眼前の扉を恐る恐るノックして、シュドは小声で告げる





「カルロスさん…決まりました」





一拍の間を置いて カチャリと扉が開き


眠そうな目を擦るカルロスが顔を出す





「早かったな、それで結論は?」


「やはり全員一致でカルサ砂漠へ
向かうという事になりました」


「そうか…では船を出す旨を、バンザと皆に伝えてくれ」


「分かりました ありがとうございます」





頭を下げたシュドは終始複雑な面持ちをしていたが


先程の悲鳴の一件も含め詮索しない方がいいと
判断したカルロスは、手短に答えて自室へ引っ込んだ





その後 伝達を行う間


彼が石榴をまともに見れなかったのは言うまでも無い







―カルサ砂漠へ到着し、足を踏み入れた一行を
始めに歓迎したのは





『暑い…』





肌を覆う布越しに伝う 周囲の景色が
グンニャグンニャと歪むほどの熱












〜No'n Future A外伝 第三話「砂漠入場」〜











申し訳程度に石と岩とサボテンに似た植物が点在する砂を
踏みしめる足元の地熱と、空に輝く日光とが


遺跡へと歩を進める彼らの水分と体力を

ジワジワ削り取って行く





「言ったハズだよ?ここの熱気は尋常じゃなく高いと」


「そうは言っても…これハンパない暑さっす
通っただけでミイラになりそうっすよ…」





ダラダラと滴り落ちる汗を拭うのも億劫な様子で
呟くフリッセに、石榴も続く





「これじゃあ、操られててもぶっ倒れそうだな…」


「にしても…よくこんなトコ通ったりとか
イセキを調べられるモンだニャ…」


「余程慣れた旅人とかで無いなら、大抵周辺を
大きく迂回するか最短ルート突っ切るっすね」





暑さに参り、虚ろな目をしたシュドが辛そうに疑問を問う





「調査隊の方々は…この熱気をどう防いでいるんでしょう」


「知らねぇよ、ルデみてぇに術でも使って」







発言した石榴自身と、言葉を聞いた四人はハタと気付く


「って待てルデ 何でお前だけ涼しげなんだ…?」


「さっき君が言い当てたじゃないか」





汗一つ流さず、ケロリとした様子のルーデメラへ

俄かに生気を取り戻した面々が詰め寄った





ズルいっすよ〜一人だけ楽するなんて〜…」


「だって暑いし、誰も気付かないからついね…
借りを一つ作るなら皆も涼しくしてあげるよ?」





暑さをしのぐためには仕方なく、皆は諦めて頷き
ルーデメラに術を施してもらい…







『生き返った〜』


生み出される冷気に 揃って声色をハモらせた





「しかし便利な術を知っているな、ルーデメラ」


「大した術でもないさ…ただ、意外とマイナーでね
使い手は少ない方なんだよね」


「そうなのか?」





嬉しげな表情を、純粋な驚きへと一転させた
カルロスへルーデメラは苦笑混じりに答える





「発動の手順が面倒で、維持にも力を使うからね
しかも人数が増えれば労力はその分かかる」


ふへぇ〜よく分かんないけどスゴいっす!」


「あの…僕らのためにかけてくださった術の負荷は
どれくらいかかるのでしょうか…?」





労わるような、されど不安げなシュドの声に
ルーデメラは優しげな笑みで返す





「心配要らないよ天使君、今回かかる術の負荷は
全部クリス君が受け持ってくれるようアレンジしたから」


何ぃ!?
ちょっと待て!負荷って何が起こんだよ!?」


「服が伸びるから止めてよソレ、精々体力が
通常の倍以上削られるくらいだから平気でしょ」


胸倉つかまれたままで尚さらっと言い放つこの男を


殴りたい、と石榴が思ったのも無理は無いだろう





「てことは、あやつられた仲間たちやほかの人は
ジュツなしでここを…?」


「落ち込んでいても始まらんぞシャム
きっと皆無事でいるさ」


「って言われても不安は拭えねっす、ああ
クレスト様今行きまうわっ!





