気がつくと石榴とルーデメラは
白だけが埋め尽くす空間に立ち尽くしていた





「…ん?何だよここ」


「さぁね、僕に聞かれても困るんだけど」





辺りを見回し、少し歩いてみても


視界に入るのはただただ白の連なりとお互いのみ







「ボロボロだった身体が治ってやがるし
ひょっとして…俺ら、死んだ?


「にしては英気に満ちすぎてる気もするけど」


「だよなぁ……まさかここがあの野郎に
取り込まれた先とかっつーオチだけはイヤだぞ」


げんなりと言った石榴の一言に





『安心してください…ここは仮想空間の一つ

神や精霊の住まう世界の、狭間のような場所です





涼やかな声だけが答えを示した







「誰だっ!?」





鋭く誰何するも 二人の周囲には互い以外の存在は
影すらも見当たらない





空間に再び、涼やかな声だけが響き渡る





『わ、私はあなた方が"神"と呼ぶ存在の一人ですぅ
怪しいものでは無いのですが…』


「そう言うセリフは姿の一つも見せてから吐け」


『すみません、そう言われましても身体を構築するまで
もう少し待っていただかないとぉ…あなた方の力と姿を
復元させる方に優先してしまったので』





言われて、彼はもう一度自分の姿を見直す





折れていたはずの肋骨や受けた身体の諸々の傷が
治っているのは始めに気がついていたけれど


擦り切れ、自らの血で汚れていた筈の服まで一緒に
復元されていた事に改めて気付いて目を見張る








「神かどーかはさて置きスゲェ力を持ってるのは確からしいな

…でもそうするとアンタはいつから
俺らを見てたんだ、その間はどこにいた?」


『いえ、いましたよぉ 先程まであなた方の目の前に





発言の意図が理解できずに首を傾げる石榴に変わり





「君もとことん鈍いねぇクリス君…」


ため息混じりに、ルーデメラが解を示す





「大方、アイツの依代に使われていた時神
"ラクリィミィロワー"ご本人ってトコじゃない?」


『お恥ずかしながらその通りですぅ…あの戦いの際に
殆ど奴に力を持っていかれてしまって…


あ、もうしばらくしたら回復するので
それまで顕現もお待ちいただけますか?』





どこか気の弱そうな物言いに 不承不承ながら
相手を信用する事にしたらしい石榴だが


くるりと辺りを見回し、退屈そうな表情で
その場に胡坐を掻いて座り込む





「けど待つっつっても…こんな何もねぇ空間でか?」


「何なら時間潰しに新しい道具でも…って
道具までは復元されてないの?」





袖口などを探り 目当てのものが見つからず
やや気落ちした風に溜息をつくルーデメラもまた

適当に腰を下ろして座り込んだ


…実はこの瞬間、石榴がこっそり胸を
撫で下ろしていたのだがそれは気付かれてないようだ





悩むような空白を置いて"神"は二人へ言った





『それでは…お待ちいただく間 覇王と呼ばれた
あの魔が現れた経緯をお話しましょうか』











〜No'n Future A 第六十四話「本当の終焉」〜











