未だかつて起こりえたことの無かった光景に
団員や信者の者達は皆呆気に取られていた





「く…何故だ、行け!





引き絞るように叫ぶアローネの声に呼応して
巨大な腕は再び動こうとするけれど





それを睨みつけたまま剣士が無造作に手を下ろせば


闇の手は完全に動きを止め


…まるでその手に従うかのごとく
沈むように崩れていく







それを見届けてから、彼はアルテアの足に
嵌められた石の枷をただ一太刀で切り捨てる





「大丈夫っすか?」





おずおず立ち上がった彼女の顔色は未だに
日に焼けた肌が霞むほどに青白かった





い、今の腕は何なんだい…!?
いやっそれより…アンタ一体…」


「あー…するっす説明、後で」





やや気まずげに言葉を濁してから、サシルは
祭壇の側で立ち尽くす老人へと再び向き直る





「そんな…そんなバカな!


「全知全能の神の奇跡は、万能のはずだ!」


「有り得ない…現人神たるアローネ様の
奇跡の力が異端の者に屈するハズが無い!!」



「間違ってるんだよ使い方が」


真っ向から否定する信者達の声を
スッパリ拒絶するかのように言い放ち





「その力は…癒したり人を支える方向に
あるものだから 本来ならね」





続けて一歩踏み出す彼に、対峙した遥か遠くの
教祖は圧されるように僅か後退さる







「でも、やっと見つけた」





深い藍の目を相手から一時たりとも逸らす事無く





「ありがとうアルテアさん
…お陰で見つかったよ 俺の探し物





そう言い切ったサシルの表情は


今までで 一番嬉しそうなモノに見えた











〜第五話〜











「ねぇ現人神サマ、相談があるんだ」


もう一歩踏み出しながら告げる口調はここへ
飛び込んできた時同様の軽さながらも





「うちに怪我しない大人しく
渡してくれない?力の源を俺にアナタの」






その一言一言には―何かに対する期待と渇望
今までよりも強く明確にこめられていた







けれどもそれに対して、白衣を纏った教主が
口にしたのは…より強い否定





「神が 異端者の言葉に従うと思うのか?」





続けて彼の上げた腕に、我に返った武装団員達

すかさず剣士を中心に包囲を始める





「あらら入ったか…やっぱ力づくパターン
ないんだけどなぁ好きじゃ、あんまりこういうの」







小さくため息をついてざっと相手の数を確認し





「伏せてて側にいてアルテアさん 危ないから」





背後にいた彼女を小声で呼び寄せて、その場で彼は
バスタードソードを鞘つきのままで構えた





『異端の者は速やかに死すべし!!』


次の瞬間 一斉に周囲の武装した団員達が襲い掛かる





かないっこないこんなの!あっという間に」


「伏せてて!」





殊更強い叫びと僅かに動いた空気の流れを察知し


身を低くしたアルテアの、バンダナを巻いた
赤髪のまさに頭上を掠めて


鞘つきの剣身が弧を描いて順繰りに

背後からの動きを牽制する






長い円の軌道をまともに食らって数人が怯み


その隙をついて、屈んでいる女亭主を中心に据え


サシルは柄と鞘とをそれぞれ片手に握って
やや腰を落とした"居合い"のような構えを取る





「妙な構えを…何をする気だ?」


「そのような長い剣を抜き切るよりも
我らの攻撃の方が速いわ!!」



振りかざされ 或いは突き出そうと繰り出された
短刀や大降りの円月刀らしき代物などの刃物や
棍棒と思しき鈍器の合間を


息もつかせぬ速度で閃いた白銀の軌跡だけが駆け





再び鞘に収めた動作が終えられた後





それらの武器は、細かい切れ目を浮き立たせ
次々と役目を失い崩れていく








「なぁっ…!?」


「足りないね全然、速さ」





戸惑いを浮かべた団員達が 武器の後を追うように
一人、また一人と床に倒れ伏し





程なく二人を包囲していた者達は全て
例外なく意識を断たれていた







「我々は…夢でも、見ているのか?」


「アレだけの同士達をたった一振りの剣で
全て沈黙させてしまうなど…」



「しかも 全員一滴の血も見せず…!」





動揺は野火の如く信者全体へと広まって


ひと刹那置いて 彼らは一斉に
絶対的な指導者へと視線を仰いだ





「アローネ様っ!ここはひとまずお逃げください!」


この男っ、化け物です!ここにいては危ない」


「うろたえるな同士達よ!」





眉間に深くシワを刻みながらも、目を細めて
アローネは芝居がかった動きでゆっくり腕を挙げる





冠の中央にはまる不思議な光彩の白石がきらめき


呼応するように 天へと向けた手の平から
眩いばかりの白い光が放たれて


それが一瞬にして礼拝堂を包み込んでゆく







「くっ…!?」


咄嗟に目をつぶるサシルの耳にも…いや


頭の中にも 直接低い声が語りかけてくる







「我は全知全能の神…お前達は我が命にのみ
耳を傾け命を賭して従い続ければよいのだ…!」








…やがて光が収まって





礼拝堂の内部を見回した彼は、空気が
変わったことに気がついて目を丸くしていた





「驚いたね…使えるんだそういう風にも、ソレ」


「ほう、分かるか」


「まーね でも通じないよ俺に その手」


言葉半ばで、反射的に剣士は身を翻した





