「ル ルーデメラさん…?」





距離を保ったまま恐る恐る シュドが問うと


目の前の人物は柔和な笑顔を崩さずに
自然に小首を傾げて答える





「何ですか?シュド君」


「お、おぃルデ お前今あの影野郎に
身体乗っ取られてんだよな?」


「ええ 厳密に言えばそうなるでしょう
しかし僕は争うことを忌避しております」





すっ、と両手を挙げた瞬間


小刻みに身体を震わせ 彼の動向を
注視する四人だが





石のついた鎖は右の手首に絡まったままで静止し


高々と上げられた腕はまるで聖書にでも
出てくる聖者のように


全てを受け入れるような形で止まっている





「暴力的手段は好ましくありませんので
どうか、速やかに降伏していただけませんか?」





あくまで柔らかな声音に


ゆっくりと、カルロスが首を横に振る





「取り憑かれ逆転した性格とはいえ…仲間を
操る魔物を 易々と信用は出来ない」


「そ、そーだニャ!やさしいフリしたって
オイラだまされニャいんだからニャ!!」





続くシャムの糾弾にルーデメラは
途端に悲しげな顔で俯いた







「信用していただけないのも無理はありませんが
とても悲しい話です…しかし敢えて繰り返しますが
どうか降伏していただけませんか?





言いつつ軽く右手の鎖と石とを揺らし





「降伏していただけるなら、あなた方の傷を治し
無事にここから立ち去れるよう見逃します」





穏やかに告げる彼に 四人は一瞬言葉に詰まる







様子の違う相手に戸惑いつつ、それでも
強気に睨みつけて石榴は問う





「テメェさっきまでこいつらに乗り移ってた時ゃ
やたら攻撃してたくせに、どういうつもりだ」





指し示された三人へ視線を移し


ルーデメラは事も無げに口を開く





「それは乗っ取った方々の元々の性格が
好戦的では無かった為でしょう」


「つまり…ルーデメラが好戦的なため
逆に、交渉による友好手段を行っていると?」


「ええ、能力の反作用として乗っ取った身体と
意識が溶け合うまでは性格反転が起こります


…ですが今はまだ当人の意思も介入されています」


「ルーデメラさんの…意思…?」





シュドの呟きに首が一つ縦に振られる





「つまり僕は あなた方へ好意を寄せ
一定以上の信頼を置いているのです」







普段ならば冗談でも言いそうに無い台詞を


曇り一つ無い笑顔で言い切った当人を
目の当たりにし





メンバー全員に別の意味で悪寒が走った


『ありえない!!』











〜No'n Future A 第五十二話「荒野の決着」〜











「そう言うでしょうね、あなた方は僕の振る舞いに
常々辟易していらっしゃったようですから」







真実であるだけに返す言葉の見つからぬ四人へ
構わず続けるルーデメラ





「ですが簡単な話なのですよ?降伏すれば
あなた方は無傷で旅が、私は新たな身体を手に出来る


従えないならあなた方は滅されるしか道がない
どちらがいいかなど比べるま「うるせぇよ
人の身体でペラペラほざくんじゃねぇ」








確かな意思を秘めた蒼い瞳を受けながら


石榴は強くこう言い放った





認めたかねぇが、俺にはそいつが必要なんだよ
だからとっととそのバカから出てけ!」







その一言に触発され 三人も次々と口を開く





「申し訳ないですが僕も、その申し出は
お受けできません」


「こじんてきにはセイカク逆のほうが…
いややっぱ今のルデメはニャんかイヤニャ!


「…仲間は、返してもらわねばな」







交渉の決裂を見て取ると、彼はため息をつく







「残念です…なら完全に身体との定着が終わるまで
私は身を守らせていただきましょう」





言うや否や取り出した丸い玉を投げつけ


生まれた紫色の煙が、周囲の視界を遮った





ニャ!?ニャんだこのけむりは!!」


「またこの煙幕かよ!みんな一旦近くに集まれ!!







