これも、ある世界での現実で起きた話





驚いたね これだけの正しく、事を
成し遂げる人がいたなんて〜石を使うのに』





争いにより病や死が蔓延し


緩やかに滅びを迎えかけていた国と大地は





ある一人の男によって、元の風景と秩序と生命を
ほとんど取り戻しつつあった





『この石が、私には分不相応なモノである事は理解していました
…けれど誓って貴方様へ顔向けの
出来ない使い方はしていないつもりです』





偶然に拾い上げた "白く輝く石"


後生大事に首から下げていた小さな袋から
取り出して、手の平に乗せて掲げ


『それでも無断で神の力に触れた事が罪ならば
私は喜んで この命を差し出しましょう





跪いていた彼は…顔を上げて


石の本来の持ち主であろう、別の場所から
現れた黒髪の青年へと静かに告げる






『ですが…石をお返しする前に、最後に一つ』





藍色の眼差しは、じっと男を見据えている





『願わくば 彼女の病を、苦しみを取り除くため
石のお力に縋る事を許してくれますでしょうか』








……どれほどの時が経っただろう





痛いほどの沈黙が流れて、青年は


男の手の平の上で静かに輝く石をつまみ上げ





首に下げられている袋へと、しまい直す





滂沱の涙を流し感謝を口走る男へ





『忘れないで…栄えても例え家系がどれほど君の
戻るから、石を取り返しに必ず俺は』



青年は―闇の神はやわらかく微笑んだ











〜番外―訪れる終わりに〜











そして…とある技術の発達した超人達の文明世界は


すんでの所で、因果崩壊の危機から免れていた





いやっはっはっは!マジでやり遂げたなオレら!
あんたサイコーだぜ神サマっ!!」



「照れくさいじゃん、呼んでよサシルって」





満身創痍になりながらも快活に笑う
茶色い短髪で、細身ながらも筋肉質な中年へ


汚れで更に冴えない格好となったサシルが笑い返す





「な、何が起きたかよく分からんけど…ともかく
終わったんなら早く家に返してくれ誘拐犯ども!!