一拍遅れて先程まで彼が留まっていた空間を

床に落ちていた 砕けた武器の破片が貫く







「…どうやらそちらの異端者には通じたようだ」





ニヤリと教祖が笑みを深くして


視線で 周囲の信者達同様の表情をして
破片を握り締めるアルテアを差し示した





「あっちゃー…忘れてたすっかり、この人が
無い一般人だって そういう術に耐性」





続けざまに繰り出されるニ撃目をかわしながら
困ったように彼は長い黒髪を掻く





「無理も無い、死地の連続が続いた修羅場
身を置く人間などは心に隙が出来やすい」





軽く腕を振るアローネの動きに合わせて


信者と女店主とがそれぞれ連携した動きを見せ





あっという間に、アローネと側へ添わされた
アルテアとの前に信者の人垣が出来上がり剣士を阻む





「敬愛なる同士達の言葉に甘え、私は先に
行くとしよう…その異端者の始末は任せた


「はっ…その女の異端者は?」


「こやつは然るべき処刑場へと案内させる」





告げつつ、礼拝堂から彼女を連れて
教祖はその場から姿を消す







あ!待ってよちょっと!」


思わず追い縋ろうとするサシルを妨害しながら


ジワジワと人垣が壁へと変わって行く





「異端の者め!ここは通しはしない!!」


死ぬかもよ?どかないと」


「例え貴様が化け物とて、我らの屍を
超えぬ限り教祖様の下へは行かせん!!」






強い決意を満たした言葉とは裏腹に、集いて
壁となりながら剣士へと迫る信者達の表情は


一様に全て"人間味"を欠いたものになっている





「困るんだ、通してもらえないと」


「神に逆らう異端者は粛清あるのみ!」


『粛清を!粛清を!神の敵には粛清を!!』





遮二無二挑みかかる暴徒達を前にして





サシルは慌てる事無く剣先を通路の床へと叩きつけ


礼拝堂内に浪々と声を響かせた





「"其の足元は闇を湛えた泥…汝らを暫し留む!"」







そのただ一言を合図として





踏みしめた信者達の足元にわだかまる影が


底なし沼と化して、主の半身を沈めていく






「なっ…何だコレは!?


「足がっ、足が動かん…!!」







その場でもがくも抜け出せない様子の
人垣の隙間を縫うように歩き切って





「キツイから悪いけどこの人数じゃ流石に

…解いてあげるよ、君達の洗脳はまぁ後で」





サシルは白衣の老人と女亭主が通っていった
扉の先へと飛び込んで行く











迷路のように複雑な構造となっている内部の


奥に控える螺旋階段を上った先では





岩山から辺りの風景を一望出来、そこから
アルテアの住む街の灯がうっすらと見えた







妙ちきりんな技で操りやがって…あたしを
こんなトコに連れてきてどうする気さね?」





高台とも言えるこの場所の、足場と虚空の境界線
ギリギリの位置に立たされたまま彼女は唸る





「何…粛清する前に貴様に同士デュラムの
献身振りを拝ませてやろうと思うてな」


冠をつけた白衣の老人は その数歩後ろに
佇んだままで言葉を続ける





「ワシが目指すは 完全なる神による世界

全ての貧富の差を無くし、神の定めた絶対の法を護り
皆が神を崇める素晴らしき幸福の世界だ」


「どこが神だい!ワケの分かんない奇跡で
人を意のままにしてるインチキジジイじゃないかぃ!!」






侮蔑の言葉に、しかしアローネは冷笑するのみ





「そういきり立たずとも…息子の手で街が
滅されるのを十分眺めてから貴様も後を追わせてやる」


「何だって…!?デュラムが、あの街に!?


「そうとも、ワシが命じたのだ…
我に逆らう異端者の住む街は見せしめに滅せよ、と」


「こんの…腐れ外道!!





歯を剥き出し、体を捻っていますぐにでも
背後の相手を殴りたい衝動に駆られても


見えない何かに押さえつけられたかのように


いくら力の限りに悶えていても
女亭主の体は 首筋一つさえ動かない







それを嘲笑いながらアローネの目線が再び街を差す





「今頃はもう、街の包囲も終わる頃合であろう…

よろこべ!異端の身でありながら街の消滅と
息子の初陣とを今際の際に一時に味わえるのだ!!」


ふざけんじゃないよ!
アンタが先にくたばれクソジジイ!!」



「やれやれ…うるさい女だ、やはり意思を
取り戻させたのは間違いだったな…先に片付けるか





くい、と軽く一本動かされた指に反応して


彼女の足が一歩空を踏み出そうと進み出し―







殺さないでよ簡単にそう 無いんだから
生き返らす力は、俺」





階段を上りきったサシルの一声が、操られた
アルテアをその場に踏みとどまらせた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:前振りで派手にやっといて、彼の力も
教祖パワーの源も語ってなくてスンマセン


サシル:なさすぎが原因っすよ 計画性


アルテア:ほとんどギリギリで更新してりゃ
そりゃー身から出たサビってもんだねぇ


サシル:影響してるし現実でも、おまけに


狐狗狸:それはトップシークレットォ!
なんつーか私のキャラは個人情報垂れ流すの好きだな!


アルテア:お互い様だろう?




次回辺りでそろそろ話の決着が…つく予定(仮)








次回 奇妙な力を使う教祖に、剣士が立ち向かう!