さぁさ進境 さぁ進境!


"石化の呪い"が 今なお生ける伝説として
語り継がれる村を出て


不穏な空気をかもしつつある領地を歩き


国境線へと進んでゆく、少女と
道化と吟遊詩人の一行達


燻る火種を消すかのごとき雨脚を


泊まっていた町にて眺めていた所―








「…あ゛ー、まみゃだだるい」





マモット領 国境付近に位置する町・レストーロ


年季は入っているものの、掃除はきちんと
行き届いた宿の一部屋のベッドで


グラウンディが のそりと草色の頭を持ち上げる





「いい加減起きて働け、もしくは学べ」


「ふぬへー…そもそもオレがだるいのは
お前のせいなんだぞ」


「半分は著しく自業自得だ」





イレンを出た後 道中にて


領土内のあちこちに反乱やその火種があるという話を
情報収集の合間に聞き





どうやら長居は危険のようですね
燻る怒りの炎が私達を飲みこんでしまう前に
この地を一度離れてしまうのが得策かもしれません」





不安を感じたヨハンの提案に従い


彼らはやや駆け足で、デュッペ大陸の
三分の一を占めているマモット領を進み


万全な状態での越境をするため


強行軍に値を上げてごねた少女の要望を
飲む形でレストーロにて一泊した





…そこまでは、よかったのだが





「今更抵抗は…著しく無意味だろう」





二人きりの室内で カフィルが
赫色の鎌を具現化して


生命力摂取を告知してきたのだが


彼女があからさまに難色を示し





「せべ、せべめてコッコー越えてからにしようぜ!
だってオレ神つかれてっし!!


「疲れているのはこっちも同じだ…大体
野営が出来ていれば日程はもう少し早かった」


ぷじゃけんなよ!?オレだってなれなない芸で
かせいだり神長いキョリ歩いたりで大変…ぎゃー!





