風を感じて、光の中で閉じていた目を開き





んあっ…暗ぇ…」


思わず叫び 目を細めながら石榴は辺りを見回す





段々と焦点が定まり、周囲の物体の輪郭が
分かるようになってきて





「戻って…きたのか?」





今いる場所が 初めに訪れたあの神社の裏手だと気付く







あの時に見た"怪しげな黒い空間"はもうどこにも無く


シン…と静まり返った、人気のない裏手の草むらを
そよいだ風が揺らしていき


沸きだすようにして辺りの樹木からセミの音が聞こえて





「……そういや今何時だ!?」


我に返った石榴が 側に落ちていた自分のカバンから
携帯電話を取り出して表示を見る





ぼんやりと光る画面に照らされた表情は

分かりやすく歪み、青ざめていた





「あの出来事も 夢じゃ…ねぇな」







初期設定のままの時刻と日時はハッキリと


引き込まれた日から、丁度三日たった日の夜を表示している





「夢であって欲しいな…絶対こっちじゃ
何か騒がれてんだろーなー」





ウンザリしたように大きく溜息をついて


足元に転がる七色の宝珠を拾い上げると
カバンの中に突っ込んで、立ち上がる





「とにかく…戻ってきたんだ 俺の世界に











〜No'n Future A 最終話「他世界の現実」〜











人気のない神社の裏手を離れて

石段を降りてる途中で、携帯電話が着信を告げ


足を止めてボタンを押した石榴の耳に





『あ、もしもしクリス〜おとといはゴメンな!』





やけに間延びした虎目の声が響く





「え…虎目?どういう事だよ?」


アレ?メール届いてなかった?
四日前"お前ん家に宿題写さしてもらいに行く"って
約束してたじゃん 道端で』







言われて記憶を辿り、どうにか"四日前"の
路上のやり取りを思い出して


彼は曖昧に相槌を打つ


「あー…ああ、そうだったな」


『だけど帰ってから急なバイト頼まれてさ〜
今日までずっとヒマが出来なかったんだ』


「またかよ、つーか毎度毎度お前一体
いくつバイトかけもちしてんだっつーの」


『いやーははは あ、でも基本は学校と部活
優先させてるから問題ナッシング!


「あるだろ!つかもう三年だってーのに
どんだけどっしり構えてんだよお前も!!」






などとツッコミ入れている石榴にしたって


特に頭のデキはいいわけでもないが

悲観するほど不出来でもないし


希望する進路もなりたい目標も無いまま

ぼんやりと夏を過ごしていたわけだが





『って事で、明日宿題写させてもらいに行くから
よろしくな〜クリス!』





のほほんとした通話を終えてメールを確認すれば


確かに、三日前の日付で
虎目から断りのメールが入っていた







…ついでに海外へ赴任していた両親の内


母親だけが、本日だけちょっと戻ってくると言う
報告のメールも目にして彼は再び硬直する





「げ…母ちゃん帰ってくんのか!?





