寂しげな苦笑を交えて 視線を不思議な光彩を
放ち続ける石へと落とした状態の闇の神へ


アルテアはやや大儀そうにため息をついて…





「言っとくけど、あたしゃそっちの事情なんか
一切聞く気ないからね?」



通る声ではっきりとそう言い放つ





「ええええぇぇぇ…?!」





上がった彼の顔にはありありと不満が浮いていた





「いやとこっしょ聞く、そこは普通
かもしてたのに雰囲気…意味深っぽいの思い切り!」


甘ったれてんじゃないの 神様だかなんだか
知らないけど、誰も彼もが会って間もない男のグチに
付き合うほど優しかないよ?」





言い切られた反論を更に返そうと口を開くが


ニ、三度開閉を繰り返して…シェイルサードは
結局何も言い返さずにケロリと笑う


「そうっすね…忘れてくださいスイマセン」







だが、彼女の言葉はそこで終わりではなかった





「とはいえ、アンタにゃ色々恩もあるからね」





目を丸くしたまま立ち尽くす彼へ





「…ここで会ったのもなんかの縁だ
グチでもいいから、ちょいと吐き出してみなよ?」


アルテアは初めて…柔らかく笑いかける





「……長いっすよ?不明だし意味」


こちとらメシ屋開いて長いんだよ?そんなの
酔っ払いどもの付き合いで慣れてるさ」


「スイマセンね…なんか」





快活に笑う頼もしい女主人へ、彼もまた
釣られるように笑って 言葉を吐き出していく











〜第七話〜











―元々 別の次元には自分を含む七人の神がおり


それぞれが異なった性質と役割を司り、使役し


時には自らの住まう"世界"で好きな事を行い


他の世界へ顔を出す事もあった





『おいコラ、どこへ行く気だシェイルサード!』


『行くだけだって飲みにちょっと〜ねっサイ!』


『ワッサイディン!貴様、少しシェイルサードを
甘やかしすぎてはおらぬか?』


『無論、仕事もさせる』


『ないよ聞いて何ソレ!?』





闇の神は 旅や新しいもの、他の神と楽しむ事を好み


必要以上に他の世界へ旅立ち 自らの役割を
眷属に任せきりにすることも少なくなかった





『どうかしましたか?』


『何、いつもの通りと言った所だ』


『そーそー、なってるのいつも通りお説教魔人
カルティアロスったら』


『カルティアロスもあなたのためを思って
忠告しているのですよ、シェイルサード』





そんな彼の悪癖をたしなめて





『務めをおろそかにしてはいけませんよ?』


『…分かったよ、スウィードルが言うなら』


『貴様もスウィードルの言う事なら聞くのだな』


『素直にな』


『からかわないでよ両方とも!』


『まぁ、仲がよろしいこと…』





全ての神の力を束ねる"長"の役割を果たしていたのが


光の神・スウィードルだった





「憧れでありスウィードルはまさに"光"でした
大好きだったんです…俺らは皆、彼女が







穏やかで全ての神と眷属達と万物とに愛され


信頼されていた優しき女神が







『マジかよ…シャレに、なんね…』


豹変し、愛していた仲間の神々を殺し





『こいつぁヒデェや…見る影もねぇ』


慈しんでいた他の世界を滅ぼすなど誰が想っただろう





たちまち起こった争いで、幾重もの憎しみの血と
悲しみの涙と尊い命達が流れ流されて





『ここは…僕が時を稼ぎます…!』


『貴様ならば、彼女を止められる…
頼んだぞ シェイルサード





犠牲を払った末に狂える神を滅ぼして







…闇の神は、彼女が変わった理由を知った







『全く無駄な労力ご苦労様デシタ、我が主
……ギヒィィィィイ!』



全ては―邪な心を抱いた自らの眷属

光の神を乗っ取って行った凶行だったのだ






「僅かに出来た心の隙から 乗っ取られたソイツに
自分の魂を封じられて、力を使わされていた…


『利用されただけだったんだ スウィードルは』





滅びる寸前、乗っ取っていた眷属が
封じていた光の神の魂を砕き散らして


様々な世界へとその欠片を吹き飛ばした時