駆け出した茶髪の長身が前のめりに倒れこみ

軽く埋もれる形で砂にまみれる





「大丈夫ですかフリッセさん!お怪我は!?」


プヘッペペペ…すまねっす、ちょっと
砂に足を取られて…ケガはないっす」


「お前落ち着きなさすぎだろ ほらよ」





石榴の手を借りて、フリッセは立ち上がると
腕やズボンの辺りをパンパン叩く





「あいすまねっす…あーあーあちこち砂まみれで
イヤになっちゃうなぁ…」







しかめた顔で砂を掃っていた頭の辺りから


砂とともにポタリ、と小さな音を立てて
黒い奇妙な虫が肩へと落ちて





うげっ…何だよその虫、気持ち悪っ」


「へ、何がっす…」


指摘に 気付いて翠色の目玉をむけた途端







「ふぎゃああ!むむむむ虫ぃぃぃ!?」





真っ青になりながらフリッセが腕を激しく
上下に動かしながら暴れまわり始めた





「うわぁっ、お、落ち着いてください
フリッセさん!」


ぼぼっぼ僕虫はダメなんすよぅぅ!
ははは早く取ってててててててててて!!」



「分かったから暴れるなって…
うお!中に潜り込みやがった!!」


「ひゃあああぁぁぁ!?!」





当然、慌てて当人は布を脱ぎ捨てようとするけれど





「だ、ダメですフリッセさん!ここで
防護用の布を取ったら危険ですっ!!」








シュドの言う通り、容赦の無い太陽光と地熱が
充満している砂漠地帯で肌を晒すのは
文字通り自殺行為に他ならない





フリッセ自身も普段はそれくらい承知しているのだが


パニックに陥っている今では聞く耳が持てない


しかし、パニックが故に布はうまく脱げずに
幸いにも身体に絡まったままだった







そうこうしてる内に鎧の内部を這い回った虫が


背を抜けて、腹の辺りから胸にかけて
複数の脚をさかんに動かし進んで行く





やあぁぁ!顔まで、顔まで登ってくるぅぅ!!」





必死に振り払って ようやく落ちたものの


どうやら羽をもっていたらしく、虫は黒い
外装と薄い羽とを羽ばたかせて


直線状のフリッセの顔面へ飛来してくる





「ひいぃぃぃぃ!!」


恐怖のあまり相手は表情も体勢も硬直し







間に入ったカルロスの、左手の義手が虫を叩き落とした





かなりの衝撃を受けてかふらついて落ちる虫を

シャムがすかさず掴んで しげしげと眺める





「サバクにも虫っているんだニャー」


「土地に適応するモノはどこにだっているさ
…なぁんだ、毒の無いただの虫じゃない」


「それでも苦手な者には苦手なのだろう…
大丈夫か?フリッセ」





大事が去った事を認識し、ようやく息を
整えたフリッセはオドオドと礼を口にする





「あ、ありがとうございますっす…」









こうして、些細な幕間劇を終えて
無事に遺跡へとたどり着いた六人であったが





「申し訳ないのですが、ここは関係者以外
立ち入り禁止となっております お引取りを」


「魔術導師の僕がいたとしても、入り口すら
通してもらえないモノなのですかね?」


「恐れ入りますが規則ですので…どうしても
内部に御用とありましたなら、私どもの国の
魔導師協会にて正式許可を受領してからお越しください」





黒く輝く石で建造された 半径十メートルほどの
寺院にも似た建造物の入り口で


防護布着用の魔導師に、入場を阻まれ立ち往生していた





「そこを何とかっ、人命がかかってるんす!


「ですから どのようなご事情であっても
貴重な遺跡に勝手に立ち入られては困るのです」


「そんニャこと言って、ホントーはニャんか
やましいことでもやってるんじゃ「シャム」





不快と苛立ちとを瞳に乗せ、魔導師はただただ告げる





「とにかく…現在も遺跡は調査中ですので
許可が無いのでしたらどうかお引取りを











取り付く島も無いので、諦めて六人は





遺跡から離れた地点にて一端会議を行う







「予想通り、見事に門前払いを喰らったね」


「ああまで言われると、どうやってでも
中に入りたくニャるニャ」





悔しげに歯噛みするシャムの隣で、フリッセは
ため息混じりに遺跡の入り口を見やる





「どうやら正攻法じゃ無理みたいすね」


「あの見張りだけなら、交代する隙を狙えば
擦り抜けるなり眠らせてどうにかなりそうだが…」





建物の要所要所に ポツンポツンと茶色の塊が
点在し、僅かに蠢いている


おそらく調査隊の面々が見張り番として配した
石人形(ゴーレム)だろう





「あの警戒を鑑みるに、中を調べる価値は
ありそうだが…」


「遺跡の中にも何か術がほどこしてあるかも
しれませんし、うかつには入れそうにありませんね」


「そもそもあの遺跡 ひいてはこの砂漠に
行方不明者がいない可能性があるのも
忘れちゃいけないポイントだよ?」





彼らの言葉は 暗に情報不足を示唆している







勢いで中へ押し入ることは簡単に出来ようが





もしも遺跡が敵の本拠地であった場合

侵入者に対する罠があるかもしれない


逆にもしも無関係ならば、調査隊の邪魔を行ったと
見なされて 最悪の場合 彼ら魔導師を敵に回し

投獄される事だってありうる


助ける人間がいない上にそんな無意味な所業を
重ねたいなどと、石榴達は思わない





…だが、遺跡の中を調べたいと考えるのも
自然な成り行きでもある





「とにかく…辺りを探して抜け道が無いかどうか
探して、それから考えるか」


「行き当たりばったりな台詞だね けど
外観から調べて行くのも一つの手かもね」







石榴の提案、というか一時凌ぎの作戦に従い


皆はある程度距離を取りながら


石人形や見張りの魔導師に咎められない程度に
遺跡の周囲を探り





徐々に周辺へ行動範囲を広げて行く









「ん…あれ?