彼らの足元で、身動きできないよう手足を縛られた
恰幅のいい青年が悲鳴混じりに叫び


筋肉質な中年が屈みこんで答える





「わーったわーったって、お前さんもお疲れ
この後ちゃーんとペンバー様が送り届けてやっから
収容所送りだきゃカンベンな?」


「くそっ!まさかテメェまで超人とは…」


「スンマセン騙して、けどいいっすよね?事で
お相子って、そっちも色々とちょっかいかけたし」





あくまで軽い物言いへ、足元の青年は悔しげに
唸るぐらいしか出来ないのであった







―神々を巻き込んだ争いの果てに


砕き散らされた 光の神"スウィードル"の魂の欠片





白く輝き、世界を一変してしまう強大な力
秘めた石へと変化したソレを求めて


残された闇の神"シェイルサード"は様々な世界を巡り


世界の「概念」や「理」へ自らの存在を合わせながらも

いまだに終わらぬ旅を続けている







んも〜遅いニャー、今度はどこで道草してたニャ?」





ひょこりと現れた 小さな白い猫のぬいぐるみ


…いや、ぬいぐるみにしか見えない
その生き物が彼へと話しかける





「ヒドイなぁネーニャ、止めたのに崩壊
愉快痛快な誘拐犯のオジサンと〜世界の」


「どんなユーカイ犯ニャ…」


呆れたようにため息をついてから、ネーニャは
サシルの肩へと飛び乗って続ける





「それでシェイルサード スウィードル様の
欠片はちゃんと見つかったニャ?」


「だったよ、あったけどあるにはこんなん」





言いつつ髪の毛から取り出した…ように見える石は


彼の人差し指と親指、2cmの間につままれた
細い枝のような破片だった





ちっさ!こんニャ細かいのって…
どこまで冴えニャいニャ!」


「いけないよ?しちゃ、こんなんでもバカに
あるのさ足りる力が破壊するには世界を


「うー…さすがはスウィードル様の欠片だニャ」


藍色の目を笑みの形に細めて、サシルは石をしまう





「とりあえず、気を取り直して次のトコ行くニャ!
えーと次の目的地は〜っと…」





移動をしている途中で





彼の足が止まったのに気が付きネーニャが
肩越しから視線を追って、問いかける





「"チュアリ"の世界線がどうかしたニャか?」


「…思い出したんだよ、いや」


「ニャニを?」


「昔したのを約束、見つけた人と石を」







どれほど多数の世界があろうとも


どれほど世界の型式や概念が変わろうとも


光あれば、必ず闇がある





"闇"の化身…いや具現とも言える神そのものの
サシルにとっては


時と老いの概念は意味を成さない





故にこそ膨大な情報を抱き、忘れ、思い出しを
繰り返して在り続けることが出来るのだが





何かのキッカケで思いがけず記憶がよみがえる


そんな人間同様の経験を引き起こす事もある





ともあれ、彼の脳裏には


チュアリで石を返そうと跪く男へ微笑みかける
自らの姿が 昨日の事のように鮮明に浮かんでいた





「ニャんでその時回収しなかったニャ!?」


「だって、してたし使い方珍しく正しい石の
ぽかったしワケありっ何か」


だってじゃニャい!信じられニャい!
とにかく今から返してもらいに行くニャ!!」






短くもやわらかい手で頬を殴られ





「行くってば」


まるで遊びの最中、親に手伝いを呼びつけられ
友達へ帰ることを告げる子供のような顔をして





サシルは世界の理と自らを合わせて


チュアリの大地へと 降り立つ







「ニャんか、空気がおだやかで眠くニャりそ〜」


牧歌的で温かな周囲を見回し、和んだのか
ネーニャはあくびをひとつ





厳しいなかなり制限が…いいけどないと争いとか」


ギリギリ結べるぐらいの長さになった黒髪と


キーホルダーへと変わった、愛用の長剣
見やってサシルはため息ひとつ





しばらく進めばキチンと発展した都市があった





「こんにちは、アナタも観光に来た人ですか?」


「そうなんです、来てトコからちょっと遠い」


この町はいい所ですよ?アナタの町も
よい所でしょうね 出会いと別れを楽しんで下さい」





不思議な挨拶をかわされ 手を振り合って別れて





「…人達、ここの変わってるね」


「いつも通りニャ」





二人は小さな声でそう言い合い、町を見て回る







道行く人、言葉をかわす人はみな親切で


ネーニャを見ても不気味だとか不快に思う者はおらず


サシルは格好や言動をバカにされたりせず
町の成り立ちや様々な質問をキチンと答えてもらえた





機械的すぎず、特殊な文明や
技術の片鱗なども特には見られず


争いやいがみ合いなどの空気などはなく


かといって、不自然に何かが抑制されていたり
幸福がにじみ出ていたりはしておらず


人々は適度に笑い、適度に怒り、適度に泣いて

また微笑みを生み出してゆく





…辺りはまさに
"絵に描いたような"平和に満ち溢れている







「いっそ気味が悪いほどだニャ」


「あってもそんな世界が、いいじゃないたまには」





広場の中央には とても楽しそうに遊ぶ子供達と


古ぼけた石像が目について





「ソックリこの人…もらってた、石を預かって」





近づいた彼らが台座のプレートへ目を通せば


石像同様に綺麗に掃除されていながらも
所々錆びて、文字は削れている


しかしハッキリとこう彫りつけてあるのが読み取れた





『救世主 ホー=スティラス様の記念像』





ホー様の像へイタズラしちゃいかんぞい?」


側の店で椅子に腰かけていた老人が言う





「今この世界が、どこもかしこも平和で争いが
無くなったのも全部ホー様のおかげなんじゃから」










詳しい情報を集めてみれば





争いがまだ残っていた頃、とんでもない大災害により
世界中が苦しみ苛まれていた時


石を預かっていたホーという医者が


神のような力で大勢の人々を助けて回っていた





また、彼が訪れた土地が何故か次々と
力を取り戻していったので


たちまちにしてホーは人々から
"救世主"として崇められる存在となったようだ





…が、彼は





私は救世主でも、ましてや神でもありません
ただ人を助けたいだけの…一人の男です』


あくまでも口癖のようにそう言い続け


