「いやーお姉さんヒドイっすよ
あのままするなんてマジで 置き去り」


「うるさいね、文無しが一丁前に注文してんじゃ…」


「ありますよ金なら ホラ





言いつつ彼がカウンターに乗せた小振りの皮袋から
ジャラリと重そうな音が鳴る





「…本物かい?これ」


「深いなぁ〜疑い
通貨ですってこの国の 正真正銘」





人懐こそうな相手を見やる彼女の視線は
あくまでも疑わしげであった





「じゃあ聞くけど、どうやって
これだけの金を手に入れてきたんだい?」


「それはですね」


剣士が説明しようと口を開きかけた所で







「くあーっ腹へった〜!」


おーいアルテアさん、オススメランチ一つ」





土埃と汗に塗れたガタイのいい中年が二人ほど
店の中へと入ってきた





威勢のいい声に隅の席の老夫婦が僅かに顔をしかめ


数人ばかりの客と店主、そして彼女とやり取りを
交わしていた青年がチラリと彼らへ目を向ける







中年達もまた黒髪の青年に気がつくと





「っておお!さっきの兄ちゃんじゃねぇか!」





黄色い歯ぐきを見せながら、側へと歩み寄る





「…何だい、この冴えない行き倒れ剣士
アンタんトコの知り合いかい?」


「いや違ぇけどよ〜でもこの兄ちゃん
スゴいんだよアルテアさん」


「スゴいって何がだい?」





それがよ、と空いている席へ適当に座り

連れの中年が無精ひげだらけの顔をせり出し
相席の剣士を示して言う


「この兄ちゃん 取り囲んでたあの柄の悪い
いつものゴロツキ連中あっと言う間に
ブチのめして、警備兵に引き渡したんだぜ?」


「え、あの連中をかい?!


「おうよ!オレら途中からだけどこの目で見たぜ
全くおったまげたぜ!」






驚く彼女を他所に、相手は相変わらず
笑顔を浮かべたままでのほほんと言葉を放つ





「へー言うんすか〜アルテアさんって
名前いいっすねお姉さん」


「気安く呼ばないでちょうだい」


「台無しですよ?美人が したら怖い顔
あ、サシルでいいんで俺」











〜第二話〜











「誰もアンタの名前なんか聞いてないよ
それより今の話…本当なのかい?」


「いやー単に服を切り裂いて着てた
なんすけどね気絶させただけ柄で」





照れくさそうに頭を掻く仕草をしたサシルの口調は
あくまでも穏やかで軽いが





謙遜すんなって!まぁ警備兵の連中は
素っ裸のあいつら見て戸惑ってたけどな」





目の前に置かれた皮袋の質感と目撃者が

その言葉の信憑性を高めている





「アイツらがとっ捕まったおかげで、店にゃ
しばらく嫌がらせも無くなんだろ」


「マジであんがとなぁ兄ちゃん!
礼に一杯おごらせてくれよ!


「十分ですよ気持ちだけで、いえいえ」







愉快そうに笑う常連客と苦笑する剣士を交互に見比べ


それでも、いまだに信じられないような
顔つきをするアルテアへ





スイマセーン、減ってるんで結構俺腹
お願いしまーすランチセット早めに」


サシルは能天気な声で注文を促す





「…分かったよ、今から三人分作るから
ちょっと待ってな」





彼女は不承不承ながらもそう告げて
三人の来客に、水差しとコップを差し出した







薄汚れた陶器から注いだ水を一息で飲み干すと





ぷっはー!水は久々のカクベツだ〜!!」


剣士は感極まった様子でそう言った





あんだぁ?兄ちゃん、そんなノド乾いてたのか」


「そーなんすよ 尽きちゃって水が
ましたね俺ここに遅かったら辿り着くのが、死んで」


「そりゃまあ、ツイてたなー兄ちゃん
しかしここいらじゃ見ない格好だなー」


「渡り歩いてるんす、あって探し物が あちこち」


「探し物、ねぇ…どんな?





