「…先程と比べ、魔物の数が極端に減ったな」





地図を片手に 先を行くモグラ召喚獣から
離れないように移動しつつ呟く彼の言葉通り


ルーデメラと二人で目当ての場所まで
駆け抜けた時には大挙で押し寄せていた異形が


この道中ではほとんどと言って見かけない





…それでも、通路の途切れ目で
一体出くわす事はあるようなので


召喚獣に被害が及ばないよう気をつけつつ斬り捨て


一人と一匹は、壁のあった通路から東南東辺りに
位置する袋小路にたどり着いた





つるりとした黒い壁面の中ほどが四角くくり抜かれ


その空間に、同じ素材で出来た台座に乗った

二つの奇妙な物体があった





赤い宝石眼の形か?あれは」





並べた眼球の合間を繋いだような形状は

あの壁面の窪みと一致しているようであった


しかし、カルロスは動かずその場で悩みだす







場所柄と状況を鑑みるに、台座に並んだ石の
どちらかが偽者である事は 恐らく間違いが無い


その上、偽者を選んだら罠が作動する可能性は
十分考えられるだろう





「判別の手段は…壁面の下にある古代文字に
秘密が、ありそうだが…読めんな





博識ではあるが、流石に解読は専門外らしく


ルーデメラを連れに戻るべきか欠伸をこらえつつ
考え始めていた彼を余所に 召喚獣が壁へ近づく


尖った鼻ツラを突き出して


二つの宝石のニオイを嗅いでいるようだ





「……分かるのか?」


答えるように"ぶも゛"とひと鳴きして


やがて鼻先が、右側の眼の石へ固定された





一瞬ためらうも "物探しに長ける魔獣"として
召喚したルーデメラの技量と壁面のニオイから
この場所までたどり着いた嗅覚を信頼し


踏み出し、手を伸ばしてカルロスが右の眼を取る











〜No'n Future A外伝 第十話「魔障壁撤去」〜











少しの間があって…どこからか"カタカタ"と

嫌な記憶を想起させる音が響く





「なっ…罠か!?