前置きとして語られたのは、ラノダムークでは
当たり前のように語り継がれた伝承





ある時 神が落とした果物の実が大陸となり

果汁が水へと変わって川や海に、へたや皮が樹木などを象り


そして 残った種の一つが人となった





『成り立ちについてはこの話が一番よく語られていますが

ともあれぼっ、私やラノダムークで崇められる神々は
出来たばかりのその世界に訪れ 様々な祝福を与えました』





それによりラノダムークは成長と発展を繰り返し





様々な国や文化や歴史…更には魔法などを生み出していった







『でも…ある時 私達の世界でも争いが起こり

そこで流れた憎しみの血が、魔物を生み出しました』





元は人と変わりが無いが 成り立ちにより闇を帯びた
似て非なる眷属達もまた進化と繁栄の道を進み


魔物による争いや略奪なども日常となっていった





それでも神々の遺した、または伝えた力は絶大であり


蔓延っていた魔物達の中にも畏怖すべき存在も
まだ確立されてはいなかった為


騎士や剣士などの武人 魔導師や魔術導師などの
魔術を扱う者により退けられ、

世界の均衡は何ともいえない絶妙な状態で保たれていた







『それが崩されたのは…"赫眼の覇王"が生み出され
力を増幅させた魔物達の指揮を取ってからですぅ』





…元々 覇王は大昔からいた闇の魔族
一匹に過ぎない存在だった





他者に憑依し、成りすまして力を吸い取る


ただそれだけの魔をある時望んで受け入れたのが


人に拒絶され狂気に取り憑かれた一人の魔術導師





『その者が何を思ったのか、僕には分かりませんが

…奴の始まりはそこからだったようです』







その先に語られる言葉は いくつもの伝承や
人々の記憶などに残されたものとほぼ一致していた





"赫眼の覇王が魔物を操り、魔の本性と
負の力でラノダムークを覆い


滅ぶ身体を次々と移り変えながら


悠久の時を 絶望に変えた"







「そして僕のご先祖様が、神様の手助け
アイツを退治しに行って…現在に至るわけか」


『ええ、手助けしたのは別の神ですけどね

僕もお恥ずかしい事に力が弱った隙をつかれ
邪悪なる者に身体を乗っ取られてしまって…』





時神の意識を押さえ込んだ覇王は、時をかけて
少しずつ力を蓄えながら…待ち望んでいた


世界を侵食する機会と 復活の機会を





『だからあの者を滅ぼしてくださったお二人には
本当に感謝しておりますぅ』






響き渡る声がその一言を境に重みを増した







白い空間の、二人の前ににじみ出る様に現れたのは


黄色が基調のどこか古めかしくゆったりとした服装で

金とも銀とも言い辛い髪色の 一人の青年





ありがとうございます…お陰で僕は
じゃない 私はようやく本来の役目を果たす事が出来ます』





にこりと笑んだ瞳は紫と緑がかった茶のオッドアイ


しかし際立って目立つのはその部分だけで

後は顔も髪型も体型も全て、どこにでもいそうな
見本の如き"ごく平凡な青年"





