「何だ何だ 豚の次は影法師モドキか?」





眉間にしわを寄せながら真っ先に答えた石榴に
異形は、目の無い顔を向けると抑揚の無い口調で答えた





『ゴルフォナドンを倒した話は耳にしている
私をあの下等魔族と一緒にするな』


「…お前の目的は何だ」


「まさかあの豚の敵討ち、とかは言わないよねぇ?」


『当然だ 我等の種族には仲間などと言う意識は無い
階級が上か下かそれだけだ』







そこで一旦言葉を切ってから五人を見回し





『とはいえ貴様等を相手にする気はない
今はまだ、な』





同じ調子で異形の魔族は告げるが


額面通り受け取って警戒を解く者は 一人もいない







それに対する感想を特に告げる事無く異形は続ける





『こちらの飛ばした気配への反応から察するに
貴様等は人間の中ではそこそこ力を持つようだな』


「だったらどーしたってんだ?」





ニヤリ、と影法師が笑ったように見えた





『…貴様等と取引してやろう』


「と、取引ってなんニャ?もしかしてお宝」


「あっさり口車に乗せられんじゃねぇぞ
こんな影モドキ、信用できっか」


「石榴の意見は少々極論ではあるが
軽々には誘いに乗れぬと言うのは同意だ」





カルロスの一言へ反応し、やや芝居がかった
仕草で腕を広げる道上の魔族





『何、私はとても退屈しているだけだ
…それを紛らわせる余興として 貴様等だけ
特別に圧倒的な力を貸し与えてやろう』


「興味ないね、少なくとも僕は」


「俺だってねぇよそんなモン」


『…力があれば何でも貴様等の思い通りに
行うことが出来るのだぞ?』


「力が欲しくないって言えばウソになりますけれど
僕は自分自身の力で努力するつもりです」







真剣に答えたシュドを睥睨し


異形が、嘲るように短く笑った





人間らしい偽善的な答えだ…下らな過ぎて反吐が出る
そこの二人はどうだ?』


「生憎と、他者の力に頼るつもりはない」


「仲間をバカにするヤツと手を組むニャんて
いくらお宝つまれたってゴメンだニャ」







五人が取引を拒む意を見せると





少し沈黙を置いて、影法師がため息をつく





『…大人しくこちらにつけば まだ自らの
意思は残せただろうに、残念だ





言いつつ一歩進み出た魔族に彼らが各自
警戒を強めた 次の瞬間





予備動作無しで一気に両者の距離が


目と鼻の先まで狭められる











〜No'n Future A 第五十話「荒野の混乱」〜











「アイツ、早いニャっ!


「リオスク アークっ!!」







咄嗟に具現化させた魔術銃の銃口を向けて
反射的に石榴が引き金を引くが





異形から滲んだ黒いオーラ状のものが


着弾した光球を取り込んで掻き消す





無駄だ 私は闇から生まれた上級魔族
貴様等の攻撃など全て無効化する事が可能だ』


言葉と共に伸びてきた三本指の手を紙一重で交わし





五人はパッと魔族から距離を取った







ニャ、ニャんニャんだアイツ!
石榴のタマが当たったのにニャんともニャいぞ!?」


「落ち着けシャム、奴は闇の力を使い
攻撃を吸収して無効化しているだけだ」


「闇属性の魔物なんてベスビア以来だねぇ〜
じゃここは天使君の出番だよ?」


「はい!」







頷き、早速浄化呪文を唱え始めるシュドへ
すかさず異形が迫る





「させるかよ!"壁"!!





叫びと共に打ち込んだ弾丸が
シュドと魔族の間の地面に着弾し


唐突に頑強そうな一枚の壁が出来上がる





『この程度のもの砕けば足止めにすら』


「ミスィルオクティア!」







腕を振りかぶった僅かな隙に、ルーデメラが
完成させていた術を解き放つ





ぐぅっ!小賢しい真似を!!』





よろめき 矛先をルーデメラへと変えた刹那


カルロスの左腕の義手剣が数度瞬き
異形の影法師を退ける





「闇属性の魔物は初めて遭ったが…基本攻撃は
ゴーストや不死者の類と同じか」


その通り、察しがいいね船長さん!」







身を抑えてやや逡巡してから





即座に身を翻した魔族が、視界に入った
シャムへと突進していく





「ニャっ!ここここっち来たニャ〜!!