思わず周囲を見回すカルロス







…だが、予想に反して何も起こる事なく


音は徐々に小さくなって 消えた





「…何だったんだ?」





首をかしげながら、手に入れた眼をしまい

カルロスは はや主の下へ帰り始める魔獣の後を追う







行きと大して代わりの無い道のりで戻った両者へ





「お帰り〜どうだった?目的のモノは見つかった?」


ルーデメラはくつろいだ笑みで迎えた





「…これだろう」


「ご苦労様 少し休んでていいよ」





呆れ顔で取り出した赤い宝石を受け取り、彼は
モグラ召喚獣を返還(かえ)して


側の壁面の窪みへ、石をはめ込む





ピタリと一致した赤い眼が僅かに輝き


先程と同じ"カタカタ"音が遠くと目の前の二箇所で
デュエットを奏でて



紋様の刻まれた壁面が重そうな音を立てて下がっていく





黒い壁面が床に吸い込まれて完全に同化して







音が納まった後には、二人の前に新たな通路が現れる





「さて、ここからは別のフロアかな」


「行くのか?」


当然 大まかに踏破したけど奴ら以外に
ここで出くわした相手も物音も無いからね」





それに、とルーデメラは笑顔で付け加える





「さっさと術を解いて壁面を全て撤去してからの方が
面倒も少なくて済むだろう?船長さん」


「……そうだな」







呟きを合図に、彼らは新たな通路を進み始めるが





これまで見かけた異形の姿を思い出し カルロスは問う





「ルーデメラ、石榴達も無事だと思うか?」


「無事じゃない?ワンコちゃんも天使君も覚悟の上で
ついて来てるだろうし…クリス君、今どうしてるかな?」











その頃―話題に出された石榴は


シャムと共に、件の壁面の前で息を整えていた





「た、たおしてもマジ キリがニャかったニャ…」


倒したのほぼ俺だろが…ようやく撒いたのはいいが
何だこの壁?アレか?もしかしてこれが例の壁か?」


「多分、マチガイニャいと思うけど…」





黒い石で出来た表面、顔に見える部分のある複雑な紋様

眼の辺りに窪み、まではルーデメラ達のモノと同じだが


窪みの形だけは 明らかな"一つ目"となっている





何かはめ込むっぽいよな…そういやお前
蒼い目玉みてーな宝石盗ってたろ?」


「いやニャ」





予測していた即答に、ため息ついて石榴は言う





「明らかこれに使うっぽい雰囲気だろ?盗る時罠も
やたら多かったみてーだし、試しに使ってみるから出せ」


「おコトワりするニャ」


今は緊急事態だろが!何出し渋ってんだよ!」


「だ、だってこれがお宝の中でイチバン
高そうニャんだ!売って少しでもカルロスの船と
オイラの食いブチの足しにするんだニャ〜!!」






ひし、と盗品でパンパンの袋を抱きしめながら
頬のヒゲを逆立て涙目で訴えるシャム


だが 石榴の目と眉は釣り上がる一方だ





「目的変わってんじゃねぇか!やるべき事は
宝じゃなくて人探しだろーが このバカ猫!!」



「う、ば、バカって言うニャ!オイラにとっちゃ
かなりセツジツなモンダイでもあるんだぞっ!!」







小一時間ほど 口ゲンカは続いたが





結局、石榴の気迫と説得に負けて

しょんぼりと落ち込んだシャムは石を渡した





はめ込んだ後 壁が下がっていく仕掛けも全く一緒だった





おぉ!カベが開いたニャ!」


「っし、これで他のフロアに行けるな」


え、先行っちゃうニャ?もしかしたらまだ
どっかに仲間がいるかも知れニャいニョに?」


「…とか言って、宝の盗り忘れが無いか
気になるっつーんじゃねぇだろうな」





ジト目で言われて、オレンジ色の耳と尻尾が
勢いよく立ち上がる


「そ、そそっそんニャことは…ニャいってアハハ!」





バレバレな動揺に 軽くチョップがお見舞いされる


とは言え、地図も無い上に途中は無我夢中で
異形達から逃げ回っていたので自信が無いのも事実





先へ行くか 仲間を待つか…







考え始めた石榴の耳に、けたたましい音が届いた





「今の音は…!」


「ニャ、ニャんかスゴい音がしたニャ!?」





辺りを探る二人の不安を大きくさせながら


爆音とも轟音ともつかない なんとも形容しがたい
擬音が、確実に近づいてくる





甲高いような、奇妙な音も後から混じりだす





「はてしなく嫌な予感がするんだが…」


「お、オイラもニャ…まさかこれ、ルデメか?
ルデメだったりしちゃうのかニャ!?」


空しくも その叫びは現実となった







まず現れたのは、こちらを見もせずに後退さる魔物達


…次に、奇妙な液体の入ったビンを持つ腕


そして最後に、怪しげな笑みを浮かべたルーデメラ





未知の薬品を手に異形の魔物へ迫っている
仲間の姿を前にして 二人は青ざめて硬直し







異様な光景は、一端視界から引っ込んだ





「ニャ…ニャんでアイツらがにげてるニャ」


「ルデの奴、一体何やったんだ」





様々な疑問が頭を駆け抜けるも


先程の液体の 禍々しい色を思い出し


顔を見合わせて両者は答えを出す





「逃げるぞシャム」


「今のうちがチャンスニャ」





迷わず新たに開かれた通路の先へと駆け出して





背後から、追いかけるように響く音と断末魔と


そして声





おや、何で逃げるの?待ってよクリスく〜ん」





二人の駆け足が速度を増した











「…ようやく 目的の壁にたどり着いたっすね」


「ええ、長かったです」





毒の煙幕の罠で、数多の異形を見事一網打尽にした
シュドとフリッセだったが


この場所に到着するまで やはり苦労を重ねたようだ





「なーんかヘンな模様っすね、この顔っぽいトコの
眼の部分 三つの目がつながってるヘコみあるっす」


「恐らくはここへ 何かを入れるんでしょうね」


「っすね…ん?シュドさん 今何か言いました?」





訊ねられ、彼は眼をしばたたかせる





「へ?いえ何も…」


と、派手な物音が黒い壁を越えて響き渡る





「…壁の向こうから音、したっすね」


はい 僕にも聞こえました」





壁へ寄り添い、耳をそばだてていると


物音が段々と近づいてくるのが分かる





「この向こうで一体何が起きてるんでしょう?」


「さあ…でも、音の正体が悪モンから逃げてる
石榴さん達とかっしたら一大事っすね」





フリッセの予想は、ある意味で正解だった







「来るんじゃねぇ〜!」


ギャー!シッポがこげたニャ!?」


「アッハハハハ〜逃げても無駄だよ〜?」





聞き覚え満点の声が、騒音を引き連れて壁まで寄ってきた





うげっ!?こっちは行き止まりかよっ!!」


「い、いやニャー!!早くここからはなれるニャー!!







