さぁさ難破 さぁ難破!


デュッペを離れ、新たな大陸へ向かうも
不幸な巡り合わせで幽霊船へと乗り込む少女と道化


不思議な老女をはじめとする死者達と語らい


船に取り憑く船長を切り払い
両者は船の破片と共に漂流する


消えかけた老女が、最期に示した孤島へと―








吹いた潮風に色落ちした白衣とその下の
特徴的なローブが揺れる


文句のない快晴と 眼前に広がる青々とした海を


佇む老婆は忌々しげに睨みつけている





荒い息を鼻から吐き、しっかりとした足取りで
老婆は小さな畑にて野菜を採取


放し飼いに近い鳥に餌をやり 巣に転がる卵を取り


妙に立派な小屋へとそれらを置いてから

背後に広がる森へと入ってゆく





普段は小屋から離れない彼女がそうしたのは
ただの気まぐれであったのだが





ん?アレは…」





それが 予想だにしない事態を引き起こすとは

この時の彼女はまだ知らなかった











〜幕間4 ウツロウ島ヲ居トスル老婆〜











幽霊船が沈んだ後、波間に浮かぶ破片と
手元に残っていた荷物を利用して即席の筏を作り


道化と少女は 老女の示した孤島に流れ着く





うびゃろべぇ…し、死にゅきゃも…てか死ぬ」


「船酔いで死んだ者はいない」





あらかた吐き、側の木にもたれるグラウンディを
よそに周囲の様子を確認してカフィルは言う





「付近に人の気配は無いな…一旦 睡眠をとって
改めて島の周囲を探索するか」


「朝がろり寝るのかー…なんつー神不健康…」


「倒れられても面倒だからな」





うとうととする少女を促して森で休息し


正午には遅く 夕暮れにはまだ早い頃に
少女が目を覚ましたので


二人は島の探索と ついでに食べるものを探す





「腹へったー神のろかわいたー」


「水を飲み干すなと言ったはずだ」


「ぢゃってまさか荷物袋に穴が開いてるとは
思なねーだろ…お!





不機嫌そうだった少女の青い目は


木の幹にびっしり生えた 十字の白い裂け目がある
茶色い肉厚な茸を見つけて輝く





「こんあトコにジュウジダケがっ」


近寄って 茸の一つへと小さな手が伸びて







「待て童 その茸は毒だ」





木のすぐ側で身を隠していた老婆が
現れ様に呼びかけて、その手を止めた






「ふぇっ、は、いぇっ!?


「ジュウジダケとよく似てはいるが
それはジュウジモドキ 食べたら目を回すぞ」


「モドキ?て、しょのカッコ…!」





指摘された白衣の下にあるローブのような服
見下ろし、老婆は鼻で笑う





「さして珍しくない、本島の村の民族衣装だ」


「というと…ここはミサン諸島の一つですか?」


「ああ、最も端にある孤島だがな」


「てゆうかヴァダ、ワンタ誰だよ」





訝しげなグラウンディへ 棘のある答えが返る





礼儀知らずな小娘め、私からすれば
貴様らこそが勝手にここへ来たに等しい」


「面倒な事情がありまして…
この島は、貴方が所有していらっしゃるのですか?」


「勝手に住んでいるだけだ、ここは元々
人の来訪など滅多にない無人島だからな」





渋い顔をした老婆は、この島が人々から
忘れられかけている離れ小島であるとも言い


彼らが来たであろう方向へ指を差す





「本島へ行けば港がある、航路を間違えたなら
教えてやるからさっさと出て行け」


「こちらも著しくそのつもりですが
先程も告げた通り、面倒な事情がありまして」





貼りついた笑みでカフィルは自分達が
難破して島に流れ着いた事


その際、即席の筏が壊れた事を説明した





「筏作りにも日数がいるのでその間
私(わたくし)どもを見逃していただけると幸いかと」







じろりと二人を一瞥し





「…勝手にしろ」





背を向け去ってゆく老婆へ、少女が悪態をつく





「いひゃれなくてもそのつもりだいじわるババー!」


「無礼な小娘が、私にはオーシャと言う名がある」


「こっちぇだってグラウンディって名前があらぁ!」





小屋へと戻り、最悪の気分で一日を過ごしたオーシャは
自らの気まぐれを後悔した







が翌朝 畑の側で飼っていた鳥につつかれる
グラウンディを見て思わず呆れ





「畑を荒らしにでも来たのか?」


「神ちっげーよ!水しゃがしてたらここに
たどり着いて…アダダ!この鳥何かとしてくれ!!


