彼はクリクリとした可愛らしい瞳を
好奇心で一杯に満たして、こう言った





「また ヘンなやつのコエがきこえたって?」


「ああ…そうなんだ
マホウがどうのこうのってうるさいんだ」


頷く石榴の顔は、その幼さに似つかわしくない
暗さと苛立ちを浮かべている







その声が聞こえたのは石榴が物心ついてからで


それは、頭の中に語りかけているかのように
他の人間に聞こえることが無いものだった





幼さ故に内容を把握できず

また、何を語っていたのか…誰がソレを
語りかけているのかすら理解できてはいないが


絶え間なく 時折思い出したかのように


語りかけてくる存在がいた事実だけは
今でも石榴の記憶に残っている







共働きの両親や、他の年の近い子供達は
そんな石榴の言葉に耳を傾けなかった


むしろ彼を疎ましく 不気味に感じてもいた





―ただ一人、目の前にいる少年…悠輝を除けば





「いいじゃんザクロ、ゲームやマンガの
主人公みたいでかっこいいよ!」






明るく朗らかに笑う相手に釣られ、渋かった
石榴の顔色が少し明るさを取り戻す





「そうか?」


うん!マホウがどうのこうのって言うんなら
お前はマホウ使いってことなんじゃねーの?」


「えー…オレ、マホウ使いより
銃使いになりたいんだけど」


いーじゃんマホウ使い!オレもなりてーし
マホウ使えたら何でもできそうじゃん!」


「でもジュモンとなえるのメンドくせーもん
銃でうった方が早いじゃねぇか」





指でピストルの形を作った石榴が先を
悠輝へと向けて、撃つ真似をする











〜No'n Future A 第五十七話「悪意感染5」〜











「…親父がさ、西部劇とかミリタリーっぽいの
趣味にしてた影響もあってか 気付けば俺も
そっちが好きになってたんだよ」





少し遠い瞳で微かに笑う石榴を仰ぎ見ながら

ルーデメラが、静かに問いを乗せる





「そのユウキって子…魔法が使えたら
何をするつもりだったんだい?」





一拍の沈黙を差し挟んで 答えが返る


「一度だけ聞いた、今でも忘れられない
あいつは…悠輝は言ったんだ」









普段から底抜けに明るい彼の表情が

その時ばかりは、少しだけ寂しげに曇った





「オレね、マホウ使いになったら…
ジローを生き返らせるんだ





それは彼の家で飼っていた、白い柴犬


かなりの老犬で 少し前に天命を迎え
家族全員に見とられて眠りについたと聞いている





「そういやお前…すごい泣いてたもんな」





しばらく目を真っ赤にして、ずっと
泣き腫らしていた悠輝の姿は


本当にその犬を大切に思っていたと伺い知れた





「マホウなら死んだ人とか生き返るからさ
また、ジローに会えるかなって…」


「そっか…家族だったもんな」





叶わぬ事であると、どこかで分かっていながらも


諦めることも否定を口にすることも出来なかった









もしかしたら…なんて事もその時は一辺
考えた事があったさ、俺もな」





懐かしげに笑っていたその表情が

強く深い怒りと悲しみに沈んでゆく





「…でも、ファンタジーは所詮嘘っぱちだと
あの時気付かされたんだよ」









彼らにとってそれは普段と何一つ変わらぬ
他愛の無い日常の延長線の はずだった





「今日は何してあそぶんだ?」


「んーやっぱバトルごっこ?」


「またかよ…でもいっか、じゃあオレ銃使いな」


「だったらオレ マホウ使いとった!」





二人だけが遊んでいる、近くの公園で
繰り広げられたのはいつもの遊び


言葉と身振り手振りだけで役になりきり
飽きるまで相手と戦う


他愛の無い 子供のごっこ遊び





「銃でうつぜ バンバーン!


「きかないモンね〜マジックバリアー!」


あーズッリ〜、だったら…」





両手を広げて見えない"バリア"を張る相手を
打ち負かすべく知恵を絞っている石榴の目に





近くに止まっていた車の窓から

こちらを睨むようにして見つめる男が映った





「なぁユウキ…あそこの車の人
なんか、こっち見てねぇ?」





友の様子に、悠輝も遊ぶのを止め
背後にあった黒い乗用車へと視線を向ける





「あ、ホントだ…あれ?車から出て
こっちに寄って来たよ?」







出てきた男は何処にでもいそうな顔立ちで
物腰も柔らかな、ごく普通の中年に見えた





「ねぇボウヤ達 おじさんと一緒に来ない?
おいしいお菓子と楽しいオモチャがあるよ」


けれど注がれる瞳が怪しげにギラついていて

二人はこの男を不気味だと感じていた





「い、いらない」


「そんな事言わないで一緒に行こうよ…ね?


