これは、ある世界での現実の話


とある時期に"神の奇跡"を見せると
民衆へ告げた男がいた





「我が元へ集え…我はこの世に舞い降りた
全知全能の現人神 全てを救う存在なり」






始めは全く信じなかった者達も


その男の行った"神の奇跡"を目の当たりにし
たちまち態度を翻した







ある土地では 死にかけた兵士達を
五体満足に復活させ、軍を勝利へ導いた


別の土地では 轟々たる川の流れを変え

幾つかの街に恵みをもたらした





沈められた遺跡の発見や


皆に恨まれた領主の没落など





男の起こす、奇跡としか言いようの無い力に
人々は群れを成して集い


やがてそこには一つの教団が生まれた







今ではお布施を手に門前で列をなし


教えを乞おうと願い、或いはその奇跡の力を
頼ろうと集う者達が後を絶たない





教団の名前は"奇眼の冠"





教祖となりし男の名は…アローネ











〜第一話〜











ある世界での、砂漠の多いこの地帯にも
いくつかの水源や鉱脈は存在し


ソレを元に生活・或いは交易を成り立たせて

発展した村や町も存在する





その中でも大規模なとある町の


片隅にある、一つの小さな店から
一人の男が飛び出していく





手にした使い古された皮袋から
ジャラジャラと重たげな音を響かせ


短い赤髪と風変わりな黄色の衣装をはためかせ


一心不乱に路地を走ってゆく





彼が出て行った店からさほど間を置かずに


デュラムっ!また店の金持ち出して!!」





赤髪を振り乱して追うのは、一人の女





浅黒い肌に相応の年月を重ねながらも

まだ若さを保った顔に汗が光る


身を包むのは簡素な衣服とエプロン


それと頭に巻いた色落ち気味のバンダナ





「コラ待ちなデュラム!聞こえてんのかい!?」







目を吊り上げ、声を高らかに男を追う
彼女の名はアルテア


先程飛び出した自前の小料理屋を
女手一つで切り盛りしている





家族は 現在追いかけている
息子のデュラムのみだが


彼はつい最近"奇眼の冠"の布教パフォーマンスを
中央広場で目撃してから すっかり教団の虜となってしまい


衣を着て理念や祝詞を毎日のように聞く為
設立された本部へ出かけ





お布施として、店の売上金を勝手に奪うのが

日頃の悩みのタネであった







「汗水たらして真っ当に稼いだ金を
ワケのわかんないモンに使うんじゃないよ!」






曲がりくねる路地をすり抜けながらの叫びに


速度を落とさぬまま 彼は肩越しに振り返り

母親へと淡々と告げる





「何を言う我が母よ、不浄なる金は
全知全能の神によって清められ世の役に立つのだ」


「ハイそーですかなんて言うと思うのかい?
あたしの生活がかかってんだよ!!


「自らの事しか考えぬとは…まこと浅はかなり」


「大層な事は自分で食い扶持稼いでから言いな!」





ゴチャゴチャした雑多な露店の間を縫って
距離を詰めようとするアルテアだが


彼も生まれ育った町の通りを熟知しているらしく


伸びてくる手をかわしながら 振り切ろうと

右へ左へと路地と人波を掻き分け進む





大通りの人込みへと入り込むデュラムの後ろから


ペースを上げて追いついた彼女が腕を伸ばして
ゆったりした黄衣の端をようやくつかむ





が、横手からやって来た馬車に遮られて
すぐにその手は離され





「あっ…コラデュラム!
待たないと親子の縁を切るよ!!