「これ、そんなモノを食ったら腹壊すぞ」





鳥を遠ざけ、二つ目の気まぐれを起こす





「あの先を抜けた岩場に湧き水がある
行けばすぐ分かるから、さっさと立ち去れ」


「い、言われらるても…でも一応カンシャしとくぜ」


久しく口にされなかった礼に、老婆が鼻白んだのだが

それに気付かず少女はその場を去る







二度目の気まぐれのせいか、少女の態度のせいか

小屋にて研究への没頭を試みるも今ひとつ集中できず
苛々しながら彼女は、短い白髪頭を掻き毟る


そんな時間を過ごし 気付けば日は暮れ
辺りは茜色に染まっている





「…外の空気でも吸うか」







オーシャが小屋から森へと足を運んだ一方で





森で野宿をしていたカフィルは、沐浴代わりに
濡らした布地で左腕を拭いていた





露になっている上半身の 血肉や骨が透けた首や
左腕にある 生々しい傷口


切り株に座るグラウンディが痛々しげに見やる





「ボロラオだなーお前の身体」


「仮の身体なら、生命力さえあれば
勝手に修復される…あまり傷もつかんしな」


「そか、じゃあオレ食れるモン探して」


言いながら腰を浮かせた少女だが





「待て」





制止の声に、嫌な予感を抱きながら振り返る





「著しく乏しくなったから、生命力を分けてくれ」


予感は…具現化された赫い鎌の形を取って的中した





「そーいや あん時ユーレイ切ったのって
生命力ちゅかったコーゲキだったよな…」


心底嫌そうな顔をしながらも観念し

差し出した少女の腕へ、鎌の刃が降りてゆく







運悪くその光景を 老婆が目撃していた





「何をするつもりだ!」


驚き、視線を向ける両者に構わず

年に似合わぬ機敏さで駆けつけたオーシャは





「貴様、その鎌で何を…その身体は!?


「っやべ!ああああのれやあらじぇ「落ち着け」





糾弾した道化の、異様な身体に気が付いて





「それはもしや…
法術具で出来た義肢か機械か!?


「「は?」」


彼らの予想だにしなかった言葉を口にした









「私はこれでも法術科学(ファスミリエンス)
用いた工学技術を専攻している」





自らの経歴をオーシャが語り始めたのは
カフィルへの質問攻めがひと段落してからだった





元々は建築・機械方面の工学技術を専門としていたが


式刻法術と科学を併用した技術…法術科学の
可能性に魅せられ、培った知識を応用した
特殊な壁面素材などの研究で名を上げたらしい





有名人なのでゃ?バーちゃんは」


「バカどもが勝手に騒いだだけだ」





広まり始めた新しい学問は当時から変わらず
従来の科学者・法術を使う者達に疎まれており


彼女もまた、その功績を称えられず貶められ


故に 彼女は世間を捨て島で研究に没頭していた





「ひろりでずーっとか?大変じゃねぇの?」


「さして不便と思わん 島を訪ねる者も
ほとんどおらず研究が捗るからな」





少女に強気な発言を返して、老婆は再び
道化へと視線を戻す





「それにしても法術具で生命力を摂取して
稼動する義肢とは、紛らわしいシロモノだな」


「ええ…全く面倒極まりありません」


「だろうな、それはそれとしてその法術具が
どのように生命力を吸うのか興味がある」


試しに吸って見ろ、とオーシャが腕を出したので

カフィルとグラウンディは同時に面食らう





もちろんグラウンディは全力で止めた


カフィルだって断った


だがしかし、オーシャは一歩も退かず
好奇心を瞳に宿して"試せ"の一点張り





「…分かりました、一度だけですよ」


ついに押しに負け彼は 鎌の刃先を
出された腕へと少しだけ刺した





赤い光が瞬き、間をおいて老婆がよろける





「ふぉっ…なるほどこんな感じか」


「平気なのかバーちゃぬ」


「軽い目まい程度だな、これなら連日徹夜を
行っていた頃の方がキツい」


「…バーちゃん大丈夫きゃ?」


「加減はした」





彼の吐いたため息が、相手への対応だけでなく


改めて生命力を摂取する二度手間からくる
面倒さが含まれている事を 少女が知るのは後日の話







…過程はともかくとして





「島を出るまでの間、寝床ぐらいはいるだろう?」





彼らの事情を知ったオーシャは


三つ目の気まぐれと、科学者としての
好奇心に任せて提案をする





「寝床を提供しよう、代わりに私の研究に協力しろ」





それから筏が完成するまでの数日間


少女と道化は 老婆の住む小屋を拠点に
自給自足の生活を行っていた







初めの内は、研究以外では二人にほとんど
干渉しようとしなかった老婆だったが





「カサの形状が違うだろう、よく見ろ


「わかんよれえー バーちゃんみたいな
キノコ学者じゃあるまいし」


「私の専門は法術科学だ 茸はもっぱら…
いや、何でもない」





散歩ついでで、"倒れられても困るから"