不意に、シャムが立ち止まったのは


遺跡が一抱えぐらいのボールほどの大きさに
見えるくらいの地点


入り口から二時と三時の間くらいの方角だ





「どうかしましたか?シャム君」


「この辺から、ニャんか変な声がきこえるんだけど…」





集まってきた仲間達へ、シャムが辺りを見回す





近くには遺跡を除いていままでの風景同様 石と岩と
サボテンに似た植物が申し訳程度にしか存在しない







けれど銀がかった青い猫目は


そのサボテンに似た中くらいの植物
焦点を定めたようだ





「ここからニャ、この下から聞こえてるニャ」


「えぇっ でもこれシャベタスっすよ?
石はともかくシャベタスは流石にしゃべらねっす」


「話し声ってカンジじゃニャいけど それでも
声はしてるニャ」


「あれ?このシャベタス…何か文字が彫られてます」


「本当だ、どれどれ…?」





植物(シャベタス)の胴体部分にラノダムークの字で
つづられていたのは、この一文





[御用の方は↓からどうぞ 情報屋]


『なん(だ・ですかね)、これ?』





疑問に思いながらもカルロスが左手で
植物の棘だらけの表皮へ触れ…おもむろに力を入れて押す


と、それがズレて 下から何かが現れる





「ってえぇぇ!シャベタスが動いた!?」


「感触が妙だったから もしやと思ったが…」


作り物かよ、よく出来てんな…」







完全に張りぼてをどかせば、それは黒い石で
作られ 備え付けられたフタだった





「この中に、情報屋さんがいらっしゃるのでしょうか?」


「カンバンがあるぐらいなら きっとそうっすよ!


「罠やガセの可能性は考えないの?」


そん時はそん時っすよ魔術導師様!
今はとにかく情報がねぇっすから 聞き込むに
越したことはねっす!!」


意気揚々とフリッセがフタへ手をかけるが





「待つニャ!」


割って入るようにして、シャムが待ったをかける





「な、なんすか?」


「もし情報屋がルデメみたく、悪質に料金を
ふっかけてくるヤツだったらどうするニャ?」







真剣かつ切実な一言に全員の動きが止まり





五人が、ルーデメラから距離を取って
顔をつき合わせて小声で相談を始める





「先に言っとくが、俺はほぼ強制連行されたから
一文無しだぞ?期待すんなよ」


「してニャいニャ てゆうかオイラだって
されても困るニャ」


すまんな、船の経営もギリギリでな」


「か、カルロスがあやまることニャいニャ!」


「失礼ながら…フリッセさんは?」


「お恥ずかしながらパイラまでの道のりと
船までの旅費が結構かかったモンで…」





ほぼ同じぐらいの懐具合だと確認し


黙り込んだ彼らは、ルーデメラに頼るか否かを考える





二つ名付きの魔術導師にとって金の価値など
無でしかないのだけれども


今の時点で皆についた"借り"を余計に一つ分
重くするのはどうにも気が引けていた





「ルーデメラさんに頼りきるのはよくないですが
もしもの場合は、仕方ないですよね…」


「そうニャ、それにもしかしたら情報屋が
ルデメと違っていいヤツかもしれないニャ」





諦めにも似た二人の言葉の後に、石榴も頷く





「もし吹っかけられたら…ダメもとで料金負けてもらうか」





それでも無理なら、ルーデメラが支払うルート
否応無しに決まると知って


彼らは少し気分を落ち込ませていた







ニヤニヤと、蒼い瞳が戻って来た五人を見て笑う





「それで、話し合いはすんだ?」


「はい まあ…」


「じゃ…気を取り直して開けるっすよ?」








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:本当は情報屋登場まで行くつもりだったけど
ちょっと無理でした…ゴメンちょ


ルデ:やれやれ、他のはともかく天使君にまで
そういう目で見られるなんてね


シュド:も、申し訳ありません…


ルデ:気にしなくていいよ、悪いのは管理人だし
ウサ晴らしはクリス君で


石榴:するな!それとフリッセ、アレと似てるから
分からなくもねぇけど…虫ごときにビビりすぎだろ


フリッセ:だって苦手なモンは苦手なんすよ


シャム:にしてもヒメイあげすぎニャ
メチャメチャうらがえってたし、まるで


狐狗狸:所でサボ…じゃねシャベタスの置物
重くありませんでした?船長


カルロス:積もった砂の抵抗はあったが
…見た目ほどではなかったな




虫はスカ○ベっぽいものとGの融合物を
想像…しない方がいいかもしれないです(謝)


次回、砂漠の地下の 人ならざる情報屋