「シャム!」


「シャム君!!」






駆け寄る四人を牽制するように
ハーメリアが倒れた彼を踏みつけ叫ぶ





「動クナ!」





一喝と共に振られた右手の軌道が彼らを押し留めた







白く細いその手には、いつの間にか
大型の肉切り包丁が握られており


滴る血が 軌跡を描いて地面へと零れる





「サァ…ワタクシト一緒ニ屋敷ヘ戻リマショウ
ルーデメラ様?」





シャムの手から転がり落ちた宝珠を拾い上げ


浮かべた彼女の微笑に、先程まで
漂わせていた穏やかさや優しさは失せている





おいルデっ、あの女、あんな危険なヤツ
なら先に言っとけよ!!」





掴みかかりたい気持ちを押し殺す石榴のセリフを
ルーデメラは即座に否定する





「いや…長い付き合いだけど、メリーに
人を刺せる腕も度胸も無いのは承知の上だ」


「ならば…あの家政婦は偽者か?」


「イイヤ、コノ女ハ間違イナク
ハーメリア=フロリーディア本人サ」






疑問を遮ったのは対峙している彼女当人だが


発せられた声音は既に女性のそれではない





「…ハーメリアさんの足元の影が!」





真っ先に気付いたシュドへ続くように
三人の視線が 彼女の下方の影へと注がれる







長い人型の影法師が不自然に歪み


一部が競り上がるように地面から伸びると
彼女の手から宝珠を奪い、飲み込んで沈んだ






あーっ!テメッそれ返せよ!!」


「黙レ!!」





激しい怒りに任せ 彼女がシャムを蹴る





「ぐニャアっ…!」


シャム君!やめて下さいハーメリアさん!!」


「黙レ!ルーデメラ様ヲ誑カシタオ前達ナド
ミンナミンナ死ンデシマエバイイ!!」






チッと短い舌打ちが聞こえた





「またそっち系の魔物か…厄介な相手に
取り付かれたもんだね、メリーは」


「悠長なことを言ってはいられん…このままでは
シャムの命が危ない!」


「っくそ、とりあえずシャムが先だ!
俺があいつを助けるからシュドは回復を頼む!!」


「はい!」





小声で会話を交わし、石榴が魔術銃を具現化しようと
ポケットへ手を突っ込んだ刹那―





「ニ゛ャアっ!!」





濁った悲鳴が夕闇を裂いた











〜No'n Future A 第五十四話「悪意感染2」〜











再び彼らの動きが凍りつく中、胴を貫いた
包丁を引き抜いてハーメリアは言う





「妙ナ動キヲシタナラ、コノ猫獣族ニトドメヲ
刺シマスヨ?ソレデモイインデスカ?」





じわりと新たに滲む血は傷の深さを表している







悔しげに歯噛みする相手を見やり、彼女は
ひどく満足そうな壊れた笑みを浮かべ―







「…メリー いつから君は包丁で人を
刺して笑うような子になったのかな?」





落ち着いた響きがその笑みを奪い去る





「少なくとも僕の知っていた君は、ケンカをする
僕とルチルを困ったように諌めてたはずだ」







真っ直ぐに瞳を向けたまま紡ぐルーデメラの言葉は
呪文に似た強さを持って、彼女を刺す





