期日が明日へと迫ったこの日


ルーデメラと、彼に引っ張られたカルロス以外は
あてがわれた客室でただ漫然と時を過ごし…







そして夕食会に呼ばれた五人は


王から直々にノールと隣国王子の見合い話を聞かされた





「明日の午前中にウェスタ王子が城へ到着するので
早速見合いを執り行うつもりじゃ」






心持ち、嬉しそうな声音で王は続ける





「といっても準備は既に済んでおる…両者に異論が
無いのなら予定通り、婚礼の段取りに入るじゃろう」


「けれどようやく姫様もご決断されたようで
わたくしも嬉しく思います」





祝うつもりで放たれた大臣の言葉も
五人にはかえって虚しく響く







彼らは夕食が終わるまで、二言三言しか口を聞かず







客室に戻ってから ようやくシャムが不満げに言った





「ニャんでノールは見合いをショウダクしたんだニャ
あんニャにイヤだって言ってたニョに…」


「仕方が無いんですよ シャム君」


しかたニャくニャいだろ!シュドはそんニャ
カンタンにノールのことあきらめられるニョか!」


「諦められるわけないじゃないですか!」





堰を切ったような大声が、ハッと四人の意識を
叫んだ本人へ集中させる





「でも…ノールちゃんが悩んで出した答えを
僕なんかが邪魔しちゃいけないんです」


「シュド…」





苦悩と落胆の入り混じる彼にシャムは
それ以上 何も言えないまま立ち尽くす





「意味はうっすら知ってたけど…
政略結婚って重いんだな」


「交流があって地位も申し分ない相手がいるなら
血縁を結んで力をつける…貴族なら珍しくない事だ」


「特に大きいトコは力が無いとあっという間に
潰されてエライ事になるからねぇ…国の規模だと
領地に住む住人にも関わってくるし」


「解説どうも…けど、夕食の時に見たノール
まるで別人みてぇだったな」





その一言は 実に的を射ていた







道中ひと括りにまとめていた髪を長く解き


上質なドレスや装飾品で着飾り座ったノールは
どこから見ても立派な王女だったが





彼女の表情に生気はなく
時折、打ち沈んだ悲しみすら垣間見せていた











〜No'n Future A 第四十八話「婚約狂想曲3」〜











重苦しくなった雰囲気に見切りをつけて





「すまぬが先に眠らせてもらうぞ…ルーデメラの
実験に付き合わされて…疲れた…」





言うや否やベッドにもぐりこんだカルロスは
早くも寝息を立て始める







それからなし崩しに四人も眠りにつき









見合いの当日 再びルーデメラとカルロスが
用事によって部屋を出た







「昼頃に戻るらしいが、ルデの奴どんだけ
カルロスに借りを返させる気だよ…」


「あれじゃカルロスがカロウシしちゃうニャ」





眉を潜める石榴とシャムに、おずおずと
シュドが言葉を挟む





「あの…少しだけ気になったのですが
お相手のウェスタ王子はどのような方なのでしょう?」







二人は顔を見合わせて……







結局気になったらしく、一目王子の顔を見る為に


割合早めに解放されたカルロスを巻き込んで
三人は城の中を歩き回り始めた





「ごめんなさいカルロスさん…お疲れの所を
連れまわしてしまって」


「いや、私も気になったからお相子…ふぁぁ


