「クレスト様っ!」


「待てフリッセ、動くんじゃない!」





思わず駆け寄ろうとした彼女を、カルロスが
素早くその場で抑えた





間を置かず 青い髪の魔導師から抜け出た黒い霧が


空中で捩れながらまとまって、禍々しい姿を
象った"思念"として出現する





『おのれえぇぇぇ…ワシが、ワシが貴様らナドに
負けるモノカ!負ケルモノカァァァァ!!






とぐろを巻き、倒れた彼の身体へ戻ろうとするも







「ミスィルオクティア!」





横合いから放たれたルーデメラの光の帯に
貫かれ形で阻止された





『貴様ラ…キサマラァァァァァァァァ!!


崩壊しながら呪詛の叫びを吐き出し憤る残留思念へ





「お前なんか とっとと滅却(きえ)ろ」





石榴の突きつけた銃口が火を噴き、止めを刺す











〜No'n Future A外伝 第十五話「他世界の日常」〜











「んん…」





閉じられていたまぶたが、ゆっくりと開き


濃く煮出したミルクティーを思わせる黄土色の瞳が
起き上がり様に辺りを見回す





「ここは一体…?そうだ…私は
「グレ゛ズドざばぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


半ばタックルに近いフリッセの抱擁をマトモに受け


起き上がりかけた彼は再び床へと引き倒される





「も゛どに゛っ!も゛どに゛も゛どられだんずねっ
会いだがっだっず!!僕もう心配で心配でぇぇ!!」



痛だだっ…ふ、フリッセさん落ち着きなさい
そんなしがみつかれたら痛いですから!」





どうにか諌めようとするも、彼女は感極まったのか


涙交じりの顔をローブに押し付けしゃくり上げ続けて
全く離れようとしない





「いちゃつくのはやる事全部終えてからにしろっつの」





見かねた石榴がフリッセを引っ剥がし


打ち付けた背を擦りながら、クレストは身を起こし
改めて室内の様子を確認する







自らが倒れていた大部屋には幾つかの奇妙な骸と
戦いの痕らしきモノが点在しており


階段から対面する位置にある部屋には


服装も性別も 種族も異なる…"行方不明"と言われていた
人間や亜人達が、焦点の定まらぬ瞳で中央に描かれた
赫い魔法陣に安置されている"石棺"
を取り囲んでいて







シュドやシャム達が彼らへ呼びかけたり 辺りを
調べようと動き回っている姿が見えた





「あの…貴方がたは…?





戸惑うクレストへ、顔を向けたルーデメラが
目線で彼女を示しながら告げる





「その子に君ら行方不明者の救出を頼まれたのさ」


「フリッセさんから…?貴方も魔導師…いや
もしや貴方は、魔術導師では…?」


二つ名は伊達じゃないね 僕はルーデメラ
周囲の者達はさしずめお供ってトコ」


なんと!貴方が"夢幻の使者"…お噂はかねがね」


「そんニャコトやってニャいで、みんニャを
早く元にもどすの手伝ってくれニャ!」






シャムの言葉に、クレストは下げた頭を持ち上げると


石棺の周囲と 佇む人々を交互に見やって呟く





「なるほど…呪術による傀儡(くぐつ)化
続いているようですね 術者は?」


「既にいないが、ルーデメラの見立てでは
魔法陣自体がこの者達全てを拘束しているらしい」





故に 一人一人へ解呪を行っていたのでは
到底、術者(シュド)の魔力が持たず


逆に魔法陣への解呪は、術そのものの威力を上げる
魔法陣の効力を低下させなければ厳しい





そうカルロスが説明した直後


隈なく魔法陣を調べ終えたルーデメラが短く唸る





「参ったね…どうも陣形も見覚えのない術式が
組み込まれてるみたいだ、下手な破壊や術は
かえって逆効果になりそうだ」


「ってオイ!この魔法陣調べりゃ何とかなるって
言ったのはお前じゃねぇかよ!」


調べれば突破口が見つかるかも、って言っただけさ
生憎 呪術に関しては畑違いだよ」


「じゃ、じゃあ みんニャこのままニャのか!?」


「まあ 脱出を優先して、後から専門の術者や
僧侶なんかを複数連れてくるのも手だけどね」





その一言に、力不足を痛感してかシュドがうつむく







敢えて何も言わずに彼は 青髪の魔導師へ問う





「ねぇ魔導師さん 君はこの状況をどう思う?


