船体を壊さんばかりの荒波と、吹き荒れる嵐を堪え


黒い霧が渦巻く島の大地へようやく上陸した
海賊船の甲板から すかさず四人が降り立つ





「ったく薄気味悪ぃ霧だな…」


「ううっ…できるニャらカエりたいニャ…」


「やはり…手がかりとなりそうなのは
あの"城"でしょうか?」


「現時点では 一番可能性が高そうだからな
…当たってみる価値はあるだろう」





いまだ不安に引きつる船員達をまとめようと


デッキへ一歩踏み出し、バンザは声を張り上げる


船長!オレらへの命令は…」





すげなく振り返ったカルロスが、静かに告げた





「ここまでご苦労だったなお前達」


『え…?』







意味が飲み込めず呆然とする船員達へ
彼は微笑を浮かべつつ淡々と続ける





「今すぐこの島から離脱し、少し離れた海域で
待機していてくれ…それと」





それは、海賊船"スリーパーズ"を取りまとめる
船長として打ち立てた一つの掟






「決めた刻限まで私が戻らず音沙汰なくば…
バンザを船長に据え 好きに生きてくれ







紡がれた言葉と向けられた表情は、まるで


いや…少なくとも彼らにとっては
"今生の別れ"と同等に見えた





「今さらっ…今更んな掟持ち出さないでください!


「そうっすよ!船長はいつだって必ず
戻ってきたし、連絡だって途絶えたこと…!」






例え慢性的な寝不足による悪癖や、決して楽ではない
"海賊専門"の海賊稼業に悩まされていても


自分達を拾い上げ 見捨てず率いる彼は


いつだって強く冷静で頼れる"船長"として
付き従う存在であり続けていた





だからこそカルロスは言うのだ





「ここからは私のワガママだ…お前達を
巻き込むわけにはいかん、分かってくれ











〜No'n Future A 第五十九話「悪意終焉2」〜











彼の背を追い、信じて慕ってきた船員達は


それきり疑問をつぐんで 代わりに引き締めた表情を
並べて全員で敬礼する





「船長!ご無事でご帰還なさってください!」


「オレ達っ信じてますから!!」





一つ頷き 離れ始める船を見届けてから







カルロスは石榴達へと向き直る





すまぬ、待たせたな」


「気にすんなよ、アイツらとは付き合い長いんだし

…てゆうか今更だけどよ お前らはよかったのか?
知り合いに一言別れを告げにいかねぇで」





やや眉を下げて訊ねる石榴へ、シャムとシュドは
ふっと柔らかに笑いながら返す





「オイラは石榴たちについてく時
ちゃんとワカれはすませてあるからニャ」


「僕もそのつもりです…それにおばあちゃんなら
きっと僕の選んだ道を分かってくれるはずですから」


「…そうか ならいいけどよ」





告げたその途端、立ち込めた霧が切れ目を作り


四人の眼前に再び 闇色の巨城が表れる





"辿りつけるものなら、辿りついてみろ"
言わんばかりの圧力を間近に突きつけて





再び霧が行く手を阻むように辺りを覆いつくす







「…っし、行くぞ!