見る見る内に息子の背が、人込みに紛れ遠くなる







「もう!」





憤慨して地面を蹴り 彼女は息を整えると

ジロリと通りの向こうを見据えて呟く





「…全知全能の神なんかいてたまるもんか」


忌々しげに吐き出すとそのままくるりと踵を





…返しかけた所で





「そいつは同感っす」


期せず、返事が返って来た





アルテアが声のした辺りへ首を動かし


程なく、返事をした人間を見つけると
唖然とした表情を浮かべる





声の主は 足元にいた





見事な闇色をした長い髪を一つに束ね


背に負った長剣と着ている服はそこそこ立派な
旅の剣士といったいでたちだ







…但し、それらが全体的に薄汚れ


尚且つうつ伏せに倒れた状態で無ければの話だが





アンタ何やってんの?荷車に轢かれたい
自殺志願のパフォーマンス?」


「…見えます?状況に悲惨な俺そんな」


「ええ、十分ね」





ひょい、と彼は顔だけ上げると
人懐こそうな笑みを浮かべて答える





「たんですよ 行き倒れて空腹で
来ちゃって…こう、日差しと熱気で強いクラクラ」


「店で何か食えばいいじゃないか」


「ないんです持って金 うっかりしてて」


「ああそう、それはお気の毒」


すげなく言って立ち去ろうとした彼女の足に


倒れていた剣士が素早く取り縋った





「ちょっ…心配したりもう少し助けたりとか
してくれないんすか?」


行き倒れの分際で図々しいねアンタ!
こちとら文無しに構ってるヒマないんだよ!」


「ないっすか冷たくお姉さ〜ん
水のせめて いいじゃないですかぁくれたって一杯〜」


「家畜用のがそこらの軒先にあるから勝手に飲みな!」


しつこく縋る旅人の顔面を思い切り蹴り飛ばして


そのまま店へ走り出そうとしたアルテアの前に





おやおやぁ?料理屋のおかみさんじゃねぇか」


「こんな所で油売ってるなんざ
まーたドラ息子に売り上げ取られたのかい?」





品の悪そうな笑みを浮かべた男が数人

徒党を組んで現れる





「分かってんなら そこ退いとくれ
あたしゃ開けた店に戻りたいんだよ」





冷たく言い放って脇を通ろうとするけれども


男達は笑みを深くして、彼女の歩みを邪魔する





おぉっと、連れないこと言うなよぉ」


「ちーとばかしオレらと話してくぐれぇ
いいじゃねぇか?なぁ?





ロコツに嫌な顔を浮かべた相手の隣に寄って


倒れていた剣士が、身体を起こして訊ねる





「あのー…誰です?人ら、その」


「毎度毎度飽きもせず店に嫌がらせしてくる
ゴロツキどもだよ 建てた時にこさえた借金が
まだ返せてないからしつこくってね」


「また大変ですねぇそりゃ、相談して
もらったらどうです?捕まえて 警備兵とかに」





最もな意見は、しかし鼻で笑われる


「アイツらここらで名の通った賞金首だから
誰も下手に手が出せないのさ」


「…何だ、それだけですかたった
平和主義なんですねー人達もずいぶん ここの」





あまりにもあっけらかんとした台詞に
今度は彼女の方が鼻白んだ





「アンタ、ずいぶんと強気な発言するね」


「いやーそれ位の人はつける気をアレでも
ないんじゃないかなーと思うんですよ俺特に」


のほほんとした口調で言う彼の台詞が
耳に入っていたらしく

ゴロツキの一人が顔を歪めて凄む





「おぃ、何こそこそしゃべってんだコラァ?」


「え?何もいや特には」


「あーちょうど良かったわアンタ方」





誤魔化そうとした台詞を遮り、アルテアは
剣士の肩当てにポンと手を置くと


ニコリとゴロツキ達へ笑みを浮かべて言った





金の代わりにこいつが無償で働くんで
好きにこき使ってやってちょうだい」


「え、されたの?身売り 出会い頭で?俺」





目を丸くして訊ねる剣士へ彼女はニコニコと言う





「何言ってんの"賞金首ごときなんかちょろい"
ってさっき言ったじゃない」


「いやそこまでは言ってな」


「あんだとテメェ!?」


「あちょっ、暴力反対っ…」





両者が揉めている隙にアルテアは
きびすを返して店へと戻った









照り付ける暑い日差しが少し傾いた頃





「おや、おかみさん今日は一段と
くたびれているようですな」


「ええ…全く今日は色々と災難だったもんで
はい ピラフと煮込みお待ち」





のんびりと待っていた数少ない客の前へ
出来上がったばかりの料理を運んで


厨房に戻ったアルテアは小さくため息をつく





「バカ息子がインチキ宗教にハマってから
借金は膨らむ一方だ…」





これから先のことを考えると

どうしても明るい見通しが立たずに


ついつい煤けた天井を見上げて


先に逝った夫へ思いを馳せてしまうのも
致し方が無いと言えよう







そんな彼女の店に、新たな来客が現れる





スイマセーン オススメのランチセット一つ」


「あいよ…ってアンタさっきの!?





我に返ったアルテアが返事をして、その場で固まった





にこやかな笑みを浮かべて近くの席に座ったのは


間違いなくさっきの剣士であった








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:今回も始まりましたファンタジー話
…また主要キャラ、名前が二話目登場でスマソ


アルテア:ここでんなこと言われたって
こっちにゃ関係ないんだけどね?


狐狗狸:うわヒロインそっけねー


剣士:思うんすけど俺、ヒロインが未亡人って
受けるんですかね?層に需要とか、どっかの


アルテア:どういう意味だいそりゃ?


狐狗狸:…うん、その辺りの細かい所は
気にしない方向で言っちゃってください




剣士の名前は次号までお待ちくださいませ


次回 定食屋にて再会した二人は…