「すまんかったの旅のお方、総隊長なんぞと
いばっとるこのバカは ワシの倅ですじゃ」





済まなそうに頭を下げる店主にアズルはいきり立つ





「父さん こんな連中に頭なんぞ下げなくても」


何を言うか!こっちに来たばかりの旅のお方に
失礼を働いとるのはお前じゃないか!」


「しかし、こいつらは我等に対して
身分を明かす事無く街へ入り込んで来たんだぞ!?」





指差され 四人が短い呻きを上げる





身分か…痛い所を突かれたな」







元より海賊船長のカルロスとスラム出身のシャムは
叩けばホコリの出る身


石榴も今までの道中で、異界人は差別的に
見られやすいことを理解している


シュドにしてもほとんどを森で暮らしていたので
身の証を立てることは出来ず





唯一、証明が出来そうな者の内


捜索中のノールは明かせば逆に混乱を
招きかねぬ立場に置かれている







自然と集まる視線に、仕方なしとため息をつき


ルーデメラがアズルの前へと一歩進み出る





「僕の名前はルーデメラ=シートルーグイ
名前くらいは聞いたことがあるだろう?


他の者は僕のお供 身元は僕が保証しよう
コレで満足かな、隊長様?







僅かに残った客やガネットから称賛の視線を受ける中





アズルだけはますます険悪に眉を吊り上げる







私は魔導師は信用せぬ、それに二つ名つきの
著名な者となれば名を騙る偽物もいるからな」


「この規模の街なら魔導師協会くらいあるだろう
そこで確認を取ってもらえれば済む話さ」


「百歩譲ってお前が本物だとしても、それは
お前達を信用する理由になどならない」





あくまで突っぱね続ける隊長の様子に





何を思ったか ルーデメラは―楽しげに笑った







「……君らがそこまで僕らを疑うって事は
どうやらあの話は 本当らしいね」


「どっ…どこで聞いた!?」





ガラリと変わったアズルの表情に笑みを
貼り付けたままルーデメラは淡々と答える





「語り石達が教えてくれたんだよね、魔物達が
この街にある 特殊な土地を狙っているって」











〜No'n Future A 第四十話「橋の死闘 再来3」〜











特殊な土地?そんなモンがあったか?」





訊ねる石榴に、他の四人も一斉に首を横に振る





そんなモノはデタラメだ!大方適当な語り石に」


「隠していても仕方ないじゃろうアズル
元々はさっき、ワシが話そうとしてたことじゃ」







それまで黙っていたガネットが
激昂するアズルを、言葉で差し止める







「店主さんは随分利口だね、僕にその秘密を
隠しきれないことを分かってらっしゃる」


「さよう、過去の魔族軍の襲来も 今の魔物達の侵略も
全てはこの街に隠されたその土地が狙いじゃ」


「魔物達が狙う、隠された土地…?」





オウム返しに問うシュドに 頷きつつ彼は続ける







「橋が建設された時代 エルフ族がこの場所の
ある一区画に祝福を授けたらしく、今でもその土地の
魔力干渉力は桁外れに高くての」


「この街にそのような物があったとは…今の今まで
わらわはまったく知らなんだ」





目を丸くして驚くノールへ


店主は口の端を笑みの形に歪めた





「旅の者が知らんのは当然じゃ、ここで土地の事を知るは
自衛団の隊長と代々の街の長 あとは身内のごく少数


アスクウッドの王室でさえ、恐らくは現国王
トールウィス王しかご存じ無かろう」


「その土地と位置により、パイラを狙う者達は
どのような輩であり後を絶たん…」





言いながら アズルは足を少し開いて佇まいを正す





「そいつらを退け、あるいは排除し
街とアスクウッド王国を守るべく設立されたのが
我等誉れ高きパイラ自衛団だ」








話を聞く内に 石榴は自然と首を横に傾げていく





「ファンタジーってやっぱわかんねぇな…
その土地ってそんな重要なもんなのか?」


「魔力の干渉力が高い土地は、あらゆる魔道的な
モノの力を増幅させる効果を持つんです」


「ある王国では唯一つあるその土地に見張り台を設置し
侵略者の砲撃用に魔導師を何人か据えているらしいよ」







石榴の脳裏に、城壁にそそり立つ矢倉のような建物にいる
二三人ほどの魔導師が 見つけた敵に放った火の玉が


あっという間に三倍ほどの大きさになって
一陣をまとめて全て吹き飛ばす光景が浮かんだ







「そりゃスゲェな…魔導師版のミサイル台ってとこか」


「ミサイルとは何じゃ?」


「俺の世界にある 弓矢より射程の長い
魔法並みにおっかねぇ兵器だよ」







感心するノールをよそに 眉根を寄せたシャムが
勢いよく挙手する





でもおかしくニャいか?そんな土地があるなら
とっくにマチのマドウシキョウカイとかに
取り上げられてるハズ…」





浅はかだね、と呟き ルーデメラは指を振りつつ





干渉力が桁外れて高いって店主さんが言ってただろ?
協会の人間でも気軽に扱える代物じゃ無かったわけさ」







出揃った全ての情報を整理し、結論に至ったらしく