自らの原動力確保と相方のワガママを
天秤になどかけるハズもなく


半ば強制的に刃先を彼女にぶっ刺したのだが


暴れたのとしばし補給を怠っていたのが響いてか

予定より多めに生命力を吸ってしまい


それによりグラウンディがへばった為


やむを得ず、もう一日この町に
留まる事となったのであった





そして雨音がしとしとと降り注ぐ十時過ぎ


窓際にて作業をしていた道化師が
目覚めた少女の文句に反論する運びとなる





当然、冷たく言い放たれた台詞は


少女の気に召さなかったようだ





「お前なぶて、石になっちちまえば
よきゃったのにー」


「生憎だな 被害は服だけだ」





あの時、かけられた湖の水をすぐさま拭ったのと
ロイコのアドバイスによる洗顔が功を奏し


石化の被害は、服の一部のみに留まっていた





とはいえ、さほど荷を持つことを好まぬ
カフィルにとって道化衣装の損傷は存外大きく


現在も 宿に留まるわずかな時間を使って


宿屋の主人に借りた裁縫用具で
衣装を繕っている真っ最中である





「いつ見ても神キョヨーだな」


「面倒が多いからな、"器用"にもなる」





ベッドから残る半身を起こしながら辺りを見回し





あり?ヨハンのやちゅは?」


欠けてる一人について少女が指摘するも

彼は、針と服から視線をそらさず淡々と答える





「昨夜、酒場で仲良くなった者の家へ
行くと言ったきり戻ってないな」


「たしか…クマみたりなヒゲオヤジだったよな?」


「そうだな」





何とも言えない沈黙が、室内を満たし…





「とびりあえず…ハラ減ったからメシ食いたい」


「わかった」





必要になりそうな品物を買うために


カフィルはグラウンディの遅めの朝食に
付き合うべく、顔を上げた











〜幕間3 物好キナ姫ト捻ジレタ従者〜











少女が高めのデザートを堪能し


買い物も終えて、宿へ一旦戻ろうとした
彼等が通りかかった路地の端


フード姿の二人の男が 何かを
交渉している光景を見かけ 立ち止まる





「反乱でごたごたした領地から
おさらば出来るだけの金が、欲しくないのか」






交渉、とは言ったものの


黒い髪で槍のような細身をした男の言葉は


倦み疲れた面持ちの青年へ語りかけている一方

どこか独り言めいて聞こえる





「悪いが他をあたってくれ、こちとら
お貴族様のお遊びにゃ付き合えねぇよ」


「遊びか、簡単に言ってくれる」


「忙しいオレらにとっちゃ遊び以外の
何者でもねぇよ、じゃあな」







どこか疎ましげに吐き捨てて、青年が立ち去り





似たような眼差しで見送った男の視線が

フードローブをまとう 少女と道化を捉えた


…ように見えたのだが





「聞き耳とはいい趣味だな」


はぁ?神失礼なニャツだな、オレ達は
単に通りかか」


「まあいい、オレの仕事は
儲け話に興味があるヤツを探すだけだ」


男は、二人から絶妙な位置に目線を置いて
グラウンディの文句を遮ると





「お嬢のワガママに付き合う気があるなら
ついて来るといい」



答えも聞かずに、背を向けて歩き出す







あまりにも一方的な発言に


怒りと好奇心半分で後を追う少女を
放って帰るわけにもいかず


数分後…少女と道化は





自分達の泊まる宿よりも立派で


ユジアムにて訪れた屋敷よりは小規模ながらも
品のいい屋敷の貴賓室に、足を踏み入れていた





戻ってきた男と ついて来た後ろの二人を


透かし彫りの背もたれがついたイスに腰かけた
長い赤毛の女性が迎える





「とても素敵なお客様をお連れしたのねハイン」


「お嬢が命令したんでしょうに、白々しい」





先程同様、"ハイン"はやはり微妙に
視線を逸らしていたのだが


"お嬢"は気にせず両手を合わせて微笑む





「そうでしたわね ああご紹介が遅れましたわ
わたくしフィアセス=サルトと申しますの





名乗ると同時にフィアセスは立ち上がり


上等な布地で出来ているドレスのスカートの端を
つまみ、丁寧にヒザを折るお辞儀をした







隣の領地を治める、領主の娘である彼女は


父の代理としてやむを得ず 不穏な土地へ
護衛の兵士一人と共に足を踏み入れ


仕事を果たしてきたのだが…





「領内での情勢が少し不安定になっていましたので
中々 元の領地に戻れずにおりますの」


「なるほど…もしやアナタ様は
領地に戻るまでの護衛を探しておられると?」


「違うな」





異を唱えたハインは、相変わらず三人の