だからか 返って髪と目の色と服装だけが
妙に浮いているような印象が強かった





「…なんつーか、妙に外見がケバイ神様だな」


「マイナーなのは悪趣味な外見が原因かもね」





両者の視線にやや複雑そうな表情を浮かべつつ


『うぅ 外見については構わないで下さい…

ああそうだ、コレを先にお返ししますね』





言って彼が差し出した手の平には、不思議な光彩を
内に秘めた魔力球…


取り戻そうと彼らが目的にした魔法道具があった





「おぉすっかり忘れかけてたぜ!ありがとな神様!」


受け取り、ぱぁっと目を輝かせて喜んでから





ふと頭に浮かんできた疑問を石榴は口にする





「ってそーいや、アイツがくたばった後って
城とかはどーなったんだ?」


『あの城は 奴が空間を歪ませる程の力
持ってして具現化し、作り上げたものでした


なので奴を滅した時点で空間ごと消失しました…

ただ、あなた方だけはぼ…私の力でここへ
避難させていただきましたが』


「そいつぁスゲェな…あ!それならアンタの力で
俺を元の世界に戻してくれた方が話が早いんじゃ!」





名案を思いついたと言わんばかりの相手に対し


しかし神は、残念そうに首を振る





『全盛期ならまだ望みはあったんですが…

正直今の私ではこの空間と、係累のあるラノダムークしか
時空を経由することは出来ないようですぅ』


「ちっくしょー…そんな上手くはいかねぇか…」


『スミマセン もう少し力が戻ったならいつか
あなたを元の世界へ戻せますので、今はラノダムークへ』


言いながら、すっと手を動かして
二人を転移しようとしていた時神の動きを





「待った 一ついいかな時神サマ?」


滑り込むような静かな声音と鋭い蒼眼が留めた





「神の世界で何が起きたのかは知った事じゃないけど
君が覇王なんかに乗っ取られたせいで、クリス君も
僕も大変な迷惑を被ったんだよねー」


『え あ、その ごごごごめんなさ』


「幾ら神様だからって謝ってすまないでしょ?」





浮かべているのは人当たりのよい笑顔だけれども


裏腹に言葉が辛辣で、容赦なく相手を責め立てるのは

共に旅をした彼が知った手口だ





「感謝もしてるって言ってたけどさ…
形だけじゃない誠意って奴を示してもらわないと、ねぇ」


『あううぅ…どっ、どうすればいいんですか?』


「簡単な事さ 時神サマの持つ"時空への干渉力"
今と僕が望む時にだけ、ほんの少し分けて欲しい」





要求に目を丸くする神様当人を無視したまま





「そうすれば、ミッシンガルティモルでクリス君を
元の世界に戻せるし 僕も研究がはかどるし…


ほんの少しだけなら世界の均衡も崩さないから
丸く収まると思うんだけど?」


清々しいまでに淡々と、自らの利益と都合を
並べてまくし立てて 魔術導師は微笑で締める





「お前その術は成功した事がねぇって…」


普通はね やたらと条件が多い術だから

でも僕は元々それを利用して魔術銃を消し去る
術の理論を研究してたわけだし」


「ってことはやっぱ、あの術と言った条件は…」


「間違いなく真実だと保障しよう
"賢神戦女"の弟子ルーデメラの名にかけて





真剣な面持ちで、師の二つ名をも口にして


キッパリと言ったルーデメラの言葉を

最早石榴は微塵も疑わなかった





と、問うた返事も待たずにルーデメラは次の言葉を放つ





「そうと決まれば、早速ここで施行しちゃおうか」


『あのぉ…本当にやるんですか?それとあの条件
僕はまだ了解したわけでは「何か 文句でも?」


ニッコリと微笑んだ笑みに、しばし戸惑って





『……ありません』





折れたのは やはり神だった





「神様のワリには立場が弱ぇな、アンタも」


『負い目もありますし どことなく彼はぼk…
私が苦手とする相手に似てるみたいなので…』





落涙しそうな神にも、同情的な相方にも構わず


彼は足元に 用意してもらった道具で
精密かつ複雑な文様の魔法陣を描いていった









出来上がった円の中央に犠牲媒体の魔法道具を配置し





「さて、準備は整った…あとは呪文を唱えるだけだ」


「やたらとスゲェ魔法っつーワリには、なんて言うか
色々と地味なもんだな」


「地味だからって侮れないのが魔法の奥深さだよ」





外周で時神の隣に並んだルーデメラが楽しげに言い

円の所定位置にて佇む石榴へ顔を向けると





急に 浮かべていた笑みを引っ込めた





「確認するけど…君は本当に元の世界に帰る気はある?