カルロスが淡々と言葉を紡ぐ





「なるほど…言い伝えの魔族軍も、今この街を狙う
魔物の軍勢も その土地を利用し巨大な拠点を築き」


アスクウッドを狙うつもりか!おのれ魔物の分際で!」







息巻くノールに、負けじとアズルも声を張り上げる







「私の目の届く内でそんな勝手な真似はさせるものか
王国と街を脅かす者は、全て我等が排除してくれん!」








沸き立つ僅かな客に 反発するノールを抑えるシュドとシャム





店主と二人はどこか白けた空気でそれを見つめる









「ねぇ総隊長さん モノは相談なんだけどさ」





そんなやり辛い雰囲気など物ともせず
魔導師の蒼い瞳は しかめっ面の隊長へ照準を定める





「その魔物達、何なら僕らが駆逐してあげようか?」


結構だ 得体の知れぬ余所者の力など必要ない」





すげなく断るアズルだが、それで安易に
引き下がるルーデメラではない







「君らはそうやって突っぱねれば済むだろうけど
この街の人達は そうも言ってられないんじゃないの?」


「こちらの足元を見おって…」





ギリ、と歯を食いしばるアズルに彼は慇懃な物腰で





「街の人達が大層困っているのを助けるのも
たまにはいいかと思ってね 何も法外な要求はしないさ
条件を一つ飲んでくれるだけでいい」


「何だ、その条件とは」







緑髪の魔術導師は、不敵な笑みを浮かべて
ぶっきらぼうな総隊長へ申し出た







「…奴等を打ち倒した暁には 街の"例の土地"
このルーデメラ=シートルーグイが貰い受けよう









店内の空気が、否 時がきっかり三分は止まり







真っ先に我に返った石榴が室内全員分の
思いを込めて叫ぶ







「十分法外だアホォォォ!!」









それによりアズルも思考力を取り戻すと


腰につけた剣を抜き、切っ先を天に構えて





そんな勝手が通用するとでも思うのか!
やはり貴様等、この街を則ろうとするつもりで」


「よさんかアズル!」





ガネットの一括に彼の動きが止まった







店主は深いため息をつき ルーデメラへ向き直る







「…土地のことについては、ワシから長に
話をつける だからご助力してはもらえんか」


「父さん!こんな余所者を信用するつもりか!?」





非難じみた息子の言葉に 父は少し
疲れたような目を天井へと向けた







「ワシは正直、あんな土地なぞ無くなってしまえば
いいと思っとる…長も口にはせんが腹の中じゃ
同じ気持ちじゃろうて」







恐らく初めて語られたのであろう胸の内に
アズルはひどく狼狽する







「使い手のない土地を守り続けるよりは
いっそ人の手に渡ってしまった方がありがたい」


でも父さん!だからってこんな奴等でなくともっ」


実力のある人間に土地を管理させれば
侵略者も減るだろうし、悪い話じゃないハズだよ?」


喧しい!貴様等が王国転覆を狙う敵国の者や
魔物の手先でない証拠など「シズかに!」





アズルの怒号を遮って上がったシャムの声に
全員は口を閉ざし、変わって何事かと視線を寄越す





赤っぽいオレンジの獣毛に覆われた耳が


微かな空気の振動を微細に捉える







「ニャンか さっきからずっと上の方で
ヘンな羽音がきこえるニャ…どんどんデカくなってる」







同時に遠くから重たい金属音が近づき





血相を変えた一人の兵士が入り口からアズルの姿を
見つけるや否や 生き絶え絶えに報告する







「隊長!大変です、上空から魔族軍の部隊が
街を侵略しています!!」



何だと!あれ程、上の警戒を怠るなと言って
おいたというのにどういう事だ!?」


「先に橋から攻めてきた部隊を防いでいたため
警備が手薄になった隙を突かれました!」


「くそっ奇襲作戦か…死人は出たのか!」


「まだです しかしこのままではいずれ
犠牲者が出るのも時間の問題…!」





言葉半ばで、兵士は向こうから響く悲鳴
視線を向け そちらへと急ぎ駆けて行く







今は貴様等と張り合っている場合ではない…
後で詳しく尋問するから、それまでここで
待っているがいい!」







指差して一方的に宣言すると、アズルは
店を飛び出そうと駆け始め





いつの間にか側に移動していた石榴に


足を引っ掛けられ見事に転ぶ









悪いが、俺達だって黙って人の窮地を
見過ごせるほど大人しかねぇ」





顔を抑えて立ち上がる前に、石榴は彼を見つめつつ
宝珠を片手に入り口へと移動を始める







「怪我をされた方もいるでしょうし、僕達も
微力ながらお手伝いさせてください!」



オイラだって役に立つニャ!のけモノにすんニャ!」


「街を護るが第一の任務とする自衛団が
助力を拒んで何とする、愚か者め!」



「疑いが晴れるとは思っていない…だが魔物達から
街の人々を助けたい気持ちは分かって欲しい」





釣られるように五人も彼へと視線を向けながら
入り口目指して進んでゆく







「〜っ余所者に助けられる義理など!