「何時もより眠そうだぞ 一体ルデに何やられたんだよ」


「そんニャンじゃ王子ニャんて見つからニャいニャ!
ここはイッパツ目のさめるよーニャお宝を」


「シャム君、それは目的からズレてませんか?」





困ったようにシュドが諌めたその時







「おっと!」


「うわあっ!?」





少し先の曲がり角から現れた者と衝突


突き飛ばされるようにしてシュドが床に転がった







ぶつかったのは紫がかった黒髪の、テクノカットに
近い髪型をした同い年の少年





彼の着ている服は一目で上等と分かる生地だが


色合いと柄が華美すぎるせいか、いかんせん
悪趣味な印象が強い





顔のパーツも美形といって差し支えない造形だが
どこか品がないようにも見えた







「ダイジョウブかニャっ、シュド!」


「はい あのスミマセンでしたお怪我は…」





身を起こしつつ済まなさそうに謝るシュドに







「君がぶつかったせいで服に薄汚い
汚れがついたぞ、弁償したまえ





微動だにしないまま 彼はハッキリそう言った







「あっあの申し訳ございませんでした…お幾ら程
お支払いすればよろしいのでしょうか?」


「フン、そうだな15万ニャンだ」


ボーリだニャ!ぶつかっただけで15万だニャんて
きいたことニャいぞ!!」


「煩いぞ猫獣族の分際で、そもそもお前などと
話し込んでいたこの平民が悪いんだ
それ位当然の請求だろう?」





無論、石榴もこの物言いに黙っていられず噛み付く





「ふざけた事言ってんじゃねぇぞ?さっきのアレ
お前ワザとぶつかってたろ


「へぇ珍しい、異界人のクセにこちらの言葉が
話せるなんて 見世物小屋でならったのか?


「身分のある者のようだが…随分、失礼な者だ…」


「おやおや、いつからこの国は海賊風情の横行を
許すようになったんだ?眠いのなら牢屋で眠れ」


「…黙って聞いてりゃ何様だテメェ!
一度その面ボコボコにぶん殴ってやらぁ!!


「ダメです石榴さん、止めてください!」


「何と無礼で野卑な連中だ!貴様等など即刻牢屋へ―」







廊下にて起こりかけた騒ぎは







「僕らが何故ここにいるのか、王様から
お伺いされてないのですか王子サマ?」






差し挟まれたその一言により すんでの所で止められた







通路の向こうからやって来るルーデメラに
視線を合わせた少年が 四人と彼とを見比べ


ようやく気付いたとでも言うような表情をする





「ああ 君達がノーリディア姫を護衛した
魔術導師とそのお供達なのか…」


「どうもお目にかかれて光栄です王子サマ





あくまで見下した彼の視線と
笑っていない蒼い瞳とが 刹那絡み合う







王子様、こちらでございます」


「今あなたの婚約者がそちらへ行くから
お待ちいただくようノーリディア姫に伝えろ!」






現れた従者へ命令を下してから





「…王族の心の広さに感謝するんだね、でなきゃ
君達のような不躾な連中は今頃さらし首だろう」





五人を指差し、偉そうに笑い


「僕の名はウェスタ=ブール=クリプトメリア
よく覚えておくといいよ」





名乗った王子は きびすを返して去っていった







「…あんなムカツクバカ野郎とノールが
くっつくのは見過ごせねぇぞ」


ドーカンだニャ!オイラたちを虫けらでも
見るようニャ目で見てたニャアイツ!!


