突き当たりに控える、様々な魔物の彫刻が施された
窓の無い壁面に沿う螺旋階段を昇りながら





「どこの誰だか知らねぇけど面倒な城作りやがって
会ったら絶対ぇぶっ飛ばす!


「無事でいてください…シャム君、カルロスさん」





二人は 口々に思い思いの言葉を紡ぐ







彫刻を縫うように点在する火は鮮やかに赤く


闇色に近しい壁が、その光で血の色に
うっすら彩られて浮かび上がって


刻まれた大型の魔物を生々しく見せていた





が…禍々しいその様相にも怯まず彼らは
ひたすら足を動かし段を駆け上がる







「…先の方が明るくなって来ました!」


「っしゃ、よーやく階段地獄から抜けられるぜ!」


進行方向から徐々に広がる光量に比例して
二人の表情にも光が差し込む





…だが、その歓喜も束の間





『ツイニココマデ来タカ、侵入者ドモ』





突如壁を通して聞こえる くぐもった低い声音と

背後からわだかまる殺気に奪われる





「げっ…また邪魔が入るのかよ!」





足を止め、通り過ぎた階下へ身構える石榴とシュド





「下から…すごい勢いで何かが来ます…!」


『コノ先ニ貴様ラノ探シモノガアル…』


シュッ、と蛇の唸りに似た音と気配が濃さを増し





『ダガ 貴様ラハココデ死ニ、我ノ餌トナレ』


間近に響いた呟きが終わらないうちに





血色に染まる壁に刻まれた彫刻の一つ


鶏に蛇を混ぜ込んだような大型の魔物が
滲み出すようにして壁から抜け出し



階下の通路を埋め尽くす巨体から長い首を伸ばし

黄色い眼で轟然と二人を見下ろした





「彫刻から具現化とかありえねぇ登場すんな!
これだからファンタジーはぁぁぁ!!












〜No'n Future A 第六十話「悪意終焉3」〜











驚き余って反射でツッコむ石榴と正反対に
怯えを露にシュドが呟く





「あ…あれは…バジリスク!?


「バジリ…って確か、ルデの召喚獣でも
同じ名前があったけど マジなのか?」


「はい、以前本で見たことがあります…
間違いないと思います」







砂漠や岩窟の奥深く、人足の及ばぬ荒野に潜む


絶対数が少ないながらも 魔物の中では
それなりに認知度危険度の高さが知られる存在





特に特徴的なのは眼前の奇異な姿と―





『サヨウ、我ハ毒ヲ瞳ニ飼イナラス毒鳥

我ガ体ヲ傷ツケル者モ我ガ瞳ニ射ラレタ者モ
皆等シク毒ニ侵サレ 死ニ絶エル



斬りつけようものなら剣を介して相手を殺し

また、目に入るもの全てを 逃げる間も与えず
悶え殺させる凶悪な毒








「って待てよ 目ん玉に毒があんなら
何で俺らまだ生きてんだ?おかしいだろ!





彼の記憶にあるのは"目を閉じたワシの頭"だが


"毒を持つ瞳"という性質が同じである以上
開いた目からそれが発せられないのはおかしい





不審がる石榴へ、しかし相手は余裕を崩さず





『無知ナ貴様ニ冥土ノ土産トシテ教エテヤロウ
我ラハ 毒持ツ瞳ヲ自由ニ操レルノダ!