「人を傷つけることが嫌いで どん臭くてチビで
童顔で意外と年増で、甘いものを造るのがとても得意な
ただの屋敷家政婦だったはずだ」


「お前、それ言い過ぎ…」


「ドウシテ…どうして、そんな目で見ルンですカ?」







ツッコミスルーされつつもハーメリアを見やれば





人ならざる表情が和らぎ、双眸からは二筋の涙が
ぽろぽろと零れていた





「わたくし ずっと一人デお二人を探シテ
あちこち旅をシツヅケテたんですよ…?」







濁った声と始めに会った時の柔らかな声が
混じり合って、彼女の言葉として放たれる





「奥様もわたくしモ悲しクテ…ある占い師さんのお陰で
よウヤくお二人の消息を掴めタンです」


「占い師?」


「あの方は言ってくだサリマした……会えバ必ず
ルーデメラ様もルチル様もご実家ニ戻ってクレル
その為のおまじないもシテクダサイました」


「なるほどね…その占い師に騙されて
魔物を憑けられ操られてるってワケか」





瞬間 再び彼女の様子が豹変する





「違ウ!ワタクシハ操らレテなんかイナイ!!」


「操られている人間に限ってそう言うのさ
むしろいい加減、姑息な手段はヤメにしてくれない?」


「ドウシテソンナコトヲ言ウノデスカ!?
ワタクシハアナタノタメニココマデシテイルノデス!!」



「…僕はあまりメリーを傷つけたくないんだよ
本気で怒らないうちにその身体から出てってくれ」







不毛な会話に痺れを切らし、口を挟みかけた
三人が同時に気付いた





こっそり後ろ手に回されていたルーデメラの指が


光り輝く文字を宙に書き記している事に







"アイズシタラ、ジュウデメヲクラマセ"


"テンシクンハ ジョウカノジュモン"


"センチョウサンハ…"








背後の三人の様子に気付いてハーメリアが叫ぶ





「オ前達!一体何ヲヤッテイル!!」


「君を魔物から救う為の行動…さ!





言いながら彼は自然な動きで袖から出した
ビンの中身を 思い切りぶちまける





「グワァッ!?」







怯んだ一瞬の合間に石榴が銃を具現化し





「"輝け"!!」





間を置かずに放った弾丸が彼女の目の前で止まり
目を灼く光を帯びて輝き出した


「ギャアァァァァァッ!」







四人のように事前に目を閉じるわけにも行かず





射し込まれた光にグラリと視界を眩ませながらも





「オノレオノレオノレオノレェェェェェ!!」







足元に転がるシャムへ追撃を与えんと
ハーメリアが包丁を振りかざす







刃が心臓へと突き立てられる寸前で





「させん!」





届いたカルロスの左手の閃きが
両手に携えられていた包丁の刃を折り飛ばす







「残念だが…これ以上の抵抗は無意味だ」





油断泣く構えた彼に しかし彼女は
悪魔染みた笑みを張り付かせて呟く





「ソレハドウカナ…?」


止める間もなく右手が翻り







折れた包丁の刃が、ハーメリアの身体へ
深く深く沈みこんだ








「メリー!」


「ククク、ハハハハハハハハハハ!