遠目の場所に避難していたシャムは
迷う事無く魔族に捕まらないよう走り出す





しかし見る見る内に二人の距離は縮まっていく





「ニ゛ャ〜オイラ全力で走ってるのに
追いつかれそうだニャ!!ヤバいニャ!!」








何とか彼を助けようとする石榴とカルロスだが


フルスピードで駆け回る猫獣族
同等の素早さを持つ相手には


照準も攻撃も追いつかないようだ





「泥棒猫君、いっそ一時的にそいつの
囮になってくんない?攻撃当て難いから」


「テメェ本当に人でなしか!?」


「ジョウダンキツいニャ ルデメのバカー!」





釣られて返す際によそ見をしたのが不味かった







完成させた呪文の発動タイミングをじっと
伺っていたシュドが目を見開く







「うわあぁぁぶつかる!!」


「え…っニャ!?





視線を戻すも 時既に遅く


二人はマトモに正面衝突して尻餅をつき





そこに接近した異形の三本指が長く伸び―





「ニギャッ!!」


本能的な反射で上体を後ろに倒した
シャムの頭上を通過した黒い腕が





並んでいたシュドの喉元へと到達した







「「「シュド!!」」」







倒れこんだ彼の喉に貼りついた腕が
凄まじい勢いで沈んでいく





止める間もなく異形の身体が喉へと飲み込まれ





三人が駆けつける頃には
影法師の魔物の姿は消え失せていた







「シュド、しっかりするニャ シュド!!





呼びかけに反応し、目を開けた彼は
むくりと身体を起こす







「シュド!大丈夫か!?」


「待て石榴、先程の魔物が何かしたかもしれん
下手に刺激するのはよくな」


「…大丈夫も何もあるかアホどもがぁ!」







一瞬 彼らは誰が口を開いたのか理解できなかった







だが先程の台詞は間違いなく





「おどれら大体勝手ばっかほざきゃーがって
ワシがおらんきゃろくに食事も作れんのかい
あぁ!?このガシンたれがぁ!!





今目の前にいるシュドが放ったものだ







「シュ、シュドがグレたニャ…!?」


「どーなってんだ一体!?」







戸惑うのも無理は無い





普段の柔らかな笑みや物腰が雲散霧消し


打って変わったしかめっ面で
人を口汚く罵彼の姿など





想像することすらなかったからだ







「コレは先程の魔物のせいか?」


「まぁ間違いはないね…しかし参ったな
天使君に取り憑くとはね」


「悠長なこと言ってねぇで、とっとと
シュドからあの影野郎を追っ払」


右頬に衝撃を受け 石榴の言葉が止まる





「ワシをどうこうできるもんなら
やってみろやぁ!オラァ!!」






どこぞのチンピラ同然な台詞を吐きながら
シュドが拳を振りかぶり


不意をつかれた石榴はマウントを取られて
拳の連打を浴びていた





「痛だっ!痛だだだだ!!」







慌てて後ろから羽交い絞めにするも





「っぐ、なんて力だ!」


「オラぁぁぁぁ!!」





大きく屈みこむ様にして投げ飛ばされた
長身のカルロスへと飛びかかるシュド







「かっカルロスに手を出すニャ!!