誰とも視線を合わせないまま


従者らしからぬ口調で呟く





お嬢はむしろこの状況を楽しんでいる
長逗留は願ったり叶ったりだろう」


「その通りですわ、これはわたくしに最後の神が
お与えくださった絶好の機会なのです」





…むしろ楽しそうに語り出したフィアセスによれば







奇妙な伝説や化物の目撃譚などの
不思議や冒険の香りがする話に昔から目が無く


幼い頃は度々 使用人達の目を盗んで脱走


勉強よりも書庫で冒険小説の類や

探検者の手記を熱心に読み漁る日々を過ごし


ヒマさえあれば未知なる世界の冒険へ想いを馳せ


父親を筆頭に、身の回りの者達へ心労を
かけさせる日々を過ごしていたようだ





「ですからこちらでの用向きの際、石化伝説
名高いカールトを一目見たいと楽しみにしてましたの」





いや…ようである、と言う方が正しい







年を重ね自らの立場と責任を知り
脱走などの無茶な行為は行わなくなったものの


時間を見つけて小説を読み漁る事に加え


時折こっそりと、冒険者と思しき者を
城へ招聘して話を聞いたり





「今みたいに 公務を利用して伝説を聞いたり
お忍びで現地に赴く事も少なくない」


「空いた時間で民草の生活習慣を視察し
現地の文化を学ぶのも、貴族のたしなみでしょう?」


「…お嬢のは趣味の度合いが強いようですが?」





皮肉めいた従者の発言も、白目がちの一瞥も


慣れてしまった姫君には効果が無いようだ





「さすがにイレン村へ足を延ばすには遠すぎます
けれど、今日はとてもよい天気です」


「外アシャから雨神降ってんぞ」


「雨だからこそいいのです、もしかしたら
近くの森林で雨小人を見る事が出来ますわ」


聞き慣れない単語に、カフィルを
ふり仰いだグラウンディへ


見向きもせずにハインが答える





雨の時のみ現れる、と言われている
この地方では有名なおとぎ話だ」


「…似たような話ならば
私(わたくし)も覚えがありますね」


「そう言う事もあるだろうな」





何かを用意する素振りを止めぬまま従者は

返答めいた独り言で返す





「要するに、ヒマつぶしついでの小人探しを
ご所望なワケだ ウチの姫様はな」


「なるほど…」


「わたくしはその雨小人が見たくってよ
いいえ、出来るならば捕えて飼いたいですわ」



寝言ならせめてご自分の領地で言って下さいよ」


「本気ですわよわたくしは、いいこと?
雨小人を見つけるまでは帰りませんわ」


「探すならご自分の領地でも出来るでしょうが」


「一理ありますわね…けれどそれはそれ
今探せば、見つかるかもしれませんもの」





言葉の矛先が、事情を呑み込んだ道化師と
疑問符を頭につけたままの少女へと向けられる





「アナタ方もぜひ見たいと思いませんこと?」


「オレは思「いませんね、残念ながら」
ふぉひ!神のせりふヨキョドリすんなっ


だがしかし、フィアセスは笑顔のまま
軽やかに手を二回ほど叩く


それを合図に 大げさなため息をつき


ハインが室内の箪笥をおもむろに開け
手の平大の、真新しい革袋を取り出した





投げやりに置かれた袋から


ぎっしりと詰め込まれたマースィ金貨
惜しげもなく零れ落ち、少女が目を丸くする





「期間は雨が止むまで、こぼれた分は前金と
考えていただいて結構

もちろん 雨小人の捕獲が出来たら
全額差し上げてもよろしくてよ」


「ずいぶんと酔狂なお方ですね、アナタは」


「一時は己の半生をかけようと思いましたもの
これくらい、当然ではなくて?」






怯む様子も退く気配も見せない可憐な娘に


隣のグラウンディと似通った性質を見出した
カフィルは断るだけ面倒だ、と早々に諦めた









けぶるような雨の中、四人は荷物を手に
レストーロ近くの森林へと繰り出した


簡単な特徴と 隠れている場所に辺りをつけ


足元に注意しながら 木々の合間を
歩き回って小人を探す方針である





「道化師さんや助手さんは、どれくらい
旅をしていらっしゃるのかしら?」


ふふん聞いておぢょろけ!オレらは
レリュードからここまで来たんだぜ!!」


まぁすごい!レリュードというと怪鳥が
巣をつくる断崖や、竜の住まう谷があるって
耳にしておりますわ」





途中、冒険好きとあってかフィアセスは


要所要所で旅の話を根掘り葉掘り
グラウンディにせがんでおり


はじめの内はグラウンディも自慢げに
無い胸を張って答え続けていたのだが…





「それで火喰い鳥を捕まえようとした時
彼女はどうして、どのように仲間を裏切ったのです?


