雑木林の拠点に戻ってみれば、そこに
置き去りにしていたはずのルーデメラの荷物と

ハーメリアの荷物も 消えていて


二人が完全に交流を別にしている事

改めて四人へと実感させた







照明と防衛を兼ねて焚き火を起こし





念のため、結界を張り直しながらも


「お二人とも…大丈夫でしょうか?」





不安げに呟くシュドへ、適当な場所に
腰掛けながら答える石榴





「身の安全ならルデがいりゃ十分だろうし
メシの方も、多分あの女が何とかしてくれんだろ」





同じ様に 近くの木へ背を持たせつつ





「それで…オイラたちコレからどうするニャ」


シャムは誰にとも無く訊ねる







「あの宝珠を取り戻して…ダメ元で
もう一辺ルデに頼んでみる」






動揺の混じる瞳が一斉に石榴へ向く





「…ルーデメラが言っていた通り、成功した
前例がない術だとしてもか?」


「前例は無くても 術自体は存在するんだろ?」





問い返す彼に答えたのは、カルロスではなくシュド





「ルーデメラさんの仰ってた術の理論に矛盾は
見当たらないようでしたし あの時否定されてたのは
"術の施行"だけでしたから…恐らくは」





自信が無さそうな回答ではあったものの


目の前にいる少年が腹を括るには
それで十分であったようだ





「元々俺の目的はそれっきゃねーんだし
選り好み出来るほど選択肢があるわけじゃねぇ」





どれほど絶望的な状況であったとしても


僅かでも縋れる希望が残っているなら
それに飛びついていくしかない、と











〜No'n Future A 第五十八話「悪意終焉1」〜











茶褐色の瞳にパチリと爆ぜる焚き火を映し


「…ただ、これはあくまで"俺の"目的だ」





くるりと彼らの顔を見回して、石榴は静かにこう続ける





「成り行きとはいえ ついて来てくれたお前らにも
都合や目的はあるだろう?だから…」


「いまさらニャーに水クサいこと言ってるニャ」







八重歯が見えるほど大きく笑って、木から
身を剥がしたシャムが側へ寄り





「たとえドーキがムリヤリだったとしても
出来た仲間を見限るオイラじゃニャいニャ!」



膝の上に所在無く乗せられていた彼の手へ
己の右手を重ねる







「確かに僕は、ルーデメラさんみたいな
素晴らしい魔術導師になる為の修行として
お二人の旅に同行してまいりました」





シュドもまた微笑みを浮かべつ歩み寄り





「けど…こうして色々なことを学び、ここに
皆さんといられるのも お二人のお陰ですから」



同じ様に褐色の手の上から利き手を乗せる







自然と向かう視線を片目で受け止めたまま
カルロスが口を開く





呪われた城…とあの魔物は言っていたな」


一旦言葉がそこで途切れ、群青の瞳が鋭さを増す





「覚えているか?パープラで話した神話の話を」


「ああ…忘れちゃいねーよ」







かつて"赫眼の覇王"が君臨していた恐怖の時代


彼の者の住まう混沌の城が、畏怖と絶望を込めて
人々からそう呼ばれていた





勇者との激闘の末に覇王自身も息絶え


その住居も共に朽ち果てて、歴史とその土地に
疵痕のみを残し続けている







"聖戦"跡地―ラグダス島…今でも伝説を恐れ
訪れる者のない、最果ての無人島だ


増してや近々の闇の勢力が強まっている
何が待ち構えていても、不思議は無い」





これまでの旅路を思い起こし 顔を強張らせた
三人へ彼は構わず問いかける





「それでも…行く覚悟があるか?」







長く感じた沈黙を吹き払うように







「―ああ」


力強く言う石榴と、同じ光を目に宿し
二人も首を縦へと振った







彼らの表情と内に秘めた想いを確認し





「……私も力を貸そう」


ようやく笑みを浮かべたカルロスも

側へ進み出て、伸ばした右手を上へと置いた









今後の進路と行動を話し合って眠りにつき





夜が明けて 微かな潮騒の中で目覚めた四人が
食事と旅支度とを終えても


ルーデメラが顔を見せる事はなく







せめて一言だけでも、と昨夜彼と別れた場所へ
赴いては見たものの





申し訳ございません…ルーデメラ様は
しばらくここを離れる気は、ないと…」


「そうですか…」


現れたのは済まなさそうな顔をするハーメリアのみ





当人は、彼女の後ろにある木々の奥


四人からは見えない位置に結界を張った
拠点を構えて居座ったまま





俯き気味に黙って、彼らの声に耳を傾けている







「ルデメ…ホントにハクジョウだニャ
仲間だったなら、別れぐらいちゃんと…!


