夏休みも佳境に入ってか、はたまた温暖化の影響か


このところ蒸し暑かった気候が更に蒸し暑くなり


家の中はクーラーを利かせなければ人が
溶けるのではないかと錯覚する程に熱がこもって





それでも尚、利きが悪かったり元々故障などの
トラブルに見舞われている家の人間は

必然的に涼しい場所へと避難する





あ゛ー最悪だ こんなくそ暑い日に限って
クーラーがいかれちまうなんて…」





もちろん、神社のご神木に寄りかかるという

やや罰当たりなコトをやらかしてる、うっすらと
緑がかった黒髪の青年


緑簾 石榴(リョクレン ザクロ)も例外ではなかった





周囲の空気は熱気を帯び、景色が歪んで見えるけれど


お社の周りは、木が生い茂っているのと
普段から人気がないせいか 実に涼しいようだ


セミの鳴き声も心なしか心地よい





「そういや この神社に寄って
あの世界に落とされたんだよな…」


眼を細め 石榴はちらりと神社の裏手を見る







高三の夏の初め、彼はひょんなことから
この神社の裏手におびき出され


別の世界である「ラノダムーク」へと招聘された





成り行き上、その世界を平和にした後

石榴は自分の世界へと戻る事が出来たのだが





その際…ある"魔導師"の術により


ラノダムークとこの世界とを繋ぐ


石榴と彼だけが使える"通り道"が、神社の裏に
生み出されてしまい





それを利用して今でも ごくまれに彼が現れる事がある







「…面倒くさい事に巻き込まれないうちに、帰るか」





おもむろに呟き、立ち上がった石榴が目を見開く





神社の裏から現れた…見知った顔に驚いて











〜No'n Future A外伝 第一話「非日常の誘い」〜











―数日前のラノダムークにて





「…さん ルーデメラさん、聞いてますか!?


「えっ?」





パイラにある自らの研究棟に引きこもり


新しい魔法の習得に励んでいた"ルーデメラ"
現実に引き戻したのは、耳元で叫ばれた大声だった







ルーデメラはその声の主である"青年"へ微笑み





「ああ、お客さん いきなり僕の鼓膜を
破るほどの声を出してどうしました?」


「僕かれこれ三十分くらい叫んでっすけど…
まぁいいす、とにかく頼みがあるんですよ!





"青年"は必死の面持ちで彼へと取りすがる





薄茶色の短髪とやや幼さの残る顔立ちではあるが


丈はすらりと高く、引き締まった体躯を
硬質の素材で出来たプレートメイルが覆い


背負ったロングソードと腰のショートソードは

手入れは行き届いているが年季はやや浅い


両耳に自然石らしきピアスが下げられていても


必要以上の飾りと装備のない身軽さは
旅の傭兵か、冒険者を思わせる





「頼み、ねぇ…誰に聞いてきたか知らないけど
どこの誰か分からない相手の話を聞く気は無いよ」


「だから僕はフリッセ=ローシェンっつって
クレスト=ウェルシュ様の一番弟子なんですって!」



「クレスト…ああ、"キラードッグ"って二つ名の?」


そうっす!やっぱりご存知ですか!!」


「まあ、ウワサくらいは耳にしているさ」





その発言で、途端に翠色の円らな瞳をキラキラと
輝かせながら打ち震えるフリッセに


髪と同じ色の犬耳と尻尾の幻影
見えた気がして、ルーデメラはクスリと笑った







人に流布される"キラードッグ"の呼び名は


十数年ほど前まで存在し、魔道技術の最先端を
誇っていたクゥエルカソーク王国にて


正規の王国軍の魔導師として属していた頃の名残り





国が消え、フリーの身となって放浪する彼は


二つ名付きの魔術導師になれる程の実力者で
ありながら一介の魔導師として行動する事を好み


世界を巡って、人々を助ける旅をしているとか







両者の大体の関係を理解して ルーデメラは問う





「それで?著名な魔導師の一番弟子さんは
たった一人で、何の用かな?」


そーなんすよ!もう大変なんす!!
クレスト様が行方不明になっちゃって!!」






心当たりがあってか、少しだけ
ターコイズブルーの瞳に興味の色が宿るが







大まかな概要を聞き終えると





彼は、気だるげにそっぽを向く





「なるほどねぇ…わざわざご苦労様

でも生憎、僕はこれから実験の為にクリス君を
連れてこなきゃいけないから忙しくてね♪」





考案した術の人体実験の方が、持ちかけた
案件より重要視されていると知って


フリッセは涙目になりながら袖に縋りつく


クリスって誰っすか!?こっちは
急を要するんすよ!頼みますよ魔導師様ぁ〜!!」



「言っとくけど僕は
"魔術導師(メイストリード)様"だからね?」


「うぅ…こ、こうなったら背に腹は変えらねっす
魔術導師様 と、取引しませんか!







