「咄嗟に魔術銃の弾丸を使って、僕の攻撃を
防いだ事はまぁ誉めてあげようか」





信じられないと言いたげな四人の視線を無視し


ルーデメラは凄絶に嗤ったまま、険を含んだ
石榴へ言葉を投げかける





「あの魔法道具だって本当は君の為に
作ったんじゃない 全ては…僕の目的の為さ」


「知るかそんなもん、それとこの状況に
どーいう関係があんだよ!」



「大有りさ、目的成就の為には君を消す必要がある
薄汚く古臭い 忌まわしい伝説の異物と共にね


彼が示すは、石榴と―魔術銃







そこでようやく硬直が解けたらしく





「や…止めてくださいルーデメラさん!」


「ニャにやってんだニャっ…!」





四人は一斉に彼の暴挙を止めるべく走り寄り―





刹那、怪鳥のように広げられた両手に携えた薬品が

周囲へと飛び散り 蒸気を上げて地面を灼く


「うわあぁっ!?」





詰めた距離が広がったのを見て取って
ルーデメラは淡々と彼らへ言い放つ





「あくまで消すのはクリス君だけのつもりだけど
邪魔するなら…分かってるね?





言う顔には笑みも侮蔑も浮かんではいない





冷酷で無機質な無表情は眇めた瞳に何より似合い

見覚えの無いソレは逆に、彼が何よりも
本気で殺意をあらわしていると周囲に知らしめた











〜No'n Future A 第五十六話「悪意感染4」〜











ウソ…ルーデメラ様が、どうして…?」





絶望感を露にするハーメリアへ答えたのか

それとも自らに語りかけたのかは定かではないが





「…一つだけ確かなのは 今の奴は
石榴を殺そうと"敵"に回ったことだけだ」






厳しい顔つきで左手の義手にはめた剣を構え
カルロスが慎重に間合いを計り始める


シュドやシャムもまた 困惑しながらも
何らかの行動を起こすべく身構える







と、その動きに気付いた二人が

ほぼ同時に口を開いた





お前ら、巻き込まれたくなきゃもう少し離れとけ」


天使君 一応シールドで防御しとくといいよ
万が一の流れ弾までは責任もてないから」





吐き出された内容はどこか似通っていて


立場も状況も忘れ、各々はしばし当惑する





「って一人でたたかう気かニャ!
いつもマケてたくせに…ムチャだニャ石榴っ


尚も言い募り飛び出そうとするシャムを

石榴が 差し出した片手で止める





「これは俺とアイツのケンカだ…手ぇ出すなよ?」





注ぐ赫い眼差しには強い決意が込められており

何者の介入をも許しはしなかった








沈黙し、頷いて彼ら四人は距離を取り


シュドが呪を紡ぐ声が静かに聞こえ始める





その様子を見やってからお互いに
視線を 相手へと戻した





「いい度胸じゃないかクリス君…敬意を表して
本気で殺しにかかってあげるよ!」


「そういつまでも後手に回る俺だと思うな?
今日こそ決着をつけてやらぁ!!







互いに臨戦態勢を取って睨みあい





「ホワイティガーディアル!」





防御結界が展開されたのを合図に


石榴とルーデメラの戦いが始まった











藍が漆黒へと色づき 月さえない
あえかな星明りのその下で





幾度闇を圧する光が瞬いたであろう


幾数度、紡がれた呪の爆音が地を揺らし
岩肌を抉ってその形を無に帰したであろう


幾数十度、放たれた弾丸がそれらを防ぎ弾き
辺りの温度を変えたであろう







荒く息をつき 睨みあう赫眼と蒼眼の少年は


どちらともなく繰り出す術に限界が来ていた





「僕と戦ってしぶとく生き残れるなんて…
流石は"勇者様"って所?」


「だから俺はそーいうファンタジーなモンは
大嫌いだっつってんだろーがバーローが!」






反射的に悪態を突いてから、不意に

石榴の脳裏に疑問が浮かび上がる





「そういやテメェだって"勇者"を嫌ってるとか言ってクセに…
何で未練がましくこの銃を持ってやがったんだよ?」


「…黙れ、異界人の分際で!」





普段の彼には似つかわしくない台詞と声音に
一瞬気圧された その隙を突き





「レイストフレア!」


唱えられた呪文により生まれた劫火は
辺りを焦土と化して余りある力を持っていた






一直線に向かう焔へ銃口を突きつけ


「"凍りつけ"っ!」





石榴はツンドラの氷河を頭に浮かべて
巨大な青い光球を 撃ち出す







両極端の温度がぶつかり合い、激しい轟音と
白く濃い霧が辺りに広がる






「「うわっ!」」


「石榴!」


「ルーデメラ様っ!」







離れて様子を見守っていた四人が
息を飲んで様子を見守る中





動き出しかけたルーデメラに反応し





「"吹き荒れろ"!」





石榴が、最後の弾丸を放つ

まさにその直後 魔術銃が宝珠へと戻る





攻撃を察知し地を蹴り飛ぶルーデメラだが


側で着弾した光球は、強い風を巻き起こして





「…うぐあっ!!」





煽りをくらい吹き飛ばされ 彼は近くの木へと
叩きつけられてズルズルと身体を落とす





「げ、やり過ぎたか…おい大丈夫かルデっ」





心配し駆け寄った石榴が、足払いをかけられ
バランスを崩して地面に転がる


間を置かず馬乗りになったルーデメラが


「偽善もそこまで行くと虫唾が走るよ」





苦虫を噛み潰すような顔つきで握った拳を
眼下の顔面へ 思い切り振り下ろす






「一時期はくだらない仕来たりに縛られて
勇者を目指してた時があった…僕も、ね

けどその伝説の象徴は、僕を選ばなかった」





語りながら、相手の返事を待たずに
彼は二度三度と拳を叩き込んでいく





拳に…言葉に込められていたのは


剥き出しの怒りと悪意と負の感情







『世界にはびこる邪悪な魔物を一掃し、世界を
よい方へ導く』
…勇者の使命と栄誉の象徴


それに相応しい者になるべく育てられた





にもかかわらず、伝説の武器は彼の手で
発動することは無く


その瞬間から…この少年を支えていた
全ての楔が崩れ落ちた







「だから…あの時心に誓ったのさ

下らない勇者の"遺物"なんか…完全に
この世から消滅させてしまおうってね!






