫌悪感をもたらしている





「と、とにかく倒して突破が先決っす
後のコトはそれから!エンゴよろしく頼むっす!


「はい…フリッセさん!





呼ばれて、彼女は肩越しに相手の方を見やる







すると元来た通路の先からも 眼前の二体と
さして変わりのない異形の群れが迫っていた







「…なっ!?





囲まれている現状の把握に驚く反面


刹那フリッセとシュドが考えたのは、他の場所に
いるであろう仲間達の安否だった









果たして…その予想は的中していた







「メルティボム!」





腹の底から響くような爆音と、それに見合った
破壊力を異形の集団へと響かせ


間を置かずにルーデメラの次の呪文が放たれる





「レイストフレア!!」





弾けるような紅蓮が通路一帯を染め上げて


悲鳴とも軋みともつかぬ音を上げる異形達へ


またまた手加減の無い攻撃呪文が叩き込まれる







一通りの音がおさまってから、敵の屍を超えて


二人はやや駆け足気味に通路を行く





「どうやら…ここが異変の原因で間違いなさそうだ」


「それは同感だけどさぁ、しゃべるヒマがあるなら
前にいるアレを排除してくれるー?」





くい、と彼がアゴで示した先には


門番のように通路を塞ぐ やや大きめの異形





「…わかった」





付け替えた義手の剣の鞘を引き抜いて


呼気と共に、カルロスは先へと踏み込む





牙の無い口を開けて 捕らえようと大きく伸ばされた
異形の両腕の動きは素早かった





が…駆け抜け様に閃いた左腕の剣に比べれば


欠伸が出るほどに遅い





切り裂かれ 真ん中からパックリ二つに分かれた
異形の残骸に構わず彼らは進撃する









「ざっざざざ石榴、石榴大変ニャ〜!!





裏返りかけたシャムの叫び声に、めんどくさそうに
相づち打ちつつ石榴が近寄る





あんだよ?またお宝の価値自慢なら…」


言いかけた言葉が、喉元で凍りつく





「ううっ…あ、あのオキモノがいきニャり動いて
オイラのお宝とったニャ…!」





半泣きになったシャムがフロア内の宝の殆ど
詰め込んだ袋の口を握り締めながら、涙ぐみつつ
開ききった宝箱の向こうを指差す





訴えた場所にあったのは 一体の異形だった





真っ黒で、巨体ながらもガリガリに痩せた
人間の身体に樹木のような腕が三対ついており


顔の部分には宝珠ぐらいの大きさの目玉しかない





「オイラ シカケはちゃんと外したのにお宝
かっさらわれたニャ!なんであのブキミなゾウこわして」


「待てシャム、お前もうちょっと冷静になって
アレをよく見ろ」






そう言われ、深呼吸して改めて異形に目を向け







「……ニ゛ャっ!?ももも魔物ニャアァァ!!


「遅えぇ!!」





分かりやすく青ざめたシャムの頭を、石榴は
勢いをつけて叩いた





同時に、声に反応してか異形が六本の腕を壁に当て


張り付くようにして壁を這いながら二人へ迫る





「"リオスク アーク"!」


すかさず銃を具現化(だ)した石榴は
銃口を異形の顔面へと向けた





「"爆ぜろ"!」





至近距離で撃ち出された光の弾丸が


接触した異形の頭部を四散させて、その動きを止めた







「ざっ石榴おみごとニャ…」





恐る恐る呟いたシャムが、ゾワっと尻尾とヒゲと
髪の毛を逆立てて叫ぶ





「ま、まだまだいるっぽいニャ!ににに逃げるニャ!!


「マジかよ…!」





気配を察知したらしいシャムを先頭に、石榴は
舌打ちを一つしてその場から走り出す








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:今回、一部にグロテスク・暴力的表現が
ありますので注意して読んでk


石榴:遅えぇぇぇ!しかも今更過ぎる!!


ルデ:あんまり寝言ばかり言うようなら、僕が
直々に寝かせてあげようかな?実力行使


狐狗狸:シャレで済ます気ないでしょ止めてください


フリッセ:しかしシュドさんの言う通り、あの敵
かなり気持ち悪いっすよねー


狐狗狸:まー遺跡舞台だし 本編中では(うっかり)
出なかったからアンデットっぽいのにしたけど…
そこまで足が竦むモンだったかな?


シュド:みなさんとの旅で見かけたり、戦った事は
あるのですが…やはりどうも慣れなくて…


狐狗狸:なるほろ…ちゅーかシャム君アレ本気で置物だと?


シャム:だだだだってサイショからお宝のソバに
いたしゼンゼン動いたりしニャかったし!


カルロス:……宝に目が眩んでたんだな(ため息)




さらばフードの男…大して活躍無かったけど


ひしめく異形の猛攻を、彼らは切り抜けられるか!?