「なっ…何をしやがっ…!?





身構える石榴は一度たりとも目を離していない


にも関わらず、玉座にいたはずの覇王の姿が

音もなく掻き消えていた





次の瞬間 横から襲いかかる衝撃に吹き飛ばされ

石榴は壁に身体を叩きつけられる







「ぐあぁっ!」


おっと…少し手加減をしてやるべきだったか』





ずるりと崩れ落ち、それでも何とか立ち上がった
彼は眼前の巨体を見据える


吐き出すツバには 朱が濃く混じっていた





「くそっ…おかしなマネしやがって…!
これならどうだ!!


すかさず突きつけた銃口から先程と同じ大きさの

光る弾丸が三発ほど連続して飛び出す





『ふん、無駄だと言うのがまだ…』


「"割れろ"ぉぉっ!!」


石榴の叫びに呼応し、弾丸が小さく無数に分裂し


覇王の眼前を光のカーテンの如く覆い尽くす





『ほう…これは驚いた』





しかしそんな光景に対しても相手の余裕は消えず





弾丸は再び誰もいない闇色の壁を破壊したのみ











〜No'n Future A 第六十一話「悪意終焉4」〜











「くっ、またか…どこに!?


『こちらだ』





横手からの声に顔を向ければ

現れた黒い剣らしきモノが、自らへと振り下ろされ





「っどわぁぁぁぁ!?」


思わず銃身で庇い 石榴はそこから距離を取った







『それなりに素早さもあるか…益々気に入った





くつくつと笑う覇王の姿は、剣らしき武器を
携えた影の様な騎士の後ろに控えていて


掲げたその白い腕の下から


次々と 影の騎士が生み出されていくのを
石榴は呆然と見つめていた





「魔物を…具現化してやがる、だと…!?」


『魔物に限ってはおらぬが…その通りだとも
時や場所を選ばず、ワシは魔を生むことが出来る


「したらあの鳥ヤローも、テメェの仕業か…!」


『いかにも』







少し前に対峙したバジリスクの登場の仕掛け
合点がいきつつも


それだけではすまない疑問が、彼の脳裏に付きまとう





「それだけじゃねぇだろ…さっきから俺の攻撃が
当たってねぇのは、何か仕掛けがあるはずだ!」








明らかに直撃するはずの攻撃を、相手は
造作も無くかわし続けている





更に"目も離していない"にも関わらず


何の動作も無く忽然と―覇王の巨躯が消え失せるのだ







『だとしたら…それは何だと思う?』


知るかよ、でも魔法や超スピードとか
いうシロモンじゃ絶対ぇねぇってのだけは分かる!」





ギラリと赫い眼を光らせ、石榴は引き金を引き絞る


「"燃えろ"っ!!」





放たれた弾丸の生み出す紅き炎に巻き込まれ

次々と影の騎士達が生まれし虚無へ戻っていくが





またもや覇王は姿を消し、別の場所から現れるのみ





『やれやれ…諦めが悪い人間だな貴様も
よかろう、ワシの力をもう一度よく見せてやる』


言うと ゆらりとその腕が持ち上がり


一歩床を踏みしめ接近するかしないかの距離が縮まり





―次の瞬間、彼は骨のような白い腕に
掴まれて放り投げられていた



「ぐああぁぁぁぁぁぁっ!?」





床に叩きつけられ、走る激痛に悲鳴が上がる







震え悶える相手を赫い瞳で一瞥し


覇王は 悠然と言葉を紡ぐ





『どうだ…これが我が力、時間操作だ』







それは魔と闇とを統べる"王"だけが振るう力





認知した空間の時を早め、自らへ向けられた
攻撃を遥か遠くへ吹き飛ばすことも


相手と周囲の時とを止めて死角に移動することも


今しがた行って見せたように、自らの時を
早めて距離と攻撃とを瞬時に行うことも





呪文も特別な動作も 言葉すら必要とせず


ただ"そうあれ"と思考するだけで引き起こせる





神に等しい、絶対無比の特権(ちから)







「くっそ…そんなデタラメ、ありかよ…
これだからファンタジーは…っ!!





全ては理解出来ずとも、相手の力の本質
何となく理解したらしく


気力で身を起こした石榴の顔は青ざめていた











…それから彼は、次々と生み出される
影の配下を相手取りつつも覇王へ攻撃を繰り出し


賢明に抵抗を見せてはいたものの





具現化される相手の手数と、覇王の振るう
時間操作の能力の前では


石榴は圧倒的…いや絶望的に不利でしかない







手渡されていたシュドの煎じ薬も底をつき


彼自身の精神力も空となり、魔術銃は
もはやただの宝珠と戻っていて





「くっ…うぐっ」





身体中がボロボロとなった石榴

もう微かな気力だけで立っているに過ぎなかった







『所詮はこの程度だ、恥じることは無い…
諦めれば それ以上苦痛は味わわんですむぞ?





生み出した騎士達をはべらせ恐ろしい威圧感を
背負ったまま告げる覇王の声音は


禍々しき姿には不釣り合いな程、優しかった







「だ…れが、諦めるか…」





弱々しい微かな声音が 室内に響く





「俺は…アイツらの分まで……
テメェを、ぶっ飛ばして…帰るんだ


茶褐色に戻った瞳には追い詰められているにも
関わらず 光が失われていない





「元の、あの世界に…帰るんだ…!
邪魔してんじゃねぇぞデカブツ野郎が!!