「マジかよ…なぁシュド、目が変わる直前に
奴がする行動とかはあんのか?」


「申し訳ありません…そこまでは…」







返された絶望的な答えへ追い討ちをかけるように





「コッチカラ、ニオイガスルゾ!」


「グヘヘ!オイツメタゾ!!」





上からも武装した敵の集団が、足並み揃え迫ってくる





「最悪だ…挟み撃ちかよっ!」


『サテ、我モソロソロ攻撃ヘ移ラセテモラウゾ』





一歩 また一歩と脚を踏みしめ巨体を揺らし


競り上がるバジリスクの両目が微かに細められ
殺気が一気に膨れ上がった


正に、その次の瞬間





「フィクスホルダル!」


シュドの両手から淡い光の粒子が降り注ぎ


それを受け止めた毒鳥の動きが止まる





「これで…多少は時間が稼げるはずです!」


サンキューなシュド!あの鳥ヤローが
動き出す前にこっから出るぞ!!」


「はい!」





微動だに出来ずその場に釘付けにされた
バジリスクへ気を配りながらも


獲物を手に接近する魔物の群へ





「"燃えろ"っ!」


石榴の銃口が、文字通り"火"を噴く





「ギャアァァァァァァァ!!」





着弾した先頭の魔物を炎が取り巻き
周囲をより明るく、赤く染めていく







続け様に打ち込まれた弾丸で魔物達を次々と
黒い炭へ変えて滅しながら


二人は螺旋階段の出口へと目指す





けれど押し寄せる上からの軍勢は衰えを知らず


一進一退の攻防を繰り返すばかり







だぁぁっクソ!キリがねぇ!!」


「スロミル!」





それでも何包目かのシュドお手製煎じ薬の効能と


彼の補助魔法によるサポートを糧に押し切る
石榴の猛攻が身を結び







どうにか二人は、長い階段の一番上へ足をかけた





っし!やっと抜け出せたぜ!」


「気をつけてください石榴さん、まだ魔物が残って…」





廊下へ這い出した感激や周囲に散る幾匹かの
魔物どもへの警戒や、ここから進む先の思考より





背後から色濃く沸きだつ殺気に真っ先に反応し


階段から離れようと足を左右させるが、遅かった







左腿に鋭いクチバシの一突きが刺し込まれ

シュドは、その場で床へと倒れこむ






「シュ…シュドっ!


「大丈夫です…傷は、それほど深くは…」





よろよろと身を起こす彼の言う通り


刺された勢いの割には傷口は割合浅く、血も
さほど流れてはいない







『今ノ一撃ハワザト浅クシタ…』


ぎこちない地響きと蛇の唸りに似た息遣いを立て


首をうねらせたバジリスクが、階段から
少しずつ競り上がってくる





『我ガクチバシノ一撃ハ、必ズ貴様ノ命ヲ奪ウダロウ
ドウアガイテモ逃レル術ナドナイ!


ダガ!ソノ前ニ我ヘ屈辱ヲ与エタ貴様ハ直々ニ
毒ノ瞳デ葬ッテクレル!



「させるかよ…っ」





睨みを利かせ銃口を構える石榴だが


させじと周囲の魔物が殺到し、必然的に彼は
そちらの撃退へと追い立てられる





「これじゃ鳥ヤローの毒で死んじまう
くそっ!一体どうすりゃ…」


「石榴さん、口を手で覆ってください!」





唐突なシュドの言葉に訝しがりながらも

忠告通り左手で口を押さえる石榴







『終ワリダ…死ネ!』


毒の力を解放する直前





放られた、茶色の小さな袋から零れた
暗緑色の粉が邪に輝く黄色い目へと降りかかり





『―ッギャアアアアアアアアア!!


目を灼く激痛に異形の首が悶える





「あれって…確か、お前の薬の材料…!」





見覚えのあったそれは、薬の原材料のひとつ


旅の合間に彼が厳重に保存していた…ある毒草の粉末







「フィクスホルダル!」





再び放たれたシュドの術により、目を潰された
バジリスクの身体が硬直し







「"壁"っ!」





ようやく魔物を蹴散らした石榴の弾丸が

階段と廊下の境を闇色の壁で閉ざした







「これで鳥ヤローはしばらく大丈夫だろ…
さ、先に行くか 立てるかシュド?」


差し出される手に しかし彼は寂しげに笑む





「ダメです…僕は、行けません





どうして、と問いかけた言葉は喉元で凍りつく







傷口を中心に…灰色に変わりゆく左腿を目にして





「足が…石に…!?


「クチバシに石化の力があったみたいで
恐らく、遅かれ早かれ僕は…」


「呪文とかで…何とかならねぇのか?」





ゆっくりと、首が横に振られた







石化は呪いの中でも別の枠に存在する力であり

解石の呪文か神の使いの力でのみ、解くことが可能なのだが


習っていない術は…どれほど高名な魔術導師でさえ
使うことは出来ない





「僕はここに残って…バジリスクを見張りますから
石榴さんは先へ進んでください」


「ダメだシュド、俺も戦う!