彼は自らの過ちに思い至ったのだと言う







旅にかまけて、自らの力を過信しすぎて

神としての責任感が足りなかった


彼女の心に気付けなかった


眷属が裏切るだなんて考えなかった





「起こらなかったんだあんな事は…
俺が、闇の眷属どもをしっかり抑えれていたら」



彼の言葉に滲んでいたのは―紛れも無い後悔







至らなさ過ぎる自らのせいで、一番好きだった
彼女と大切な仲間達が何人も滅んだ


共に酒を飲んだり語らったり、耳に痛くも
長ったらしい説教を聞かされることはもはや無い





いくつかの世界をも滅ぼされて


そこで馴染みになった人達やその子孫

気に入った国や料理や風景にはもう出会えない







失われてしまったものは取り返しがつかず





遺された己の咎は あまりにも大きい







「でも…全てが終わったわけじゃない、まだ」





そこまで語って顔を上げたシェイルサードは





「異世界に散った魂の欠片を、スウィードルの
全てを取り戻す為…俺は旅をしています」






藍色の瞳に、決意を宿して吐き出した









黙って聞いていたアルテアがようやく口を開く





「何ていうか…大変だったね」


「嬉しいですもらえて理解して、僅かでも例え」


「でも、それなら何だって無一文だったのさ
旅好きだってんならその辺にも多少は気が回るだろ?」





問われてすぐ 彼は苦笑いして視線を逸らす





「なんですけどね相方も神、お金を司ってる
でも逸れるんですよいっつも…惚れっぽいから
スゴい食いしん坊で おまけに気紛れ屋」


「難儀な奴だねソイツも」


「女の子らしいっす、言うには当人が」





ふぅん、と興味なさげに返してから

落ち着いてきた女主人は再び訊ねる





「デュラム含むバカどもは…街で何やらかしてたの?」


「襲い始めてました人を、壊してたしあちこちも」







教主により操られるままに、デュラムを筆頭に
武装した団員は街の周囲を包囲して


号令と共になだれ込んでいた





目に付いた建物という建物へ槌を穿ち





逃げまとい、遠巻きに見て、或いは建物から飛び出し
逆に自らへ向かってくる人という人を


警備兵も一般人も老若男女の区別無く


彼らは容赦なく力を行使しようと動き





怪我人と死人が出る、まさに直前で―





「はい、そこまで」





抑止が間に合い 影に拘束された団員達の洗脳を
闇の神は一人一人解いて回ったのだそうな







『助かりました…アナタは、神様ですか?』


『いいえ旅人ですよ、ただの』







その一言で彼女は小さく笑みを零す





「嘘ならもう少しマシにつきなよ」


「…よく言われるっす」


「けど ありがとね色々と」


「何よりっす、お役に立って」





へらりと笑って、彼は懐から同じ髪留めを出して





「スイマセン 持っててくださいコレ」


「え…いいのかい?」


「してるっすから、アルテアさんを信用」


白く輝く石をアルテアへと手渡してから

野ざらしにしていた黒い長髪を無造作にまとめ束ねる





両の手の平に乗った石は月の光を受けて美しく輝き


浅黒い肌を通して…不思議な温かさを伝える





「…アルテアさん、終わりましたよ」


「え、ああ…はいよ」





声をかけられ 石を返したアルテアはそこで
自分が魅入られていた事に気付いて





ほんのちょっとだけ、側に転がる老人の気持ちを理解した





「でもその…魂の欠片だっけ?もしソレ全部集まったら
…アンタはどうすんの?サシル


「決めてありますよ、それだけは」





彼が問いかけを懐かしく感じたのは


奇しくも旅を始める前 相方へと問われた言葉と
全く持って同じだったから





…だからこそ、闇の神は口にする







『「伝えるんだキチンと…今度こそ復活させて
スウィードルへ 俺の気持ちを」』






一字一句寸分違わぬ答えを彼女へ









…街の側へとアルテアとアローネを送り届け