あー…えっと、それはらだー…」





微に入り細を穿つ説明を求め続けられ


口に出せない箇所にぶち当たると

カフィルやハインが助け船を出す事もあった







降り注ぐ雨露に、雨具代わりのフードローブを
しとどに濡らしながら


木陰周りや密集した茂みを


依頼された二人や護衛の兵士以上に
熱心に、姫君は雨小人を探し求める



時に情熱が有り余り過ぎて





「ハイン、これからの統治は領同士だけでなく
大陸間での交流も深めていかなくては」


「その場合は確実に領主様も
ご同行するでしょうね」


「あら、お父様のお時間を頂かなくとも
この方達を護衛に認定すれば済みましてよ」


「身に余るお話ですがお断りさせていただきます





下心満載なお題目を唱える姫君だったが


あっさり看破され、食い下がって口にした契約をも
きっぱりと断られていた





そんな一幕を挟みつつ


"手の平に乗るほどの大きさ"の小人を


彼らは雨がやむまで探し続けていたのだが







「…見つかりませんでしたわね」





うっすらと夕闇が迫り始める町中にて


零れ落ちたフィアセスの、残念そうな呟き
すべてを物語っていた





「それっぽい影は オレもこの人らも
見つけてはいたんですがね」


まあズルい、わたくしだって
影だけでもいいから見てみたかったですわ」





不満そうに見上げる主から ハインは
知らん顔でそっぽを向く





「お役に立てなかったようで申し訳ない」


「気落ちなさらないで、欲を出して
無理を言ったわたくしにも責はありますわ」





特に何とも思ってはいなかったカフィルだが


グラウンディは同じくらいの悔しさ
罪悪感めいたものを感じていたようなので


否定せず黙っておくことにした





「さて、これで契約は終了だな
アンタらも最後までご苦労なモンだ」


「おおそうだな、オレらも戻らりゃいと
ヨハンが帰ってるかもしれねーしな」





言って、各々が路地にて解散を







「お待ちになって これを」


する直前でフィアセスは
グラウンディの元へ歩み寄ると


その手にそっと、金貨を三枚握らせた





「ってこれ金貨じゃん!ひひのか!?」


「ええ、雨小人は見つかりませんでしたけれど
お二人の話は お代を払う価値がありましたから」


「そっそうか…ふぁりがとな」





戸惑いながらも金貨を受け取った事に満足し





「それでは、ごきげんよう道化師さん達」


軽やかに一礼して 赤毛の姫君は
従者と共に屋敷へ引き返して行ったのだった











「理知的でありながら民のため働きまわる
領主の姫君として、近隣でも名を聞きますね」





戻った宿にて合流したヨハンは


二人から事と次第を聞いて、やはり
残念だと言いたげな表情で


巷でささやかれるフィアセスの評判を語った





「一度お会いして その麗しさを詩として
語らせていただきたかったですね」


「ああ、フィアセスのヤツ旅とか
怪物の話とか好きだから気があんうじゃね?」


「気は"合い"そうだな…せめて
当人の前では敬称で呼んでおけ」


貴族相手の面倒はごめんだがな、と


彼はやけに実感のこもった呟きを付け加えて
縫物の続きを始めたのだった







翌朝、宿を出た三人が町から数歩ほどの森にて





「おや、アレはもしや雨小人では…?」


ふぇへひょっ!?どどどどきょにっ」





姫君と従者が発った ほんの少し後


にわか雨に降られた数秒間だけ


葉の隙間から水滴が落ちるのを楽しんでいる


20cm程の、黒に近い焦げ茶で棒状の
顔のない"小人のようなモノ"を目撃したのは






ある意味…運命の悪戯かもしれない








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:当初は冒険好きお嬢様と独り言従者も
交えた不思議生物発見だった…ハズなんだけどなぁ


ハイン:着地点が変わるのはよくあるコトだな


カフィル:管理人の場合は、著しく計画性が
無いから頻度が高いがな


狐狗狸:予定調和ですハイ次 ハイン君
初対面の誘いの時に 自分らの素性明かしたの?


ハイン:さる家柄の娘、と言っておけば
済む話だ…身分を明かす必要はない


グラウンディ:じっしゃいフィアセスんトコで
別のリョーシュのムスメて聞いたんだぜ


フィアセス:ごめんあそばせ、ハインったら
どこか抜けている所がありますの


ヨハン:それも人としての彼の魅力を
引き立たせる要素なのですよ…フィアセス様
アナタは旅の話を好むとお聞きしました


フィアセス:ええとても、最近では大食家の
怪力探検家が、空腹のあまり吸血生物と
小鬼の集う岩屋に押し入りお食事を強奪する傍ら
彼らを退治したお話がお気に入りですの


ヨハン:勇ましいお話ですね、ぜひとも私にも
お聞かせくださいますか?代わりに私は
知る限りの世界を語らせていただきま


(容量の都合上、ここから先カット)




雨小人は、本とかじゃ童話っぽいデフォルメ
施されてます(実物は棒人間みたいなの)


読んでいただき、ありがとうございました〜