ステンドグラスに囲まれた、礼拝堂と思しき室内には


独特の黄色い装束をまとった信者達がひしめき


冠を象ったデザインのタペストリを壁面に掲げた
祭壇へ、敬遠に祈りを捧げている







…ただ一人に粛清を阻まれただと?」





その礼拝堂の袖に設えられた控えの間にて


白き装束を身に着けた白髪の老人が
険しい顔面をより強めて、伝えに来た者へ問う





「はい…ただ一人戻った同士デュラムによれば
長剣を持った長髪の剣士が 瞬く間に同士達を
昏倒させたとか…」


「それで、おめおめ戻ってきたか…救えぬな」





冷徹な一瞥に 伝えの者の後ろにて
ひざまずいていたデュラムの血の気が引く





「ではアローネ様 デュラムの処罰は
如何になさいますか?」


申し訳ございません!次こそは必ずや異端者を
粛清いたします、ですからどうかお慈悲を!!」


縋るように地べたへと這いつくばり、必死に
祈りを捧げて許しを請う彼へ





教祖は 静かに歩み寄る





「…処罰?何を言っておるのだ」





顔を上げた彼の視界に入るのは


大きくかざされた手のひらと、笑みを浮かべた
アローネ…そして白い髪に燦然と輝く冠





簡素ながらも優美なデザインの冠の中央に


はめ込まれた不思議な光彩の石が純白にきらめき


同時に手のひらからも白い光が放たれて

デュラムの頭を包み込む





「我は全知全能の神、お前はその僕として
命を捧げる恐れ無き信徒…そうであろう?」






語りかけてくる教祖の言葉を聴くうちに


彼の顔面からは怯えの色が…所か人としての
感情の一切が消え去ってゆく





「……はい 私は現人神であるアローネ様の
御心の元、何も恐れはしません


「よろしい、では控えて指示を待て同士よ」





頷き 立ち上がったデュラムは一礼をして
控えの間から立ち去っていった







見送ってから、伝えの者は口を開く


「アローネ様 役人に囚われた同士達は
如何様になさいますか?」


「致し方ない…救済の為、今宵あの街と共に
となってもらおう」





沈痛な面持ちで呟いて アローネは言葉を続ける





「むろん、我らに楯突いた剣士と異端者どもは
一人とて見逃すでないぞ」


「は…!」





礼をして伝えの者もまた室内を後にし


教祖は、祭壇へと足を向ける…











〜第四話〜











高かった日も陰って来た頃合





ツタの葉や根がそこここに茂る厳しい岩壁に
囲まれた山奥に、目当ての建物はあった





"奇眼の冠"あれが本部かぁ〜意外と
してますね、しっかり造りが現物」







周囲の岩石をベースに作り上げたようなソレは


"教会"と呼ぶより"神殿"と呼ぶに相応しい風格を
兼ね備えていた


三階はゆうに越す建造物の 大きな入り口の門前には

武器を片手に屈強そうな団員が二人ほど控えている





手近な岩陰に隠れながらその様子を見つめつつ
アルテアは答えを返す





「何でも教祖様とやらが"奇跡"の力使って
数日で作り上げたらしいよ?」


「へーそいつはスゴイますます、じゃ早速」





言いつつ何気ない様子で門前へ進もうとする
サシルを、彼女は慌てて引き止める





「ちょっとちょっと!何正面から堂々と
入っていこうとしてんのさアンタ!」



「いや苦手なんすよ、入るのコソコソ裏からとか
器用じゃないそんなモンで」


四の五の言ってる場合じゃないだろ!
本気でバカじゃないのかぃアンタ!!」


「じゃああるんすか?いい案アルテアさんは他に」





訪ねられ、途端に威勢のよかった叫びが
渋面に取って代わる





「…高々、町の定食屋の女将にそんな知恵が
いきなり沸いて出てくるわけないだろ?」


「ならないでしょ、言う筋合い文句を俺に」