俗世に興味を持たず、人助け以外では姿を現さず





やがて遍く人々の悪意や欲にさらされるのを
恐れてか…消息を絶ってしまっていた





「彼は死んでしまったのか」


いや、神が死ぬわけなど無い
きっとどこかで私達を見守っている」


違うよ 誰かに殺されてしまったんだ」





様々な憶測が飛びかって、当時は彼自身や
彼の親類や家系を装った者も多く蔓延っていたが





今では、ウワサですら聞くことはないとか









「こりゃ時間かかりそーニャ…ニャーは
別の方から情報あつめるからガンバってニャ〜」





肩から降りたネーニャが、ちょこちょこと
足を動かし離れていく先に


友達と談笑してる 彼女好みの男の子
見つけてサシルは言う





「惚れ?また一目」


今度こそ真実の恋だニャ!ジャマしたら
シェイルサードでも許さニャいから」


「しないよ、分かってるからどーせ振られるの」


直後 一切のためらいもなく彼の頭に
チュアリ世界の貨幣がありったけ投げつけられた







…痛む頭をさすりながらも


根気よく村や町、国中を歩き続けたサシルは

この世界の変化した経歴を知った





「我々の一族はホー様やその血筋の方々によって
ここまで栄える事が出来た」



「助けられた私達には、私達にしか出来ないこと
あると言ってくださったと曾祖母は言っていたわ」





ホーとその家系の人間達による活動で
助けられた者達が、自らの意志で他者を助け


とてもとても 長い長い時間をかけて


やがてそれは一つの運動となって…





世界を徐々に、今の姿へと変えていった







「ないね侮れ…人の力も、スウィードル」





こらえ切れずに、サシルは笑みを湧き上がらせる





そうして渡り歩いた末に


ようやくホーの末裔が住んでいる場所を突き止め





静かな村の、ひっそりとした一軒家の
扉を叩いて開けた青年は







「…ゴメンなさいね、こんな姿で」





寝床に伏せたままで笑いかけている


老女のような有り様の女性と対面し、言葉を失う









実際にホーが石を使った場面はとても少なく


ほとんどは、自らを省みぬほどの献身によって
なされた偉業であったのだが





多くの人々を助けた功績と その責任感は
ホーが死しても尚、彼の家系へのしかかって





世界が変わる歪みを引き受けてしまったかのように


彼の親族は全て散り散りとなり


子孫は皆、人目を忍んで生きていかねば
ならなくなってしまっていた







…それでも、ホーの抱いた信念は家訓として生き続け


途絶えそうになりながらも教えは綿々と守られて
石とともに次の世代へと受け継がれて行ったようだ





しかし長い年月を経て家系はとうに絶え


人を助け続けて、他の家で絶やさず続いていた
"救世主"一族の血も





とうとう最後の一人となってしまっていた







「アナタが来るのを、私達はずっと待ってたの」





ホーの末裔…ウィニア=ジャベット
青年の正体を聞いても、落ち着いた様子でそう答えた





「子供もなく夫にも先立たれて、数年前に
病を患ってしまって…アナタに石を返せないんじゃ
ないかって不安だったから…よかった、間に合って


「治せないの?病気その」


「ええ…私も医者だったから分かるの
もって明日の命だ、って」





ゆっくりと、彼女が首にかけた袋を服の下から引き上げ


白く輝く小さな石を取り出すと


すっと 隣に座るサシルへと
石の乗った小さな手の平を差し出す





受け取って下さい、私の命がある内に」


「…使わなかったんすか?石を、どうして
今からだって病なんて君の、石を使えば


石の力によって病の完治を提案する彼へ


首を横に振って、ウィニアは答える





「ご先祖様…ホー様は、おっしゃっていたそうです」





森羅万象を意のままに起こせるこの石はとても危険


本来ならば、ある御方に返さねばならなかった


だが私は…自らの妻や、宿っていた娘の命を
助けたいがために欲をかいてしまった






けれどもあの御方は そんな私のワガママを
許してくださった…だから


「これ以降、どんな理由であれど自らのために
石を使わず神の御心に任せよ…と」






涙で両頬を濡らす、男の顔を思い出して







苦しげに顔を歪めて、青年は頭を下げた


「…足りなかったねゴメン、方が俺の考えが」


いいえ、アナタはご先祖様と私達に
すばらしい力をお貸し下さいました」





弱々しい手が導くままに彼は右手を差し出し


彼女は、大きな手の平へ震える両手で
石をしっかりと握らせて笑う





人を助ける誇りと、許された証を支えに
今日までたくさんの人の力になれた


……みんな、アナタのおかげですよ?」


「違うよ」





包み込むように両手で握り返して





「賜物だよ、君と君らの家の人達 そして石に宿る
彼女の力…この世界が正しく栄えているのは」



サシルは、まっすぐに瞳を向け断言した







…その後 一人きりのウィニアが
眠りにつくまで話し相手として側に居続け





安らかに息を引き取るまでを見届けて





「俺は止めない、歩みを」





哀しげな面持ちで、花を供えたキレイな墓を
見下ろしていた闇の神は


立ち去る寸前で振り返って





「今は静かにお休み…また会いに行くよ、ウィニア





ふわりと、眠る彼女へとやわらかく

あの時と同じように笑いかけたのだった








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:今回の短編は、ちょっと切ない感じを
醸し出す雰囲気で書いてみました


サシル:だねー急転直下!かなりの


ネーニャ:てゆうか前半との落差が激しすぎニャ


狐狗狸:長編と前回がバトルだったから、敢えて
バトル入らない感じのシリアス入れたかったの


サシル:したら書くんじゃない?俺が
させる破滅展開、次の時に世界を


ネーニャ:言うコトがさり気にえげつニャい!


狐狗狸:まー成り行き上、世界を救っちゃいるけど
悪意も内包してこその"闇"だよねぇ


ネーニャ:夢もキボーもニャい!?




今回の舞台や現代社会みたいなトコだと、剣や武器の
使用"概念"が低いせいか彼の長剣は飾りになります


読んでいただき、ありがとうございました〜