ニャンかハラ立ってきたからオイラ、アイツの
ニモツ探して金目のものぬすんでくるニャ!」


「ダメですシャム君それだけは…!!」







止める間もなくシャムの姿は猫獣族ならではの
スピードで影すら見えなくなってしまった







「あーあ、あれはとっ捕まって
牢獄行きのパターンだねきっと」


「仕方ない…私が…連れ戻してくる」


「ってフラフラしてっけど大丈夫かカルロス?」


「ああ、少し意識が…不安定だが恐らくは…」





呟きつつ千鳥足ながらも早足で廊下を進み


カルロスの姿も見えなくなった







「クリス君 君も二人を
追っかけた方がいいんじゃない?」


「そうする…今のアイツらじゃ逆に不安だ」







頷いて廊下を数歩歩き出した石榴が





「シュド、遅いかも知れねぇけど
これだけは言っとくぜ」





不意に足を止め シュドへと顔を向けた







「人ん家の事情やお前らの気持ちに
踏み入る気はねぇけど…大事な気持ち
伝えられるうちに伝えた方がいいぜ」



「石榴…さん?」





どうしてか深く重いものを感じさせるその一言は


シュドの中でとても強く響いた







「じゃ行ってくるわ」





照れたように頬を微かに赤らめて、石榴は
廊下を駆け出して行った









「……まだ、僕は間に合うのですか?」







誰にとも無く呟くシュドに ルーデメラは言う





「言ったろう?五日間の間が刻限だって」


「ルーデメラさん」


「それにまだ正式な婚約が決まったわけでもない
あと、あの王子のほえ面はちょっと見たいかな」





言葉を紡ぎながら彼が向かうのは
ノールとウェスタが、見合いをしている部屋







「君はどうする?天使君」







止まらぬ歩みと共に吐き出された問いに
シュドは静かに顔を上げ…













警備兵と魔導師数人に守られた室内で


二人の見合いは滞りなく進んでいた







「それでは予定通り婚礼の準備にかかろうと思う
依存は無いな?ノール」







問われるも、しかし彼女は虚ろな目で
遠くを見るばかり





「これノール、ノーリディア!返事をせぬか」


「…ああ 申し訳ありませんでした父上」


「なんじゃさっきからその調子は、お前にとっても
大切な見合いであるというのに…」


「国王殿、ノーリディア姫はまどろっこしい事を
省いて僕と早く婚礼したいのですよ絶対」







呆れている王も勘違いをしているウェスタも
ノールにとってはどうでもよかった







「それでは 誓いの署名指輪の交換を」


「勿論済ませるとも!」





ウェスタは羊皮紙の指定された部位に署名と捺印をし
従者に持たせた指輪を手にし





「ノーリディア姫、お手をお借りします」







すっとノールの左手を取り そこに指輪を―









「待ってください!!」





少し高めの声と同時に部屋の扉が大きく開いた







思わず手を引っ込めたノールの目に映ったのは





息を切らせて入り口に佇む シュド





「シュド…!?」


「何だ貴様っどうやってこの部屋に!」


「おお客人よ、一体何用じゃ?」


「お取り込み中っ申し訳ありません…でも
どうしても伝えたい事が、あるんです





途切れがちになりながらも言葉を続ける彼の


オリーブグリーンの瞳が 戸惑う者達の
群れの中にいる一人の少女へと向けられた





「ノールちゃん いえノーリディア様
僕は…僕はあなたが好きです!





シュドの顔が見る見る赤くなるが 言葉は止まらない





「今はダメでも、いつか必ずルーデメラさんみたく
人を救えるほどの魔術導師になりますから…


だからあの お見合いはもう少し
待っていただけませんか…っ」







あまりにも突拍子の無い展開に唖然とする面々と違い


ノールの顔だけは、同じ様に紅潮
眦にうっすらと涙を浮かべていた





それに気付いた見合い相手のウェスタは
憤慨したように立ち上がる





「いったい何なんだ君は どうやったか知らんが
勝手に見合いの席に入ってきて!失礼じゃないか!」








これ以上ない敵意を持ってシュドを睨み





「ノーリディア姫は僕と結ばれる運命なんだ
平民は引っ込んでいてもらおうか!
…おい、誰かこの部外者をつまみ出せ!!」





命じたウェスタに答え 二人ほどの兵士が
彼を捉えようと動き出すも







「無礼者!シュドは部外者などではない!」<BR>




彼らの前に ノールが立ちはだかった





「なっ…ノーリディア姫 僕というものがありながら
その冴えない平民を選ぶのですか!?」


「ノールよ、お前は一国の姫として
決断したのではないのか!」







投げられた問いを返すは、同じ強さを持つ金色の目







「確かにアスクウッドはわらわの国だし
父上の言う事も理解は出来る…


じゃが短い間としても、石榴達は…シュドは!
同じくらい大事な仲間なのじゃ!!






