王との会話を終え、自室へと戻ったノールは





最高級のベッドに身を沈めながら
先程言われたセリフを反芻する







"お前も一国の王女ならば 己の言動に
責任を持つべきじゃ、ノーリディア"








「王女としての責任か…」





密やかなため息の後 彼女は小さく呟いた





「……シュド…」











〜No'n Future A 第四十七話「婚約狂想曲2」〜











微妙な沈黙のまま夜を過ごし、期日まで
四日となった朝





「…やっぱりノールちゃんのお気持ちを
聞いてから結論を出そうと思います」





一晩悩んだ末に シュドは答えを出した







「ニャんていうかのんきだニャ〜」


「いや シュドらしいではないか」


っし!そーと決まれば早速ノールに会って
話を聞きに行くとするか!!」





膝を叩いて部屋を出ようとした石榴を


ルーデメラの優雅なため息が止めた





「クリス君、君の脳ミソにはモ゛ライムでも
詰まっているのかい?」


「朝っぱらから俺に対する悪口だけは
流れるように繰りだせんだなテメェ…」


「ニャにが言いたいんだニャ、ルデメ」


「全く ずっと旅してたなら分かるだろう?」





軽く小バカにした笑みを浮かべて
ルーデメラは自信たっぷりに言い切った





「いきなりあの五才児ちゃんに天使君の事を
好きか聞いて、素直に答えるワケないって」


「…なるほど」


「それにもう旅をしていた時と違って
用もなしに会える状態じゃないんだよ?」





訝しげに石榴が片眉を跳ね上げる





何でだよ!ちょっと話をするぐらいなら
すぐに済む事だろ!!」


「あの、石榴さん…」





何か言いたげなシュドの言葉を遮り





「まぁ試してみるといいよ…無駄だと思うけど」





ルーデメラは立ち上がり 部屋の扉を開ける





「一人だけどっか行くニョか?」


「言ったろ?僕は魔導師協会への挨拶とか
用事があるのさ、ヒマな君らと違ってね」


「勝手に行ってろ研究バカ、何と言われても
俺はやってやるからな!」








と言いながら石榴は果敢にも丸一日


ノールと話し合えるよう、人に頼んだり
時間が開く隙をうかがっていたが





「姫様、次は乗馬の稽古ですよ!」


「城を抜け出されていた分の遅れは
なるべく早く取り戻しませんと!」








彼の想像を超える 殺人的な忙しさの
王族スケジュールに自由な隙間は全くなく





「申し訳ない いくら姫様の恩人様と言えど
みだりにお会いする事はまかりなりません」








使いの者や兵士にやんわりと阻まれ





結局、彼女と会話をするチャンスは訪れなかった









「正面からがダメニャら、こっそりと
ヘヤに入っちゃえばいいニャ!」






期日までの三日前 石榴の報告を
聞いたシャムが意気揚々と提案し







「シャム君 あんまり危ない事は…」


「だいじょーぶニャって、これくらい平気ニャ!」


「泥棒と間違えられても知らねぇぞ…」





カギ付きロープと自作の城内図片手に
廊下へと出て行ったシャムは







「恩人殿…あのような場所で何をしていたのですか?