声を頼りに、石榴の周りに三人が固まると
煙の発生元から慎重に一歩後退する





「気をつけろ これはアイツの道具で作られた
煙だから吹き飛ばしても消えねぇぞ!!」


「マジかニャ!?
これじゃまともにたたかえニャいぞ!!」





戸惑うシャムの叫びを追うように







「"契り結ぶ者 我が声と力を頼りに現れん
汝の名は…グリフィクス!"」






召喚の言葉が発され、煙の向こうから
巨大な獣の鳴き声と羽ばたきが響く









「まずいな…召喚獣が現れたか」


「ってカルロス、何する気だよその身体で!」


「幸いここは屋外だ 遠くへ吹き飛ばせば
煙幕の効果も切れるだろう」





無茶だ、と口にする前に間合いを取った
彼の左義手が閃く





目にも留まらぬ剣撃が空を切り


それによって起こされた風圧が、立ち込めた
紫色の煙幕を吹き消していく








(……すげぇとしか言えねぇ光景だな)







最後の一辺が消えて視界が晴れたのと





「ヘカトンメイク!」





あちらで呪文が発動したのは同時だった









再び四人が対峙すると





ルーデメラは術によって競りあがった岩土に
全身を余すことなくよろわれて


二股の蛇の尾を揺らし、番人として立ち塞がる
グリフォンに似た大型獣の後ろに控えていた





「浄化呪文は対象者の身体に当たらなければ
効果を発揮しませんでしょう」





召喚獣の両の瞳はいまだ伏せられたままだが


気配は明らかに四人へ向けられている







「ちっ…ガッチガチに守り過ぎなんだよ
これだからファンタジーは!」


「どうにか防御を崩すしか…ないな
頼めるか?石榴、シュド」





剣を治めて肩で息をつくカルロスに
二人は 短く答えて首を振る







「おおオイラそんニャにダメージうけてニャいから
アイツひきつけるニョはまかせろ!」





足をがくがく震わせながら シャムも進み出る





「すまんな…あともう少ししたら私も加勢する」


「無茶すんなよお前ら…あの鳥頭の目が開きそうに
なったら閉じるまでは目を合わすなよ」







飛び出す準備を始める石榴へ


すっと小さな紙包みが手渡される





「これ、即効性の高い煎じ薬です
少しでも体力補給の足しにしてください」







即座に受け取り、喉へと流し込んでから





「…サンキューなシュド うまくアイツを
引っ張り出せたら、あと頼んだぜ







石榴が地を蹴り ほぼ同時にシャムが反対側から
グリフィクスへと回り込んで接近する







「おっ、オイラのうごきについてこいニャ
このデカブツ〜!!」








のそりと首を動かし始める鳥獣が
すばやい動きで翻弄されている合間に





距離を詰めざま横合いから銃口を向けるが





「観念しやが…っ!」







発射寸前に 微動だにしなかった石人形が
石榴の眼前まで迫り


不釣合いな速度で重そうな右腕を振り上げた





「石人形だから素早く動けないとでも」


「いいや思わんさ」





声と共に擦れ違ったカルロスの一突きが
振り下ろされた腕を上へと跳ね上げ







「ずっとその中に引きこもってられると
思ったら大間違いだぞ 影野郎!!」






銃口を構え直した石榴の赫眼が、強く輝いた







「"崩れろ!"」







放たれた弾丸が石人形の腹部へ吸い込まれ





一瞬の間を置いて、その地点を中心に
細かな亀裂が入りだす





「っしまった!」







覆っていた石人形の鎧が崩れ落ち
ルーデメラの姿が表へと現れた瞬間







「セレスティウィスプ!」


『ぎゃあぁぁぁっ!?』





間髪いれずに完成したシュドの呪文が直撃する







浄化の光を身に受けた彼の口から
二重に悲鳴が漏れ


たまらずに影が身体から弾き出された









「っしゃ往生しやがれ!」





すかさず銃口を構え引き金が絞られた







…だがすかした手ごたえしか伝わらず


魔術銃は手の中で宝珠へと戻ってしまった





げ!このタイミングで弾切れ…!」





千載一遇の機会を得たとばかりに


追い出された魔物が乗り移ろうと
身体を大きく伸ばし 石榴へ覆いかぶさり







「セラフィシールド!」





間一髪でシュドの術が間に合って


魔物は突如目の前に現れた光の壁に弾かれ
相手への転移を阻まれる







その一瞬の隙を ルーデメラは見逃さない







「―でかした天使君!」





大きく叫ぶと袖口から取り出した
瑠璃色のビンのふたを開け