「…要は、術の威力を上げて魔法陣の効力を
打ち消せば問題は即時解決されると言う事ですね」


「なにか方法があるっすか!?」


「ええ、つきましてはフリッセさんと…
そちらのシュドさんにご協力をお願いしたいのですが」


はい 僕に出来ることでしたら」







短い打ち合わせを行い、クレストの唇が呪を紡ぐ





「ディアバルキュベル!」





発動した呪文によって うっすらと現れた光の衣が
シュドの身体を包みこむ





二度、三度と同じ呪文を受けて輝きをまとい





「クリアスペル!」





彼が唱えた呪文が生み出した 暖かく大きな光が
石棺へと向かい ゆっくりと吸い込まれてゆく








…魔法陣が明滅を激しく繰り返して、消えると





まるでそこから時が再び刻み始めたかのように





あれ!?何ここっ!!」


「オレ達一体何を…」





身動き一つせず固まっていた行方不明者達が
一斉に意識を取り戻し、状況を飲み込めず当惑しだす





「皆さん、どうか落ち着いて聞いてください」


「僕たち アナタ方を助けに来たんす!」





打ち合わせていた通り、クレストとフリッセ
そしてシュドが彼らの説得へとかかった









その様子をしばし唖然として見つめていたが





「みんニャ元にもどったニャ…よかった〜





仲間が元に戻った事によって、ようやく安心したのか


ホッと息をついてシャムが床にへたり込む







片目をつぶり、腕を組みつつ石榴が訊ねる





「…やっぱり分かってて言ったのか?」


「確証は五分五分だったけどね、最悪あの提案でも
彼ほどの術者がいれば どうとでもなったろうし」


「で、この後どーやって帰るつもりだ?
言っとくけどもう俺 戦力ねぇからな」


「期待してないさ、まあアイツ滅んだし
敵はもう出ないでしょ」


「まあ脱出は恐らく 上にあった登り階段を使えば
いいだろうが…問題はあのだな」





地図を片手に 軽いため息がカルロスから漏れる





「安心しなよ、そう来るだろうと思って
帰りの準備は整えてあるさ」





ニヤリと微笑み、ルーデメラは戦闘の最中
シャムが白い粉で描いた魔法陣へ歩み寄って


声高に詠唱を開始した







「サモン ファインモゥル!!」





二度目の召喚に応じて現れた魔獣を道案内に


石榴達一行は何とか説得できた行方不明者達を連れて

上の階にあった、砂で埋もれた階段へと辿りつき


更に 召喚獣は逞しい腕を振るって砂を掻き出し
見る見るうちに"通路"を作り上げて行く





…そして







「な、何だこの振動は…うぉわあぁぁぁ!


「砂がイキナリ崩れだした!まさか土砂崩…って
何だこれ!?ま、魔獣!!?






採掘の済んでいたフロアまで通路が開通し


全員は再び、地上へと戻ってこられたのであった













ウィト遺跡での騒動も終わり、行方不明となっていた
モノ達も皆 無事に元の所へと戻って 数日が経ち







「それにしても…あの時はホンット大変だったっすね」


「本当に、皆様にはお世話になりました
特に 貴女にはご心配おかけしましたね」


「い、いいんすよ僕は!クレスト様がご無事なら!!