歪めた顔で一足飛びに六人を追い越し


入り口の間に立ちはだかり、出てゆく彼らを
押し戻そうとしたアズルの動きを止めたのは





刹那にらんらんと輝いた 赫い目







それは、彼がもう一度見直す間に
元の茶褐色へと戻っていたけれど


鋭い眼光は毛先ほども変わっていない







「こんな時に言い合っても仕方ねぇだろ
困ってる奴等を放って置けるかってんだ、どけ!






彼が怯んだ一瞬の隙に 石榴が横を抜けていく


それに続いてカルロスやシャムやノールや
シュドが次々に隣を通り抜け







「ちょうどいい、僕らの実力と街に害をなすか
否かの判断 今から見て定めてみなよ





ニヤリと笑ったルーデメラが、アズルの側を
すり抜けて 路地へと出で行った











空を軸に攻撃を展開する奇襲部隊の前に
兵隊達はジリ貧の戦いを強いられていた





禍々しい爪や牙や火炎の息 或いは魔道の力が
街の建造物をあちこち破壊し


戦っている兵士の体力を容赦なく奪ってゆく







「ぐああぁっ!」





腕の一振りで弾き飛ばされ 石畳に叩きつけられた
兵には見向きもせず、魔物は前の路地を見つめる





逃げ遅れた一組の母子が恐怖に身を竦ませ


泣き叫ぶ子を母が必死の形相で強く抱きしめる様を
嘲笑い、鋭い爪を振りかざし―







背後から その頭が跡形も無く吹き飛ばされた







「…ガキを襲うんじゃねぇっつの!」









地面へと倒れたその骸を始めとし


攻めていた魔物達の進撃が止まる







兵士と対峙していた魔物は次々と切り裂かれ





逃げる住人を追っていた魔物は


まんまと罠にはまって仕留められる







上空から攻撃を試みるも、幻術で標的の位置が
判断しにくいよう操作され





見切りをつけても当たる前に防御
もしくは術を掻き消される


次の手を繰り出す間もなく矢の雨
魔法や光の弾丸の嵐が降り注ぎ





追い込んでいた魔族軍は、逆に追い詰められて
その数を見る間に減らされてゆく







やがて 僅かに空で留まっていた魔物は





全滅寸前の自軍の様子に泡を食って退散していった











ひとまず闘いが一段落した事を見て取ると







強い…我等が手こずっていた魔物どもを
あっという間に蹴散らしてしまった…」





他の兵達同様、呆然と見入っていたアズルへ





堂々とルーデメラは歩み寄ってゆく







「…さて、隊長さんからまだ返事を聞いてなかったね
僕らの実力は今見た通り 他に不満はあるかい?







押し黙る彼の肩を、ガネットはそっと叩く





アズル この人達ならあの土地を妙な事には
使わんだろう…いい加減、腹を括ったらどうだ?」


「父さん……」







しばしの逡巡の後、やがてアズルは決心を固めると


謹んでルーデメラの前にかしずき 一礼をした







「先程までの非礼 どうかお許しください


我等は度重なる戦により疲弊しております
どうかご助力いただけますか、ルーデメラご一同殿








魔術導師は満足そうに笑って頷く





取引成立 もちろん承りますとも」







他の五人も、無言のまま彼に倣った








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:これ以上展開が伸びるのを危惧して詰めたので
ちょっと駆け足気味になっちゃってますです


石榴:遅い・無理やり・ワンパ文体
ダメな方に三拍子揃ってんじゃねぇかよ


ルデ:いっそダメマスターとして極めたら?
その暁には苦しまないよう一瞬で灰にしてあげる


狐狗狸:死刑確定!?誕生日間近に控えてんのに
あんた等本気で冷てぇぇぇぇ!!


シャム:あのオッサン、オイラたちと話してるヒマが
あんならマチをケイビしとけよニャー


カルロス:言ってやるな 戦乱が長引いた状況で
他所からの人間が現れれば、長としては身元を
ハッキリとさせておきたい所だ


ノール:活用できず、さりとて捨てられぬ土地が
良からぬ者を引きつけるとは…


パイラには語られぬ苦労があったようじゃな


シュド:そうですね アズルさんやガネットさんの
お気持ち、少しだけ分かるような気がします


狐狗狸:あの…私のセリフを無視しないで皆さん…




ルデの取引と皆が飛び出す下りが今回の力入れ所です


次回 自衛団と共に戦いに参加する事となった石榴達
思わぬ死闘が繰り広げられる…!?