刻まれた紋様を 一つ一つ眼で追いながら


石榴は内容を読み上げて行く





[ここは、赫き王を奉り鎮める部屋なり


王へ触れ、息吹に耐えうる者のみ"真の石室"へ
立ち入ることが許されるであろう


そぐわぬ不届き者よ 心せよ


みだりに"真の石室"へ立ち入り、王の眠りを妨げし時

赫き王を継ぐ者が 汝を冥府へ誘う]






読み終えた彼の瞳が から元の茶褐色へ戻るが


それに気がついた者は…ただ一人だけ







言葉が終わったのと同時に、フリッセが口を開く





「…え、ま、待ってくださいよ!
なんでこの文字読めたんすか石榴さん!?」


「え、いや何でって言われても…俺が知るかよ」





彼女は解読呪文などを一切使わずに、石榴が
字を読み取った事が不思議でしょうがなく


石榴自身は 特に意識せず読み取れたものに対し
理由を問われ、答えられずに戸惑うが





「きっと石榴は博学なのだろう、この世界の文字が
苦も無く読めるくらいだ」


 言われてみればそうっすねー…いやでも
それとこれとは何か違うような気が」


「余計な事は後で考えなよワンコちゃん
ただでさえ脳ミソの要領少ないんだから」





抱いた疑問を、事情を知るカルロスと
ルーデメラによってはぐらかされたので





うーん…僕が思ってるより世界って広いんすね…」





煙を頭から若干出しつつ、腕組みしてフリッセは
深く考えるコトを止めた











〜No'n Future A外伝 第十三話「染められた猟犬」〜











「ま、とりあえずクレスト様達を助けること
全力を尽くすのが先決っすよね シュドさん!」


え?あ、はい、そうですね」


「お前、いきなり振ってやるなよ」


戸惑う彼へツッコミまじりの助け舟が出された後





「ニャー、さっき石榴が言ってたヒントだけど…
王にふれ…ってコトは これにさわるニョか?」





ものスゴく嫌そうな顔つきで、シャムが壁画の
"覇王"の顔面を指差す





お馴染みの材質で作られた 石の塊だとしても


動いてもおかしくない程 躍動感に溢れた
恐ろしい顔の彫刻へ触れるには、やはり勇気がいる





「そうなるだろうな、しかし」


「…さすがの僕も、一人でコレに触るのは
カンベン願いたいトコっす」





とは言え チャレンジする気はあるらしく


フリッセ一人が壁の前までやって来て
立ち往生している様をひとしきり眺めてから


ヒジでつつきつつルーデメラが促す





「ほら、女の子が困ってんだから力になってあげなよ」


何で俺だよ!?お前らの内の
誰かでもいいじゃねぇか!!」


「僕と天使君は魔法、泥棒猫君は…まあ罠に対して
備える必要があるし 船長さんはさっきみたいな敵の襲撃に
対する控えがある、ほら君が適任だろ?背もトントンだし」


もっともらしく言われても納得いくかぁぁ!
せめてお前と俺とで公平にジャンケンするとか」



「…僕が温厚なウチに自主的に行動した方が
君の身のためだよ?クリス君?」





彼の十八番"笑顔による圧力"


更なる反論を封じ、相手が屈しざるを得なくする
破壊力があった







「スンマセンすね、それじゃ同時に触るっすよ」


「…どうにでもしてくれチクショウ」





げんなりと肩を落としながらも彼女の隣へ並び


石榴は覚悟を決め、共に壁へと手を伸ばす





「…なんも起きないっすね」





ぺたぺたと 頬骨の辺りを手甲に守られた両手で触れ







出し抜けにゴゴォン!と大きな音が鳴り響いて
二人が軽く飛び上がった





「ふわぁっ!?!」


「うおっ!!」


声と音に驚いて身を引くものの





固く閉ざされていた"覇王"の口が開いたのだと知り

見守っていた四人は警戒を緩める





「そこから、何か見えそうか?」


「いやー何も見えねっすねー明かりも届いてないし
…部屋に通じてるかも自信ないっす」





ランプを掲げつつ、首を左右に動かして
円らな翠色の眼で壁の奥の闇を覗くけれども


何一つ 伺えるものはない





「確かさっきの文字には"息吹に耐えうる者のみ"
その奥へ入れる、見たいなコトが書かれてたよね」


「…書かれていたな」





聞こえよがしなルーデメラの一言に、舌打ちをもらし





「ったく回りくでぇな、これだからファンタジーは!


「うわわっ!!」





肩の装甲辺りを押すようにしてフリッセを横へ退け


石榴が開いた壁画の口へ 乱暴に右手を突っ込む





「えっ、ざ、石榴さん!?