歩き出す剣士の背へ言葉がかかる





「アンタは…これからどこに行くんだい?」


「待つ世界へ、相方が」


「そうかい…元気でね、サシル





振り返り 彼が浮かべていたのは人懐こい笑み





「それじゃお元気で アルテアさん」











これは、ある世界での現実の話





とある時期から発足され大きな勢力を誇っていた
"奇眼の冠"は 本部が国家転覆の罪により解体され


それにより表に出なかった武器製造や武装や洗脳

更には"粛清"の事実などが明るみとなり


全ての支部も例外なく滅ぼされた





教祖・アローネを初めとする教団の団員も
一人残らず逮捕されて牢の中へ送られ


大半の人間の洗脳もまた、時と共に薄れ

次第に元の人格を取り戻していく…が





洗脳により行っていた所業の記憶は消えるコトなく残され


それにより自らの罪を悔いる者達も少なくなかった







オィ お前に差し入れだとよ」





兵の一人が、牢の中でうずくまる赤髪の青年へ
素っ気無く声をかける





ノロノロと顔を上げた彼へ手渡されたのは一通の手紙


そこには…見慣れた母親の字でこう記されていた





"バカ息子が、しっかり反省して
さっさと店に帰ってきな ちゃんと待っててやるから"






デュラムの瞳から 涙が溢れて零れ落ちる





「か、かぁちゃん…ゴメンよぉぉぉ!!







訪れた馴染みの客が小さな店を後にして





「うまかったよ、ごっそーさん!


「やっぱアルテアさんとこのメシはサイコーだわ!」


「何言ってんだい、あったり前だろ?」





笑って見送った女主人は、空を見上げて呟く





また来なよ 旅好きの闇の神様
…うまいメシ食わせてやるからさ」













―ある世界での、異なる時間軸の"町中"で







「どこ行ってたニャ〜シェイルサード!」


白いネコのぬいぐるみにしか見えない彼の"相方"が
弾んだ声を上げて駆け寄り





「ネーニャお待たせー取っちゃってね、手間」


その世界の"町"に相応しいながらも どこか
風采の上がらぬ装いに身を包んだサシルが答える





「レディーを待たせた上にまたそんニャ
ダサいカッコで来るニャんて本当信じらんニャい!


「落ち着きなよ?見てるよ人、周りの」


そこで一旦動きを止め、周囲を見回してから

彼女は声を絞って訊ねる





「それで…スウィードル様の欠片
あの世界でちゃんと回収できたニャ?」


「まーね〜違って全然よかったよ軽くて
力の制約が こっちと」


「ホント、お金出すのも一苦労だったニャ」


ついてる?目星 欠片の」


「もうとっくニャ!こっちこっち!!」





肩に乗って道行を示す相方に従い、彼は歩き出す





「さーて、どこ行こうか手に入れたら 次の世界」


「それは欠片を取り戻してから言うニャ」


「アハハ、それもそっか」





愛しき女神の聖遺物を求めて―








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:主人公の口調に苦しめられたり、アルテアが
ツンデレちっくになって色々悩まされましたが
これにて闇神の旅路はひとまず語り終わりとなります


全員:ありがとうございました〜!!


アルテア:にしても、毎度ああいう態度取って
過去をグチってるのかい?アンタ


サシル:今回だけっすよ、妙にアルテアさんが
似てたもんで…俺の仲間に、雰囲気とか


狐狗狸:(「だが男だ」……って言ったら
怒られるんだろうな、まずは彼が目の前の人に)


アルテア:ふぅん…にしてもアンタの力って
どこでも使い放題ってワケじゃないんだね


サシル:ありますよ〜?下手すると、剣すら
持てないし使えない世界も…ことに面倒な


狐狗狸:唯一の攻撃手段が塞がると手間だもんね


アルテア:けど相方にまでダサいと思われてるなんて
神様なのに冴えないねぇアンタ


サシル:よく言われるっす




縁があれば番外や短編でまたお会い出来るかも?


皆様、このお話に長々とお付き合い頂き
本当にありがとうございました