なけなしの勇気を振り絞って突撃したシャムは
一発の蹴りであっさり吹っ飛ばされる







「奴の言った"圧倒的な力"っていうのも
あながち嘘じゃなかったみたいだね」


「感心してる場合かよ!」





短くツッコミつつもどうにか身を起こした
石榴が弾丸を発射し





狙い違わず着弾した粘着弾が彼の動きを止めた







もがくシュドから十分距離を取りつつ
咳き込みながらもカルロスはやっと立ち上がる







「助かった…感謝する石榴」


「いいって それよりアレをどうするかだ
何か手はねぇのかルデ」


「手っ取り早いのは気絶だけど、その後の
本体攻撃に天使君を外すのはねぇ」


「しかしあのまま放っても…く」


「カルロス、ダイジョブかニャ!」





足をふら付かせた彼を反射的にシャムが
脇から支えた 僅か数瞬の間に







シュドの身体から黒い影が飛び出し


凄まじい勢いでシャムへ激突した






「Σニ゛ャーーーー!」


「シャム!!」





もがく彼の体内へ染み込むように影が消え


途端にガクリ、と糸が切れたように
頭と腕が垂れ下がる







「シャム君 大丈夫ですか!?」





同時に心配そうな声音を上げるのは、シュド





「お前、元に戻ったのか?」


「はい 僕の意思で無いとはいえ
みなさんに大変ご迷惑をおかけしました…」





身体を戒められた状態のままで彼は
申し訳無さそうに頭を垂れる





「乗っ取られた間の記憶はあるとすると
やっぱり短期間なら気絶でも剥がせるって事か」







呟いて何やら用意を始めるルーデメラへ
群青の視線が突き刺さる





「単に気絶をさせるなら術で構わんだろう?」


「まぁね〜でもその後出てきたアイツを
足止めしておく必要はあるでしょ?」







彼の準備が整う一歩手前で







微動だにしなかったシャムが全身のバネを
利用した無駄の無い動きで





ルーデメラの背後に回り、首筋に爪を立てる





「大人しくしろ 無駄な抵抗や妙な動きをすれば
この男の喉笛ぐらいは容易く掻き切れるだろう







滔々と響いた言葉に四人の動きが止まった







「止めてくださいシャム君!」


それは無理な相談だ、現時点でこちらを
受け入れない君らと私は敵同士…ならば
従うか滅ぼすかしか道はないだろ?」





落ち着いた様子で語るその口調や表情は


先程のシュド同様 普段の当人からかけ離れている





「どういうつもりか知らないけれど、奴が
取り憑くと逆の性格になるらしいね」


「ったくガラの悪いシュドの次は
頭がよくなったシャムかよ」





悪態をつく石榴だが、人質を取られている以上
迂闊に行動を起こせないでいる


それは他の二人も同様だ







…けれど 当の人質はこんな状況に関わらず
不敵に笑ってこう言った





「ぼけっとしてないでクリス君は天使君を
自由にする、で天使君は浄化呪文をお願いね」


「何を言っているルーデメラ
そんな事をしたら、お前の命が…!





驚いたカルロスに同意するのは、背後のシャム





「そう、彼の言う通り あなたの言葉は
まさに己が命を顧みない愚行です」







首に爪の先が少し食い込むが
構わず肩越しに相手を見やり







「人に取り憑いて人質までとる卑怯者に
とやかく言われる筋合いは…無いね!





彼は所在なさげに下げていた右手から
固形物の何かを思い切り地面へ叩きつけ







目を灼く様な激しい閃光が 荒野に生まれた








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:もういっそジンクス認定しようかなー
"長編の終了予告は必ず伸びる"って


石榴:テメェの不手際だろ原因は


ルデ:全く使えない管理人だね、徹夜続きで
この程度じゃ本当に価値なしだよ


狐狗狸:……ルデの台詞が話を経るごとに
容赦なく、えげつなくなっていくよぅ(めそめそ)
シュド:いくらなんでも言いすぎですルーデメラさん
先程の言葉は取り消してあげてください


ルデ:…天使君が言うなら仕方ないか
流石に少し言い過ぎた、悪かったね


シャム:おぉ〜やっぱりシュドはこうでニャいと


狐狗狸:うん、彼の為にもがんばってこの話を
年内に終わらせるよう努力してみる


カルロス:……出来そうなのか?


狐狗狸:………最悪のケースを考えて
ちょっと起死回生の策で行ってみます




上手く年内にこの話が終われるよう
ちょっと、決死の覚悟で頑張ってみます


次回 取り憑く魔族がついにルデへ…!?