「口に手ぇつっこんでダイジョーブニャのか?!」


知るかよ!けどどうせルデの事だから、遅かれ早かれ
こうなってたろうし 行動しねーと先に進めな―!?





空をつかんでいた手が、何かに触れて


…いや、"何者かに掴まれて" 茶褐色の瞳が
最大限まで見開かれる





ぐおっ!?何だ!放せこの野郎っ、ふんぬぬぬ!!」


「やっぱ奥に通じてたっすか?!引っ張られてるんすか
僕も手伝うっすよ!!」








駆け寄る仲間達を他所に、必死で腕を引き抜こうとする
彼の頭の中で 声が聞こえた






『我ノ意ヲ継ギ…世ニ再ビ 混沌ト破壊ト終焉ヲ撒ケ…!』





「っ…この声、ウソだろ…!!





呟いた直後…二、三度激しく彼の身体が痙攣し
集まっていた全員がたじろぎ







―唐突に 全ての動きが治まった







「だ…ダイジョブかニャ、石榴?」


不安げなシャムの声に答えず 右手が口から引き抜かれる





「あの…おケガはありませんか?」


「ひょっとして、怒ってるっすか?」





二度目の呼びかけも 軽く背を叩くスキンシップにも
彼は無反応のまま頭を上げる


瞬時に赫くなった瞳が、壁画の赫眼とかち合い





一秒に満たない空白を置いて





"覇王"の顔が、奥に向けて扉のように左右に割れて
押し込まれ 深い闇をたたえた空間が現れる





「この奥が…"真の石室"、か…?」


「きっとみんニャがここにいるハズ…ニャ!?





足を踏み入れようとしたシャムが、一瞬立ち止まり





次の瞬間、耳と尻尾とヒゲを思い切り逆立て
闇に向かって威嚇する





「どっ、どうしたんすかシャムく…」







それを皮切りに一拍遅れて 他の者達も気がついた







「これはまた…大層な歓迎が好きなモンだ」





光を無理やり遮り続ける室内から自分達目指してひしめく


無数のうめき声と奇怪な足音と這いずり回る重い音と
湿った音と粘つくような殺意とが


全て雑じりあいながらも、なお静かな複数の気配の接近に










『長きに渡る忌々しい封印を解いてくれて 感謝するぞ』





無機質な 低い声を轟かせながら


闇から浮かび上がるようにして、一人の人間が現れ





彼女の顔から…血の気が引いた







「ウソ…クレスト…様…?





目の前に対峙していたのは、今の今までずっと
捜していた魔導師 クレスト=ウェルシュその人だった


拉致される直前と代わらない ルーン文字の縁取りが
施された黒いマントと薄青いローブ姿に
短めの真っ青な髪の毛





けれどもフリッセのよく知る彼と 決定的に違うのは





普段の穏やかさとは対極に位置するような冷笑と


黄土色ではなく 血の様に赫く染まった瞳







『おかげで我が本来の力が戻った…せっかくだ
貴様らを配下へくわえてやろう』






かざした手を合図として、闇からにじむように
異形が姿を現し 身構えた彼らへと迫り





一方でクレストの手から生み出された黒い帯


すごいスピードで同色の床を蛇のように這い出し始める





「ウニャ!?ニャんだアレっ!!」


「さーね、"けど触らぬ神に何とやら"だろ?」





双方の対処に惑いつつも、場から解散する一行へ


追い討ちをかけるべく彼の唇が呪を紡ぎ始めて…









無言で佇んだまま動かなかった石榴が





いつの間にか具現化していた魔術銃の銃口を
ためらいなく向けてクレストを撃つ






僅かに動揺を浮かべ、彼は呪文を中断し


黒い帯を操り 盾代わりとして弾道を塞ぐ





帯と光球とがぶつかり 派手な音を立てて相殺されたのを
見届けて 魔導師が刺すような眼光を向ける





『貴様…何のつもりだ!?』





問いかけに、再び弾丸で答えてから





「我が意を継ぐものは一人で十分…

滅却(きえ)るべきは、貴様だ





石榴は一方的に宣言し…立て続けに引き金を引き絞る





今度は横手から現れる異形を盾にするけれども


速さと威力の差が大きく、間に合わずに少しずつ
被弾してクレストが悲鳴を上げ始める










石榴!何をしている、やりすぎだ!」


「やめてください石榴さん!」





説得しようと試みるが声は届いておらず、強く
掴んだ腕も振り払われて攻撃が続行される







お構いなしに弾丸を連発し続ける彼の姿は





「メが赤いし、石榴がコワいニャ…」





迂闊に手を出せば彼だけでなくこちらにも
危害を加えられそうな恐ろしさを孕んでいて







『ぐあっ…き、貴様!半身の分際で付け上がるな!
我こそが赫き王を継ぐ者だ!!』



「うるさい黙れうるさい黙れうるさい黙れ出ていけ黙れ
黙れ黙れ黙れ黙れダマレェェェェェェ!!