グラウンディに茸や果実の種類を忠告し





「ふむ、中々よい腕をしている」


「勘を取り戻したのは最近ですがね
よろしければ夕食にでも」


「余計な施しなど受けん」


「いえ、単に余らせるのが面倒ですので」





カフィルから釣った魚を譲り受けたりと

関わる内に会話の回数も増え





「グラウンディ、貴様の髪はうっとうしい
せっかくだから切ってやる


ぶぇい?!え、あ、おう…え?」





半ば強引ながらも、歩み寄ったオーシャに
グラウンディが驚かされる一幕もあった





「人の手入れをしてやるのも思えば久々だ」


「そうなのか?バーちゃん知りらいいんの?」


こら急に首を動かすな…お人よしで
小うるさい、貴様のように失礼なヤツでな」





長い耳の生え際へ丁寧に鋏を入れながら

オーシャはどこか和らいだ口調で続ける





天然自然を好み、分野の違いからも議論や
衝突の多かったその相手は


人を嫌う老婆が 悪態をつきながらも迎える
唯一の存在でもあったようだ





「十年ほど前まではな」





いつものようにつまらない事でケンカして

いつものように、相手は別の土地へと船を出し


それから…いまだに顔を出さない





「その頃はおせっかいな本島の人間も
出入りしていたが、追っ払ってからは来なくなった」





しかし 誰かが言った言葉はいまだに
老婆の耳から離れない





幽霊船と行き逢ったせいでアイツは、と」





苦々しげなその一言に、少女は

幽霊船に付きまとっていた噂の一つを思い出す





―船に取り憑く怨霊が 道連れを求めて船を沈める





馬鹿馬鹿しさの極みだ、不確かな噂を
信じるなど!アイツはどうせ放浪癖が高じて
どこかで新種の茸にでも見とれているだけだ」


当時の怒りが再燃したかのごとく


帰ってくるのが当然だ、とでも言いたげに
彼女は過去の人間の言葉を否定する





黙って聞いていたグラウンディは


辺りに散る草色の破片を見下ろしながら問う





「好きなのか?ソイツのコト」





ぴたり、と鋏を動かしていた手が止まる


少し言葉を詰まらせ





「…ああ、そうかもな」


オーシャはどこか苦しそうな
それでいて寂しげな面持ちで呟いた







筏も完成し、島を発つ日の夜


研究の片手間 オーシャはカフィルへ訪ねる





「私の考え方は、間違っていると思うか?」





主語のない唐突な質問に、しかし彼は敢えて
それに指摘をする事無く答える





「私(わたくし)には何とも」


「例え世に認められる事のないモノであろうと
私は…自分が間違っていると思わない」






椅子に腰かける老婆の、危うくも強い言葉に


赫色の鎌を携えて佇む道化は同じ強さを持って返す





「それが罪とならないのであれば、貴方が
何をしようと私(わたくし)は咎めません」



「…そうか」


それ以上、彼らの間に会話は無かった









そうして旅立ち当日 二人はオーシャに別れを告げる





「数日の間、お世話になりました」


「色々あっかけど、ありがとな」





名残惜しげにするグラウンディに揺れ


何かを言いかけた彼女は、ぐっと口を閉じてから
ふてぶてしい笑みを浮かべる





ふん…こっちこそ騒がしいのが消えて清々する」





その様子に少女は口を尖らせ


道化は、苦笑していた









吹いた潮風に色落ちした白衣とその下の
特徴的なローブが揺れる


二人を乗せ 本島へと流れる小さな筏を


佇む老婆はただじっと見送っている





「騒がしい連中だった おかげで余計な事を
思い出してしまったではないか」







深い、とても深いため息の後





「…お人よしで小うるさくて
お互いつまらん事でケンカしたもんだったな」


懐かしむ老婆の口からこぼれるのは





貴様がいないと あの説教がないと調子が出ん
研究に差し支えてかなわんわ、何だったら頭ぐらい
いくらでも下げてやってもいいぞ」


悲しみと寂しさを隠した、精一杯の憎まれ口





「だから」





それと…ずっと想い続けている本心だった





「早く帰ってこい リンセン」








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:ツンデレ婆と補完と繋ぎと…"法術科学"
"法術具"の詳しい話は、本編で追々やる予定


グラウ:人ギャラいとか言ってたけど
何だかんだで神メンドーみてもらってたぞ


オーシャ:研究の息抜きついでだ、それに
貴様は危なっかしくて目が離せん


カフィル:お気持ち著しく察しいたします


オーシャ:せめてジュウジダケジュウジモドキ
区別くらいはつけれるようにしておいてくれ


グラウ:わかんねーっちぇば!てゆうか話し相手と
ファスリリャセちょっと使っただけだけど
協力ってあれでよかったのか?


オーシャ:まあ十分だ、元々大して期待など
していなかったがそこそこ役には立った


カフィル:…鎌の調査をしていた時には
著しく生き生きとしていたようですが


狐狗狸:法術具も希少だからね
(厳密に言えばちょっと違うけれど)




ジュウジダケは分布地も広い一般的な食用茸
モドキは酷似した弱毒の茸です


読んでいただき、ありがとうございました〜