慌てて石段を駆け下りて うっすらと
昼間の熱気を孕んだ夜空の下を石榴は走る









簡素な家のドアを空ければ





「あらお帰り石榴、帰ってくるなら
連絡ぐらい寄越しなさいよね?」


予想とは裏腹に、居間でのんびりとコーヒーすすって
TVを眺める母親の姿があった





息を切らしながら呆然とした顔で入り口に
立ち尽くす息子を、彼女は訝しげに眺めて一言





何よ?あんたメール見たんじゃないの?」


「いや見たけどよ…つーか母ちゃんいつ帰ったんだよ」


「そうねー、大体午後二時半か三時ぐらいに
ウチについたんだと思うけど?」


「ああそう…にしても俺がウチにいなくて
連絡も無かったってーのにくつろぎ過ぎだろ」





信じられない、と言いたげな台詞に


あまりにもあっけらかんとした言葉が返された





「どーせ虎目君となんかやってたんでしょ?
夏休みなんだし、そんなにうるさく注意しないわよ」





親ながらアバウトだと思いながらも


訂正するのも面倒で、石榴はしぶしぶ頷く


「ああ、まぁな…」


「でも 事前に一言言うくらいはしなさいね
男の子って言っても、一人でウチにいる事多いんだから

最近は特に物騒だしねぇ」


「そう思うなら、どっちかが家に定期的に
帰ってこれるようにしろよな」


「しょうがないでしょ?あんたには悪いと思うけど
仕事でこうなっちゃったんだから」





それは今に始まった事ではないと分かっていながらも





少し不満げに黙り込んだ息子へ、彼女は
小さく苦笑して続ける





「まあ、私の方はもう少し落ち着いて来たら
また家で家事に専念出来るようになるわよ」


「家にいた時もそんなに熱心に家事やってね、痛っ


全く いくつになっても生意気なんだから」





軽く頭を小突いた母親の後ろで


TVからは、映画のワンシーンが
流れている事に気付いて石榴は視線を向ける







やっていたのは剣と魔法の世界を舞台にした
典型的な"ファンタジー"の物語だった





「あ…ゴメンゴメン、たまたまやってて
あんたいなかったからついね」





申し訳無さそうに言って彼女はTVの電源を







「別に消さなくていいから」





ピタリ、と指先が止まり 母親は驚いた顔で
彼へと振り返って言った





「…あんたがそう言うとは思わなかったわ」


「いや…まあ、見たいなら俺は止めないし」





素っ気無いながらも、放たれた言葉には
嫌悪の色は微塵も無くて


それが余計に彼女を驚かせた





石榴 あんた少し見ない内に変わったわね」


「……かも知れない」





内心で仲間達の顔が 浮かんで消えて





我知らず微笑んだ石榴が、気を取り直すように
不思議そうな顔をする母へと問いかける


「母ちゃんはメシ、何か食った?」


「まだだけど 作ってくれるの?


「レトルトの用意ぐらいなら今からやる」


「マズくてもいいから手料理にしてよ〜」





ハイハイ、と適当に相槌を打ちながら


冷凍庫の引き出しを開けて食品を選びつつ
彼は自らの世界へ戻った事を改めて実感していた









翌日、宿題を写しに来た虎目へ
口裏を合わせてもらう約束をどうにか取り付け


数日の滞在を経て 再び仕事場へ戻る母を見送り







「じゃーな〜クリス、また学校で!」





夏休みも終了し、舵取高校の始業式も
無事に終えた帰り道にて虎目と別れ


いまだに熱さの残る路地を歩いていた石榴の目に


あの神社の石段が飛び込んできた









「…あっちじゃ冬だったってーのに
ここじゃ暑いだなんて、まーだ信じらんねぇなぁ」





思わず境内まで登って 彼は額の汗を拭いつつ呟く


辺りの木々からセミの鳴き声は聞こえていても

相変わらず神社に人気は無く、塗装の剥げた鳥居と
社が古さを漂わせている





ともすれば夢を見ていたような
ラノダムークでの旅の日々を証明してくれるのは


自らの脳裏に残った記憶と


カバンの中に入れっぱなしの宝珠のみ








「もう…アイツらとは会えねぇんだよな……」





茶褐色の瞳が寂しげに、神社の裏手へ注がれる







色々と大変な目にも会い 迷惑を被られて
一日も早くこの世界へ帰る事を望んでいたけれど


反面、仲間達と築いた思い出は楽しくて

何者にも変えることなど出来なくて





もう少しだけ"あの世界"を受け入れれば…と


密かに後悔の言葉が頭を過ぎる





「って、もう終わっちまったコトをいつまでも
引きずってらんねーしな」





かぶりを振って、帰ろうと神社に背を向けると


石榴は石段に足をかけ……











おや?そこにいるのはクリス君?」





耳に馴染んだ声が背後から聞こえて


反射的に振り返った石榴は、神社の裏手から
ひょっこりと姿を現したルーデメラを見て


目をこれ以上ないほど大きく開いて叫んだ





「るっるるるルデ!?

何でお前がこっち来てんだよ!!?」



「やっぱりクリス君か てゆうか何その服
いつも着てるのよりダサくない?その柄」


るせー!ウチの高校のブレザーはみんな
こういう柄なんだから仕方ね…じゃなくて!