決意を秘めた面持ちでフリッセが持ちかけた
"取引"の内容は


渋っていたルーデメラが、あっさりと
手の平を返すに十分の価値があったようだ





「……その言葉、間違いないだろうね?」


「はい!僕の命にかけて誓いますっす!!」


「それじゃ、引き受けさせてもらおうかな

こっちも準備とかもあるから 君には知り合いの船で
待機していてもらうよ?」


「っはい!ありがとうございますっす!!」





手短に"ある船"の場所を告げられたフリッセは


深々と頭を下げ、ロングブーツで全力疾走し
彼の研究棟からあっという間に姿を消す





「さーて…まずは情報収集ってトコかな?」


呟き、ルーデメラは行動を開始し





それから…数日が過ぎて現在時間に戻る―









長くなったがつまるところ、現実世界の
石榴の前へ姿を現したのは





紛れもなく 迷惑千番腹黒魔術導師
ルーデメラ=シートルーグイなのだった







「なんだってこのタイミングで出てきやがるんだ
今すぐUターンして帰れ腹黒緑頭!!


そして久々の再会の第一声は、罵声である





異世界へと飛ばされた時も 戻ってから
訪れた時にもルーデメラに関しては


ヒドい目に遭わされた思い出の方が圧倒的に多い





だからこそ石榴は、再会の喜びではなく


遭遇の嫌悪と恐怖を有りったけ
釣り気味の目に込めて睨む





「遥々来たのに帰れはヒドいんじゃないの?」


やかまし黙れ、そういつもいつもお前に
好き放題される俺だと思ってんのか!」


「ハイハイ言い訳お疲れ様…それよりクリス君
ヒマならこっちで過ごしてみない?」


「はぁ?」





きょとんとする相手へ、ルーデメラは
柔らかな笑みを浮かべながら続ける





「ちょっと話したい事もあるし、たまには
ラノダムークで皆と話すのも悪くないだろ?」







言われて、石榴はしばし考える





大学も夏休みに入り 両親は相変わらず海外から
たまにしか帰らず実質一人暮らしに近い生活で


単位を取りはぐれてるワケでもなく


友人のつてでバイトでも始めようか、と

考えるくらいにはヒマを持て余してはいる





ラノダムークでの思い出も悪いものばかりではなく


仲間達にも久しく顔を合わせてないため
旧交を温めあうのもやぶさかではない





…のだが





呼びに来たのが"ルーデメラのみ"と言う事実に

彼の中の何かが警鐘を鳴らしてもいた







しかし、それ以上考えるヒマは奪われた





「これ以上手間取らせるんだったら
動けなくしてでも強制的に連れてくよ?」


「…行けばいいんだろ、この極悪魔導師!!


微笑をたたえての脅迫に、石榴は否応無しに
屈し そのまま連行されていく





涼んで戻るつもりだった彼は


腰に下げたウェストポーチの中をチラリと覗く





…中には、携帯と小銭入れと銃のキーホルダー


そして 七色に光る"宝珠"が治まっている





「こいつを使う面倒が起きなきゃいいが…」











"通り道"を潜って、一隻の海賊船へと到着すると





甲板には作業をする数人の海賊達の他に


船長と思しき人間と緑衣に身を包んだ少年
そしてフリッセが二人を出迎えるべく待ち構えていた





「おっシュド!お前も来てたのか!!」


「お久しぶりです石榴さん、ルーデメラさん
またお会い出来てうれしいです」


所々がカールしたショートの金髪を
礼儀正しく下げて、"シュド"が告げ





隣に居た 右眼に眼帯をつけた長い銀色の
三つ編みを下げた長身の男が


左手の義手を口元に当てながら欠伸混じりに続ける





「こうして揃うのも、久しぶりだな…」


「ってオイ、頼むからここで寝んなよカルロス
出会い頭に面倒はイヤだからな」


「分かっているさ」





静かに"カルロス"が答えた直後、二人のやり取りを
見守っていたフリッセが声を上げる





うわぁホントだ!異界の人なのに
言葉通じてる!!スゴいスゴいスゴいっ!!」



うぉ!ビックリした…つーか誰だアンタ」


「あ、スンマセン申し遅れたっす
僕はフリッセ=ローシェンっす、よろしくっす!