尚も文句を吐き出そうとしたアルテアへ


剣士は指を立てて、淡々と言葉を続ける





「思いません?虫がいいと考えも自力でしないで
委ねて人に全部吐き出すの理屈だけって」


「冴えない見た目の割りに言うじゃないか…」





悔しげに呻きつつも、彼の言葉の正しさに
仕方なく女店主は息をついて手を上げる





分かったよ、着いて来た手前だ道行はアンタに任せる
もうそれ以上は口出ししやしない それでいいかい?」


「助かります 早くて理解が」


「でも、それならせめてどういう風に進むのか
予定だけでも聞かせておくれよ」


「うーん…もらえますか?その辺は待ってて
早いんで手っ取り、やった方が実際に」





首をかしげる彼女を岩陰に置き去って





「じゃーそこにいてくださいちょっとばかし
片付けてスグきますんで」


にへら、と軽く笑ってサシルは一人
教団本部の門前へと歩いてゆく







当然 控えていた二人が前へ出て彼を止め





「何者だ、何用でここへ来」


誰何の声を上げ終える間もなく、鞘つきの
バスタードソードの一撃で昏倒させられる






いいですよーアルテアさん」





残してきた相手を呼びながら剣士は

倒れている二人の内、片方の衣装を剥ぎ取り始める





「借りてきましょうか、衣装ちょっと
あるしちょうど 彼らには悪いけど二人分」


「なるほどね…一応は考えてたんだ」





もう一人の衣装を引き剥がしながら彼女は言う





「…ついでにこいつらを何かで縛って
岩陰に隠しておいた方がいいんじゃない?」


おお!稼げますね時間それなら、バレるまで」







近くのツタでがんじがらめに縛り上げた
半裸の二人を、岩場の奥に隠して







教団の衣装で服や髪…サシルに至っては
背負った長剣をも隠して





二人は松明の点在する通路をひたすら進んでゆく





「なんだい…アレだけ派手に布教して
回ってる割には誰の姿も見当たらないじゃないか」


「ないすかね お祈りとかじゃ?広いしココ」


「ったく、これじゃあのバカを探すのにも
一苦労いりそうだね」





ボソリと落ちた一言に触発されて、彼は問う





「どんなだったんです?ちなみに、息子さん 性格」


「誰に似たのか無鉄砲で負けん気が強くて
どこにでもいるバカな悪ガキだったんだよ」


「似てますねー前半はお母さんに…アダっ


スネに蹴りを入れ、アルテアが睨みを利かせる





「アンタはも少し言葉に気をつかいな」


「…よく言われるっす」





藍色の眼に片方涙を浮かべながらも剣士は
足を止めないままで通路を曲がる







と、曲がり角の先から団員の群れが数人
武器を手に歩いてきた





「貴様ら…何をしている?」





足を止め身構える彼女を手で制しながら
サシルが何気ない様子で口を開く





「スミマセン、アローネ様に急ぎ
お伝えしたいことがありまして…」


「神は今、重要なミサの最中だ後にしろ」


「所がそうも行かなくて」


「急ぎの用件ならば我らが承る、貴様らは
持ち場の門前へと戻れ…ん?





と、団員の一人が二人の手元に気がつく





「賜った武器はどうした?」


「それがその…無くしてしまったもので」


『何だと!!』





その場にいた全員が声を上げたので、アルテアは
思わず飛び上がりそうになった





「神の僕たる者が賜った武器を無くすなど
軟弱極まりない!二人とも性根を叩き直してくれる!!」






つかつかと歩み寄り 団員の一人に片腕を取られ





「何すんだい、離しな!


反射的に彼女は平手をかまし、その拍子に
覆われていた顔の部分が露出してしまった





「…異端者だ!異端者がいたぞー!!