ドタバタとした足音とその叫び声だけで
壁の向こうの状況が、二人の脳裏で描かれる





「……何か、開けた方がいいのは分かってるんすけど
開けたら僕らが危ない気が、すごくするっす





怯えを宿す彼女へ 小さく頷くシュドもまた
似たような面持ちであった





「そう…ですね…」





駄目押しとばかりに、ルーデメラの言葉が響く





「もー人の顔見て逃げるなんてヒドいね君達って
さあ、身を犠牲にして僕の傷ついた心を癒してね♪







壁一枚を隔てた空間を振るわせる 音と悲鳴を聞きながら


シュドは手を合わせて、成す術なく震えるしか無い
自らを恥じながら懺悔し


身を縮ませたフリッセは、罪悪感からか耳を塞ぐ







……二人にとって 長い長い時間が過ぎ去って


辺りが静寂を取り戻した事に気づいて
フリッセは 壁に向かって問いかけた





「め、魔術導師様?いらっしゃいますっすか?」


「…その声、フリッセかニャ?」


シャム君!あの…ゴメンなさい、大丈夫でした?」


「ニャんとかニャ 石榴がオトリに
ニャったおかげでどーにかオイラ助かったニャ」


「スンマセン、説明お願いするっす」





壁越しでのシャムの話によると





彼と石榴は迷宮となっているフロアを


ルーデメラの猛攻を、行ったり来たり戻ったりしながら
必死にかわし続けていた





普段と変わりの無い攻防戦が長引くに従って


痺れを切らしたルーデメラが適当な所へ追い詰めたが


それでもギリギリの回避を見せる彼らへ業を煮やし
石榴へ狙いが定められた、故に







「セトギワですり抜けた石榴をルデメが追ったのを
見計らって、オイラやりすごしたニャ」


「って…それじゃまたハグれるっすよ!?」





焦るフリッセと対照的に、シャムはあまり
心配した風も無く答える





大丈夫ニャ!あの二人ニャら多分生きのびれるし」


「そうかもしれませんが、この場所でお二人を
探し出すのは困難なのでは…」





困惑するシュドの言葉が終わる前に





「そうでもないさ 地図がある」





少し気だるさを含んだ、低い声が滑り込む





「カルロスさん!ご無事だったんですね?」


「まあな…眠いが、無事だ」


「なるほど、とりあえず何とかなりそうっすね
…したら僕らはこの壁何とかしなきゃっす」


「そっちにクボみがあるニョか〜こっちじゃ
ただのカベ ニャのに…まあいいや、まかせたニャ」





シャムとカルロスから、壁の仕掛けについてと


対峙しているのが 情報屋の教えてくれた
"術を施された壁"の最後の一つだと聞いてから





よっし!ガゼンやる気が沸いてきたっす!
ここに印をつけて早速石探し出発っすよ!」






彼女の両目に、意志の炎が灯った





「しかし…ここまで来るのにかなり時間がかかってしまってますから
この迷路の中、目的の品を見つけるまでどれほどかかるか…」


心配ないっすよ!こーいう仕掛けに必要なモノは
案外近くにあったりするんすから!」


「…それって、また"カン"なんでしょうか?」


「そうっすよ 僕のカンは当たるんすから
信じてほしいっす!」


ドン、と胸を打つフリッセへ





シュドはくすっと笑って答えた





そうですね、行きましょう…お二人は僕達が
戻るまでその場にいてください」


「分かった ついでに少し眠るか」


「ニャるべく早くもどってきてニャ」


「了解っす!」





自信満々な宣言を残して 二人は壁の仕掛けを
解くための"カギ"を探して通路を引き返す








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あとがき(というか楽屋裏)


石榴:俺、今回もロクな目に合ってねぇ…(げんなり)


シャム:元気だすニャ石榴(肩叩く)


フリッセ:気を落としちゃダメっすよ!きっと
石榴さんにもそのうちいーことあるっす!!


シュド:無事この事件が終わったら、おいしい
お料理を精一杯振舞わせていただきますね?


カルロス:秘蔵の酒で、一杯やるか?愚痴も聞こう


石榴:……何でだろう お前らの優しさが辛い


狐狗狸:次回までガンバ、石榴ん(生贄的な意味で)


石榴:カッコの中が具体的なんだよテメェ!(血涙)




だって皆、あのルデとは合流したくな…ゲフン


ようやく次で全員合流!そして、更なる展開へ…!