抵抗し、異形を差し向け術を唱えるクレストと


激しく身を悶えさせながら 喉が壊れんばかりの
叫びを吐き出して銃撃を続ける石榴は





互いに傷つき、傷つけあってゆく





「ウソっす…こんなの、こんなのウソっす!





銃声と悲鳴と仲間達の叫び声の 聞くに堪えない

異常な三重奏を中心とした乱痴気騒ぎを







「ブレッドアタック!」





ルーデメラの放った たった一発の呪文が


頭部に命中し、石榴を見事に気絶させる形で止めた







倒れこんだ彼を 駆け寄ったカルロスが素早く
抱えあげて距離を取り


接近する異形数匹を蹴散らしつつ五人が固まって





「ホワイティガーディアル!」





完成したシュドの術によって、半円状のドームに似た
防御結界が彼らを包んだ





「これで…しばらくは安全なハズです」







様子を伺う大小バラバラの魔物と、傷を負って
こちらを睨む青い魔導師とを警戒しつつ





全員は床に寝かされた石榴へ 視線を送る





「それにしても、石榴一体どうしちゃったニャ…」


「考えられるのは やはりあの壁画に何らかの
仕掛けが…いや、それだけでは説明がつかぬな」


「どうして…どうして、石榴さんもクレスト様も
こんなコトに…?僕もうワケわかんねっすよ…!





悲痛な面持ちで彼女は言い 他の者達も
言葉にこそ出さないがその意見に同調する







静かに息を吐いて、ルーデメラが訊ねる





「ワンコちゃん…アレが君の探してた
"キラードッグ"って事で間違いは無いんだね?」





しばし両者の視線が絡み合い


クレストに瞳を移して フリッセが重々しく頷く





「…間違いないと思うっす でも魔術導師様っ!
クレスト様きっとダレかに操られてるんすよ!


「僕も、そう思います」





やがて異形が光の障壁を叩き始めるが


どの方向からどれほど攻撃を与えても、シールドは
全てを弾き返して六人を護っている





『愚かな…貴様らには我が糧となる以外の道など
無いという事を 絶望を持って知らしめてやる…!』






バサリ!と大仰な仕草でマントをひるがえし


指揮者のように、クレストが両腕を振れば


部屋の闇が 霧のように細かく散って
倒れ伏した異形の身体へとまとわりつき


金属の擦れるような不協和音が空気を震わせ…





磁石のように集められた異形の亡骸(なきがら)が


闇の霧に練り上げられ、歪み、ねじれ



溶け合うように 一つの大きな異形と化して

上から叩き潰すように結界の破壊を試みる







ひぃっ!ニャ、ニャんニャんだアレっ!?」


死体を一つに融合した…だと…!?」





信じがたいような光景を目の当たりにしても


ルーデメラは、至って落ち着いた眼差しで
"赫眼"のクレストを見やって 口を開く





「へぇー魔物の死体の再利用してなんて器用だね

まあでも驚くことでもないか…ねぇ、赫眼の覇王





その一声は 確信に満ちたモノだった








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:イレギュラー盛り込みつつも、予定調和で
お送りしてます!次回にはようやく異形の正体とか
クレストに何が起きたかとか語れそうです!


ルデ:彼が"操られてる"って理解できてた辺り
案外頭は悪くないんだね、ワンコちゃん


フリッセ:だって目の色とか顔つきとか違うし
クレスト様が悪モンになるハズないっすから!


シャム:ニセモンだとかは思わニャかったニョか?


フリッセ:一目見て、間違いなくクレスト様
本人だって理解したっすよ カンで!


石榴:都合よすぎだろ!つかルデてっめぇ橋ん時といい
今回といい人の頭ポンポン狙い撃ちやがって


ルデ:出番まだなんだし引っ込んでて(追加攻撃)


シュド:石榴さあぁぁぁぁん!?


カルロス:…次回に復活できるのか?アレは


狐狗狸:しなきゃ話が終わりませんって(汗)




石榴の変調とルデの確信、そしてその他諸々の
真相が明かされる…!?


次回 それほど期待しないでウェイティングプリーズ