黄色い衣服の団員達が、一斉に
感情の失せた瞳を向けるものの





「やり過ぎでしょ〜流血ざたは?広めたいなら
考えなよ 穏やかなの、布教方法もう少し」


発言者はスプーンを口に運ぶ合間で
のんきに続けて、水を一口すすり込むのみ







何かを考えたか…或いは呆れたのか


カチャカチャと食器の触れ合う微かな音が
空白を少しばかり埋めてから、言葉が返される





「何も知らぬ旅人なら無理も無い…が」


「神は、敬わぬ者を改悛させよと仰られた」


「いまだ神を信じぬものへの見せしめとして
異端者が増える前に 楯突く者を粛清せよとも」


「我らに逆らえばどうなるかは自明の理だろう?
…大人しく従った方が利口なり」





各々の手元にある凶器をちらつかせながらの
物騒極まりない物言いに


サシルは苦笑交じりで悠々とスプーンを振り答える





「言葉あーその 一緒っすねほぼ
お会いしたさっきゴロツキさん方と」


「全知全能の神の僕である我等を侮辱するか!」





怒りを露わにデュラムが叫んだその途端


剣士の浮かべていた笑みが 無表情へと変わった











〜第三話〜











「いやしないんだ悪いけど…探してもどこを
全知全能の神なんてね」





スプーンを置き、語る相手の深い藍の瞳には


どこか人を寄せ付けない鋭さが宿っている


「勝手な幻想を押し付けられちゃ
迷惑だよ 神様だって、さ」





団員達が次々と棍棒を持ち上げ、小刀を
鞘から抜き払い出したのを見て


客達は一斉に壁際へとへばりつく







「よかろう愚かなる旅人よ…神を侮蔑する
言葉の数々、己が命で詫びるべし!






デュラムの一声と同時に男達はサシルを包囲し

手にかけようと襲い掛かっていく





「バカヤロウ!逃げろ兄ちゃん
アイツら本気で殺そうとしてるぞ!!」






必死な中年の叫びが聞こえるも





「遅い!神を侮辱した罪を死して悔いよ!!」


振り上げられた刃物や棍棒が一度に振り下ろされ







彼らの獲物が、誰もいないテーブルと椅子とを
粉々に砕いて散らす






「なっ…!?」





中央にいるハズの剣士の姿が消えている事を
認識した、その刹那





「こっちだよ」





少し離れた場所にて佇む剣士が男達へ声をかけ


集団がそちらへ身構えた次の瞬間


人の間を駆け抜けながら 剣を振るう





一陣の風が吹き抜けたような風切り音の後


立ち並んでいた団員達は、全て床へと倒れ伏す





「…言えるねこの程度でよく、神の僕だなんて」


肩越しに見下ろして 呟く彼の姿には

先程までの人懐こさなど一欠けらも無かった





繰り広げられた光景を前にしてデュラムは硬直し


客達もまた、信じられないと言いたげな顔で一様に呟く





「な…嘘だろオイ」


「あれだけいた連中を、たった一人で…?」


「アイツ…どんな腕してんだぃ…」







へたり込んだままのアルテアに気づいて目を向け





「あ、大丈夫っすか?怪我とか」


サシルはニコリと笑って声をかけた





「え…ああ、あたしは平気だけど」


「そっかそっか スイマセンけどお客さん
もらえますいいので呼んできて?医者の人とか誰でも」





急に言われて、客の一人が戸惑いながら
おっかなびっくり店を出て







そこでデュラムが我に返って叫びだす





「ききっききき貴様っ神の僕を殺すなど!
今に教祖アローネ様の天罰が」



「死んでないよ」


さらりと否定しながら 剣士は握った剣を見せる





バスタードソードと言えるだけの長さを持った
その刀身は…未だに鞘に納まったまま





極力殺しはしない主義なんだよね
力ないから俺、生き返らす」





確かに、倒れた団員達をよく見てみれば

誰一人ピクリとも動きはしないが


誰一人 一滴の血も僅かな切り傷さえも見当たらない





「けど起き上がれないと思うからしばらくは
連れて早く帰って…ってオーイ」





言葉半ばで親譲りの褐色の肌を青ざめさせ

デュラムは素早く身をひるがえして店の戸口を潜る





「…っ、待ちなデュラム!