「よせ…今更どうにもならんだろう」





今にも泣き出しそうなシャムを抑えながら


チラリと森の奥を見やるカルロスもまた
寂しげな目をしていた





「ハーメリアさん…お手数ですがルーデメラさんに
"短い間でしたが、お世話になりました"と伝えておいてください」


「畏まりました…皆様も、お気をつけ下さいませ





それだけを告げて頭を下げるシュドへ

礼を返したハーメリアの微笑みを背に


名残惜しげながらも四人は歩き出して…







「おい、どーせテメェの事だから聞こえてんだろルデ」







足を止め 怒鳴るように声を張り上げたのは
先頭を歩いていた石榴





間の四人は一斉に彼と林の奥とへ目を走らせ


ルーデメラは、反射的に顔を上げた





「いつだったか猫になった時言ったよな?
"今更起こった事を悔やんでも仕方ない
肝心なのは 今後をどうしていくか"
だってよ」







元に戻る術も分からぬ成り行きで猫になった際


普段の冷静さを崩す事無く、前向きに物事を
考えていたその時のルーデメラの姿勢は





少なからず"これまで"の石榴の旅路を支え


同時に"今"の石榴の原動力の一つとなっている





「俺は諦めねぇし、立ち止まるつもりもねぇ

巫戯けたファンタジーの現実なんざ全部ぶちのめして
絶対ぇ元の世界に戻ってやる」







振り向く事無く彼は 覚悟を込めて語りかける





遥か後方で"自分"を見つめているであろう
二つ名つきの魔術導師の男に







「そーやってウジウジ引きこもっててぇなら
好きなだけ勝手にやってろよ


…けど、あの島で会えねぇようなら
俺はお前を二度と"相棒"だと認めない






低く深く、放たれた最後の一言が





蒼い双眸に強烈な意志を宿させる








…まるでその様子が視えてでもいたタイミングで


再び石榴が足を踏み出し、釣られて三人も

硬直させていた身体を動かして追いかける











レオパード半島から海沿いに進んだ近くの街で

宿を取りつつ、船員へ連絡の便りを寄越し





二日と経たず 届いた知らせに記された場所で
馴染みの海賊船と合流し





乗船を果したカルロスの命で舵を取り


地図の端に位置する 忘却へと追いやられていた
始まりの島へと帆を進めていく







小さくなる雑木林と崖を眺め





「ルーデメラさんは 来るんでしょうか…?」


呟くシュドの言葉は独り言に似ていながらも
残る二人の胸中を代弁していた





進行方向から顔を一ミリたりとも逸らさず


「…さぁな けど俺は、来ると信じてる」





返す石榴の台詞は同じボリュームながらも
どこか"確信"に満ちていて





だから三人はそれ以上 彼の話題を
口にする事を止めた









出航した時には穏やかでさえあった筈の海原は





目的地へと近づくに連れて、刻一刻と
その様相を変え始めた







「おかしい…この辺りはさほど海流が
激しくねぇハズなのに…!」






バンザの、苦々しい呟きに呼応するように





「船長!副船長!ラグダス島らしき目標が
上空から妙な黒い雲と霧に覆われてるっス!!」



見張り台にいたドーヴェが甲板に向けて声を張り上げる







牙を剥く大波に逆らいながらも前進した
海賊船と、彼らの目の前に現れたのは







「オイオイ…ウソだろ…!





まるで黒色の半透明なフタと円状の容器で
ショーウィンドウの如く 雲と霧にすっぽり覆われた島






あたかも来訪者を拒絶するかのような景色に


気圧されながら、恐る恐る口を開くシャム





「…一応きいとくけど石榴もルデメも
あんなシマから出てきたんじゃニャいよニャ?」


当たり前だ 俺達が会った時はこんなおかしな
雲も霧もなかったし、海だって普通だった」





普段ならばもっと大袈裟に叫ぶ彼ですら


目の前の光景の威圧感に呑まれてしまって
ロクに言葉を返せない







そしてなにより甲板にいる全員が目を疑っているのは

渦巻いている霧の隙間から時折垣間見える





島の大地にそそり立つ 闇の色をした巨大な"城"







「呪われた城…まさか…本当に…?」





雷が落ちてもおかしくない曇天模様の中でさえ


呟くシュドの顔色は分かりやすいぐらい青ざめている





船長…マジであの島に乗り込むんすか?
あんな所に行ったら、本当に帰って来れないんじゃ」


次々と伝播した船員達の恐怖を引き継ぐ
バンザの一言は 差し出された義手に留められた







三人が一様に見つめているのは島ではなく





島を眼前に見据えて―不敵に笑う石榴





これだからファンタジーは…上等だ、今更こんな
こけおどしで怖気づく俺だと思うな?」






例えソレが空元気であったとしても


前進を決意した今の石榴を止められるモノはいない





カルロスが再度、甲板に命令を轟かせた


「ラグダスの大地へ全速前進せよ!!」








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:ルデとの決別と、ついに決戦の島へと
やって参りました…うーん長かったなぁ


石榴:主に前フリがな つかまだ肝心の部分が
色々謎のままだぞ気ぃ抜くな


シャム:だよニャー…ルデメのこともあるし


カルロス:バンザとドーヴェの説明は
入れておかなくていいのか?


狐狗狸:大体分かるとは思うけどねー…一応補足を
バンザ→海賊船の副船長・ドーヴェ→下っ端の鳥獣族
(連絡係兼監視係?)


石榴:ここでやるなそーいうのは!つか
下っ端の奴の設定あからさまに適当じゃねーか!


狐狗狸:あ、バレちった


シュド:それにしてもあの城は一体、誰が…?


狐狗狸:ソコはまぁ次回以降のお楽しみですよ




いよいよ大詰め!一気にラストバトルと数々の謎
(というほどでもないが)を解明してきます


次回 城にて揃う二対の"赫眼"…!?