興味深々といった様子で身を乗り出す二人組へ


少しばかり悩んでから、サシルは答える





見つけにくいけど 大事なもの…かな」


「ふーん、なんか難しいこと言うねぇ」


「ブツの目星とかはついてんのかぃ?」





割合早いペースで二杯目の水を口にしつつ
困ったように彼は首を振る





「無くってお恥ずかしながら…手がかりが ほとんど
程度しかこの辺りにウワサあるって」


「そうかい、まあこの辺もそう悪くはねぇから
探し物がてらゆっくりしてけよ!」


「そーそー…まあひょっとしたら"奇眼の冠"
教祖様なら、見つけてくれるかもしれんがな」





その一言に 厨房で立ち回りをしていた
アルテアの眉間へ僅かにシワが寄った





奇眼の冠?何ですソレ」


全知全能の神の奇跡を起こせる、って評判の
教祖を中心に活動してる宗教団体さね」


「奇跡っすか神の…どんなもんでした?」





彼らはそこで、しみじみと思い出しながら呟く





「広間でやったパフォーマンスはスゴかったよなぁ」


「ああ、なんの変哲もない地面から一面に
花をぶわーって咲かせたり 雨を呼んだりな」







奇妙な黄色の衣装をまとう団員を引き連れ


豪奢ながらもこれまた奇妙な白色の衣に身を包んだ
白髪の老人を、町民達は初め疑わしげに眺めていたが





僅かな身振りや言葉のみで彼は広間の様相を変え


大衆の前で数々の超常現象を引き起こして





"神の奇跡"を大々的に喧伝していったという







「聞いた話じゃ、死にかけたヤツや不治の病だって
言われてたヤツをたちどころに治したとか」


「ああ、あと川の流れ変えただとか
巨大な岩山割ったとか…とにかく人間じゃ
出来ねぇことポコポコやってたよなぁ?」





並んで答える常連二人へ、逆にサシルが
身を乗り出して聞き返してきた





スゴいそれは、もらいたいっす教えてぜひとも
教団の教えていただけませんかね?場所」


「あぁ、そいつぁ」


「はいランチセット三人前お待ち!」


そこで言い差したセリフを遮り、アルテアが
湯気の立つ料理の乗った皿をテーブルへ並べて





「余計な事言うんじゃないよ おしゃべり男ども





口を半開きにした男と無精ひげとを
軽く睨みつけて釘を刺す





「…キライなんすか?宗教」


「別に神様全部を否定出来る程エラかないけどね
あのインチキ宗教だけは、どうにも信用出来ないね」





にべも無い言葉に 剣士は更に問いを重ねる





「やってるのにスゴイこと色々、そんな
カンジ胡散臭いなんすか?その教団」







が、相手からの返答は無く


変わりに中年が声のトーンを落としてささやく





「…まーココだけの話、あの教団に入ったヤツは
人が変わったようになるらしいんだよ」


「そうそう、アルテアさんとこの倅のデュラムも
今じゃすっかり様変わりしちまってな」


「様変わりっすか」


「口調もそうなんだが、様子もすっかり
別人みたくなっちまってよぉ」





再び鋭い一瞥が飛んで彼らは口を閉ざし
誤魔化すようにランチをがっつき出すが


サシルは、全くと言って柔和な笑みを崩さなかった





「一応忠告しとくけど、あの宗教に
関わんのだけはオススメしないよ」


「受け取るっすお気持ちだけは…いただきます」





ひょうひょうと返してから手を合わせ

彼は食器を片手にランチをぱくつき始める





うーんウマイっすねこれ!辛くてちょっと
濃いトコ味付けが、なんか好みですよ俺の」


「うるさいねぇ黙って食いな」





つっけんどんに返しながらアルテアは
ため息混じりに厨房へと戻り







直後、店内に黄色の衣服をまとった者達が数人

棍棒や小刀を手にした装いで雪崩れ込んできた







「なんだいアンタら、そんな物騒なモン