「おうおぅ、妬けるねお二人さん!」


「あんまからかってやんなよ海賊のオッサン
コイツ怒らしたらマジ喧しいから」





石榴達と、クレストとフリッセは"スリーパーズ"の
甲板に再び集まっていた







そいつぁマズイな…今 船長起こしたら
お前の送別どころじゃ無くなっちまわぁ」





苦笑いしながら持ち場に戻る船員を見届けてから

翠色の円らな眼が石榴へ向く





ほぇ〜、寝てたからカルロスさんいなかったんすね」


「そういうこった 下手に騒ぐんじゃねぇぞ?
…しかしお前らが来るとは思わなかったわ」


「フリッセさんからお話を聞いて、皆様へお礼を
申し上げたかったのもありますし それに
連れ去られた人々の事後経過もお伝えしておこうかと」







会釈した魔導師からの情報によると





発見された行方不明者の中で、異形へと
変えられた被害者は 想定していたよりずっと少なく


幸か不幸か、そこにシャムの顔見知りやクレスト達が
探していた相手は一人も含まれてはいなかった





また、彼らは疲労によって弱ってはいたようだが


特に大きなケガもなく 元いた場所へ戻ってからも
何事も無く日常を過ごせているとの事







「そうですか…みなさんご無事で何よりです

犠牲となってしまった方々には、ご冥福を
お祈りするしかありませんけど…」


「シュドさんが気に病むことはねっすから
悪いのは 全部あの"覇王"モドキっす





励ます彼女のやや後ろで、ルーデメラも頷く





「同感だね、小賢しくも時間稼ぎと残留思念(じぶん)
背後にいる事実を隠す工作まで行ってたから
調査隊の魔導師達には 本当にいい迷惑だよ」





紛失した資料などについても、遺跡の別室から
発見されて回収済みとなっており


砂漠での怪異も ピタリと失せているという話だ





「遺跡の調査はおかげ様で進んでいると聞いています
ただ…件の水晶の柱は鳥獣と共に消失していました」


「だろうね しかし僕はそれよりも気になる事が
二点あるのさ、魔導師さん」


「クレストで構いませんよ…何でしょう?」





不思議そうに訊ねるクレストへ、ルーデメラは至極
真面目な顔で人差し指を立ててこう言った





「まず一つは、かつてあの遺跡にいた"彼ら"
どういう種族であったのか」


「それに関しては推測となりますが…"彼ら"は
竜鱗族と魔獣の混血、もしくはどちらかの亜種族であり
故に魔力を宿し干渉できる生命体だったと考えられます」


「ふむ…それなら魔術の伴う仕掛けや封印も納得できる

けれど"呪文"の形式ではなく "能力"の形式によって
相手の文言まで変えるほどの種族はどこへ消えたのだろうね」


「やはり"壁画"に刻まれていた通り "覇王"との争い
よって疲弊し、絶滅へと追い込まれたのではありませんか?」


「可能性は高いけど 断定するのは早計かも知れないよ?

末裔と思しき者も存在するワケだし、上記の仮説通り
どちらかの側へ身を寄せ 変質して生き延びた可能性や
未開の洞窟や砂漠の奥地で暮らす可能性も…」







侃々諤々(カンカンガクガク)とウィト遺跡にいた
地中生物について論じる魔導師と魔術導師を





三人は会話に加わることも、会話を理解することも
出来ずにただただ引き気味に眺めていた





はひぃぃ〜…お二人の言葉がもはや呪文っす…
頭ガンガンしてくるっす…」


「奇遇だな 俺もだ…つかシャムはまだ来ねぇのか?」


「もうそろそろ戻ってくるハズですけど…あ!