気を引き締めて進んだ石榴に勇気を得て


三人も城を目指し、その姿を隠す霧へと足を踏み入れる









夜の帳が落ちるまで間がある筈の時刻でありながら
霧と雲とが織り成す闇は深く


ランタンと魔法の灯りをまとめても尚、先の景色は
おろか足元さえも頼りない





「ニャんだか…イキ苦しいニャ」


「おそらく、この霧は瘴気が凝ったものだろう
シュド…頼めるか?」


「はい 少々お待ちを!」





眼を閉じ、集中したシュドが素早く呪を紡ぎ…


「レディストディルティア!」





うっすらと白い光が身体を包み込み、同時に
瘴気の霧による害が和らいでゆく





「ありがとニャ〜少しイキが楽に…」


礼を言おうとして…シャムの言葉が止まる


地面からこちらへと猛スピードで潜り進む
"何か"の音を耳にして





みんニャ!全速力で前につっパシるニャ!」





叫んだ彼の言葉を追うように地面からの轟音が
徐々に大きさを増して行き


三人は問わずにその忠告に従い、駆け出して


直後に一行の背後から地を蹴破って
大蛇に似た 毒々しい朱色の竜が現れる





「ヴォヲォォォォォォオォォン!」





鯨の鳴き声のような低い唸りで周りの背ビレを震わせ


奇妙に細長い両腕を操り、眼の無い竜は再び

地面へとその身体を潜り込ませる





「っオイオイオイ!また下から来る気かアレ!?


「とにかく城まで走りましょう!」







続く地響きの合間、位置を問わず竜は出現したが





「ナナメ左にくるニャ!」





事前に察知するシャムのお陰で どうにか
牙や爪をかわしながら前進し





ほどなく四人は城の入り口へと辿りつく







大きく開いた城門から伸びる、真紅の絨毯と
薄暗い廊下はそれ自体が"罠"を思わせる





だが踏み込むかを悩む時間や拒否する選択肢は


既に、現状では存在しない





「ヤツがまだ地面から出ニャいウチに
早くシロの中に入るニャ!!」





真っ先に入り口へと辿りついたシャムに続き


シュドやカルロス、そして石榴もまた

門戸の境を―越えようとした次の瞬間





出現した竜の爪が横薙ぎに 彼らの足を
捉えんと狙って振るわれた








「あぶニャい!」





咄嗟に床を蹴り、弾丸の如き素早さで
駆けたシャムが竜の前へと飛び出し





その動きに釣られ反射的に目標を変えた竜の一撃が


僅かに腕を掠め、シャムの身体が斜めに吹っ飛ぶ






「「シャム!」」


「シャム君!」






弾みで無事城内の侵入を果したものの


仲間の窮地に、三人が再び外へと踵を返し





ソレを阻むように仕切りから黒々とした
歪な鉄柵が競りあがり…入り口を閉ざした






「っ何だよコレ!邪魔だぁぁぁぁ!


「私も手伝う、退がっていろ石榴!」





魔術銃を取り出した石榴と左手の義手を剣へと
付け替えたカルロスの猛攻が柵へと繰り出される


…が、いくら攻撃しようにも柵には傷一つない





くそっ!何で壊れねーんだよ!!」


「シャム君、大丈夫ですか!?」





柵の隙間から辛うじて垣間見える


地面に潜伏し這い出す竜の攻撃を、どうにか
避けている自分へ声をかけるシュドに気付いて





銀色がかった青の瞳を すっとそちらへ向け


「みんニャ、どうやらオイラここまでみたいニャ…
かまわず先に行くニャ!





シャムは城内の仲間達へと告げる





「何を言っている、シャム!」


テメェ一人でそんな奴相手に出来るわけねーだろ!
上陸する前からビビってたクセにカッコつけてんじゃ」


「コワいに決まってるニャ!」


石榴の言葉を遮り、膝を小刻みに震わせながらも





「けどっ…けど、みんニャこんニャとこで止まってる
バアイじゃニャいだろ!いいから行くニャ!!


言い切り…彼はニッとワザとらしく

猫獣族らしい立派な八重歯を見せて笑った





「シンパイすんニャって、こいつよりもオイラのが足ハヤいから
みんニャがもどるまでは もちこたえれるニャ…だから」



「…分かった、急いでケリつけてくる!