「な、何だよ急に…」


「再三言うけど術の成功は、君の強い意思にかかってる

少しでも意志が揺らいだら君の存在そのもの
消える危険があるからね…慎重にもなるさ」





問いかけには一切の茶化しや誤魔化しも無く


軽くまぶたを閉じて、しばらくの間を沈黙が埋め







「こんなファンタジーだらけの理不尽世界なんざ
とっとと出て行きてぇ…そう思ってた、始めはな」





これまでの旅路を一つ一つ思い返しながら

石榴は自らの言葉で語り出す





「けどお前と旅をしてる内に色々見たり聞いたりして
ちっとはファンタジーにも慣れてきたつもりだ


信頼できる仲間達といるのも悪くねぇって
思えるようになったし…今もそれは変わらない」





いまだに待っているだろう仲間達の顔を思い浮かべ

それに後ろ髪を引かれる気持ちもあったけれど







「それでも 俺はこの世界の住人じゃねぇんだ」





現実を理解しているからこそ、彼は迷いを断ち切った





「だから…帰らなくちゃならねぇよ

自分の世界で生きていく為によ







返された答えと 真っ直ぐな茶褐色の瞳に





そう…それを聞いて安心したよ」





ルーデメラは寂しげな…それでもどこか
安心したような笑みを浮かべた





「それと、もうその魔術銃も必要ないだろうから
僕が責任を持って預かっておこうか?」





冗談半分 本気半分の問いに石榴がしばし
手の中の宝珠を見つめて―首を横に振る





「お前には悪いけど、これは俺がもらってくわ

覇王とやらがくたばった世界には…
もう"伝説の武器"なんていらねぇだろ?」


「…そうだね、構わないさそれぐらい
どうせあっちじゃ発動できないと思うし」





そう零す彼だけれど、声には始めから答えが
分かっていたであろう諦めが混じっていた







時神が魔法陣の外に手をつけて力を注ぎ込み


低く長く、或いは高さを増して波打つように
何かに語りかけるように呪文が紡がれて





呼応して輝く魔法道具と陣の光が徐々に強くなり







「今こそ開け、異界の扉…ミッシンガルティモル!」





完成された呪の発動と同時に光は虚空に放たれ

一点に収束して 巨大な光の渦となり








唐突に、それを覆い隠すような形で黒いモヤが空に広がる


モヤには…滅ぼしたハズの覇王の顔面が浮かび上がっていた





『ワシは滅びんぞ!魂が残る限り 必ず、必ず復活し
この世界に闇をもたらしてくれるぅぅ!!』



覇王の思念…!?

そんな、もう殆どが滅んでいたハズ…!』


「後少しなのに邪魔してくれるなんて
本当 悪役ってどうして死んでもしつこいんだろ!」





侵食される光の渦と、現れたモヤに舌打ちして彼は言う





「クリス君 その銃でアイツごと空間を打ち抜くんだ







一つ頷き、手に取った宝珠を魔術銃に具現化させ





「扉よ…開け!!」


願いを込めて 石榴は虚空に向けて引き金を引いた





飛び出した一発の光球がわだかまる覇王の思念を散らし





『オオオオオオアアアアァァァァ!!』







今度こそ魔は滅され―光の渦が陣に佇む彼を
元の世界へ誘おうと上へ吸い上げていく








魔術銃の変化と共に、戻りつつある赫眼と





「じゃーな、ルーデメラ」





指で作った銃を自分を見上げる仲間に向けて


微笑みながら 石榴が撃つ真似をした







「さようなら…石榴」





これまで見た中で一番自然な笑顔でルーデメラが答え





眩い光に包まれて……石榴はその目を閉じた








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:さてはて、覇王の成り立ちも石榴が世界に
戻る下りも語れたので…いよいよ次が最終回です


石榴:まあ…ちっと名残惜しいけどよ
いよいよ、俺も元の世界に戻れるんだな


ルデ:拍手では君の友達がひょいひょい出てきたりして
本編の設定丸無視なんだけどね


石榴:うぉおい!そこは引き合いに出すんじゃねー!
アレは本編関係ねぇんだよ!!


狐狗狸:そうそう、それに虎目だからねー(笑)


石榴:…それで済ますのもどうかと思うがまあいい


狐狗狸:しかし 成功例の無い術なのに
よく成功させたねー書いといてなんなんだけど


ルデ:力のある術者に空間、犠牲媒体の強力な魔法道具
帰る場所を強く意識出来る人物…おまけに
少しとはいえ時神サマの力もある


これで成功しない方がおかしいでしょ?


石榴:あーうん、まあ約束守ってもらったわけだし
とりあえずは納得しとくわ




時神が言っていた"苦手な相手"は…もしかしたら
別の話で出てくるかもです


彼が迎えたのは、もう一つの"現実"