「ああ?僕がここにいるワケね、ハイハイ」





驚く彼を他所に いないハズの魔術導師は
軽い口調で語り始める





「実は術を使ったあの後さ〜アイツのちょっかいの影響
世界に綻びが出来ちゃったらしくてさ」


「ほころびぃ?」


「そっ、最初に君と聖戦跡地のガレキで
会った時のコト覚えてる?」





短く頷いたのを見て取り、ルーデメラは言葉を続ける





「その時アイツが時空を干渉して作った"通路"
繋がったまま残されちゃったわけ」


「何じゃそりゃ…つーかそれって
あの世界の奴らがここに来れるってコトか!?」


安心しなよ 時神サマから干渉する力を
分けてもらった僕か、アイツの力を受け継いでる
君でなきゃ"通路"を開けないらしいから」


「それ…嘘じゃねぇよな?」


「片方は実証済みだし、それにマイナーと言えど
あの神サマが嘘を吐きはしないだろう?」







不敵な笑みはいつも通りながらも





「…それもそうか」


蒼色の瞳は口調よりも真面目であると気付いて
石榴は納得したように返す





「時神サマは当然その綻びを修復して塞ぐらしいけど
色々あって時間がかかるらしいからね…

ま、伝言ついでに利用させてもらおうかな〜と」


「伝言?」





首を一つ縦に振り、彼は柔らかく笑んで言葉を紡ぐ





「泥棒猫君も天使君も 船長さんも皆
君にまた会える日を楽しみにしてるってさ」






「…何だよ、会いに行っても大丈夫なのか?」





自信なさげに 石榴がぽつりと呟く





「今まで一緒に旅してた仲間に対して
ずいぶんと冷たい言い草だねぇ クリス君」


「いやでも、俺とお前らは生きていく世界が」


「例え生きていく世界が違うとしても」


相手の言葉を遮ってから、真っ直ぐに目を見据えて





「仲間や相棒と話をしたいと会いに行く気持ちは
どの世界でだって同じだろう?」






ルーデメラはそう言ってイタズラっぽく微笑み


「というわけだから"通路"が使える間
そっちの世界の勉強ついでに、君をラノダムークに
呼ぶ事もあるから覚悟しといてよ?クリス君





指で作った銃で 石榴の胸を仕草で撃ち抜いた







しばらく呆気に取られていた石榴は


やがて…苦々しく笑って こう返した





「折角ワケわかんねぇ奴等と縁切れると思ったのによ
これだからファンタジーは…








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:と、まあご都合も含まれつつ色々と
ドタバタしてたファンタジーもこれで終わりです


全員:ありがとうございました〜!!


石榴:つか第一話書いてた当事に携帯使ってねぇのに
今回で出して違和感ねーか?


狐狗狸:いいじゃん別に高校生なんだし
それに、君は通話とちょっとのメールしか使わんしょ


石榴:あーうん、まあな…


ルデ:所で僕ら側の方はどうなってるわけ?あの後


狐狗狸:君らスタメン勢のその後はまあ…


シャムはカルロスの船で海賊として働く事を決意して
スリーパーズと海や港町やら巡ってます


シュドはリドットの森に戻っておばあちゃんに
これまでの話をしていると思います…ただ
修行の為に各地を巡礼する予定はあるようですが


石榴:で、ルデはあの研究棟に入り浸りか?


ルデ:そーいう事♪せっかく作ってもらったしね
たまにメリーが訊ねてきてくれるよ


狐狗狸:そっかそっか…で、あのールーデメラ君
いそいそと用意したソレはなぁに?


ルデ:あとがきが終わったら君ら二人に
協力してもらいたくてね、この魔法道具の効果の


二人:絶対やだ!!


ルデ:ハハハ、拒否権なんか無いよ?


石榴:あーもうこれだからファンタジーはぁぁっ!!




ノンフュはこれで本当におしまいですが
機会があれば番外や短編で書くと思います


皆様、このお話に長々とお付き合い頂き
本当にありがとうございました