「絶対に無理しないで下さいね…!」


「すまん 待っていてくれシャム!」





助け出せない現状への悔しさと、

"進め"と背を押す仲間の意志とを抱え


三人は廊下を真っ直ぐに駆けて行く







それを確かめ…どこか気の抜けた声音で





「スラムのみんなは信じニャいだろーニャ

…オクビョウもんのオイラがモンスターと
一人でむかいあったニャンてブユーデン」





這い上がる竜の爪音を地の底から拾い聴き


シャムは、はや鈍り始めた腕の浅い傷を
擦りながら呟いた











壁の両端にかがり火が点在していても
城内は外とさほど変わらぬ暗さに包まれていた





そのほの暗い闇に乗じて襲い来る


何匹もの魔物や、大掛かりな仕掛けを
ことごとく蹴散らしながら三人は


不意に一本道の大廊下へと飛び出す





その中程で蹲っていた影が、ムクリと身を起こせば





「ギギ…侵入者、発見…!


巨大な一振りの棍棒を片手に持ち上げる
サイクロプスの巨躯へと 姿を変える





「無駄にデケェ図体しやがって!"爆ぜろ"!


弾丸を一発顔面へとかましながらも

僅かな隙間を擦り抜けようと試みる石榴だが


即座に降りる棍棒に気付き、慌てて後退さる





間を置かず凄まじい音と衝撃が床を揺らし

直撃箇所に ものの見事なヒビ抉れを刻む





「大丈夫ですか石榴さんっ!」


「ああ…さっきの竜モドキよか鈍くて助かったが
まともに食らったら死ぬな、冗談抜きで」


「グギ、人間…砕ク…オデノ、命令…!」







身体を揺らしながらのし歩く巨人の棍棒が
段々と持ち上がる中





「サイクロプスは巌の如き体躯の強靭さ
圧倒的な腕力で知られる魔物 おまけに奴の身体は
通路をほぼ塞ぐほど…多少の眼晦ましでは抜けられん」





言葉を紡ぎつ、カルロスが一歩前へと出て
剣を正眼に構えながら対峙する





「私が囮となり奴を引きつける…その隙に
二人で横手から突破しろ」



「でもカルロス、お前っ!


案ずるな カタがつき次第、私も後から行く」





フッと口元だけで笑い、振り返らぬままで
彼の右足が床を離れかけた刹那


「ラピットフィード!」





背後からのシュドの術が発動した





「ごめんなさい、これぐらいの事しか出来なくて」


「いや、十分だ…感謝する!





それだけを言い切り、サイクロプスへと突撃する
カルロスの身体と左腕の剣は


まさに電光石火の素早さを持って敵を翻弄し





「ギギッ!ガ!ガァァ!!





滅茶苦茶に棍棒を振り回し、相手を追うことに
熱中する巨人から生まれた隙間を縫って





「行くぞ!」


「はい!」






未だ囮を務める仲間へ感謝の眼差しを送り

一気に廊下を抜ける石榴とシュド









…城内で奮闘する、侵入者達の様子を


自らの力で生み出した幻影として空間に投影し
見下ろしてつぶさに監察しつつ





『長かった…ようやく来たか





玉座に座して呟く"城の主"


己の周囲へ取り巻く闇を押し退ける"赫眼"

映し出された 同じ赫眼の石榴へと注いで
なおも言葉を紡ぐ





『もうすぐだ…もうすぐワシは、再び……』





奈落の果てから響くような低く恐ろしい声音には
僅かに歓喜の色が混じっていた








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:はい、最終決戦が近づいてくるので
色々と大変な展開になっております!


石榴:ちょっと待て…前回の次回予告と内容が
違ぇじゃねーか!サギだろサギ!


狐狗狸:いや間違ってないって、てーかこれから
解明するんだって…もー若者はせっかちでいけないね


カルロス:私から見ればお前も若者だろうに


シャム:でもセケンから見りゃジューブン
いいトシしてるニャ コイツ


シュド:シャ、シャムくん!
失礼ですよそれを言っては!!


狐狗狸:…どーせいいトシした半引きこもりで
流血大好きな変態管理人だもーん(イジケ)


石榴:自覚あんなら自重しろせめて




"城の主"は次回分かりますが…まぁ大体の見当は
ついてるんじゃないかと思われます


次回 最奥に潜むは、全ての"悪意"の根源