笑顔と共に白銀に輝く篭手をまとった右手を
差し出され、石榴はやや戸惑いつつも握り返す





「おう、よろしく…俺は緑簾 石榴」


石榴さんっすね!お世話になりまっす!!」





ブンブンと力一杯握手された後に解放され

余計に面食らいながらも彼は訊ねる





「えーと…何だよコイツ?」


「それはこれから説明するさ」





軽く言われ、眉間にしわを寄せてから


石榴はこの場に一人足りない事に気がついた





「あれ、シャムは…?」


「シャム君は…おそらくもう少ししたら
来ると思います」


「「何かあったのか?」」





妙に歯切れの悪いシュドの返答に、石榴と
カルロスの問いがハモる





「実は…」


「あのースンマセン、シャムって誰っすかね?」





手を上げてのん気に言ったのは
ただ一人"シャム"を知らないフリッセ





「あ…すみませんフリッセさん、シャム君に
ついては後でお話しますので 今は説明させてください」


「了解っす!」





元気よく答えたフリッセへ会釈をしてから

シュドは気を取り直して言葉を紡ぐ





行方不明事件の情報集めをもう少し
ガンバってくるからって、言ってました」


「行方不明事件ん?」


「知ったのは僕もつい最近なんですけど
各地で、行方不明になる人が増えてるらしいです」


そーなんすよ!僕もあちこちでそれ聞いて」


「ハイハイ、黙っててくれるかな?ワンコ君」


「フリッセっす…」





思わず口を挟んだ"彼"は、注意されて
少しだけシュンとした様子でうな垂れる





「ええとそれで…シャム君の所も仲間の人が
何人かいなくなったらしくて」


「なるほどな、それで熱心に情報集めか…
行方不明になったヤツは戻ってこねぇのか?」


「いや…戻ってくるコトもあるらしいが
当人には、その間の記憶は無いと聞いている」


「なんだそりゃ まるで誰かに操られて…」


言いかけて、石榴は言葉を途切って

ルーデメラの顔を見やる


他の皆も釣られて 彼へと視線が集まっていく





「おいルデ、まさかテメェの仕業じゃねぇよな?」


ええっ!?ま…まさか魔術導師様が
今回の事件の犯人って言うんすか!!?」


石榴の発言を真に受け、フリッセが慌てふためくが





「お二人とも、さすがにそれは無いですよ」





打ち消すようにシュドがそう言い放った





「…ま、そーだよな コイツがそんな
ロコツに怪しいマネするワケねーよな」


「当たり前だろうクリス君、全く…君のつまらない
冗談のせいでワンコ君が混乱してるじゃない」





担がれたと気付いて、オロオロしていた
相手が急に怒りを露にする





カンベンしてくださいよ!
こっちは人命かかってるっすよ!?」



「分かった悪かったって…って、人命ってコトは
お前も誰か知り合いが?」


「はい!クレスト様がいなくなったっす!!」


誰だよソレ、と問いかけるよりも早く


取りまとめるようにルーデメラが言い放つ





「とりあえず、何かが起ころうとしているのは
間違いないと見ていいだろうね」


「そうだな…まずはシャムが戻ってから
今後の事を話し合う必要あるな」


「そうですね」







ここまで来れば、何やら事件に巻き込まれて
しまっている事に 誰もが嫌でも気付く





「またロクでもねぇコトになってきやがったぜ…」


「いいじゃないかクリス君、あの頃は
これくらい日常茶飯事だったろう?」


「お前が言うなタレ目魔導師っ!」





当人にとって懐かしくも忌々しい掛け合いが
繰り広げられようとした矢先





「おまたせだニャ〜!!」





甲板に、猫耳の少年が飛び乗ってきた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:かなり久々リターンですが、ノンフュの
外伝長編の始動をここに宣言します!


石榴:色々とツッコミてぇトコだが コレ
始めていいのかよ?確か他のヤツとの合作だろ?


狐狗狸:ええ、昔やったMとのメール長編が原作です

しかしそのまま出すワケにもいかんので色々
改変とか加えるため 展開は若干新しくなりますね


ルデ:内輪のネタとかあっちのキャラの話も
混じってるからね、にしても…人の作品に
手をつけるなんてよっぽどネタが無いんだね


狐狗狸:グハッ…年月経っても容赦ねぇ(吐血)


石榴:コイツに求めんなそんなモン、つーかよ
大学生にもなってファンタジーとかねーだろ…


ルデ:諦めが悪いよクリス君?
僕と君との仲じゃないか ハハハハハ(爽)


石榴:その笑い顔やめろマジ腹立つ!!




戻ってきても相変わらずのテンション
お話をお送りさせていただく所存です


次回、現れた少年のもたらす情報は…?