精一杯の虚勢を、怒気を込めて石榴は返す







ふぅ…と溜息をついたのは覇王





『仕方の無い人間だ…ならば少し昔話をしてやろう』


「いらねぇよ、聞きたくも…ねぇ」


『ワシは滅び行く魂を二つに分け、一つは
衰弱していた"時の神"の身体を乗っ取った』





相手の言葉など無視し、彼は亡者の如く低き声音で
淡々と語り続ける





『そしてもう一つは 異世界に転移し
最後の力で人間に転生し、機を待っていた』








ひたり、と赫眼が石榴の顔を捉えて





『心を閉ざすまで…貴様に語りかけていただろう

"覇王の使命を思い出せ、剣と魔法の世界に
再び君臨するのだ"
…と』


紡がれたその一言が石榴を瞠目させた


それは 確かに彼が子供の頃に聞いていた

忌々しくも懐かしいフレーズ





「な…じゃあ、あれは、テメェの…!?





小さく、しかし確かに頷いて


『あの事故の記憶を…今こそ貴様に返そう
何が起きたのかを、自らの目で確かめるがいい





かざした手の平から生まれた暗い闇が


成す術もなく、石榴へと叩き込まれた…













まず始めに目に飛び込んできたのは


涙目でガタガタと怯える悠輝と、狭い車内





そして二人を車内へ押し込んだ誘拐犯の後姿







「助けて…こわい…こわいよ」


「うるせぇクソガキ!殺されたいか!!」


男が恐ろしい形相で怒鳴り、ビクリと二人は
肩を震わせ真っ青になって押し黙る





相手は自分達をどこへ連れて行くのか


これから自分達はどうなってしまうのか…


言いようの無い不安が、殴られた痛みと共に
石榴の心に押し寄せていた







"恐ろしいか?"







そんな時、低い声が優しく語りかけてきた





辺りを見回し そして無言のまま頷く石榴







"ワシの言う通りにすれば、この場から助けてやろう"





本当に?と彼は心の中でだけ呟く





"ああ…約束しよう"







恐怖に怯える小さな幼子には、もう他に
頼る相手も術もなく


友と二人で助かる望みをかけて


語りかけてくる言葉に従った





「…ナンマ、ハグァラズ、アンス…」





それがどれほど恐ろしい相手の誘いからも知らず







おいガキ!何ブツブツ言ってやが」





苛立ちを含み振り返る男がそこで目にしたのは


呪文を呟きながら、血のように赫い目で
こちらを見つめる石榴の姿






「な…何だテメェのその目は


その瞬間 完成した呪文が発動し


車内に、大規模な爆発が起こった













……ようやく視界と意識とが元の場所へ戻っても





「嘘だ、俺が…あいつを殺したのか…!?





受けた衝撃のあまりの重さに、石榴は
膝をついたまま立ち上がれずにいた







『いいや事実だ…残っていたワシの魔力を
全て使い、あの忌々しい男を吹き飛ばした』


「嘘だ」


『貴様は術の際に起こった呪力結界により
無傷で生き残ったのだ』


「嘘だ!」


『そうして、事実を知り記憶と心を閉ざし
ワシはもはや貴様に干渉できなくなった

だからワシはその記憶を奪い 干渉を止めた


「嘘だ嘘だデタラメだ!!」





強くかぶりを振り否定し続けた石榴だったが







『意識は当に消えうせてはいるが…貴様の中には
ワシの力と魂とが半分混じっているのだ』






指し示した覇王の一言により止めを刺され


抵抗する気力さえも、奪われてしまった







『終わりだ…安心するがいい 痛みなど無い』





騎士達で彼の周囲を取り囲み、ゆっくりと
闇を纏う王が歩み寄る







『貴様は永遠にワシの中で生き続けるのだから』





笑みを浮かべたそのままで伸ばされる手を


石榴は、生気を失った目で眺め…









「メルティボム!!」





飛来した呪文が覇王の眼前で炸裂し


辺りに強烈な閃光を巻き起こした






『くっ…!』


咄嗟に闇で作られた盾を具現化し、直撃を
防いだ覇王がその巨躯を退けるも





「フリジットレイン!」





間髪入れず唱えられた呪文が氷の雨を呼び起こし

闇に支配された空間へ縦横無尽に降り注ぐ





鋭く冷たい天空からの刃に穿たれ、騎士達は
一つ残らず虚無へと強制送還され





思わず苦渋を浮かべた覇王と


そして石榴とが、ゆっくりと背後へ視線を寄越す







全く アレだけ大見得切っといて…」





聞き覚えのある声を響かせて





奥の通路から颯爽と現れたのは、







「結局は僕がいなきゃダメだなんて本当に
無様だね、クリス君





二つ名付きの魔術導師 ルーデメラ=シートルーグイ








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:覇王の能力判明・幼少期の石榴の身に起こった
出来事の理由と原因判明・ルデ登場…とまぁ
今回は本当色々忙しいっすー


ルデ:やれやれ、やっと登場できたよ…
途中何度管理人を滅ぼそうかと思ったか


石榴:今はやるなよ?…しっかしよぉ、幾らなんでも
俺の魂が半分奴にって無茶だろ?


ルデ:さり気に"神を乗っ取った"って言ってるし
その辺り収拾つけれるワケ?


狐狗狸:ええ、今度ばかりはつけれなきゃ書けません
次回、この話の大前提を語りラストバトらせます


石榴:大口にならなきゃいいけどな…けど
時間を操るって反則だろあの野郎


ルデ:仮にもラスボスならそれくらいやらなきゃ
張り合いないじゃない それに奴とて完全
能力を扱いきれてはいないと思うよ?


狐狗狸:あの、ネタバレは止めてください本当
出番遅かったのは謝りますから!




色々気になる部分やら何やらを 次回以降で
すっきりまとめられるよう善処します


…全ての端は、聖戦の結末から始まっていた