苦々しい顔つきでアローネは、現れた相手へ叫ぶ





「っ貴様!どうやってこの速さで信者達を掻い潜り
ワシの元まで辿り着いた!!」



「そこはまーご想像に するっす、おまかせ」


「聞いておくれ そこのジジイがあたしの街を
息子に襲わせようと…!」



呼びかけたアルテアの口が、故意に塞がれ





年振りし教祖は視線で剣士を牽制しながら告げる





取引だ異端者 ワシの手足となりてその腕を
使うのならば引き換えにこの女を見逃そう」


「断ったら?」


「むろん女は死に…貴様も後を追う」





優位を浮かべた笑みに、返されたのは―







「全く…考えないねロクな使い道しかみーんな
過ぎた力を持つ奴は 得てして


場に合わぬ "うんざり"と言いたげな沈黙とため息





「無かったの?考えたこと
その奇跡の力の源が一体どこから来たのか





諭すような一言に、優越じみた笑みがたちまち
不快を表したものへと取って代わり





「無かったの?考えたこと 洗脳されたまま
戻らない団員達にも帰りを待つ人がいるって」



「黙れ!」


まとった白い衣を振り乱し、教祖が怒号を上げた





「ワシはこの世界を愚昧なるモノどもから救う
現人神だ!その為には力は幾らでもいる!!

神のため死すらば皆本望であろうが!!






けれども藍色の瞳がその時向けたのは


神を語る老人ではなく、勝手な言い草に
言い返したそうな顔をしている女亭主





「今助けるっす、アルテアさん」





"眼中に無い"と言わんばかりのサシルの言動が


アローネの逆鱗を思い切り逆撫でした











〜第六話〜











「出来るものなら…やってみるがいい!!





張り上げた大声とかざした手の平に呼応して
冠にはめ込まれた石が強い輝きを放ち


周囲にそそり立っていた岩山の地肌がうねりたゆたい





見る間に"巨大な大蛇の姿"を象ると、鎌首をもたげ

高台の剣士を敵と見なして牙を剥く





「無駄遣いだね 資源の」


黙れ!さぁ我が僕よ、楯突く異端者を喰らえ!!」





地鳴りを引き起こしながら獰猛に襲い来る蛇の頭に対し


狭い高台を 右へ左へと移動しながら
彼はバスタードソードで応戦するが





「硬いなーうわーしそう刃こぼれ」


軽い口調に見合わず、動きが若干ぎこちなく
大蛇に圧されているように見えた





硬いものが打ち鳴らされる音が派手に響き渡り


巨大な大蛇の表面から、ボロボロと石や土くれが
削られてゆくが決定打は見られず





幾度となく…倒すことに集中せずに隙を見て
大蛇の側を擦り抜けようと狙い


そこを突かれて弾かれる動きが僅かに目立つものの


岩の蛇も相手を捕らえきれず、長い膠着が続く







…だが、徐々に狭まるアルテアとの距離
敵が気付かぬハズもなく





「ほう…あくまでその女を助けたいか ならば…!


歪んだ笑みを浮かべて、教祖が指を鳴らした途端





縫い付けられたように固定されていた彼女の足が
自らの意思に反して 宙へ踏み出し…





「アルテアさん!」





顔に恐怖を貼りつけて落ちたアルテアを追うように


ためらい無く、剣士が床を蹴って虚空に身を投げ出し
重力にしたがって落ちていく







その一瞬を呆気に取られて見つめていたが







「…っくくく、はははははは!





見る見るうちにアローネの表情から愉悦の笑みが滲み出す





「やはり異端者は愚かだ!助からぬ相手を
追って自らも後へ続くなどとは!!」








蛇の頭を 自らの脇へと侍らせたまま


ゆったりとした足取りで、白衣をまとった教祖は
二人が落ちた地点へと近づいていく





「神に非を侘び、従う事を誓えば死なずに済んだ事を
死後の世界にて後悔せよ…異端者ども」






裁きの言葉を吐き出した老人は


下に広がる岩だらけの荒野に叩きつけられた
無残な男女の死体を一目見ようと覗き込み……







「悪いけど殺せないよ 足りない君に…俺は」







―その目が、飛び出さんばかりに見開かれる





返るはずの無い返事をして 落としたはずの
女を腕へ抱え上げて


自ら身を投げたはずの男が





下から"浮き上がって"戻ってきたのだから







「な…バカな!そんなバカな!!





驚愕の声を上げる教祖を無視し


適当な床へと降りて、彼女を降ろした剣士が

バンダナを巻いた赤い髪の真上に手の平を伸ばす


そこから空の色に溶けそうな"ほの青い光"が薄く
彼女の身体を包み込んで…







「…大丈夫っすよ、動いても」


「え…ウソ しゃべれる…!





自由を取り戻し、アルテアは手を開閉させた





「何故だ!?神の力は万能だ!!
異教徒などにこの力が消し去れるハズは無い!!」



「したんだよ封印 無理だから解除は」


「そんなことが何故出来る!何故!!