取り囲もうとする団員達から逃れ、二人は
逆走するようにして通路を駆け出す





こらえて下さいよ!あの場はもうちょっと!!」


「性分なんだよ仕方ないだろ!?」





正体がバレた以上は無意味と判断して
動きづらいだけの変装を解き


脇から現れる団員をやり過ごし、或いは気絶させつつ

サシルとアルテアは通路を幾度も曲がり







やがて両開きの大扉の前へと辿り着くと


勢いよくその扉に手をかけ…開いた





「何だ貴様らはっ!」


「神聖なミサの最中だぞ!!」


礼拝堂に似たその広間に並ぶ、イスに集って
祈りを捧げていた団員達が次々立ち上がり





「もう逃げられんぞ貴様ら!!」


通路へとなだれ込んだ二人を追う形で
武装した団員達も扉から入ってきた





「うひゃー羨ましいなぁ、大きい宗教で割合」


んな悠長に言ってる場合!?ヤバイよこれっ…!」


「待て」







低く響いた大声が 場の動きを留めた







「あ、教祖様ですかアナタが〜はじめまして」


「貴様が…我等の邪魔をした旅の剣士か」





発した本人―教祖・アローネが通路に佇む
サシルへ目を向け、一歩前へと進み出る





何故この場所に来た?異端の者まで連れて」





強い圧力を乗せた冷たい視線にたじろぎつつも

アルテアは真っ向から相手へ対峙する





「決まってんだろ…アンタらインチキ教団から
ウチの息子を連れ戻しに来たんだよ!!」





瞬間、辺りから殺気立った視線が彼女へ注がれる


「黙れ異端の女!」


「現人神を侮辱するなど許さんぞ!」





今にも襲いかかりそうな暴徒を手で押し留め、教祖は言う





「子を思う母の愛は素晴らしいモノだな…

何、案ずることはないぞ異端の者よ
同士デュラムは忠実なる神の僕として献身しておる」


「ウソも休み休みいいなこのイカサマジジイ!!」


「黙れ」





放たれたただ一言で、噛み付いていた彼女は
完全に気圧され その場にへたり込む







「それで貴様はこの場所へ何をしに来た?」





再び問われて、成り行きを見守っていた剣士は


…"えへら"と間の抜けた笑みを綻ばせる





「ないんすよ大したアレでも特に〜思ったモンで
一度見てみたいなーと現物でぜひとも

教祖様の神の奇跡を」


『貴様!アローネ様を侮辱するか!!』





最後の軽口に、蜂の巣をつついたかのように
信者達が騒ぎ立てて―







「よかろう…ならば刮目せよ





声を張り上げ 教祖がまた一歩前へと踏み出し


団員達は一斉に口を閉ざして二人から距離を取る





「我等が教団の力と奇跡を信じぬ愚者が
粛清されと捧げられる その様を…!」



おもむろにかざした手のひらが輝いた刹那





立ち上がりかけたアルテアの片足へ
唐突に石の枷がはめ込まれる





「なっ、なんだいこの変な足かせっ!?


「アルテアさんっ!」





剣士が動き出すよりも早く団員達が行く手を阻み


枷ごと彼女は、地面から生えた黒い腕に
すごい勢いで引きずられてゆく





「きゃああぁぁぁぁぁぁぁ!!」





必死の抵抗も空しく 黒い腕は天井へ届くほど
巨大化し、目の前の相手を押し包もうと動き出す


祭壇付近に佇むアローネが歪んだ笑みを浮かべて







―全ては 一瞬の合間に起こった





黒い手のひらがアルテアを押し潰す間際


壁となっていた団員達を擦り抜けた剣士が

両者の合間に滑り込んで、片腕を掲げ





「"留まれ!"」







張り上げた そのただ一声だけで





巨大な手のひらが寸前で動きを止めた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:色々不穏な空気を見せつつも、どうにか
能力チート気味っぽいボスとご対面!


サシル:短いっすにしても気がアルテアさん


アルテア:ほっといとくれ それより展開上
仕方ないといえ…砂漠地方の岩陰に半裸で放って
アイツら死にゃしないだろうね?


狐狗狸:あー門番のお二人ね…多分大丈夫でしょうが
後々の展開で何とかなるよう検討しときます


サシル:何でそういや分かったんですかねー
あの人ら、俺らが門番って


狐狗狸:正確には"門番に化け"てた、ね

…語るヒマが無かったんで蛇足っちゃうけどあの衣装
デザインが信者間の役割によって微妙に違うんです


アルテア:あたしにゃジジイ以外みーんな同じ
ヘンチクリンな衣装にしか見えないんだけどね


サシル:あ、俺もです


狐狗狸:…スイマセンね後付けで(不貞腐れ)




冒頭でのやり取りも、後で消化出来るよう善処します


次回 剣士が見せた謎の力…そして教祖の力の正体は!