大降りに打ち込まれた拳から血が吹き出し

石榴の口の端や鼻から血が零れても
ルーデメラの動きは止まらない





茶褐色の瞳で相手を見据えたまま


低い低い声が、空気を震わせる





「テメェの目的は最初から…この銃を
ぶっ壊すことだけだったってのかよ」


「そうさ…ああ、そうさ!


引き攣れた笑みがぐぅっと浮かび上がる





「ただの異界人の為に、僕が本気で成功例の無い
御伽噺みたいな術を施行すると信じてたのかい?」





答えず口をつぐんだ様子をショックだと
受け取って、ルーデメラは嘲笑を声に乗せる





「ようやく騙されてることに気付いたの?

元の世界に帰れると信じるバカなガキの言動は
今までの旅の中で一番の傑作だったよ!」





壊れた笑いで眼球へ狙いをつける彼へ

止めなければ、と四人が駆け寄るが


握り締めた右手を振り上げて―







バチン、という音が響き渡る


ルーデメラの頬に





「…え?」





そのまま勢いで二発目を食らわせざま
馬乗りになっていた彼を突き飛ばし


アザだらけになった石榴は顔中に走る痛みを
どうにか堪えながら立ち上がった







「俺のことを散々ガキだって言ってたけどっ
テメェだって、ただのガキじゃねーか…!」





釣り上がった目をそのままに、呆然とした
ルーデメラを睨みつけて彼は続ける


「人にオモチャ取られてグジグジと
逆恨み続けてんじゃねーよ、バカ野郎が!」






見る間に相手の顔に 怒りが宿る





うるさい!君に…家柄というくだらない
仕来たりの中で生きなければならなかった
人間達の気持ちなんて分からないクセに!!」


「分からねーよ、自分が特別だの不幸だのと
可哀想がっているバカの気持ちなんかな!」






どちらともなく向かい合い、拳を握りしめ

容赦のない殴り合いが始まる







「ニャ…ニャんで二人ともなぐりあってんだ」


「恐らく…もうお互い術を遣う力
残っておらぬのだろうな」





想像すらしなかったその光景に見入る三人に

ハーメリアが悲鳴に近い訴えを零す





「お願いです皆様…あのお二人を止めてください
これ以上の戦いなんて…!


「残念ながら、僕たちには止められません
…あのお二人の行動だけは」







鳥や虫の鳴き声すら消えた静寂の中


骨のきしむ音や荒い息遣い、鈍い打撲音に混じり
拳や蹴りや体当たりが飛び交う





体力も減って、気力だけで動いている
両者のそれは最早ケンカですらなく泥仕合





それでも石榴の放った真っ直ぐな拳が

ルーデメラを、地面へと沈めた







「へへ…やっと、テメェに勝てた…ぜ」


ニッと嬉しげに笑い 滴る鼻血もそのままに
すとんと腰を下ろす石榴





しばらく天を仰いでいた彼の顔が


悔しさと悲しさに歪んで、言葉を吐き出す





「君みたいな、ろくな苦労も無く恵まれて
生きている人間に…どうして魔術銃が使えるんだ」


テメェ…まだそんな事気にしてんのかよ…」


「どうして…この世界を嫌う人間
伝説の象徴に、選ばれたんだ…!」





搾り出された声音は、痛々しい程の
悲痛さを滲ませていて





それが彼の初めて見せた弱音であり
本音でもあった事実と相まって

五人は 信じられないと言いたげに目を丸くする







ややあって…ため息混じりに答えたのは石榴





俺だってなぁ子供の頃はそんなにファンタジーや
非科学的なモンを嫌ってなかったんだよ……


近所にそういうのが 大好きな友達がいたからな」





仲間である三人と、地面に転がったままの
ルーデメラが大きく目を見開いた





「…嘘だ」


「テメェと一緒にすんな、マジでいたんだよ
魔法が大好きだった 初めての友達が…」







遠い目をした彼が振り返るのは、幼き記憶





思い起こされる、"初めての友達"
昔住んでいた町で知り合った同い年の明るい子





小さい頃から"ヘンな声が聞こえる"と言っては
両親や周囲を悩ませ、孤立していた石榴に


当時では唯一仲良くしてくれた男の子








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:ルデの過去から殴り合い合戦、そして
石榴の過去へも突入〜長かったよ!


石榴:遅すぎるっつのいつもいつもよぉ!


ルデ:いい加減版権減らして こっちに力を
入れろって言ってるよねぇ?バカなの?


狐狗狸:春になっても容赦なしかYO


シュド:でも…ルーデメラさん、ずっと
大変な思いをされてたんですね…


ルデ:君が気に病むことはないよ天使君


シャム:でもだからって仲間をコロそうニャんて
ホンキでハクジョウだニャ!


カルロス:まあ…とりあえず決着はついた
どうなるかは分からんがよしとしておけ


ハーメリア:あの…石榴様の過去とは一体…?


狐狗狸:それも伏線回収の一つだから次回です




石榴の過去と現在もまた、最終章のカギ
なっておりますので気合入れときます


次回 彼の背負った悲しき"過去"