赤い血を口から滲ませ 深手を負ったまま
その身体がルーデメラを目指して駆けたが







「セレスティウィスプ!」





シュドの放った浄化の光が身体を穿ち





『ギャアアアアアアアアアアアアアアア!』







邪悪な影そのものが、もがきながら弾き出され


同時にハーメリアが大地へと倒れこむ







「ハーメリアさん!」


「シャムっ、大丈夫か!!」









動かぬ二人へ駆け寄る彼らを尻目に







黒き闇が空へと溶けるように登ってゆく







「"神の紡ぎ糸 捕縛の鎖 礎を絡めとれ"!」





…が、投げられた手の平サイズのコインから
発動した光る網がそれを許さず


彼女へと取り憑いていた魔物は無様に地へ落ち





それを、ルーデメラは力を込めて踏みつける





「大人しくあの宝珠を返しなよ、そうしたら
せめて苦しまずに滅ぼしてやる







見下ろす表情はどこまでも冷たく


言葉には隠す気もなく殺意苛立ちが現れていて





露骨な怒りを表した彼の姿に
カルロスでさえ、無言のままで動揺した







クッ…セッカクオ前達ノ旅ヲ終ワラセテ
ヤロウト思ッタノニヨォ……ダガ遅イ
オ前達ノ大切ナモノハ既ニアノ方ノ元ヘエェェ!』


「何だと!一体誰の差し金だテメェ!!」





声を上げた石榴へ首らしき部分を向けて


ニヤリ、と亀裂のように影が笑う





『呪ワレタ城…ソコニアノ方ハイラッシャル…
ハハハハ、ハハハハハハ!!』



「ミスィルオクティア!」





哄笑を遮るようにルーデメラが呪文を放つ





一度だけではなく、素早く連続して何度も







影は立て続けの攻撃に耐え切れず この世から消滅した







「くそっ…!」


「ルーデメラ…お前…」







残った網を悔しげに睨む彼を前にして
石榴はかける言葉を失った









「「うう…」」





重い空気の中、二人の呻き声が空気を震わせる





「大丈夫かシャム!」


「メリー、傷の状態は?」







薬草や当て布などの処置を施すシュドだが
血を失っている両者の状態は芳しくない







カルロスに支えられながらも、シャムはいまだに
ぼんやりと目を開いたままだ





一方ハーメリアは処置の速さからか
言葉を放てる程度の気力は残っていた





「ルー…デメラ、様 申し訳…ありませ…
シートル…イ家の家政婦と…ろうものがあなた様の
お仲間を…傷つけてしまう…なん…」


「君のせいじゃない、傷口に触るから黙っていろ」





細い手を握り 労わるようにルーデメラは言う







「お二人の傷の状態がひどい…このままじゃ…」


「何弱気になってんだよ、俺の銃も使えるんだし
二人で回復魔法をかけまくればいいじゃねぇか」





勤めて明るく振舞おうとする石榴へ


しかしシュドは青い顔を横へ振るばかり







「瀕死に近い状態だと、通常の魔法では
治す力に身体が負けてしまうんです」





口に出すのも辛そうに彼は言葉を続ける





「術者の体力を分け与えて瀕死から立ち直らせる
呪文はありますが…今の僕では一度しか…」


「ならその術を分裂させて、いや俺がその術を
覚えてどっちかにかけさせたら」


クリス君、術者でもない君がそんな高度な術を
土壇場で出来るとでも思ってるの?」





皮肉の混じった正論が 今の石榴に何よりも重い







戸惑う彼らを見つめ、ハーメリアの唇がゆっくりと動く





「わたくしは…構いませ、ん お仲間の…方を…」


「……ダメだニャ」







血の気のさらに失せたシャムが、銀青の瞳を
精一杯傾けながら相手へと言った







「アンタはただ、あやつられてただけだニャ…
ルデメを思う そのキモチを…利用されただけ」





苦しげに息を吐きながら 彼の瞳がシュドを捉えて





「だから…オイラより先に…この人を…」


「でも、シャム君」


たのむニャ…シュド…」







肩を叩いたカルロスの一言が最後の迷いを断つ







「……シュド、シャムの望みを叶えてくれ」


「はい…わかりました」









重々しく頷いて 歌声に似た低い呟きが
長く長く紡がれていく







かざしたシュドの両の手が光を帯びて





その輝きがハーメリアを包み込んでゆき








「リザオルソーション」





言の葉の終わりに付けられた呪が光の輝きに
更なる力を与えて…









やがて、静かに瞬きを繰り返して





ハーメリアがむくりと身を起こす







「すごい…傷がもう癒えてる…」


「メリー、よかった…」





安堵するルーデメラの様子を目に
入れ替わるようにシュドがくたりと脱力し







「…シャム!





いよいよシャムの脈動が、弱まってきていた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:ハーメリアの気持ちを目立たせつつ
相変わらず早送り展開(笑)それよりルデ
あのセリフ説得してない むしろ批判してるから


ルデ:事実を言っただけなんだけどね〜
彼女あれでも27だからね、船長さんより年上


カルロス:そ、そうだったのか…


シャム:ニョわりには…セとかカオとか…ごふ(弱)


シュド:シャム君その発言はちょっと
というか無茶してまで言わなくても!!


ハーメリア:ヒドい…顔と背のこと、気にしてるのに…


ルデ:おまけに幼児体形だしね ま、とろくても
家政婦としての腕は認めてるから元気だしなよ


石榴:知り合いに対しても容赦なしって鬼かお前
てーか何の薬品ぶっかけたんだ今度は


ルデ:ああアレ?ただの水だよ
メリーにそんなひどい事するわけないじゃん


石榴:俺ならいいのかよ!!




ただでさえヒロイン率が少ない私の話に
巨乳のお姉さんを盛り込むヒマがな(ピチューン)


次回 力尽きたシャムを前に石榴が…!!