立ち上がって追い縋ろうとしたアルテアを


片手で押し止めて彼は言った





「まー下さいよ慌てないで、急いで追わずとも
つくでしょ察しは?くらい彼の行く先」





長剣が背へと負い直されると


まるで名所を訪ねる観光目的の旅人のような
能天気な問いかけが店内に響く





「悪いんすけどーご存知でしたらどなたか
教えてください あるトコ"奇眼の冠"教団本部が」











負傷した中年二人は幸い大事に至らぬ怪我で済んだため


彼らと客の一人とが 縛り上げた団員達を
警備兵の詰め所まで引っ張っていき





他の客達は面倒に巻き込まれぬよう、速やかに家路に着く







「…あのー、大丈夫なんですか?店」





老婦人に教えられた道順に沿って
岩だらけの山道を行くサシルが


隣の赤髪女店主へと訪ねる





「あんなんじゃ商売にならないだろ?大して
儲かってもないから、戸締りしとくだけで十分さね」


「なるほど お察しします心中…イテっ


「アンタが早くアイツら追い出してくれてりゃ
あんな余計な騒ぎにならなかったんだけどねぇ?」





ギロリ、と鋭い一瞥を寄越されて

そこそこ筋肉のついた腕が素早くつねり上げられる





「いやだったもんで夢中ランチに…それに
マズイかなーって、暴れたら派手に 店ん中だと」


「…それにしちゃ よくあの状況であんな連中に
ケンカ売る気になったじゃないか」





苦笑交じりに、彼は頭を掻いて答える


「だって台無しじゃないすか 遭ったら人死に目の前で
ウマいメシ旅先の情緒も」





…あまりと言えばあまりにも単純すぎる動機に


アルテアはしばらく空いた口が塞がらなかった





呆れた あんな喧しい中でずっと
メシのことだけしか考えて無かったってのかい?」


"ウマいメシは笑顔で食え"ってのが
銘なんです座右の、知り合いの」





ニカっと笑ってから ふと何かを思い出したような
顔をしてから、サシルは手を合わせて彼女を拝む





「…あ、そーだ食器とかスンマセン壊して
だけど あと食べかけごちそう様でしたウマいメシ」


「ハイハイ…アンタ、そんだけの腕前があんなら
何だって素寒貧だったのさ」





途端、小さな呻きが漏れる





「別れてしてたんですけど相方と行動…
忘れててお金を預けてたの、相方にうっかり」


「バカだね」


「よく言われます…でもあった時から初めに
ずいぶん言うんすねアルテアさんてズバズバ」


「だから気安く呼ぶなっての」


ペシっと後ろ頭を叩かれながらも、彼は笑って言う





「まーでも襲いかからなかったから息子さんは
すんだっす傷つけなくて下手に…言い方失礼なですけど」





その発言に少しだけ顔をしかめたものの





相手に悪意が無いのを見て取ると、彼女からは
小さなため息がこぼれた





「…まあこっちとしては殺されかけてたから
助かった、とでも言うべきかねぇ」


「何よりっすお役に人の立てたんなら」


「ああそう、それで
アンタの相方ってのはどこに行ったんだい?」


「あー…町にちょっと遠くの」





言葉に微妙なニュアンスが含まれていたものの


特に興味も持たれなかったのか、"ふぅん"と
気の無い返事が返されたのみであった







不意に言葉が途切れたので二人は黙したままで
ただただ歩みを進めてゆくが





背にあった街の景観は既に背後へ追いやられ


岩と隆起ばかりの目立つ、殺風景な山道では
目を引くモノも話題にするモノも特に無く





耐え切れずにサシルは沈黙を破る





「てゆうか、ついて来る気っすか?このまま」


「今更何言ってんだい?それ以外に
どういう風に見えるってのさ」


「ひょっとしたら…多分つーかこととか俺の
伝わってるっすよ?向こうに」


「だろうね」


「よっては起こるっすよ?流れに荒事
比じゃないくらいのさっきの店のが恐らく」


「…一応、覚悟は出来てるつもりだよ」





その一言に しかし彼の表情に浮いた難色は
一欠けらたりとも払拭されない





「思いますよいいと引き返した方が、町に危険だし」


「警告にしちゃーちょいと遅いね」


「いや〜てっきり用あるのかな別の街へって
一応一つだし主要経路の、この山道」





予告なしに止まった足が


暗に"引き返すなら今だ"と告げているけれど





そうと気づいていて尚…彼女は引き下がろうとしなかった





「あんなんでもね…あたしが腹を痛めて生んだ息子だ

…何の用か知らないけど アンタがあのインチキ教団と
ドンパチやるんなら、こっちとしても好都合さね」







彼女とて、教団へ通うようになった息子を
連れ戻しに足を運んだことは一度や二度ではない





けれども結果は 団員と押し問答を繰り返すか

聞く耳をもたれず追い返されるか


いずれにせよ目的を果たすことなく


腹立たしさとどうしようもなさを抱えて
街へと引き返すのみであった





僅かばかりの借金タテに店へと押しかける
性質の悪い賞金首どもの事もあって


誰かに頼む余裕が懐にも心にも無く


怪しげな宗教へハマった息子を力づくででも
連れ戻して欲しい
…など陳情しても


"役人がまともに取り合いはしない"と諦めてもいた







……しかし、目の前に現れた冴えない剣士の行動が


捨てかけていた選択肢を再びアルテアへと取らせる





「そっちの事情はともあれ、ついて行かせてもらうよ
なーに隙見てバカ息子を連れ帰れりゃ十分さ」


便乗されても…なんだけどなぁ苦手 護るのは」


「おや、人の役に立てりゃ本望なんじゃないのかい?」





言われて 頭を掻いていた動きが止まり





「こいつは一本取られた」


感心した呟きを、サシルは吐き出した








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:ようやく活躍の場面を見せつつも
本拠地へと乗り込んでいく下りまで行きました!
さーこっから一気に話は加速しますよ!


アルテア:一人で盛り上がられてもねぇ


狐狗狸:う…相変わらずシビアだなぁこの人


サシル:"奇眼の冠"って、あったんすね近場に 意外に
渡り歩き布教であちこちしてたわりには


アルテア:…一応あたしが住んでる町これでも
都市って言える程度には栄えてんだけどね?


狐狗狸:あと、地形と展開の問題で比較的近い所に
置く形になったんです…ご都合サーセン


サシル:早い方がまあでも助かるよ 展開は


アルテア:あまり飛ばし過ぎて、大事な部分
抜かさないようにしといとくれよ?


狐狗狸:がんばりまーす




"知り合い""相方"は話が進めば分かると思います
(感のよろしい方にはもろバレですが…片方は)


次回 ついに教団本部へと突入する二人だが…