「あわわわわわ ひひひ姫様ぁ…」







泡を食って卒倒しかける大臣を尻目に





王は、深いため息をついて愛娘を見据えた







「ノールよ、全く…お前は誰に似たのじゃ」





浮かべられた苦笑には 先程の真剣な言葉を
正面から受け止めた意図が汲み取れて







「何を今更言うのですじゃ父上」





ここで初めて、ノールは笑った







けれどウェスタは首を激しく振ると





「そんなのいけませんよ!貴方は王族として
相応しい家柄の僕と結婚するべきだ!!」






勢いよく彼女の腕を掴んで無理やり指輪を嵌めようとする





「離せ 離さんか!」


認めませんよ 僕と貴方は運命の赤い糸で
結ばれているんですから―」





半狂乱で、抵抗するノールの腕を引く言葉半ば





「"眠れ"!」





石榴の銃弾が頭を直撃し ウェスタは深い眠りについた







「事情はわかんねぇけど、ノールが大事なら
本人の意思も考えろってのバカたれ王子」


「そうそう、無様な男は嫌われるんだよ?」





彼の意見に同調しつつ、ルーデメラが呪文で
ウェスタを宙に浮かせ別の場所へ移動させる









…訪れた沈黙を破ったのは 王様だった







「…仕方が無い、本人に異論がある以上
見合いは破綻せざるを得んな」





厳かに告げて王はクリプトメリアの従者へささやく





「すまぬな使者殿 ワザワザ遠路はるばる
来ていただいたというのに」


「いえとんでもない、こちらこそ王子が
ご無礼致しまして…」







二三会話を交わし、彼はノールへと言う





「ノールよ お前はいい仲間を持った」







そのまま王の目線はシュドへと移る





「シュド殿、貴殿が魔術導師となれる日を
楽しみにしている」



「あ……ありがとうございます!!」


「やれば出来るじゃねぇかシュド!おめでとうな!」







頭を下げた彼を祝うのは、石榴と
後からやって来たシャムにカルロス







「もうちょっとであの王子のお宝あされたニャ…
おめでとーおめでとー」


「眠…おめでとう おめでとう」


「ってお前等もうちょっとやる気出せ!」


「そうそう せめてこれくらいやらないと!」





ルーデメラがニッと笑って手を振り下ろすと


室内に尋常じゃない量の紙ふぶきが降り注いだ







『うわああぁぁぁぁぁぁ……!』







ルーデメラ以外の全員が大量の紙ふぶきに埋もれ





「お前はやりすぎだこの腹黒魔導師!」





即座に這い出した石榴の叫びが部屋に反響した








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:やっとノール話終わった…てゆうか
これ書いてる途中も長くて、本当どうしようかと思った


石榴:いつも通り ドン尻は無理やり詰め込んで
終わらせてんじゃねーか


ルデ:変な所にこだわり過ぎだし
あの王子よりバカじゃない?


狐狗狸:アレより下とかって…無いわ(ガクリ)
てーかあの後どうやって集いました?


シャム:オイラはカルロスと石榴に止められて
あのバショにひっぱられたニャ


カルロス:危うく盗みに…入る所で…間にあっ…(眠)


石榴:何か兵隊の奴等とかが変な方向見てたりしてた
お前何やったんだよ?(ルデ見つつ)


ルデ:天使君を先に行かせる為に軽い幻術
見せただけさ 支障は出ないよ、多分


ノール:お、恐ろしい男じゃ…(汗)


狐狗狸:でも気持ちがちゃんと伝えられて
良かったじゃんシュド


シュド:はっはい…皆さん本当にありがとうございました




蛇足の蛇足で…ラノダムークでの婚約は書類の署名
指輪の交換が儀礼になってます(いるのその説明?)


次回 アスクウッドを離れた五人に新たなる危機が!?