「これ以上 何も出来ないまま足手まといに
なりたくないんです!」






先に置いて来た仲間達への後悔があるからこそ


自らの身に迫る"死"の怯えを必死で押し殺し


代わりに柔らかなオリーブグリーンへ
芯の強さを宿し、シュドは言う





「僕達を信じていてください…ルーデメラさんも
きっと、必ずやって来ますから」








悔しげに顔を歪ませながらも





それでも、石榴は目の前の仲間の意思を受け取った





悪ぃ、決着つけに行って来る」


言い切って 決意を赫い瞳に満たして石榴は
先へと踏み出していく





その後姿を見つめ…シュドはニコリと微笑んだ













長い廊下の果て、半ば導かれるようにして
辿りついた城の最奥





敷かれた真紅の絨毯は壁に並ぶより赤い炎と

周囲の孕む闇の暗さに深緋へと色を変えて
控えた玉座へと連なっていて







『待っていたぞ…我が半身よ』


その席に、城の主は悠然と腰掛けていた







二メートルほどの背丈であることと灰白色の髪に
人骨のような艶かしくも不気味な白さの肌


それだけを見れば今まで彼らが見てきた
魔物達の中では比較的、人間に近い見た目をしている





だが…その身から発せられる鬼気は
城から発せられていた圧力と同等の気配であり


炎と闇とを退け、石榴を睨めつけるのは"赫眼"







「テメェが元凶か…盗んだ宝珠は返してもらうぞ!」





同じ赫眼で怒気を露に怒鳴りつける相手に対し

主は愉しげに喉を振るわせる





『ほう…ワシの存在を知らずとも、気配に怖気ず
威勢を切るとは面白い人間だな貴様は』



うるせぇよ どーせこの部屋の雰囲気じゃテメェ
魔王だのなんだのっつー肩書きでもついてんだろ」


『いかにも…人間はワシを"赫眼の覇王"と呼ぶ』





ラノダムークにて恐怖絶望悲鳴を持って呼ばれた
存在の名を目前にして尚 石榴は一歩も怯まない





「テメェがそうかよ…けどんな事はどうでもいい」





覇王の顔面に向け銃口を向ける彼の心にあったのは


たった一つの、決意





「今まで面倒な事をさせてくれた礼、今ココで
全部そっくりぶち返してやらぁ!!」








―別れた仲間の分まで 相手をぶちのめす!







「"爆ぜろ"っ!」





込めた気迫に比例して、放たれた光球も
通常の三倍ほど大きさを増している


弾丸は一直線に 狙い通り相手の顔面に向かう





が、覇王は席を立つことはおろか

瞬きすらせずにじっと迫る弾丸を見つめている


あり得ない反応に 石榴は一瞬たりとも目を
離すまいと相手の挙動を監察し…







着弾した光球が大きさに見合った爆炎を撒き散らす


座したままの覇王の、遥か後方で








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:とうとう現れました…赫眼の覇王!
その能力とは一体!?そして石榴はどうなるのか!!


石榴:今更だけどよ…これ某小説の設定の影響
モロに受けすぎてんだろ 知らねーぞ訴えられても


狐狗狸:うぐむっ…趣味で書いてるからいいんです
アマが好き勝手書き散らかしてるだけなんでいいんです


石榴:開き直りやがったよ 見苦しい上に
救いがねーなお前は


シュド:ま、まぁまぁ…登場の仕方はともかく
バジリスクを目にするのは初めてです


狐狗狸:登場云々についてはこの先のネタバレに
なるからまだ伏せとくけど…バジリスクは四話書いた
時点でいずれ出すつもりだったから満足してます


石榴:…そういやルデの召還獣とあの鳥ヤローの
"毒の目の力"って一体どう違うんだよ


狐狗狸:こっちのバジリスクは毒を持つ目で
"見られたら"目を合わせてなくても死ぬんです


グリフィクスは"目の切り換え"を出来なくした
代わりに"目を合わせれば"相手が死ぬように毒の力に
指向性を加えてあります(当然威力も増加)


シュド:つくづく…恐ろしい魔物なんですね…


狐狗狸:うん…ぶっちゃけ退治も捕獲も大変です
ゴメンね色々ひどい目に合わして


石榴:おい、俺にも謝れバ管理人




ちなみにバジリスクは蛇で定着してますが、一説には
コカトリス(またはバジリコック)とも呼ばれてて
鶏とトカゲを混ぜて蛇の尻尾足した姿で乗ってます


覇王の恐るべき力に、石榴は成す術なく…!?