「おっオレたちそろそろ帰らないと
お父さんとお母さんがシンパイするから」


行こうユウキ、と言いながら手を引いた瞬間





男は悠輝の身体を抱えて力任せに引っ張り


勢いで離された石榴には目もくれず
彼を抱きかかえたそのままで車へと駆けていく






うわぁっ!はなして、はなして!!





真っ青になって暴れ始める悠輝を車内へ
押し込める男に 石榴が縋りつく


っやめろ!トモダチに何する気だっ…
うわっ放せ!





が、同じ様に車へ押し込められて殴られ


「黙れガキども!殺されたいか!!」





低く鋭い脅しに声を無くした子供を睨み


男はドアを乱暴に閉め、その場から
車を発進させて離れていった…









「行きずりの犯行か計画的なモンかは知らねぇが
俺は…ユウキと一緒にさらわれたんだ







衝撃的な告白に、おずおずとシュドが訊ねる





「けど、石榴さんがここにいらっしゃるなら
お二人とも…助かったんですよね?」





…しかし彼は 緩く首を振る





「助かったのは俺だけだった」









殴られて脅されて車に乗せられてから
記憶が急に曖昧になり


目が冷めたら 病院のベットに一人寝ていた





両親や警察が事件当時の出来事をしつこく
石榴へと訊ねていたが


彼の記憶は、さらわれてから助け出されるまで
ぽっかりと抜け落ちてしまっていた







どうしても思い出せない不安の中





「ねぇ…ユウキは?





共に連れ去られていたハズの友の姿を問うも


石榴に突きつけられたのは、容赦のない
信じたくない荒唐無稽な"現実"だった











「車が内部で爆発する事故が起きて…
俺だけが奇跡的に無傷だったと聞かされた」








周囲の五人は我知らず、息を飲む





伏せた顔と低めた声音に悔恨が滲み出す





「俺は…無力だった、悠輝と一緒に逃げることも
悠輝を助けることも…何も出来なかった











脳裏に浮かぶのは 白と黒の支配する空間





「損傷が酷過ぎて、修復が間に合わなかった…」





ひそやかな泣き声に混じる言葉の意味は
成長してからようやく理解したものの





遺影の前に乗せられている白い棺の中には

ずっと側にいたハズの友人の身体がない事実だけは
幼いながらに理解していて





闇と同じ色の喪服に身を包み


空の棺を見つめ、静かに…悔しさと悲しさ
胸を詰まらせて泣く自分自身の姿









「魔法があるなら、アイツを生き返らせたかった」





それがどれほど都合の良い願いであろうと


それが、どれほど叶わぬ願いであろうと…






「神なんて奴がいるなら何であんな事件に
俺達が巻き込まれなきゃならなかった?

どうして…アイツが死ななきゃいけなかった?





彼は願わずにはいられなかった、彼は
思わずにはいられなかった 彼は…







傷を負った少年を、しかし世間は放っておかなかった





"幼児誘拐"と連動して起きた"原因不明の爆発事故"
そして"巻き込まれながらも生き残った少年"


新聞やニュースを沸き立たせる格好の噺だった







「魔法や不思議を都合よく信じてる奴らは
俺を"奇跡の子"だとか散々持てはやしてやがった

…こっちの気持ちなんか欠片も考えずに、な」





"魔法も不思議もファンタジーも、ありはしない"


"語りかける頭の声は信じてくれなかったのに

勝手に奇跡だのなんだの祭り上げてるんじゃねぇ"