シュドの上げた声に 議論を行っていた二人も
思わず言葉を止めた直後


「いやっほー!!」





弾けるような叫び声を上げて


甲板に飛び乗ったシャムが、元気よく五人へ駆け寄った





「おくれてゴメンニャ〜オイラのブユーデンが
すっかりスラム仲間をトリコにしたみたいで」



「ってバカ!今騒いだらお前」


石榴の忠告と、人数の少なさにシャムが気付く前に





甲板を揺らすほどの足音が響きながら迫って





「…私の眠りを妨げたのはどいつだぁぁぁ!」


「そこのクリス君でーす」


「ちょっルデてめえぇぇ!!」





蝶つがいが壊れんばかりにドアを全開して現れた
恐ろしき形相のカルロスをけしかけられ





ウニャアァァァ!石榴こっち来んニャァァァ!」


「うるせぇぇ!元はと言えばお前のせいだろ!!」


「待たんか二人とも!そこになおれぇぇぇ!!」





石榴と、巻き添えを食ったシャムとの
命がけな船内鬼ごっこが始まった







「ええと…大丈夫なのでしょうか、あの方達を
あのまま放っておいても」


「しばらくは平気さ まあ僕の貸しの分だけ
働く約束があるから頃合を見て助けるつもりだけど」


ソレで済む話なんすか魔術導師様!?
ぼっ僕ちょっとお二人を助けにいってきます!」






真っ青な顔したフリッセがバネ仕掛けの如く
三人の元へと飛び出して行く





あ!今行ったら危険ですフリッセさん…行っちゃった」


「あのカルロスという方、遺跡でお会いした時とは
大分印象が違うようなのですが…」


すみません アレが無ければ本当にいい方なんです
後ほどみなさま責任を持って治療させていただきます」







深々と頭を下げるシュドを諌めるクレストの肩を叩き


振り返った当人へ、ルーデメラは笑顔のまま
両の手の平を差し出す





「さて、ワンコちゃんから聞いてると思うけど」


「…はい、伺っております 貴方のご所望の報酬
どうぞお納めください」





呆れを覗かせながらも、マントの下から彼は
一冊の本を取り出して その手に乗せる





「それって…もしかして魔道書ですか?」


「そう、これ欲しかったんだよね〜ありがとう」





すぐに透明なザックに本をしまいこんで
宙へと浮かせる直前で







逃げ回る三人がクレスト達がいる方向へ進路を変える





「ヤバいっす!マジあの人手に負えないっす!」


「だだだだから言ったニャ!!」


頼むお前ら!何とかカルロス止め「バンプソニック!」





言葉半ばにルーデメラの術が、石榴の腹にヒットした





「これだからファンタジーはぁぁぁぁぁ…!!」





いつも通りの悲鳴を上げて吹っ飛んだ石榴は


見事に鬼と化したカルロスと正面衝突して
身を持って彼を沈黙せしめたのであった








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:紆余曲折ありましたが、外伝長編の終結を
ここに宣言させていただきます


全員:ありがとうございました〜!!


シャム:クレストのジュツすごかったけど…石榴の
ジュウで呪いをといたりは出来ニャかったニョか?


狐狗狸:石榴に"全員分"の呪いが解けるイメージを
想像させるのは酷だし、クレストの治療で気力が
ゼロになっちゃってるから無理


石榴:そこはいいけど…あの終わり方なんだよ!
結局俺ロクな目に合わねぇな!


シュド:ざ、石榴さん 動くと傷口に触りますから!


クレスト:これが日常とは大変ですね…しかし
異界の方にしては石榴さんはかなり稀有な方のようで


ルデ:まあ、かなりの稀覯(きこう)本もらったし
魔導師さんが興味あるなら たまに貸し出してあげても


石榴:俺はテメェの所有物じゃねぇぞ!(怒)


カルロス:…見苦しい所を見せてすまぬな


フリッセ:えとあの…まあ、ちゃんとスイミン
取んなきゃダメっすよ?僕との約束っす


狐狗狸:ギクリ




何らかの気まぐれが起これば また会えるかもしれません
…が、この話はここで"おしまい"です


皆様、このお話に長々とお付き合い頂き
本当にありがとうございました