中身の薬品を ありったけ影の魔族へぶちまけた







「あぎゃああああぁぁぁぁぁ!!?」





人ならざる悲鳴をあげ、人型に近い影が
ひどく揺らぎながら荒野の地面に転がる







「なんだこえは…」


「神経麻痺する猛毒や呪詛をしこたま詰め込んだ
新開発の薬さ 初実験は上々って所かな」


「ルーデメラさん、危険です離れてください!」





血相を変えて駆け寄る三人を押しとどめ





「大丈夫、呪詛が取り憑きの阻害をするから
もうお得意の乗り移りは出来ないさ


…さぁ お仕置きの時間だ」





言いながら 短く唱えた術で生み出した
大き目のハンマーが振り下ろされ始める





容赦の無い連打に腕がひしゃげ
顔らしき部位がボコボコに腫れあがり


嫌な音が響いてきてもルーデメラは殴るのをやめない







「薬品だけで十分だろ、そこまでやるか!?」





魔物に対する 余りに非情な攻撃に
思わず掴みかかる石榴だが







「君もつまらない所で一々止めるねクリス君


もう二度とオイタが出来ないよう躾けてるだけさ
…折角この僕を苦しめてくれたんだしね





振り返り微笑を見せるルーデメラの目は
顔とは真逆に、一欠けらも笑っておらず


全員の背筋に 冷たいものが走った













散々五人を苦しめていた闇色の魔族は





スーパー虐待タイムによって
瀕死の状態で身体を震わせるまでになっていた







「ひぃ…分かりました、もう人間に
乗り移ろうなど企みません…」


その誓い破らないようにね?こっちは
いつでも君なんて滅ぼせるんだから」


「ひぃぃ…」







怯えきった声音で溶けるように魔物が消え





ようやくルーデメラは満足そうに振り返る







「やれやれ 余計な邪魔が入ったせいで
肝心な部分を言いそびれてたね」


「お…おお…そうだな…」


「やっぱさっきのセイカクのままのがよ」


「聞こえてるよ泥棒猫君?」





引き気味の空気の中で指名され、誇張無く
10cmほど飛び上がるシャム





「悪いが、話の続きを頼む」


「はいはい 最後は越える場所を明確に限定出来る
強力な思念…平たく言えば帰るべき場所をハッキリと
そしてしっかり思い浮かべられるかどうかさ」







さらりと告げられたその言葉に、四人は
少しだけ拍子抜けしてしまう







「……あいまいっつーかえらく簡単だな」


「言うのはね でも行うとなると別さ
けれどクリス君はこの世界の人間じゃないからね」


「異界の方である石榴さんならば、元の場所へ
戻る意思が強く術の成功率が上がると…」





シュドの言葉を拾ってニコリと笑い





「そういう事、少なくとも
あっちに戻りたい気持ちは強いだろ」







石榴へ視線を移した彼の目に
僅か冷たい光が宿る





自分が帰れなくなるから僕が必要だって
乗っ取られた時に言っていたしね?」


「まーな、否定はしねぇよ…ただ」


「ただ?」







少し間を置くと 赤褐色の瞳をやや逸らし





「お前も含めて 俺らは仲間なんだから
一人でも欠けんのはイヤなんだよ」







照れくさそうに…けれど確かに彼は呟き





その様子にルーデメラは、小さく噴出した







「…どこまでお人好しなんだか」


っうるせぇ!とっととこっから先に行くぞ!」


「あっ、待ってください石榴さん!!」





駆け出した石榴へ、後から慌てて四人が続く







彼らの先にあったのは 次の目的地と眩い希望









……だが一体 誰が予想しえただろうか





それが五人で笑いあい、共に前へと進めた
最後の瞬間となるなどと









――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:ど…どうにか年内更新は達成しました!


石榴:色々詰め込みすぎだろ 長話の後ろが


ルデ:てーか文章力足りなさ過ぎ、僕が喚んだ
グリフィクスを還す下りぐらい書いときなよ


カルロス:容量は…言わないでおいてやるか


狐狗狸:仕方ないでしょう…ここの部分書かないと
年明けてからの最終章が繋がらなくなるし


シャム:てゆか本気でおわらせるつもりが
あるニョか?このハナシ


狐狗狸:あるよ 次からが超展開なんだから!
その為にここん所ずーっと徹夜続きで…(倒)


シュド:あの…管理人さんもよろしければ
この薬をどうぞ(小さな紙包み差し出し)




年内も騒がしいままで終了って…
全ての方にゴメンなさい(土下座)


次回、ついに全ての材料を集め終わった五人の前に…