「なるほどね…友達を失った瑕と周囲の嫌悪が
その手の現象を嫌う引き金になったのか」





淡々と呟くルーデメラへ、無言で頷く石榴





「でもさ…そしたら君のあだ名をつけた
友達は、一体何者なんだい?クリス君」





余計なこと覚えてるよな…と小さく零してから


虎目は…高校入った時に始めて会ったんだ」





石榴はその時の思い出を語り始める











住んでいた土地を離れ人付き合いを極力
避け続けてきた末に どうにかほとぼりを冷まし

越した土地の高校へと入学しても





"緑簾"という珍しい苗字は嫌でも事件の記憶を
周囲へと思い出させ


また…彼の持つ独特の雰囲気が災いし

話しかける者はおろか、近づく者さえいない





当人も積極的に人の輪に入る事を嫌煙したまま
自分の席で不機嫌そうに顔をしかめるのみ





なぁなぁそこの仏頂面!お前 名前何つーの?」





と、明るいこげ茶髪の男子生徒が人懐こい笑顔を
携えて石榴の席へと半身を乗せて訊ねる





訝しげに彼をやぶ睨みするものの


答えを待つ顔つきが、どこか悠輝を思い出させて





「…緑簾 石榴だ」





低い声でそれだけを呟く







だが、彼はんー?と首を傾げて口を開く





「りょくれんざくろ…どういう字か分かんねーわ
ちょっと書いてくれよ」





名簿か何か見れば一発だろ、と苛立ち混じりに
吐き出したい衝動を抑えながら


面倒くさそうに石榴は出したノートの端に
自分の名前を殴り書きして、破いて寄越す





ありがとな、と答えて彼は紙切れをジッと見つめ





「へ〜こう書くのか〜緑に赤い果物…

おー!何かクリスマスカラーみてーじゃん
じゃあお前のあだ名はクリスでいいな!」


唐突にそう叫んであまつ楽しげに指を差すので

思わず席を立って、石榴は言い返す





「ちょっと待てどこの外人名だ!何がクリスマスだ!
ていうか初対面だろ弁えろテメェ!!」






周囲を固まらせる怒号に、しかし言われた本人は

怯える所かむしろ笑みを深くして親指を立てた


ナイスツッコミ!なんだちゃんと話せんじゃん
まぁ初対面どーし仲良くやってこうぜ?

あ、俺は貴柳 虎目ってーの、ヨロシクな〜」









あまりといえばあまりのマイペースさ
その時の石榴も、脱力するしかなかったらしい







「アイツ程変で、事ある毎に積極的に俺へ
関わって来た奴はいなかったが…


気が付きゃいつの間にか友達になってて
他の奴らとも普通に話せるようになってた」


「君にとっての新たな支えは…その
トラメ君になった、そう言うわけだね」





語りかけるルーデメラの言葉はどこか優しく


表情も、どこか共感するような柔らかさが
混じったのを見て取って





石榴もまた、少し笑みを取り戻す





「まぁな 立ち直れた辺りは虎目のお陰もある
けどよ…今の俺があるのはそれだけじゃねぇ





そこで彼は手を伸ばし、倒れたままだった
ルーデメラの身体を起こして


二人で共に立ち上がってから続ける





「大嫌いだったファンタジーも、実を言うと
今じゃそんなに嫌いじゃねぇんだよ」


「ほ…本当ですか!?」


「ああ、初めてここに落とされた時の俺じゃ
考えられなかったけどな…旅をしてて
悪くねぇなって思えるようになった」





今度こそハッキリと笑みを浮かべて

石榴は茶褐色の瞳で、彼らの顔を見やって言う







初めて海の世界を教えてくれた 頼れる船長


バカをやって困らせるけど 憎めない盗賊


心配性ながらも とても優しい魔法使い


気が強くワガママだけど 一生懸命な姫―



「それに、腹黒だけど反則なぐらい強い
相棒が仲間だったからな」







嬉しげに笑み返す仲間たちと裏腹に





ルーデメラは、言われた事を
理解できないかのように呆然としていた





「僕を…相棒だとまで、思ってたの?」


「悔しいし認めたくねぇし、お前はそう
思っちゃいなかったかもしれねぇけどな…」







ルーデメラは何も言わず、踵を返すと
群れ集う木々の奥へと歩いていく





「ルーデメラさん!」


「どこ行くニャっ、ルデメ!





駆け寄ろうとする二人をカルロスが止める





「追わないでやれ…奴にも考える時間が必要なんだろう」







恐る恐る、ハーメリアが手を上げて





「あの…わたくし、ルーデメラ様に付いていきます」


「そうしてやってくれ…少なくともあんたは
俺達よりルデの事を分かってるからな」





ペコリと頭を下げ 彼を追いかけた
彼女の背中が無事に消えていくまで


四人はその場にずっと立ち尽くしていた…








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:はい、こうして書いてみると石榴も結構
ルデに負けず劣らず悲惨な過去持ちっ子ですね


シャム:はってたフクセンのわりにはカコがこすぎニャ


石榴:てかテメェの持ちキャラは大抵
ろくな過去がねぇじゃねーかよ


ルデ:自分の過去が薄っぺらいから僕らに
お涙頂戴な過去を盛り付けて満足してるんだから
そっとしといてやんなよ二人とも


狐狗狸:……師匠に会わなきゃ魔術導師になれずに
落ちぶれてたくせに(ボソ)


ルデ:幾らなんでもそれは聞き捨てならないなぁ
…生きたまま地獄に叩き落すよ?


狐狗狸:ぎゃぁぁぁ!ゴメンなさいィィィ!!(震)


シュド:ルーデメラさん、どうかお怒りを
沈めてください…


カルロス:よせ、もうああなった以上は…


ハーメリア:ルーデメラ様っおやつが出来ましたよ!




その日、危うく管理人が地獄行きとなる危機を
彼女は間一髪(無自覚)で救ったのでした


次回 彼と決別し、向かうは因縁の島