神の力がっ…ワシの現人神としての神力が
足りんとでも言うのかぁぁぁ!!?」



動揺に同調し、岩の蛇が雄たけびを上げる







悲鳴を上げておののく彼女を左腕に抱いて庇い





違うね 気付かない?力なんかじゃないよ」





いきり立ったように突き出された蛇の首を


サシルは片腕に構えた長剣で弾き
別の方向へと勢いを逸らして身を護る





その衝撃で、束ねていた髪留めが弾けて


夕闇よりも暗く深い長髪がふわりと広がっていく





不恰好な怪物と 恐慌を来たしている
アローネとを視界に納めたまま


彼は…無表情で剣先を突きつけて告げた





「気付いてよいい加減、過ぎたコトだけじゃなく
足りないコトもまた"罪"であることにさ」








―もはや、そこに佇んでいるのは


一文無しで道端に行き倒れていた

人懐こそうな冴えない剣士などではない





教祖を遥かに凌駕する圧力を備えて滲ませ


一部の隙無く剣を構えた 人の姿をした別のモノ







「終わらせるからアルテアさん、待ってて」





ニコリ、と微笑んで左腕から解放した彼女を背に

彼は蛇へと油断無く剣を構える





「アンタ…どうするつもりだい!?
あんな化け物に 剣なんか構えてっ!!


「奪うまででしょ?言って…無駄なら!


言い終えてサシルが高く跳躍したのと


天地を呑み込まんばかりに口腔を広げて
蛇が首を進めてきたのは ほぼ同時だった








…全ては、本当に数瞬の出来事





抜き放たれたバスタードソードの剣身にがまといつき


それが剣士を呑み込む直前の蛇の口へと降ろされ


たったその一撃のみで


僅かな地響きの音を置いて 岩の大蛇の身体が

半分に断ち割られて轟音と共に崩れていく








「バカな…ワシの、ワシの力が…!

貴様…一体っ、何者だ!?






もはや叫ぶことしか考えられなくなったアローネへ
落下し様に接近した彼は







神様だよ 全知全能とは程遠いけど」





白い服と冠だけを粉々に切り裂いて教祖を気絶させ


はめ込まれていた"特徴的な白石"を手の平へ納めた













「なりました遅く、ただいまっす」





アルテアがようやく言葉を取り戻したのは





信じられない光景の連続が終わり


石を持って"姿を消した"彼が、しばらく経って


自分の影から出てきてからだった





「あ…アンタ何してたのさ!


「解いて回ってたんすよ〜駆けずり回って洗脳を
教団の人達と息子さんの」


「洗脳…そうだ、デュラムは!?


「返りましたよ正気に ただ、捕まりましたけど
襲ってたから警備兵に」





一瞬の内に色々な感情と疑問が巡って







…やがて思考がパンクしたのか、息をついて
眉間のシワを抑えながらアルテアはただこう訊ねた





「……とりあえず、石使う前にどうやって
あたしにかけられた術を解いたか聞こうか?」


封じたんすよ アイツの力」





理解できず首を傾げる彼女へ、彼はさらりと続ける





「力、一定のなら封じれるんす…違うんで領域
ですけどね無理、本式の封印や解除術は」


「つまりは 普通の人間には無理って事だね?」


「間違ってはいないっす」





軽い口調で答えて笑う長髪の剣士を


見据える瞳は 鋭かった





「サシル、アンタ一体何者だい…?」







誤魔化しようの無い空気を悟り、息をつくと





驚きました?闇の神で実は来た異世界から
言うんです、"シェイルサード"って俺」


あっさりと青年は自らの正体を語りだした





「…とてもそうは見えないけどね」


「よく言われます、面倒だし無きゃ必要が
説明も心がけてるっす〜言わないように」


「ああそう で、その闇の神様とやらが
何だってそんな石を探してたのさ?」





手の中の白石を軽く掲げて、闇の神は苦笑する





「欠片なんですよコレ…力が宿った、光の神の





俄かには信じられないようなヨタ話だ、と

ここに来るまでの彼女なら吐き捨てただろう





けれども奇想天外な出来事をこれでもか!
言わんばかりに目の当たりにして


今更信じない方が 返ってバカバカしい







そう考えて女亭主は小さくため息をつき





「へぇ…するってぇと、その石の力で
あのインチキ教祖は奇跡を起こしてたのかい」


チラリ、と倒れたままのアローネを見やる





裸の状態では無く団員の着ていた黄色い装束が
かけられているのは恐らく彼の温情だろう





「まーないっすよ出来て不思議は…なんせその神
滅ぼしましたから、幾つかの世界と俺らの仲間を」





衝撃的かつ壮大で荒唐無稽なセリフを放つ口調は
相変わらず軽々しいのに





不思議な光彩を放ち続ける石へ落とした藍の瞳は


どこと無く寂しげだった








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:さり気に高台バトルでの語りに苦労しました


サシル:無いですよね、その割りに バトルの


アルテア:って何だってアンタはまた
あたしの影から出てきてんだい!踏んづけるよ?


サシル:痛っ、踏んでるっす既に


狐狗狸:浮く方法やらアルテアさん救出方法も考えたんだけど
やっぱり神様だし 普通に浮いていいんじゃないかなーと思った


アルテア:知るかいそんな事 それより
ウチのバカ息子はどうなってたんだい?


サシル:語るそうですよ、それ次回で


狐狗狸:あーあー靴底の跡が顔についてるし…
てゆうか前回呪文みたいなの唱えてたのに、今回
無くてもフツーに力使ってたね?


サシル:やりやすいっすから合わせた方が
世界の形式に、意識すれば容易ですけど具現は

狐狗狸:…普通に"唱えなくても使える"って言いなさい




自身の理論と大人の都合が混じってますが
その辺はお気になさらず(術の下りについて)


闇神の旅する理由…そして、締めくくりに