ぶら下げてメシ食おうってのかい?」


「生憎 そんな瑣末な用事ではない」





すげなく言い放ち、上背のある短い赤髪の男が
集団の先頭へと一歩迫り出す





「神の力を信じぬ女よ 我等神の僕は
汝の愚行を悔悛させるべくこの店へ来た!」



はぁ!?何世迷いごと言ってんだいデュラム!」





母親の反論に、しかし彼は眉一つ動かさず続ける





「我らが全能の現人神・アローネ様へ帰依するなら
罪深き汝を許そう…しかしあくまで歯向かうのなら
この店ごと粛清あるのみ!


「なっ…なんだアンタら!?いきなりやって来て
物騒なこと言いやがって!役人呼ぶぞ!!





いきり立った中年が立ち上がると出入り口へ足を向ける


…が、側にいた団員が数人立ち塞がると
一人が間を置かず男の頭を殴打した





僅かな血痕が飛び散って 勢いで側のテーブルを
薙ぎ倒しながら中年が床へと転がる





「ひゃああぁぁぁぁ!!」


数少ない客達が怯えて次々席を立ち上がり
我先へと逃げようとするのを


団員達が 入り口を塞ぐ形で阻止した





「我らを忌避する者、異端者に与する者は
等しく罰を与えねばならぬ」


「大人しく神へ帰依するなら
我らは罪深き者達を見逃そうぞ」





人間味の無い平坦な声音が、静かになった店内に響く







その場に竦んで動けなくなる大半の客達の変わりに


店の女店主はますます顔を険しくして
物々しい集団の先頭へと突っかかっていく





「デュラム!アンタ店の金持ち出しただけじゃなく
この店まで潰す気かい!?」



「神を信じぬ者は血の繋がりあれど
最早肉親とは呼べじ、悔い改めよ!





聞く耳も持たず言い募る息子の頬を張り飛ばし


「ふざけんじゃないよ!
胡散臭いモンにかぶれやがって!!」






激昂した次の瞬間







「アルテアさん、危ねぇっ!!」


叫んで無精ひげの中年が彼女を強く押し倒し





その背から 鮮血がほとばしった





「きゃああああああああぁぁぁぁ!!」





またもや上がるけたたましい悲鳴を無視して





デュラムは、血の滴る小刀の切っ先を母親へ定める





「神の僕に楯突くとは…ますますもって許し難い


「こうなれば粛清あるのみ」


「粛清を!粛清を!」


「神に逆らう異端者は粛清あるのみ!!」





叫びは次々と伝播し、無機質な団員達の顔面に
狂信の熱が浮かんでいく







客達の恐怖は最高潮に達し


背に切り傷を負ってなお庇う中年の向こう側で





「デュラム…アンタ、一体どうしちまったんだ…」





呆然と呟くアルテアだが 彼は表情一つ変えず
小刀を手に一歩ずつ進んでいく





『粛清を!粛清を!神の敵には粛清を!!』


「静かにしてもらえないかなぁ
食事これが なんだから俺、久々の」







熱狂的な合唱の渦を止めたのは


席に座したままランチを頬張る
サシルの静かな一言だった








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:相変わらず主人公の活躍が後回しになりつつ
今年のオリジナル話はここで打ち止めです


サシル:まだ残ってるよねでも 更新


狐狗狸:まーね、まだ版権の…ってメタなこと
言わせないでよいくら楽屋裏だからって


サシル:ついね、アハハごめんごめん
キッツいっすねにしてもアルテアさん なーんか


アルテア:悪かったね無愛想で…ていうか
メシがっついてるヒマがあんなら早く助けとくれよ


サシル:スンマセーン食事は久々なんで本当に
もらえますか?待って 助けは次回まで


狐狗狸:なるべく早めにピンチを脱出させますから


アルテア:全く…




この長編は割りと登場キャラの平均年齢が
高い感じで進行していくと思われます


次回、暴徒と化した団員へサシルが…!