「おお、オイラまだニャンもしてニャいニャ」


「済まない 止めたのだがこの者がどうしても
城内を探検したいと聞かなくてな…」





途中で厳重な警備に引っかかって兵士に捕まり


カルロスによってどうにか事を丸く治められつつ
引き取られていったのだった









どうにかやり方を思案するものの上手く行かず







刻限は迫り、ついに二日前の午後







「時間がねぇ お前の力を貸してくれ!」





石榴はルーデメラへの協力を申し出た







「頭が高いよクリス君、もう少し床に着くぐらい
下げてから今のセリフを言ってほしいなぁ」


「ぐっ……!」


「僕からもお願いします どうか少しだけでも
ご助力いただけませんかルーデメラさん」





石榴の隣でシュドがペコリと頭を下げ


ルーデメラは目を丸くする





「天使君から頼まれるのは珍しいね…でも
人にモノを頼む時は、それなりの対価がいるんだよ?」







悪魔染みたささやきに答えたのは カルロス







「対価がいるのなら私が請け負おう
その代わり…力を貸して欲しい


「い、いいニョかカルロス!」


「構わないさ 仲間の為なら私は迷わん」


「ありがとうございますカルロスさん…!」







すっかり盛り上がってる四人を冷めた目で眺めつつ





「君らって本当にお節介だねぇ…まあいいさ
船長さんには実験に一つ付き合ってもらうからね」







ルーデメラは普段透明化させている手荷物入れを
一つ手元に引き寄せると


そこから透き通った丸い板状のモノを取り出し


口早に呪文を唱えて 目を閉じる





「ファルスミリエラ!」





呪文に呼応し、板から同じ形の白い光が飛び出て
部屋から窓を通って外へと出てゆき







少し曇りを見せ始めた板を支えたまま


ルーデメラは手を小刻みに動かす







「今のは…どのような術なのですか?」





問いに板から手を離さぬまま、彼は言う





「手紙や贈り物は、逐一チェックされるんだろう?」


「そーだニャ あいつらシュドの手作りクッキーも
さんざんしらべたのにワタさなかったニャ」


「だから魔法道具を媒介したこの術で
五才児ちゃんと会話をしようってワケさ」







端的な説明によれば探知寄りの幻術らしく





術をかけた特定の道具の虚像が、対象者の場所へ
飛来し そこに互いの姿を映し出し


短時間だけだが会話を交わせるとか







「オィオィ、それじゃまるでテレビ電話じゃねーか」


えっ!石榴さんの世界には一般的なモノなんですか!?」


「あー…そんなには でも離れてる奴と話をする
道具は普通にあるけどよ」


うらやましい限りだねぇ、この術意外とマイナーだし
道具も大幅にコストかかるからホイホイ使えないのに」


「しょーがねぇだろ 世界が違うんだからよ」







ばつが悪そうに石榴が口走った瞬間





バチッと電撃が走るような音が室内に響いた







「ニャ!?ニャンだ今の音!!」


「…っく、やっぱりそう来たか」


「何か問題でも起きたのか」





戸惑う四人へ 目を閉じたままでルーデメラは
何てこと無いように告げる





「結界さ、アスクウッドは元々魔術の研究が
盛んな土地だから予想はしてたけどね」







覇王の出現する以前から今日まで
ラノダムークでの魔術研究は盛んに行われている





王国での代表例として挙げられるアスクウッドでは





城下町全体に強力な退魔結界が張られており


王やその家族の部屋には、外部からの術を
防御する結界も組み込まれている





「ってコトはケッカイに引っかかったニョか!」


「ここまで来て、打つ手無しかよ…!」


「そんな…」







落胆した声を背に聞きながら


しかしルーデメラは態度を毛ほども変えなかった





「勝手に悲観しないでくれる?君達」


「何か 策があるのかルーデメラ」


「伊達に二つ名付きの魔術導師じゃないさ
アレンジかけて、少しの間だけ結界を歪めれば…」





手を素早く揺り動かしながら新たな呪文を呟けば


ルーデメラの手の中で、ゆらりと板が揺らぎ―







次の瞬間 鏡のように変化したそれに
ノールの姿が映りこんだ






『な、なんじゃこの鏡は…!』


「ノールちゃん 聞こえますか!」


『その声は…シュド!





覗き込むようにして板に向けて身を乗り出し





「いいかノールよく聞け それはルデの術だ」


「害は無いから安心してくれ」


「オイラたち、お前にハナシがあったから
ルデメにキョウリョクしてもらったんだニャ!」





石榴達は口々に言葉を紡ぐ







『ワザワザ術など使わずとも、話なら…』


「悪いけど 君が三日後にお見合いするって話
聞かせてもらってるから」





さらりと告げたルーデメラの一言に


彼以外の全ての人物が、目を見開いた





『何故それを…!人の話に聞き耳を立てるとは
何と言う無礼なっ、見損なったぞ!!』



「お前いきなり言う奴があるかよ!!」







両サイドからの非難を全く意に介さず





「何言ってるのさ、ただでさえ短い効果時間が
結界のせいでより短くなってる現状で
用件以外のことを無駄話してる余裕はないだろう?」





彼は蒼い瞳を遠慮がちに佇んでいたシュドへと向け





「さ、天使君 あとは君がやるんだ」





手の中の板を、差し出した







短く頷いて板を手に取り シュドは
鏡に映るノールへと語りかける





「ごめんなさい勝手な事をして…でも僕は
ノールちゃんを困らせるつもりは無いんです」





静かに、そして淡々と彼は言葉を続ける





「ただ ノールちゃんのお気持ちを
聞かせてほしいだけなんです」







鏡の向こうでノールの表情が


見る見るうちに変化していく





「聞かせて…くださいますか?」





優しい声音とオリーブグリーンの瞳が板へ…


いや、ノールへと注がれる







気を使って四人は鏡に映らぬように
ゆっくりとシュドの側を離れてゆく







やがて彼女の唇が震えるように動く





『わらわは…わらわは、シュ――





たどたどしくも告げようとした言葉の途中で







残酷にも、映像と音声が途切れた







「時間切れ…か」







何気なく呟いたカルロスの声と


床を透かす板を手に項垂れたシュドの姿が
その場の空気を物語っている









……ほぼ同時刻





部屋の中に入ってきた光が儚く掻き消えた中空を


ノールはただ 呆然と見つめていた







「鏡が…映ってたシュドが、消えた…」







城に戻ってから唐突な話に動転する最中
久々に交わした仲間達との会話と





何よりもシュドへ己の気持ちを伝えられる


唯一の、そして最後のチャンスが失われ







「同じ城にいるというのに、何故たった一言が
伝えられぬのじゃ…!」





シルクで織り上げられたナイトドレスの裾を
彼女は涙で湿らせた








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:色々思う所あって、短編から長編に
この話を移しました〜


ルデ:話数稼ぎと長くなる辻褄あわせでしょ?


石榴:本気でいい加減だよなお前


狐狗狸:うわぁぁぁぁぁぁん(大泣き)


シュド:ああっ泣かないで下さい!


石榴:にしても 何であんなガード固いんだよ…


カルロス:本来、王族などの貴族達と私達は気軽に
会話が出来る立場ではないからな


ノール:習う事も学ぶことも多く 外に出る機会など
ほとんどないからのう…キュウクツになるのじゃ


シャム:わかる気がするニャ、あんニャやたらと
ヘイタイがうろついてりゃニャ〜…


石榴:予想はしてたが捕まるの早かったな


狐狗狸:王族の警備と、ノール家出の予防策でかなり
厳重な警備体制が敷かれてましたので


シャム:チクショー…でもオイラあきらめニャい
かならずお宝ゲットしてやるニャ!


石榴:それ正真正銘泥棒だろーが!(殴)




色々といい加減で本当にスイマセンでした(謝)


次回 ついにお見合いが始まり…